表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

技芸天


「父はある県の書記官でした」

 雪枝はポケットに手を差し入れて、

「ある年、この地を巡回したことがありました。私が七歳のときです。まだそのころは、今の温泉はなかったようですね」

「温泉の開けたのは最近のことでがすよ。そうでがんすとも。前から(さび)れてはいましっけど、お城の周囲(まわり)にまだ町の形が残ってたころは、温泉はなかったっけの。

 (ひで)え地震が起こってから、まともに残ったのはお天守さまだけじゃ。人間も家もおっ(つぶ)して、(ほり)も半分がた埋まりましたっけ。冬のことでの。その前兆であろうか八尺あまりも積もった雪が一晩で融けて、びしゃびしゃと消えた。あれ、青い松が見えたわと言ってるうちに、天も地も赤黒くなって、生き物という生き物はみな、泥の上を泳いでたでの。

 その地震の揺れで今のところへ温泉が湧き出した。(ひど)い目を見させたとて、天道人を殺さずというものかね。生命(いのち)だけは助かっても飲み食いの立ちゆかなかったところを、温泉で(にぎ)わってきたもんで、どうやらこうやら人並みに暮らせるようになった。その代わり、元から名所だったお天守さまのこのあたりは、人の寄りつかぬ凄いところになりましたよ。見さっせえ、いまに太陽(おてんと)さまが出なさっても、濠端(ほりばた)にかけての城址(しろあと)には、お前さまとわしのほかには人間らしい影もねえだ。たまに突っ立って歩く者がいても、性悪(しょうわる)な野良狐か山猫だよ。

 こんなところへ、ぬしはなんのつもりで姉様の人形をつれて来さっしたか」

「それを順にお話しましょう」

 と、雪枝は一度(ふさ)いだ(まぶた)をパッと開けて、

「父がこの土地を巡回したときのことです。どこかの山陰(やまかげ)の小さなお堂に、美しい二十(はたち)ばかりの女の、珍しい彫像があったのを見つけて、私の玩具(おもちゃ)にさせようと、堂守(どうもり)に金をやって、供の者に持たせて帰りました。姉妹(きょうだい)がいるわけでもない私は、姉さんが一人できたように、負ぶったり抱いたりして遊んだのです。大きな彫像で、食事時などに並んで座ると、七歳だった私の坊主頭よりもずっと上に、髪の(さが)った島田(まげ)が見えたんです。衣服(きもの)白無垢(しろむく)水浅葱(みずあさぎ)(えり)を重ねて、袖口(そでぐち)(すそ)先は、同じく白い地に常夏(とこなつ)の花を散らした長襦袢(ながじゅばん)を着て見えるようにできていて……それは上から着せたのではなく、木彫りに彩色をしたものだった。しかし不思議なことにその白無垢は、どうやって置いていてもちっとも(ほこり)が溜まらず、虫も(はえ)もついぞ(たか)ったことがない。花畑にでも抱いて出ると、きれいな蝶々が帯に飛んできて留まったものです。もう一つ不思議なのは、立像として刻まれているのに、(ひざ)を柔らかに曲げてすっと座ることです。

 両手は乳のあたりで、両方の袖が合うように重ねられていたんですが、重ねた手の甲がふっくらとして、なかになにか入っていそうで……。

 駆け寄って『姉さん』とつかまったときなど、肩が揺れると、ころりん、ころりんと、じつにそれは、なんとも微妙な、(かす)かになにかの鳴る音がする。父母をはじめ、それを聞いた者は、なんだろう、なんだろうと言い合ったが、指を折らなければわからないから、むろん開けてはみず仕舞いになった。

 その彫像は……ですね、父がストーブにくべて焼いてしまうことになったんですが、とうとうそれでもわからなかったんです。

 ちらちらと雪の降る晩方でした。……私は、幼児(こども)のむら食いというやつで、欲しくないと言ってましたが、先に両親が差し向かいで晩飯を食べていました。そこへ彫像をおぶって、食卓のある西洋間に入っていったんです。ドアを開けようとしながら『姉さん』と言って仰向くと、上からもうつむいてこちらを見たように思いました。……黄昏(たそがれ)どきの、長い廊下のドアのところで、(びん)の毛がむらむらと、そのときはそよいだように思いました。(まゆ)の下でぱっちりとした目が、黒い睫毛(まつげ)を動かして(またた)いたようで。……

 その顔を見上げながら、そのままドアを開けると、小さな私の背中で、裾のあたりを後ろ抱きにしていた彫像が反りかえって、天井のあたりまで(そび)えて見えた。

 そのとき、室内履きの先を反らせた母親の白い足が、テーブル掛けと絨毯(じゅうたん)の間で動いた。窓の外には、雪にその光りを()でられて、さらさらと音をたてていそうな月が浮かんで、植え込みの(こずえ)がちらちらと黒かった。燃えさかるストーブのほてりで顔を赤くしながら、ナイフを持ったまま顎杖(あごづえ)をついて仰向いていた父がひょいとこちらを向くと、その顔が真っ青になりました」




「東京駿河台(するがだい)にあった家の、その二階でした」

 と、青年は言いかけて、左右を見た。野と(ほり)だけではなく、黙ったまま、不審顔をしている老爺(じい)がいた。……雪枝には、それが現実であることをことを確かめて得心したという表情があった。

「父がすっくと立ちあがると……

『おのれ!』と言って、つかつかとやってきましたが、私の身体(からだ)を一回転させた拍子に、肩から逆さまになって女が落ちた。(すそ)のところがまだ(ひじ)に懸かって、反り橋のようなかたちになって彫像の頭が床に着いたんです。仰向けになったその白い喉を、父がナイフでざっくりと、斬ったのだか、突いたのだか。

『きゃっ』と叫んで、私は鉄砲玉のように飛びだしたが、廊下の壁に額をぶつけて、ばったり倒れました。……気の弱い母も、引きつけをおこしてしまったそうです。

 母は、父がその木像の胴を真っ二つに折って(案外たやすく折れてしまったといいますが)、いきなり頭からストーブに突っこんだのを見た。その折れ口にふと目を留めると、内臓がすっかり刻みこまれていた。まるで生身の人間のそれのような長い(はらわた)が青い火に包まれるのを見て、あまりのことに気絶したのだと、のちに語りました。

 父は歳を取って亡くなるまで、そのときのことについては一切口にしませんでした。もっともそれがあって二ヶ月ばかりは、ともすると一室に()もって、だれとも口を利かずに考えごとをしていたそうですが、それ以外に変わったこともなかったんです。

 ただしそのときから、両親は私を男にしました。それまで、先に生まれた子どもが三人とも育たなかったので、私を女として育てていたのです。だから雪枝という女のような名前がついていました。

 その名前をそのまま(ごう)にして、今では彫刻という仕事をするようになったのも、幼い頃からその像のことが、目からも心からも身体(からだ)からも離れなかったせいなんです。

 こんな辺鄙(へんぴ)な温泉へ来ましたのも、じつは、懐かしい、忘れられない、という気がしたからです。どこかはわかりませんが、その木像は、父がこの土地から持って帰ったというじゃありませんか。

 山も谷も野も水も、この地に心ひかれぬものはなく、そこには私の師匠がいると信じていました。そして貴方にお目にかかった。

 ――あの、白無垢(しろむく)常夏(とこなつ)長襦袢(ながじゅばん)浅葱(あさぎ)(えり)をつけて島田に結った、両の手に秘密を(かく)した、絶世の美女の像を刻んだ方は、貴方のその祖父(おじい)さまではないでしょうか」

 雪枝はじっと相手を見つめた。

「それとも、あなたかもしれない、あなたかもしれません。先生、おっしゃってください。一生のお願いです」

「若え旦那、祖父殿(おんじいどん)のことはわしも知らんで、いま言わっしゃったような悪戯(いたずら)を、なにかしたのかもわからねえ。わしはといえば獅子鼻(ししばな)団栗目(どんぐりめ)御神酒徳利(おみきどくり)の口なんて、ひょうきんな顔なら真似もできようが、弁天様のような美女となると手に負えねえ……まあ、そんなことは()かっしゃい。じゃが、お前さまは山が先生、水が師匠というそれだけの理由で、わしらにとっては天上界のような東京から、はるばると飛騨(ひだ)山家(やまが)まで来なさったのかね」

 と、しゃがみこんで両腕を(ひざ)に載せたまま、くわえ煙管(たばこ)で身を乗りだす様子は、先刻目にした、(くちばし)の長い(さぎ)の船頭が化けた姿のように見える。

 雪枝は、しばらくためらっていたが、

「仮にも先生と呼んだ貴方に向かって、嘘は言えません。……一度は来てみよう、ぜひ見たいと、雪枝の身体とは生まれる前からの許婚(いいなづけ)の約束があるようなこの土地です。仏教信者が善光寺や身延(みのぶ)へ巡礼をしたがるほどに願っていたのに――今度こそ行こう、というときになると信仰心が(にぶ)って、観光のような気持ちで来ることになった。

 それが悪かったんです……。

 家内と二人連れで来たんです。しかも結婚式を挙げたばかりだというのだから」

 婚礼の杯を納めるなり汽車に乗って家を出た夫婦ゆえ、人間だか蝶だかわからないほどに浮き足立っていた。はるばる来たといわれても、なんの決意があったわけでもなく、きまりが悪いだけである。気も魂もふらふらで、全国津々浦々の菜の花の上を舞い歩いても疲れぬほどの元気。それでも、脇目もふらずに夜昼かけてこの地を目指した、仕事のことも気にかけていた、というのなら山にも水にも申し訳が立つというものだが、あっちへ二晩、こっちへ三晩と、泊まり泊まりの道草ばかりして来たのだ。――ところどころの温泉では、花には紅、月には白くといわんばかりに嫁の姿で景色を(いろど)ると、前後左右から額縁を掛けるように見とれながら付き添って、木を刻んで作ったものなど、こうも美しくはなるものかと、自ら彫刻家であるのを(あざけ)るといった始末。



十一


 (おの)(のみ)も忘れた者には、木曽(きそ)碓氷(うすい)寝覚(ねざめ)(とこ)を訪ねてみても、旅だか(うち)だか区別もつかず、そんな男がどうしてこの山や谷を、神聖な技芸の天、芸術の地と思うだろうか。

 ここに来てみる以前は、こう考えていた。峰は雲に、谷は(かすみ)に、永遠に封じられて、ただの修行者ではなく、自分たち、芸術の神を(あが)め、渇望する者が、我が身を削る思いで精進の(わし)の翼に乗らなければ、分け入ることのできぬ土地であろう。流れには斧の響き、木の葉には(のみ)の音、白い蝙蝠(こうもり)、赤い雀が(ふもと)の里を彩って、辻堂(つじどう)のなかなどには(かすみ)がかかって、花の彫刻が施されていもいよう。

 そこまで信じていたのに、恋しい女といっしょに来たせいで、嶺が雲に日を刻み、水が谷に月を彫った、偉大な彫刻と見るべきこの地の風景をながめても、女が()した(こうがい)ほども目に留まらなかった。温泉宿へ泊まった翌日も、以前ならばなによりも先に、これこれこういったお堂はないか、それらしい堂守(どうもり)はいないかと、父親がかつて持ち帰ったあの神秘な木像があった場所の心当たりを探していたはずだが、そんなことは気にもかけず、忘れてしまっていた。

 実際、温泉宿の亭主を呼んで、まず尋ねたのは、噂に伝え聞いた双六谷(すごろくだに)のことだった。

老爺(おじい)さん」

 と雪枝は嘆きつつ、話を続けた。

 温泉の町の渓流(けいりゅう)に沿って(さかのぼ)ると双六谷(すごろくだに)というところがある――そこには一座の大盤石(だいばんじゃく)があり、石の面には自然の力で双六の目が刻まれているのだというが、事実なのか、と聞いたのだった。

 亭主が答えるには、いかにも、このあたりで(うわさ)するには、それは春の(あけぼの)のように蒼々と(かす)んだ盤石(ばんじゃく)で、藤色がかった紫の筋が、寸分たがわず双六の目になっている。

「まさしく、いま申し上げたような具合だと思われます」

 そのとき座っていた座布団が、青みがかった甲斐絹(かいき)の生地であり、ちょうど濃い紫の縞があった。そのことに気づいた夫婦は顔を見あわせて、まるでもう、その双六盤の石をはさんで差し向かいになっている気になって、思わずほほえんだ。

 ――雪枝は話し続けた。――

 この旅に喜びを感じたとはいっても、それは神の(おの)による崇高な製作の技を会得した、などというたぐいのものではなかった。実際のところ、合戦の雄叫びのような流れの音も春雨のささやきかと思えるほどに、温泉の煙が暖かにたなびき、山国ながら紫の(かすみ)のたちこめるなか、(すみれ)の花を満たした池に(たと)えたい寝室で、蒲団のなかの寝物語に、鴛鴦(おしどり)の夫婦が語りあっていたのは、こんな他愛のない話だった。

 主従は三世、親子は一世、夫婦は二世の(ちぎ)りだというが、

「ほんとうに生まれ変わっても、また結ばれるのでしょうか」

 と、浦子が言った。

 内心では、二世どころか三世までもと雪枝は思っていたものの、ことばの言い合いを面白がって、

「なに、来世なんてものがあるものか。魂は滅びないとしても、死ねば夫婦は別れ別れだ」

 とはぐらかすと、浦子は(つま)を引き合わせながら起き直って、

「私は今世だけじゃいやです」

 とツンとした。

「それでは二人で、夫婦は一世か二世か賭をしよう」

 仮にも来世があるのかどうかなどということを賭にするのである。(すみれ)の花を引っかけあって草相撲でもするような勝負では、神聖を損なうことはなはだしい。聞けばこの山の奥には天然の双六盤(すごろくばん)があるという。その仙境で一局手合わせをしよう。そしてその勝敗を記念にして、ひとまず今回の蜜月旅行を切り上げよう。

 けれどもその双六盤は、たんなる土地の伝説かもしれない。本当にあるのなら奇跡というようなものだから、念のためにその翌日、温泉宿の亭主に聞いたのが、先に述べた青石に薄紫の筋が入った、あたかも二人が敷いていた座布団に似ているというその石であった。

「案内人でも雇えるだろうか」

 それを聞いた亭主は、とんでもないといった顔つきで二人を見たが、それにはこんな理由があった。



十二


 双六という場所は確かにある。天が作った奇跡のゆえに、その地は四五六(しごろく)または双六谷(すごろくだに)と呼ばれ、それにあやかって温泉も双六という名で世に聞こえている。しかし、谷奥までを探検して盤石(ばんじゃく)を見た者は昔からだれもいない。土地の名所とはいいながら、案内人を連れて気晴らしに行くといった、簡単に踏みこめるような場所ではない。双六盤は実在するとはいっても、それがそこにあるというのは、月に玉兎(ぎょくと)がいるというのと同じだ、と亭主は語った。

 土地の者が、あそこの空だと眺める谷の上には、白い雲が行き交い、紫や緑の日の光が差しこみ、月明かりの下では黄や桃色の霧が立ちのぼるのが時々は望まれる。(たま)黄金(こがね)か世にも尊い宝が(ひそ)んでいると、押さえがたい憧憬(あこがれ)()られても、風に木の葉が鳴るほどの、少しのことすら知れてはいない。緋葉(もみじ)を分け入る道も知らない。……ちょうど燦爛(さんらん)として五色に(きら)めく天上の星を指さしても、手には取れないのと同じである。

 ただ深山で木を切る樵夫(きこり)が、ともすれば、自らが木を()る音の(こだま)ではなく、ころりん、からからと、(たえ)なる楽器を奏でるような、怪しく、(かす)かな、心()かれる響きを聞くことがある。そんなときは、森の枝の一つ一つが黄金(こがね)白銀(しろがね)の糸になって、その音を伝えるかのように感じるという。盤石で魔神が向きあって、骰子(さい)を投げる響きなのかもしれない。なんといっても飛騨谷(ひだだに)随一の秘境、近づきがたい魔所である、と重ねて亭主は語ったのである。

 話を聞いた二人は、双六谷が聞いたとおりの他界であると信じると同時に、いやが上にも双六の(かけ)が意味深いものになったことを喜んだ。もちろん、谷へ分け入ることについて躊躇(ちゅうちょ)したり、恐怖(おそれ)を抱いたりするようなことは少しもなかった。

 ――と、雪枝は続けて語った。――

「そのうえ好奇心に駆られてもいましたから。すぐにでも草鞋(わらじ)を買ってくるように言おうと思ったけれども、もう日が暮れたことでもあるし、宿の主人に無理を言って途中までの案内人を付けさせることにして、その日は晩飯を済ませました」

 翌早朝には双六谷へ出発しようという意気込みで、今夜も一世か二世かの賭は勝敗をつけないまま、仲睦(なかむつ)まじく過ごすのであろうと思っていました。しかし寝るにはあまりにも早い。一風呂浴びたあとで、二人でぶらりと山道へ出てみることにしたのです。ちょうど、狐の穴には灯りは点かないが、猿の店には燈火(ともしび)も点るだろうといった時刻で、なんとなく薄ら寒い。そこらにたなびく(かすみ)も、遠山の雪に照り返されているようで、夕餉(ゆうげ)の煙がもの寂しく谷へと下っていく。五、六軒の藁屋(わらや)が建ち並ぶなかでも、とりわけ間口の狭い、掛け小屋のような小店で婆さんが一人、穴のなかから通りに目をこらすようにして商売をしていた。その店に並んでいたのは、獣の皮や獅子の(かしら)、狐、猿の面、般若(はんにゃ)の面、二升樽(にしょうだる)ほどもある座頭(ざとう)の首――いや、それが白い目をぐるりと()いて、亀裂(ひび)の入った壁で仰向いているのは、あまり気味のいいものではなかった。だれか(こしら)える者がいて、それを直売しているらしい。破れた(むしろ)の上は、(あい)の絵の具や紅殻(べにがら)だらけで、婆さんの前垂れにも、ちらちらと(しも)のように胡粉(ごふん)がかかっていた。その他、(つの)細工も多種多様であったと雪枝が言うと、

「ハッハッ、それは婆様(ばあさま)の家じゃ」と老爺(じい)は不意に笑いだして、

「茶でも(あが)ってこられたかの」

「ああ、お知己(ちかづき)の店なんですか」

「昔の恋人でがす。あれでもの、お前さま、若い盛りの時分もあったもんだ。人形を欲しがるような年ごろじゃ。山鳥は尾羽に恋を映すというが、あごひげ()でながらおらの尻を見せたところで、娘の気は()けやせん。木の枝に登ってのこぎり引きながら、猿の脚と並べて見せる尻じゃ。そこで、人形やら、おかめの面やら、ご機嫌取りに(こしら)えて、持っていってはにっこりさせて、その顔に他愛なく見とれていたものでがす。ハハハ。はじめのうちは納戸(なんど)の押し入れに飾っての。それを見るなと隠していたら、恐ろしい、男を食って骨を隠しているのかと村の者がからかったっけの。……それが今じゃあの狸婆(たぬきばばあ)が、昔の色仕掛けでわしを強請(ゆす)って面を作らせ、商売にしてるんでがんす。ほんに孤家(ひとつや)の鬼女になったようなもんじゃ。旦那、なにか買わしゃったか、たんと値切らっしゃればよかったのう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ