第38話 満月が昇る前に 4「魔女ばあさん、ありがとう」
奉公屋の子供は大抵、両親または片親の能力を応用する。
西野小学校で基礎を学び会得しながら、自身で新しい能力を生み出して、卒業するのだ。
しかし、生み出せなかった児童は不適合と判定されて、退学になる。
どうしても奉公屋を志したいと申し出る児童には、再チャンスが設けられているが、一年生から遣り直すことになる。
恥を忍んで頑張る児童は、まずいない。
九分九厘、退学後は、人間の中学校に進学している。
瀬奈は、完全に適合者で、食に関する能力が開花していた。
同じ物体を、体力の続く限り量産できるのだ。毎回お菓子作りと、薬草の栽培に役立てている。
一つの物体に能力を注入して、後は焼くだけで、物体が増え続ける 。
それで、今回、瀬奈は、奉公屋の力を使おうと考えたのだ。
《 鯉に細工をすること――――力を注いだ鯉を一匹、巨大コンロに投げ入れるだけで、焼けた鯉は増え続ける 》
魔女ばあさんは驚くだろうが、問題ない。
食い意地が張る魔女ばあさんのことだ、大喜びで残さず食べ尽くすだろう。
魔女ばあさんのお腹が、ぱんぱんになるまで鯉を食わせてやろう、という魂胆だった。
「これじゃあ、腹がいっぱいで、おまえたちを食えないよ」
と、ギブアップさせる目論見だったが、どうも叶いそうにない。
瀬奈は、この作戦を捨てて賭けに出た。
炎の神さまの前に、ぱっと飛び出すと、即座に跪いた。
そして、両手にチョコを乗せて、うやうやしく差し出した。
「炎の神さま、どうか、あたしの願いを叶えて下さい」
炎の神さまは、一瞬ぎょっとなったが、優しく声を掛けた。
「娘よ、立ちなさい。子供が簡単に跪いてはいけないわ。わけを聞きましょう。何が望みなの?」
瀬奈は、立ち上がって熱心に頼んだ。
「鎮めて頂きたい炎があります。爝火さまの炎です。今夜、赤目守りの森で、火の手があがります。爝火さまは、祠に封印されているギュウジャッガンと、ワカチカを退治したいだけで、森を燃やす気は毛頭ありません。ですから、闘いの最中に、飛び火しないで済むように、大量の水が必要なんです。あたしたち、森を護りたいんです。本当は、学校のプールの水を使いたかったんです。でも、先生たちが、夏休みが始まる前に、水を抜いてしまったんです。夏休みに、子供が学校に来ることはないからって。だから、水の確保が出来なくて探しているんです。炎の神さま、どうか炎を鎮めて下さい。お願いします」
魔女ばあさんは、呆気にとられて話を聞きいていた。
(爝火は裏切り者の筈だ。それに、愛妻が命をかけて封印したっていう祠を壊すだって?全く卑劣な夫じゃないか……)
炎の神さまも不審を抱いたが、名も知らない子供は、縋るように自分を見つめてくる。
その目が訴える揺ぎない信念を見抜いて、炎の神さまは何も聞かずに、チョコを受け取った。
「大妖怪の炎は、神の炎で消滅させるしかないでしょうね。わたくしは、姉さまのように多量な水を飲み干すことも、飲み干す前に吐き出すことも出来ない。けれど、地獄を満たす烈火より、わたくしの炎が遥かに勝る。爝火さまの炎を吹き消すことが出来たのは、過去に輝龍さま唯お一人。他には出来ぬこと。たとえ、大妖怪であったとしても。わたくしの炎で吹き消すか、それとも飲み込むか、どちらかでしょうね。それを解しての頼みとは………聡い娘よ、引き受けましょう」
炎の神さまは微笑んで、頼もしく請け合った。
「ありがとうございます!」
瀬奈は飛び上がって喜んで、何度も頭を下げて礼を言った。
「本当にありがとうございます!炎の神さま、本当にありがとうございます!」
炎の神さまは苦笑して、宥めるように諭した。
「そう何度も頭を下げる必要はありません。娘よ、名を聞かせておくれ」
瀬奈は畏まると、一礼して答えた。
「瀬奈です。歳は十一で、西野小に通っています。母親の家系が、奉公屋です。でも、あたしは漫画家を志しています」
炎の神さまは、この簡潔な自己紹介を聞いて、口元を綻ばせた。
「ふっ、そうですか。奉公屋の適性は高そうだけど、余程の問題児なのね」
そう言って魔女ばあさんを振り返ると、目を細めて問い掛けた。
「最終テストの合否は決まりましたか」
(えっ、テスト?)
瀬奈が目を見開くと、不気味な笑い声が木霊した。
「いーひっひっひっ。あいつに聞いたか……あんたが来るとはねえ。ひっひっ。ほんとに瓜二つだ!」
どうやら本当に抜き打ちテストだったらしい。
瀬奈は、不安に顔を引き攣らせて、ビクビク、ひやひやし始めた。
「あちらさんから依頼がきたのさ。問題児用の《特別試験》を実施するとかで、えらく迷惑な話だったよ。わしに試験官として、子供たちの本分を見極めてくれって言うんだから!つまり、抜き打ち進級テストだね。三人もいると言うから驚きだ。三人とも品行方正の優等生だが、その実、陰でコソコソと悪事を働かせているって話だよ。正直たまげたねえ」
魔女ばあさんは、急に真面目な顔になって、瀬奈を見据えた。
「大人をなめちゃいけないね。相手は熟練の奉公屋だ。おまえさんたちの部活内容を、ちゃーんと把握していたよ。本気で騙せると思ったのかい?教諭ってのは、抜け目がないんだよ。人柄より行いを重んじる。おまえさんたちは、とんだ甘ちゃんだ!子供の悪事なんか、すぐに露見するんだよ。奉公屋の生業では通用しない。厳しい世界だよ。このテスト、さして興味はなかったが、報酬は頂いた。折角だから教えてやろう。西野小が募る熟練の奉公屋は、専門が犯罪分野だ。おまえにやった鯉は、あちらさんが奉公屋の仕事で捕縛した犯罪者ども――人間なのさ。ひっひっひっ、鯉はまだ死んじゃいない」
炎の神さまが、顔を曇らせて眉間に皺を寄せた。
「よろしいの?閻魔の遣いが、西野の秘密まで暴露してしまうだなんて………」
咎められても、どこ吹く風という体で、魔女ばあさんは続けた。
「いっひっひっ、かまやしない。あちらさんも、わしの好きにさせとるくらいだ、端から魔女任せ。魔女使いが荒いったら!人殺しも、妖怪殺しも類似だよ、増えても減らぬ、この世の憐れ。ひっひっ、地獄も、この世も変わらんさ。そら、ごらん!業の分だけ、でかいだろ」
瀬奈は、魔女ばあさんの視線を追って、池に視線を移した。
いつの間にか、ホオジロザメのような鯉が、十匹泳いでいた。
どの鯉も、頭から尾鰭まで十五メートルあった。
「あちらさん、年々売値をバカ高くあげていくのさ!ぼったくりもいいところだ!嫌気も差すよ。生業だからしょうがないと、諦めていたところへ朗報さ!タダで犯罪者が手に入った。早々に鯉に変えてやったよ。長年嘘をつき続けて生きてきた連中だ。とうとう殺人まで犯した口だが、こいつらは一度だけ、妖怪を援助したことがあった。それで、閻魔さまが情けをかけた。地獄に落ちずに、わしの腹へ落ちるんだから、幸運な奴らだよ」
「でも、お刺身にするんでしょう?切られて、ものすごーく痛いわ」
瀬奈は身震いして後ずさった。
魔女ばあさんは瀬奈を睨み付けたが、次に悔しそうな顔になって、吐き捨てるように言った。
「ふん、わしが甘かった……神を味方につけて牙を剥くとは!いやはや、末恐ろしい子だ!こんな突拍子もない、姑息な手段を思い付いた子は、初めてだよ。わしは、贔屓はせん!が、褒めてやろう、頭を使ったね。頭脳も性根も、さほど悪くない。いーひっひっひっ、あの子ぎつねと、小生意気な小娘が戻る間に、おまえを刺身にしても良かったんだ。わしは仕事で手を抜かん質でね、誠実な仕事振りを買われとるんだが、あちらさんには事後報告、おまえの息の根を止めることも、いつだって出来たのさ。死人に口なしだ!」
瀬奈は背中がひやりとした。息を詰めて、試験結果が言い渡されるのを待った。
(あたしは不合格の方がいいけど……奉公屋の力がなくても、漫画家は目指せるし……でも、退学になったらママが泣くわ。それに、食べられるのは絶対にイヤ!)
「――わしを降参させること――これが合否基準だ。わしは、ちっとも降参しとらんが………見逃そう。あの生意気な小娘と子ぎつねも、見逃してやるよ。それぞれが知恵を絞って、わしを打ち負かそうと奮闘した過程を評価してやろう。だが、おまえは本当に恐ろしい子だよ!土神だけでなく、炎の神をも利用するか!」
(えっ、土神さまのこと、ばれてたの?)
瀬奈はぎくりとして土神の方に目を遣ったが、知らぬ間に消えていた。
仕事を終えて帰ったのだろう。
(あ、お礼言ってない――)
「あと二人――知世と結花という子供が残っているが――おまえは、炎の神と共に森へ行くと言うのだから、おまえを食らうことは出来ん。追い掛けることも叶わん。土神と、炎の神さえいなければ、おまえを焼き鯉に出来たんだ!そもそも、天代の子ぎつねさえ来なければ………おまえさんたちが、スーシーランドへ来たがっていることは知っていた。誘き寄せるつもりだったんだ。それが、まさかこんなルートで辿り着くとは!全くもって腹立たしい!特別試験は合格だよ!ただし、覚えておおき。地獄とこの世、違いがあるとすれば、命があるってことだけだ。生きている限り、やり直せるのが人間だからね。今度悪さをしたら、躊躇いなく食らうよ!」
(躊躇してくれてたんだ………)
「魔女ばあさん、ありがとう」
瀬奈が感謝すると、魔女ばあさんは眉を寄せて呟いた。
「何が、ありがとうだ、とんでもない悪童だよ」




