喫茶室の宝箱 そのに
霞ヶ浦美術館。
それは、停泊した豪華客船と連結した、そこそこ大きな美術館となった。
敷地全体がフリーポートとして免税特権を持ち、来訪者は手荷物を預けて敷地内に入る。
急ピッチで工事が進められ、周囲には素敵なレストラン街やホテルも作られた。
もちろん、経営は佬園商会集団だ。
四年後の一斉開業をめざして工事が進められた。
その間に、熊さんはローエンタール商会を飛び出して霞ヶ浦美術館の統括マネージャーとなった。社長には若葉銀行の元頭取がなり、理事長には旧皇族が迎えられた。
そして、美術館の警備部はローエンタールの警備ギルドが担当、喫茶室にはマコ・カナ・コンビが派遣された。
第一回の展覧会は「中国・明代の秘宝展」になった。
世界中のフリーポートに隠されていた秘宝だけでなく、日本からも色んな宝が運び込まれた。とくに、明朝の福王がひそかに日本に亡命したときに持ってきた美術品が、徳川家ゆかりの美術館や寺社からも運び込まれ、世界中を驚かせた。
そんな大事業のさなか、アリサさんと熊さんの結婚式が都内でが開かれた。なんと! 伊藤竣巧氏は九頭竜竣巧氏になった。九頭竜という珍しい姓を後世に残すためだ。
「いやー、もう、こんな可愛い嫁さんがもらえるなら、姓の一つや二つ、あげちゃいますよ」
もうデレデレである。
一方、アリサさんも例のダイヤモンドが一杯ついたドレスを借り出してご満悦だ。お茶子ギルドに籍は残っているので、そういう事も出来る――てか、私が即答で許可した。そして、私自身も、年に二回の株主総会ではこのドレスを着て、周囲を威圧して闊歩している。
私自身はどうかと言うと、アリサさんの紹介で楽士ギルドの一人と結婚し、みごとに破綻した。どうやら相手は専業主婦を期待していたらしいのだが、ローエンタール商会のOLという安定した身分を捨てる気は全くなかった。喫茶室長の実入りは、周りが思うほど低くはないのだ。
そこで、協議離婚を経て今や独り身である。
……いやまあ、旦那が出入りの生保のお姉さんと浮気したのが離婚の原因なんですけどね。
その事を思うと、アリサさん一筋の熊さんは、とっても得がたい存在なのです。
というわけで、私は今も喫茶室の店長兼メイドである。
おや、今日は新人の初出勤の日だ。霞ヶ浦の喫茶部に一人くらいは優秀なのを送らないと、マコ・カナ・コンビでは美術館の開業日にパンクするのが目に見えている。
コンコン。
ノックの音がした。
私は仕事モードになる。
「どうぞ、お入りになって」
「失礼します」
リクルートスーツの、まだ高校生のような顔立ちの女の子が入ってきた。私のメイド服を見て困惑した表情を浮べる。一瞬間を置いて、元気よく挨拶する。
「ここが伝統あるローエンタール商会の喫茶部です。おしとやかになさってね。そこにお掛けになって」
「はい」
緊張と困惑で爆発しそうな表情だ。私も初日はこんな感じだったかな、となつかしく思い出す。
「この喫茶室に勤務する人は、全員、ローエンタール商会の正社員です。その点では、他の従業員の皆さんと同格です」
「はい」
「で、あなた、どうしてここの部署に配属なったかわかるらしら」
「いいえ」
ふるふる、と首を横に振る。拾われてきた子犬のようだ。
「それはね、あなたのリスニングの試験結果が最低だったからです。でも、安心して。この喫茶室には色んなお客様が来られます。私たちメイドにはその内容が聞き取れないことの方が求められて……」
【完】




