君にその責任が取れるのか?
結構長くなって、投降時間も遅くなってしまいました。
誰だろう、あの大きな人。
アイツやスズさんと親しげに話してるけど、けっこう年離れてそうなおじさんだよね。
フィーア君はなんか畏まっちゃってるし、なんなんだろう。
そんな風に突然の登場を果たした男の人を見つめていたら、
「ん?」
と目が合ってしまった。
厳めしい顔に似合わず、どことなく少年のような純粋な光を宿す瞳が私を見つめる。
そして――
「おぉぉぉぉ!」
いきなり大声を上げ私へと向かってきた。
ビックリして固まっている間にガシッと肩を掴まれる。
そうしてジロジロと私の顔を覗き込みながら
「君がアキラの妹だな! 実物を見るのは初めてだ! ガッハッハッハ!」
と大きく笑い声をあげる。
……。
「……ハッ! は? え、なんなの?」
「レイが驚いてんだろうが! 離れろ、触んな、親父菌がうつる!」
「ゴァッ!」
突然の事で真っ白だった頭がようやく再起動し、驚きの声を上げるのと、アイツが目の前の男に ズドン と踵落としをしたのは同時だった。
痛みに耐えかねてか両手を離す男。
その隙に後ろにいたヒトミとモモの元へと下がる。
下がった途端 スッ と自然に前に出て庇ってくれるモモはホントカッコいい。
「げ、ゲンさん! 大丈夫ですか!? 師里キサマァ!」
モモに見惚れていたがそんな声で引き戻される。
目を向けると、心配の声を上げた四十万くんがアイツに詰め寄りかけたが、男の人がそれを手で制したところだった。
「ジマ、気にすんな。コイツとはいつもこんな感じだ、ガハハ」
踵落としが当たった後頭部をさすりながら説明する。
結構スゴイ音がしたと思ったけど全然ダメージ無さそう、すごい頑丈なんだな。
「だがアキラァ~、親父菌はひでーぜ。40過ぎてから加齢臭とか気にしだしたんだぜ、これでも」
「気にしだすのが遅かったの。もっと早ければ嫁の貰い手もあったかもしれんのにな」
「おいおいスズ、それは言わない約束だぜ。これでも俺、結構焦ってんだよ結婚」
「焦ったところでどうにもならんじゃろ」
「もう40過ぎた汚っさんだしな」
「アキラ、今『おっさん』の『お』の発音おかしくなかったか? なぁ?」
年が離れているように見えるのに、気兼ねなく……いやむしろ気心が知れたように会話する三人。
その様子を四十万君も私と同じように驚いていた様子で眺めている。
「おっと、いけねぇ。自己紹介がまだだったな」
だが思い出したように男はこっちに向き直る。
「俺は五味ゲンジ、警官だ。階級は警部、一応こっちにいるジマ――四十万の上司みたいなのやってるよ。君の兄さんとはまぁ……昔馴染みだ」
厳つい顔を破顔させ、屈託ない笑顔を向けてくる。
どこか安心する、警戒心を解いてしまうような朗らかな笑みだった。
……表面上は。
事実――
「東堂ヒトミです、よろしくお願いしますね」
「桜一文字モモです。鬼ですが害意は無いので警戒しないでいただきたい」
近くの2人は何の警戒もなく自己紹介を返した。
それに「よろしく」と返した後、同じ笑顔を私に再度向けてくる五味警部。
だがやはりどことなく違和感を覚えた。
「……師里レイです」
だから少し警戒し、素っ気ないものになってしまった。
そんな返事にキョトンとした表情を浮かべる五味警部。
「アッハハハ!」
「カカカッ!」
警部が口を開くより先にアイツとスズさんが笑い声をあげる。
「……おいおい、お前らそんなに笑うなよ」
「カカッ、作り笑いしとるのが見破られるとか傑作じゃわい!」
「レイ、このおっさんの笑いが作り笑いだからって警戒しなくていいぞ! 良い奴ではないけど悪人でもないから!」
気まずそうな表情を浮かべる警部の背中を、大笑いした2人がバシバシと遠慮なく叩きながら言う。
「作り笑い、ですか?」
「あぁ、いや、なんて言うかスマンね。ほら、俺ってこんな顔だから何とか怖がられないようにしようと思ってな」
「なるほど……あ! なるほどとかスイマセン!」
自分が失礼なことを言った事に気付き、慌てて頭を下げる。
「おいおいおい、この期に及んで嘘つくなよ」
「貴様のそれは人を誑かすために磨いたとか散々自慢しておったではないか」
「ちょ、お前らバカ! シィッー! シィッー!」
しかし、アイツとスズさんの口から出たのは全く違った理由。
どっちが本当で、どっちが嘘か。
あの慌て様なら2人の言葉が正しいのかも。
とにかく、私の中での五味警部は「よくわからない大人」という印象を受けた。
☆★☆
「さて、でコイツが犯人の鬼か」
「はい。自白も記録してありますし間違いありません」
頭を掻きながらセキトを見下ろすおっちゃんに、四十万が答える。
「おい、アキラ。コイツは警察が連れてっても大丈夫なのか?」
「ん? 大丈夫って言うと安全面か? なら大丈夫だと思うぞ、魔力も枯渇限界で回復できないように拘束してるしな。大したことはできねーよ」
「そっか……しかし、特災が犯人とはやっぱりメンドクサイことになったな」
「特災は災害ですからね――いくら人間と同じように動いて喋っても、やはりソイツの罪は災害と言うことで済まされてしまうのですか?」
怒りを押し殺した風に四十万がおっちゃんに問いかける。
「ま、今の制度じゃそうなるわな。この鬼も多分駆除されて終わりだろう」
「そんなっ!?」
「仕方ねぇだろ、そう言う制度なんだから。これ以上犠牲者が出なかったってだけでも良しとしねーと」
「……はい」
「それよか、この神社の神主とかは無事だったのか?」
その言葉にハッとする。
そんな俺達の表情から読み取ったのか、ヤレヤレと首を振るおっちゃん。
「お前ら肝心なとこが抜けてるよな」
「ウッセーな、こっちだって大変だったんだよ」
「そうかいそうかい、とりあえず俺とジマとアキラで捜索だな。スズはここでこの鬼を見張ったり他の子たちを守っててくれ」
「へいへい」
てきぱきと指示を出すおっちゃん。
やっぱこういうところは流石警官だな。
チョットむかつく。
「待って、その必要はないわ」
しかし、捜索に出ようとした俺達に声が掛けられた。
「あれ、起きたのかバアサン」
「ねぇアキラちゃん、もう少しあなたは神に敬意を持ってもいいと思うのだけど……」
声をかけてきたのは和服と似ているが、ヒラヒラした服を着た美女。
さっきまで白目剥いてぶっ倒れてたこの土地の神様だった。
「で、その必要ないってどういうことだよ。面倒だから簡潔に答えろ」
「え~、どうしよっかな~。アキラちゃんの態度がちょっと生意気って言うか――イダダダダッ! わかったゴメン! 生意気言いました! すぐに喋るからアイアンクローはやめて!」
「よし、んじゃ言え」
女神の顔面を握っていた手を離して言葉を促す。
涙目になっていた女神だったが、首から下げていた水晶玉のようなものを自信満々に取り出した。
「じゃーん! 見てよこれ!」
「なんだそれ?」
「え~わかんないの? アキラちゃんもまだまだね~――ハイッ、生意気言いましたサーセン!」
顔に手を伸ばすと距離を取ってすぐに謝ってくる。
学習能力あるんだか無いんだか。
アルコールで脳が破壊されてんだなたぶん。
「これはね『コンパクト社』まぁ、正式名称は違うけど面倒だから。この中に神社にいた人たちは全員避難させてあるの! すごいでしょ!」
「へ~」
「しかも眠らせてあるし、外で起こったことは何もわからないからこのまま戻せば問題ナッシング! どうよどうよ!」
「ふーん」
「ちょっとちょっと、反応薄いじゃない! せっかく人助けしたってのにさ! 褒めてくれてもバチ当たらないよ、むしろ神の祝福とか貰っちゃうかもよ」
「いや、だってな――」
「なによ、言いたいことあるなら言いなさいよ!」
「そんなことが出来るんじゃったら、そもそも乗っ取られないような工夫をしておけこの無能婆」
「イタイっ!」
ドカッとその尻を蹴ったのはスズ。
「そもそもお前は寝てたんじゃないのか? どうして助けられたんじゃ」
「あぁ、それは以前の経験を活かして危なくなったら自動的に避難させるようにしといたのよ! すごいでしょ!」
「じゃったら酒を飲みすぎないということをそろそろ学んでほしいんじゃがな~」
「まぁまぁ、そこらへんでいいだろ。なんにせよ犠牲者がいなかったのはこのサクヤのおかげなんだしな」
「あら、筋肉ダルマ。アンタ何時の間に来てたのよ」
「……ホントアンタは変わんね―な」
庇ったというのに辛辣な言葉を向けられて苦笑いを浮かべるおっちゃん。
「ま、でも手間が省けたわけだしそろそろお暇するかな」
気分を入れ替えるかのようにそう言うおっちゃん。
「それで、ジマ。お前の言っていた凶器ってどれだ?」
「あの鬼の少女が持っている刀です」
答える四十万が指さしたのはもちろんモモ。
そして彼女が手に持つ『迷家』だ。
「ふーん」
口に出しながらモモへと近づいていくおっちゃん。
その目は鋭くモモの全てを観察している。
「よぉ嬢ちゃん、その刀をこっちに渡してくれないか?」
モモの眼前で立ち止まるとあの優しげな作り物の笑顔を浮かべ、おっちゃんはそうモモへと問いかけた。
「……返して、いただけるのでしょうか?」
しかし、流石に内容が内容だったためかモモも今回は警戒をあらわにして、『迷家』をギュッと抱え込む。
「……」
その問いかけに無言でポリポリと頭を掻きながら、
「……それはちょっと難しいかもな」
おっちゃんはそう答えた。
「で、ですが四十万さんは返していただけると……それに『迷家』が無ければ私達の村は――!」
「ジマがどういうことを言ったか知らんが、アイツはまだ若手だ。酷なようだがアイツの発言は全部忘れてくれ。凶器の、しかも魔力を内包した魔道具をいくら盗品だったからと言って返すことはできない。それに、君たちは特災だ。残念ながら君達に人権は無い」
「そ、そんな――!」
「桜一文字。俺の不用意な発言で混乱させてしまったのは悪かった。しかしそもそもお前らの隠れ里と言う存在自体を、俺は認めたつもりはない。この機会に政府の管理下に入り、隠れなくても済むような暮らしを得るべきじゃないか?」
「……人間の管理下でってことですか?」
「そうだ」
「そんなの―― 「認められるわけないでしょ!」」
モモが言葉を続けるよりも先に、大きな声が辺りに響く。
発したのは眉を吊り上げたレイ。
迫力のある美人顔が怒りで歪んでいる。
「四十万君、そんなの人間の勝手な理屈だよ。モモ達には関係ない事じゃん、誰にも迷惑かけてないんだから問題ないでしょ」
「レイちゃん、君がその鬼……桜一文字と仲が良いのはわかる。だが100人の鬼が住む村なんて潜在的な脅威としても十分危険だ。俺達は市民の生活を守るものとして見過ごすことはできない」
「でも――」
「……何かあった時、君にその責任が取れるのか?」
「ッ!」
残念だがおっちゃんや四十万の言葉が正しい。
いくら盗まれたものと言っても、それが特災――しかも隠れて存在さえ確認できていない――からのものならば、道端で拾ったのも同然だ。
持ち主などいない。
だが――
「それじゃかわいそうだしな」
「ん? アキラちゃんなんかすんの?」
「うん……そうだサクヤ婆。ちょっと力貸してくれよな」
そう言ってその肩に手をポンと乗せ
「きゅーん」
そこから一気に力を吸い上げる。
不純物の少ない、神相手だからできることだ。
他の相手だとここまで力を吸うことはできない。
力がなくなり再び気絶するサクヤを放って、手の平に金色の魔方陣を作りだす。
それがドンドンと魔力を吸い込み、光を放ちながら徐々に形を変化させていく。
そこに至り、周囲の目も俺に向けられる。
これだけ派手なことしてれば当然だけど。
んーむ、やっぱり付与効果が強力すぎると作るのが難しいな。
そう心の中でぼやくがちゃんと変化は進み
「よし、できた」
その言葉と共に光が収まる。
俺の手のひらには一つの刀子。
刀子って言うのは、今でいうナイフが近いかな。
昔のナイフだ。
それの刃は半透明で琥珀色に透き通り、その表面には魔法式がびっしりと書き込まれている。
「おい、アキラ。そりゃなんだ?」
皆唖然としている中で、おっちゃんが一番最初にそう問いかけてきた。
「これ? これは今回の〝凶器〟だよ」
そう言っておっちゃんに放り投げる。
おっちゃんは放物線を描きながら飛んでくるそれを、危なげなく片手でキャッチした。
「ナイスキャッチ!」
「……これは、次元をズラすのか」
「さっすが、魔法式を読み取るだけでわかんだな。『迷家』と同等の性能くらいにはしたつもりだよ」
「なっ!? お前、証拠を改竄しろと言うのか!?」
俺の行動の意味に気付いた四十万が焦ったような大声を上げる。
「だって『迷家』を奪うのって可哀想じゃん。モモは俺達に協力してくれたってのに恩を仇で返すみたいだし」
「しかし、その隠れ里を放っておくわけにも――」
「……さっき、お前レイに言ったよな?」
その言葉を遮って言葉を投げる。
「『責任取れるのか?』って。いいよ、俺が責任とってやるよ。もしもその村の鬼が暴れ出したら俺がキッチリ始末付けてやる。――だから今回は見逃せ」
出来るだけ抑揚をつけずに、少しばかし脅すつもりで声を放つ。
「ウッ」と少しだけ俺の気迫に押されかける四十万。
「しかしそんな理屈が――」
「よせ」
それでも噛みつこうとしてきた四十万をおっちゃんが手で制する。
「ゲンさん!」
「いいんだ、黙ってろ」
おっちゃんはそう四十万に言い聞かせ、真剣な顔で俺へと向き直る。
「本当にいいんだな?」
「あぁ」
「ここから確実にお前の仕業だってばれるぞ?」
「構わねぇよ、どうせ俺には何も言ってこないっての」
「……そうか」
「おっちゃんこそ、これが目的じゃないんだろどうせ? だったら別に凶器がなんだっていいだろ?」
その言葉に憮然とした表情をニヤリとしたものに変えるおっちゃん。
近寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「なんだ、バレてたのか」
「そりゃ俺とおっちゃんの間柄だしな」
俺もにやりと返す。
「ガハハ、それもそうか。んじゃ今回はこれで引き上げるわ」
「あぁ、助かる。報酬はいつもの口座に入れといてくれ」
「おう。……でも証拠改竄とかメンドクセーなぁ~」
「チッ、抜け目ねーな。いいよ、報酬減らしても」
「毎度あり~。――ジマ! 帰るぞ!」
「え? あ、はい! でもいいんですか?」
「話はついた、問題ない。――その鬼は俺が肩に担いでくから、お前は表に車を回しておいてくれ」
「わ、わかりました!」
そう言い、キーを放り投げるおっちゃん。
投げられたそれをアタアタと取った四十万が階段を駆け下りていく。
その際に俺を一睨みするのを忘れない。
全く、嫌われたもんだ。
その時だった――
何かの視線を感じて咄嗟に振り向く。
だが、そこには何もない。
いつもの神社の風景が広がっているだけだった。
「気のせいか――ん?」
視界の隅を真っ青な蝶が通り過ぎる。
「珍しい蝶だな」
どこか目が吸い寄せられるそれをじっと見ていたが――
「おう、んじゃまたなアキラ!」
「ッ! おう、またなおっちゃん!」
おっちゃんの大声で振り向かされる。
セキトを肩に担いだまま石段を下りていくその背を見送り、再び視線を戻したが、そこにはもう青い蝶の姿は無かった。




