あとで家族会議な
「で、俺はこの可能性が一番高いと思っているんだが――」
そう言った瞬間だった――
街中に張り巡らせていた感知の網に強烈な魔力が引っ掛かる。
方角としては俺の家の方。
距離的には走って10分くらいだろうか。
しかし、その感じた魔力は一瞬で何事もなかったかのように掻き消えた。
俺の勘違いだったと思えるほどに完璧に、その痕跡を消し去った。
もう一度同じ場所を探ってみても何も見つけられない。
だが、それこそが俺の予想通りと言えた。
「スズ、気付いてるな? 2人と一緒にあとから来てくれ」
「了解した」
その返事を聞き終わる前に足元に『加速』の魔方陣を作り出し踏み込む。
次の瞬間には俺の体は近くの民家の屋根上まで飛んでいた。
トンッと静かに着地し、再び跳びあがる。
そうして屋根伝いに跳びながら、俺は魔力を感じた場所へと急いだ。
☆★☆
数分後、たどり着いたその場所は俺の家の近くの小さな公園だった。
しかしそこには何も異変などなく、夕暮れに染まった寂れた風景が広がるだけだった。
普通の人が見たならば。
「結界……いや、次元をずらしているか?」
俺は眼球の前に『把握』の魔方陣を作り、それを通して起きている次元のズレを見逃さず、事態を正確に把握した。
「とりあえず、入らせてもらいましょうかね」
そう言って俺は目の前の空間。
一見何もないように見える空間に手を突きこむ。
本来なら空間をズラすなんてことは容易には出来ない。
膨大な魔力と、大掛かりな準備が必要とされる。
だが、ズレている次元に入るだけなら比較的容易に出来る。
既にズレているのだ、入口が出来ているのだから入るのだって簡単に決まっている。
あとはその入り口を見つけられるかどうかだけの問題。
その入り口を難なく探し当て、手から腕、腕から体と言った具合に徐々に進んでいく。
霧のような靄を抜ける感覚があった後視界が開ける。
「よしっと……あれ、レイ?」
侵入した次元のズレた公園内。
そこでは妹と、その胸に抱かれた少年がいた。
まさかこんな次元のズレた場所に妹がいるとは思わなかったが、考えるよりも体が先に動く。
再び『加速』の魔方陣を踏み込み、神速の速さでレイの頭上へと跳び上がる。
「『ブレイバー(勇者)メテオ(流星)ナックル(拳)』!」
緊急事態なのでポーズは省略し、空中で技名を叫びながら『増幅』魔方陣を殴りつけた。
魔方陣からいくつもの金色の拳が吐き出され、周囲にいた〝邪魔者〟を排除する。
ん? 1人を残して消えてしまったな、分身だったのか。
そんなことを考えたが、今はこっちの方が大事。
「れ、れ、レイ! 放課後に公園で男子中学生と抱き合うのは良くないと思うな、俺は!」
焦らずに落ち着いて言おうと思ったのだが、口を開いたら噛み噛みになってしまった。
いや、でもだって仕方ないじゃん。
妹に男の友達(彼氏じゃないはず、絶対そう)がいただけでもアレなのに、それがレイよりも背の低い中学生らしき男だったんだよ。
しかも夕暮れの公園で抱き合うって!
抱き合うって!
大学卒業するまではスキンシップは手を繋ぐまでしか認めないからな! 兄ちゃんは!
ていうかレイは年下趣味だったのか?
所謂ショタコンだったの?
あぁ! 妹の秘密を一度に知ってしまって俺の頭はパンク寸前だよ!
そんな俺を唖然とした表情で見つめるレイ。
うん、ちょっとした擦り傷はあるけどあんまり大きな怪我はなさそうだな。
てかよくよく見てみたらレイが抱えてる少年は結構大きな怪我だな。
しかもコイツ人間じゃないし。
「あ、アンタなんで……」
漸く口を開いたレイが俺に向けて口を開く。
しかし口を開いたものの何を言っていいかわからない様子で、その視線をチラチラと胸元に抱いた少年へと動いていた。
「チッ、仕方ないな」
そんな妹の様子を見かねて、小さく舌打ちし、その少年の左肩に手をかざして『治癒』の魔方陣を発生させる。
その魔方陣がほどけて、傷口に入り込んで癒す。
止めどなく流れ出ていた出血は止まり、裂けていた筋肉や皮膚を元に戻っていく。
……まぁ、すこし痛みを残しておいたのは兄としての意地悪だ。
鬼ならそう簡単に死なないだろうし。
「お前、何者だぁ? どうやってここに入ってきた?」
そんなことをしていたら背後から声を掛けられる。
無言で振り返ると、さっき殴り飛ばした奴がギラギラした目をこっちに向けていた。
「……」
「答えやがれぇ!」
どうしようかと無言で考えていると、激昂して声を荒げる。
短気な奴だな。
やっぱり鬼ってこういうやつが多いからあんまり好きじゃないんだよね。
「レイ、あとで家族会議な」
とりあえずレイにそう言い残し、デカい方の鬼へと向き直る。
「俺はまぁ、妹思いの兄ちゃんだよ。どうやってって訊かれても困るな。お前、開いてる扉を通るのに『どうやった?』って訊かれて答えられるか? つまりそう言うことだよ、開いてたから入ってきた。それだけさ」
「……次元を超えたってのか」
「これアドバイスだけど、次元ズラすんならちゃんと入口潰しといた方がいいぞ」
「ウッせぇよ人間如きがぁ!」
言葉と共に突っ込んできて、俺の首を刀で薙ぎ払う鬼。
けれど――
「なるほど、やっぱり魔法具でこの次元のズレを作り出してたんだな」
「なっ!?」
迫る刃を親指と人差し指で挟んで止める。
そうして刀を観察したことでその性質を言い当てたら、鬼の顔が驚きに歪んだ。
すぐさま鋭い蹴りを放ってきたので、刀から手を離して跳び退る。
「お前、この頃流行ってる連続殺人事件の犯人だな?」
「えっ!?」
「……そうだよ、なんだお前俺を捕まえる気か?」
驚きの声を上げたのはレイ。
目の前の男は不遜な態度で問いかけてきた。
「あぁ、いやどうすっかな?」
「やめとけやめとけ、少しはやるみたいだが『迷家』の力を解放すれば死ぬぞお前」
「その刀『迷家』って言うのか、教えてくれてありがとよ。でも別にそう言うことじゃねーんだ、依頼は犯人を見つけることだったから、これからどうすればいいのかと思っただけで」
「あぁ?」
「だから、ここでお前を殺せばいいのか、捕まえればいいのか、それともうまい事やって警察に手柄を譲るのか、どうすればいいか訊いてなかったから困ってるんだよ」
「……とことん舐めてんなテメェ」
「いや、だってすごいのはお前じゃなくてその刀っぽいしなぁ~」
そう率直な気持ちを言っただけなのに
「殺す」
スッと目を細めて一言つぶやく。
怒らせてしまったみたいだ。
ドンッと言う地響きにも似たような音を立てて地を踏み、先ほどの数倍もの速度で鬼が突っ込んでくる。
流石にそれ程勢いがついた刀を止めることは出来なそうなので、半歩ほど下がって刃を避ける。
目の前を刃が通り過ぎていくのを見送り、反撃に出ようとして――
「……おっと!」
頭部を狙って飛んできた蹴りを寸でのところで受け止める。
受け止めた腕を衝撃が貫く。
とんでもなく重い蹴りだ。
「刀だけじゃない、ってか?」
「よくわかってんじゃねぇか」
受け止めた俺の手を足場にして跳び、距離を取る鬼。
「俺のこの全身が俺の武器だ、迂闊に受け止めると次は死ぬぜ?」
「そこまでじゃないだろ、自分を過大評価しすぎじゃないか」
「……口が減らねぇ奴だ」
痺れる腕をプラプラと振りながら答える俺に、再び鬼はさっきと同じように突っ込んでくる。
「ワンパターンだと飽きられるんだぜ」
「なにっ!?」
突っ込んできた鬼、その眼前で声を掛ける。
やったことは簡単。
こちらからも『加速』を使って突っ込んだだけ。
相手の加速が最高点に到達する前に距離を詰めて出鼻を挫いたのだ。
そうして驚きを浮かべるその顔面に右拳を叩き込む。
勇者モードではないと言っても、双方が高速で動いていたために中々に威力が出た。
鬼は地面を数バウンドして転がるも、すぐに体勢を立て直して立ち上がる。
やはり鬼は頑丈だな。
結構痛かったと思うのに鼻血すら出てないし。
「なるほど、人間にしてはやるみたいだなぁお前」
「どうも。んじゃ大人しく捕まってくれる? アイツら来るまでに逃げられても困るしさ」
「ワリィがそれは出来ねぇな、時間切れだ」
言うや否や、手に握った刀の刀身から真っ白な霧が吐き出された。
それはドンドンと増え、鬼の姿を覆い隠す。
濃くなる霧とは逆に、鬼の気配は徐々に薄くなっていく。
「待て! 逃げる気だな!」
それに気づき声を上げた時には遅かった。
夕方の冷たい風が煙を押し流すと、既にそこに鬼の姿はなかった。
『テメーは必ず殺してやる、首洗って待ってろ』
どこからともなくそんな声が聞こえてくる。
その声の位置を探ろうとしたが、もう近くに鬼の気配は感じられなかった。
鬼の気配が去ると同時に、ズレていた次元が元通りになる。
景色は変わらないが、公園の外の空気や音といった者が流れ込んできた。
それらに交じって「所長~」という声が届く。
「おぅ、こっちだスズ」
その声の主に声をかけて呼ぶ。
「所長どうじゃった……ってなんでレイがここにおるんじゃ? しかも鬼までおるし、一体どうなっとるんじゃ?」
公園の真ん中でぐったりとしているレイたちを見て驚きの声を上げるスズ。
確かにわけわかんない状況だしな。
「いや、俺にもよくわかんねーんだよ。まぁ、事件の犯人は見つけたけどよ」
「なに!? それは本当か師里、そいつはどこに行った!」
スズと話していると、四十万が割り込んできた。
「いきなり大声出すなよ。……逃げられた、ちょっと想像以上にすごかった」
「所長でも捕えられんとは、よほどの手練れだったのか?」
「あぁいや、そうでもない。ただ持ってる刀が非常識な能力もってたんだよ。えーと、名前なんて言ったっけかな――」
「『幻刀・迷家』です」
その時、涼やかなアルトボイスが響いた。
声の方を見ると、レイに支えられて少年鬼が立ち、俺達を見つめていた。
「貴方たちも先程の者を追っているようですね。私が持っている情報をお教えするので、どうか御助力をお願いしたい」
そう言い、頭を下げてきた。
俺はその小さな頭を見ながら言葉を返す。
「まぁ、同じ鬼だから何か知ってるとは思ったが、やっぱ関係者なんだな」
「はい」
「そっか……一つだけ訊いていいか?」
「私に答えられることならば」
「レイとは付き合っているのか? 答えによっては俺はお前を殺さなければならないんだが」
瞬間、俺の顔面にレイの拳が突き刺さる。
「モモは女の子だっての! 何言ってんのアンタ!」
地面に倒れ伏した俺を見下ろしながら怒鳴るレイ。
いやいやウソだろ、そんなにカッコいい子が女の子なわけがないって。
当のモモと呼ばれた少年――少女鬼は顔を赤くしてモジモジと下を向いていた。




