第十話 義妹と手料理
「ただいま……」
心音を起こさないように物音を立てずに玄関の扉を開く。
時刻は午前二時……さすがに佐久間先生の家に長居しすぎたな。
「ふぅ……」
乾いた喉を潤そうと冷蔵庫を開ける。
『にーにのバカ!』
赤い文字が飛び込んでくる。
作り置きされていたオムライスにケチャップで書き殴られていた。
「はぁ、朝にでも食べるか……」
軽くシャワーを浴びて、二階の寝室に入る。
そこには、心音が布団に包まって寝息を立てていた。
こいつも大概、かまってちゃんだな。
起こさないようにそっと布団に潜り込んだ。
「にーに……」
子どもみたいに甘える心音が抱きついてきた。
「不倫は許さないんだから……」
……寝言か?
てか、不倫ってなんだよ。
いつお前と籍を入れたんだよ。
そんなに好きなら、なんで俺を振った?
……まったく、小石川といい、綾園先輩といい女心は本当に分からない。
心音と初めて会ったのは十三歳の時、
あの日のことを今でも覚えている。
海外で生活していた両親が、突然帰ってきたかと思えば、腕を組んで仁王立ちしていた心音が両親の間に立っていた。
何でも、母さんの親友の子どもらしい。
両親は俺と心音だけを日本に残し、海外に帰っていった。
まったく、引き取るだけ引き取って、面倒見ないなんて、大人って勝手だよな。
当時は、亡くなった祖母と二人で暮らしていたが、
正直寂しかった。
だから、妹ができたのは素直に嬉しかった。
始めはツンケンしていた心音が、
ある日を境にべったりになった。
理由は未だに分からないけど。
俺が初めて心音に告白したのは十四歳の時。
思春期に入り、とにかく彼女が欲しかった俺は義理の妹に告白した。
「俺の彼女にしてやってもいいぞ」
この時は思春期と自尊心と厨二病を拗らせていたからな。我ながら最低な告白だ。
「心音……愛しているよ」
今なら素直に気持ちを伝えられる。
俺って優柔不断なんだろうな。
わずかに心音の口角が上がった気がした。
「にーに……私も……」
「おい、起きているだろ」
「……バレたか」
「遅くなってごめん」
「……心配したんだから」
「オムライスからは心配しているなんて窺えなかったぞ」
「だって……どうせ、女の子と遊んでたんでしょ」
「ギクッ……まぁ、厳密には女の子ではないけど」
「にーにの浮気癖、いつになったら治るん」
今日の心音はいつもみたいに喚かなかった。
「てか、浮気って……別にフリーだから問題ないだろ」
むしろ誰か俺をもらってくれ。
「にーには心音のにーになんだから」
「はいはい」
もう、何度その言葉を聞いたことか。
「にーに……眠い……」
「そうだな。そろそろ寝るか……おやすみ」
「うん。おやすみ……」
明日は休みだ。たまには家族サービスもしないとな。
心音の体温を感じながら眠りについた。
❀
翌朝、冷蔵庫のオムライスを一人で頬張る。
「にーに……無理に食べなくてもいいんだよ」
寝ぼけまなこの心音が机を挟んで、前に腰を下ろす。
「とか言って、手を付けなかったら拗ねるくせに」
「当たり前じゃん。にーにへの愛情入りなのに、愛が蔑ろにされたら普通怒るでしょ」
「心音……一つ訊いていいか?」
「……どうしたの。改まって……」
「何で俺たち、付き合うのはダメなんだ?」
核心に迫る。
「だって……」
彼女の言葉を待った。
その先の言葉を俺も知りたかったから。
「だって……一度付き合ったら、兄妹には戻れなくなるから……」
「……ん?」
いまいち要領を得ない。
「義理でも兄妹だから付き合えないっていうのか?」
心音は首を横に振る。
「兄としてはオッケーだけど、彼氏としてはちょっと……的なこと?」
心音の首は左右に振り続けていた。
「俺はとにもかくにも彼女が欲しいんだ。
高校生活は彼女の有無で幸福度が天と地ほどの差がある」
あくまで個人的意見だが。
「それなら、恋人ごっこならいいよ」
「恋人ごっこ?」
「よしっ、それで行こう」
「えっ、いいの?」
心音は自分で提案しておきながら目を見開く。
「良いも何も、心音と恋人の予行演習ができるんだろ? 後学のためにも経験しておきたい」
いつか、運命の人が現れた時に、少しでも女性の扱いを心得ておかないと。
「なんか、動機が不純なんだけど」
心音は頬を膨らませる。
「まぁまぁ……それなら何から始める?」
「えっ……一緒に買い物行ったり……お風呂に入ったり……一緒に寝たり?」
「どれもいつもやっているだろう。
お前の裸なんてもう見飽きた」
「な、にーに失礼な!
この前入った時より成長しているから!」
「胸が一、二ミリ成長したってわかんねぇよ」
「むっ、にーにのバカ! もう知らない!」
心音は怒って二階に上がっていった。
「さっそく破局かよ」
短い付き合いだった。
確かに心音と付き合っても、
今までの生活と変わらないのかもしれない。
怒って、泣いて、笑って……
いや、心音の場合はほとんど怒ってばっかりだな。
はぁ……いつものように心音の部屋へ向かう。
慰め待ちの心音は必ず布団に包まって俺を待っている。
放置してもいいんだが、俺の飯を作る人がいなくなるからな。長引けば長引くほど俺が不利になる。
彼女の部屋に入って、いつものように土下座をした。




