グーッパ!
プルルルル
振動と共に響いた着信音。
襟の合わせ目から懐に手を入れ、携帯電話を取り出す。
今流行のスマートフォンなんてもんじゃない。
ただ連絡を取るためだけのシンプルなデザインのものだ。
しかし、山育ちの俺にとってはそれでも扱いは難しい。
音を発し続けるそれを左手の上に乗せ、記憶を頼りに右手の人差し指だけで操作する。
『こんばんわ』
ちゃんと繋がったのか、携帯電話から声が聞こえてきた。
「おう」
それを確認して、携帯電話を耳元へと当てて応える。
『どう? そろそろ出会えたんじゃない?』
電話に出ると、そう間髪入れずに訊いてきた。
「さぁな、アンタの言う『最大の障害』なんてもんには会ってないぜ。会ったのはウチの村の追手だけだ。本当にいるのかよそんな奴?」
『えぇ、ちゃんといるわよ。出てくるのに時間はかかったけど。貴方だってちゃんと昨日戦ったって私の情報にはあるんだけど?』
自分の情報で裏が取れているにもかかわらず問うてきたのか。
相手の意地の悪さが見え隠れする。
「はぁ? 昨日はモモと……あぁ、なんか変な男が飛び込んで来たなそう言えば」
その言葉に思い出す。
『そう、その男があなたが殺さなければならない男よ』
「何言ってんだ? 確かに弱くはなかったがそれだけだ。人類を皆殺しにするのに邪魔になるとは思えねーぞ」
確かに不意打ちで数発貰ったが、大した威力ではなかった。
『迷家』のズラした次元に入ってきたのは確かに驚いたが、言ってしまえばそれだけだ。
『彼が貴方如きに本気を出したと思ってるの?』
しかし、そんな考えは受話器の向こう側から否定される。
「……アンタも口が減らねぇ姉ちゃんだな。殺すぞ」
もしそれが本当だったとしても、ナメられるのは好きじゃない。
殺意を込めて言い放つ。
『やれるもんならやってみてごらんなさい。でも、その前に借りは返してもらうわよ』
だが、それも飄々とした態度で受け流され、逆に自分の痛い所を突かれた。
「……倒れてるところを助けてもらって、目的まで与えてもらったんだ。その分は返す」
『いいわ、ならその男キチンと殺してね』
「わかってらぁ。ただ、アンタ何考えてんだ? 自分も人間のくせに俺の手伝いをしやがって」
渋々答える。
俺の目的に沿っているわけだし、それで借りがチャラだとういうのなら願ったりかなったりだ。
でもそれで、やられっぱなしになるというのも納得がいかないので、仕返しに相手が嫌がる質問をする。
『……』
「やっぱだんまりか……まぁ、俺は俺の目的のために動くだけだ。目的が一緒のうちは従ってやるよ。ただ、それが終わったらお前も殺す。……人間は全員俺がこの手でぶっ殺してやる」
『……えぇ、どうぞご自由に。ただ、そのためには手が足らないんじゃないかしら?』
「チッ、確かにな」
見透かしたように言ってくる電話の向こうの女。
自分が将棋の駒の様に感じられて非常に気分が悪い。
だが、コイツの言うことは事実。
あの男を殺すにしてもモモや、昨日次元のズレに無理矢理割り込んでこようとした黄緑色のおっかねぇガキも奴らの仲間だろう。
3人でまとめてかかってこられたら、俺だけじゃちとキツイ。
『だから駒を用意してあげたわ』
「なんだと?」
瞬間。
俺の周囲に気配が現れる。
グルルルルッ
低いうなり声が俺の耳に届き、赤い瞳が俺を射抜く。
「なるほど、イイ面構えしてるな」
『気に入って貰えたのならよかったわ、それは貴方の命令を聞くようにしてあるから』
「至れり尽くせりだな」
『私も自分の目的のために全力を尽くしているだけよ』
そう言って電話がブツッとキレた。
☆★☆
「さて、それじゃこれからこの街の中からセキトを探し出そうと思う」
午前10時、街も俄かに活気づき始めた頃。
『B&Bトラブルバスターズ』の事務所内で5人を見回しながら語りかける。
5人とは当然レイ、スズ、ヒトミちゃん、モモ、そして四十万だ。
「だが昨日実際に会ってみてわかったが、そのセキトってのはかなりやばい奴っぽい。だからレイと四十万にはこれを渡しておく」
俺はポケットから金色のミサンガの様な腕飾りを渡す。
「これはなんだ?」
「自動防御装置みたいなもんだ。ある程度までなら耐えられるだろう……てか今更だけどお前後輩なんだからもう少し敬語とか使わね?」
「俺の事を忘れていたくせによく先輩面出来るな。それにお前に迷惑をかけられた覚えはあっても、世話になった覚えはないから、敬う必要などどこにもない」
「……かっわいくねー後輩だな」
「大きなお世話だ」
俺と四十万の間で火花が散る。
「これこれ、マエストロもフィーアも仲良くせんかい」
「「その呼び方やめろっての!」」
スズの言葉に同時に反論する。
「全く、仲がいいのか悪いのかわからん奴らじゃな」
ヤレヤレと言った風に首を振るスズ。
そんな様子を指さしながら、四十万が俺に言う。
「てか俺に後輩だか何だかいう前に、この子に年上に対しての口のきき方教えたほうがいいだろ」
「え?」
「なんだよその驚いたような顔は……どう見たって俺よりも年下だろうがこの子」
「あぁ、いや、それはだな……」
俺が言葉に詰まると、当のスズが口出ししてきた。
「ふん、なぜ儂がお前のような小童に口のきき方を改めねばならんのだ。これは忠告じゃが、そういう一人前の事を言うのは相手の力量を見極められる目を養ってからにするべきじゃぞ」
いつもよりもさらに偉そうな上から目線で言い放つ。
「……これは人生の先輩として言うんだが」
そんなスズを半眼で見やりながら四十万は諭すように語りかける。
「10年後、その喋り方とか絶対後悔するから早めにやめといた方がいいぞ」
「儂のは別に中二病の症状ではないわい! これは素じゃ!」
「え、でもスズさん私達とさほど変わらない年齢だって言ってなかったっけ?」
「うぐっ!」
四十万に顔を真っ赤にして反論するも、レイのツッコミで言葉を詰まらせる。
確かにレイやヒトミちゃんと同じくらいの年齢で、そんな喋り方してる奴いないしな。
いたとしたらそりゃキャラづくりと思われても仕方ない。
日頃から自分は若いとか言ってるからこういう時困るんだ。
「じゃ、じゃが!」
「わかったわかった、もういい。別に本気でやめさせるつもりもない……後で苦しむのは自分だしな」
「うがぁー!」
「イテッ! ちょ、おま、俺に当たんなよ!」
当て所のない怒りをなぜか俺にぶつけてくるスズ。
ポカポカと俺の背中を殴ってくるが、地味に痛いんでマジでやめてください。
☆★☆
「で、話が逸れちまったんだがセキトの捜索だ。モモ、位置は掴めているか?」
「はい。大体ですが位置は掴めています。ですが……」
「なんか気になることでもあるのか?」
言い淀み、顎に手を当てて考え込むスズに問いかける。
「えぇ、実は今朝からずっと動きが無いようなんです。しかも隠れ方も一般人の目をくらます程度で……これじゃまるで――」
「誘き出されてる、か?」
「はい、私を誘っているように思えます」
「もしくは俺達もかな」
居場所を晒して待ち構えてるってんなら、十中八九罠だろうな。
「じゃが、居場所を晒しておるのなら逃げ回られるよりもよっぽど楽じゃ。何が待っておったとてすべて潰せばよかろう」
スズがそんなオラオラすぎる意見を出す。
一見無茶苦茶だが、確かに有効な方法ではある。
「まぁ、だったらとりあえず行ってみるか」
「罠に飛び込むのか?」
不信感たっぷりの視線で俺に問いかけてくる四十万。
「あっちは1人だしな。仕掛けられる罠なんて大した物ないだろ」
「……プロのお前がそう言うのならその意見に従おう」
「サンキュ。ところで警察はどうするつもりなんだ? ゲンはなんて言ってた?」
その問いに答え、逆に四十万へと問いかける。
四十万は昨日のうちに上司であるゲンに、犯人が特災『オーガ』だということは既に報告してあった。
なので捕まえる際の指示も受けているはずだ。
「そのことなんだが、そこの子に演技をしてもらえないかと言っていた」
そう言ってスズを指さす。
「演技?」
「誰が子どもじゃ!」と憤慨するスズを押さえつけて問い返す?
「あぁ、ゲンさんが言うには『襲われた能力者と通りがかった警察が力を合わせて撃退』って感じにまとめたいらしい」
「なるほどな、落としどころとしてはそこらへんか」
相手が特災なら、警察だけで撃退と言うのには大分無理がある。
だからと言って能力者に依頼を出していたというのも、警察の面子や捜査ミスの問題になる。
だったら偶然通りがかった能力者の協力と言うことにしよう。
と言うのだろう。
無理はあるが悪く無い手だ。
勿論そんな偶然あるかと不審に思う者もいるだろうが、それが一番警察にとって問題の起きない答ならばわざわざ追求してこようとする者もいないだろう。
警察内部の者にとっては問題が起きない方がいいし、外部の者でもわざわざ警察の粗探しをするほどの者はいない。
みんなが求め、波風の立たないる答ならば、事実と違っても特に問題にならずそれが事実となる。
「了解。とりあえず殺さずに捕まえて、ゲンを呼ぶって感じか……よし、それじゃチャッチャと行きますか。モモ、先導よろしく」
「わかりました」
作戦も決まり、俺達は事務所を後にした。
☆★☆
「で、ここか」
「はい」
モモに連れられてやってきたのは街はずれの神社だった。
しかし、街はずれと言っても寂れた神社ではない。
この街で一番大きな神社だ。
小高い山の上に社を構えたそこには、正月はもちろん年中参拝に訪れる者がいる。
いるのだが――
「人気がないな」
「ですね」
山の麓から、社へと続く長い石階段を見上げながら呟くと、ヒトミちゃんが同意の声を返す。
「ここから次元のズレが起きていますからね。普通の人は認識できず、入ることができないでしょうね」
そう言って目の前、この山の入り口に立つ朱塗りの鳥居を示す。
「なるほど、山全体の次元をズラしてるのか。大掛かりだなこりゃ」
「そうじゃな。万が一のためにペアでも作っておくかの?」
俺の言葉にスズがそう提案する。
「ペア、ですか?」
「そうじゃ。ここには能力者2人と鬼1人、普通の人間が3人おるじゃろ。これを2人ペアの3組にしとくのじゃ。何かあった時に自分の相手をすぐに守れるように」
「なるほど、良い考えだな。リスク分散としても理にかなっている。……まぁ本来ならばレイちゃんと東堂さんは来ない方がいいのだけれども」
その提案に一番最初に賛同したのは四十万だった。
警察として一般人の安全が一番重要らしい。
それに倣って、他の者も賛同する。
勿論俺だって文句はない。
文句があるとすれば四十万のレイへの呼び方だけ。
『レイちゃん』呼ばわりするのは許せん。
きっちり後で型にはめてやる。
「さて、それではペアを決めるぞ、グーッパ!」
スズの掛け声に合わせて俺達は一斉に手を出した。
☆★☆
「なぁ! ペア決め直そうぜ!」
「はぁ!? 何言ってんのもう決まったじゃん、マジウザいから黙ってて」
俺の訴えは妹の氷の様な視線で潰された。
そんな氷の様な視線を向けたレイは、俺に向けるのとはまるで違った優しげな視線をモモに送り「頑張ろうね」とか言っている。
「ドンマイじゃ、所長」
そう言って俺の肩を叩くスズ。
「スズ、だったら俺とペア交換しようぜ。俺ヒトミちゃんがいい……」
「御免こうむる。そのような礼儀のなってない若造と一緒になどおれるか」
しかしその懇願もバッサリと切り捨てられる。
「ハァ~」
「あ? なんか文句でもあるのか?」
「……別に、ただ何が楽しくてムサイ男2人で組まなきゃならんのかと思って」
「もっと緊張感持てよ。相手は人を何人も殺している殺人者だぞ。話を聞くに人間を滅ぼそうとしているらしいじゃないか、油断しているとやられかねないぞ」
「はいはい、わっかりました~」
始まる前からテンションが駄々下がりの俺は気のない返事を返す。
「まぁ、仕方ねぇか」
パチンと頬を叩き、気分を入れ替える。
そして手の平に3種類の魔方陣を2枚ずつ、計6枚生み出した。
それを飛ばし、6人全員に張り付ける。
勿論ペア同士で同じ魔方陣だ。
「これはなんだ?」
服に張り付いて輝く魔方陣を指さし、真っ先に四十万が問いかけてくる。
「それは『連結』の魔方陣だ。ペア同士で場所がわかるようにして、離れないようにするためのもんだな」
「なるほど」
「ちなみに、魔力のある俺達3人ならペア以外の人の位置も把握できる。もしも不測の事態が起きたら、それを思いっきり叩けば何かあったとわかる」
俺の説明に皆が神妙な面持ちで頷く。
「……ま、多分そんな大変なことにはならないと思うけどな。さっきも言ったけど、チャチャッと終わらせようぜ」
緊張をほぐすためにわざと軽口を叩き、笑って見せる。
半数くらいはつられて笑ってくれた。
ちなみに言わなくてもわかると思うが、笑わなかったのは妹と後輩。
「よし、それじゃ行こうか」
言葉と共に俺達は次元のズレの入り口を探り当て、鳥居を潜って足を踏み入れる。
その瞬間 ブンッ と言う揺れにも似た感覚が俺達を襲った。
そして俺は悟る。
少し甘く見てたかもしれない、と。




