12.ツンデレ悪役令嬢なお猫様、爆誕
断固としてケイレブを中へ入れようとしない執事の姿勢に、グレイスは内心拍手を送った。リアムの人柄もあるのだろうか。大変主人想いな上、忠誠心に厚い執事だと思う。
(まあ当たり前よね。主人がいない上に厄介者な伯父だもの)
一度中へ入れてしまえば最後。リアムが帰宅するまで居座り続けそうな雰囲気をひしひしと感じた。
しかも、これだけ言われているのにまだ粘る。
「わたしが会いに来たのは、リアムではなく婚約者候補の令嬢だ。この屋敷にいるはずであろう?」
「申し訳ございません。お答えいたしかねます。どうぞ、お引き取りください」
(…………あら? リアムじゃなく、私に会いに来たみたいね?)
今日、この屋敷に来たばかりのグレイスの存在をどのようにして知ったのか、とか、色々と気になることはある。
ただどちらにせよ、グレイスがやらなければならないのは、ケイレブに喧嘩を吹っかけることだ。
グレイスは一度、大きく深呼吸をした。そして頭の中で嫌味な悪女を想像する。
(私がなりたい悪女は、リアムに愛されていることをいいことに各所に喧嘩を売るのに、いざというときは被害者面をする女よ……そう、前世でよく見た、何もしていない悪役令嬢に罪を着せる、物語のヒロインみたいに!)
その後、大抵断罪されてしまうためあまりいいイメージではないが、グレイスが想像できる悪女の中で今の状況に相応しいのは、あれである。
なんせグレイスはこれから、ケイレブに殺される努力をするからだ。
笑みを張り付けたグレイスは、たまたまここを通りかかった風を装い、片手にシャルを抱えつつ階段の手すりに手をかけた。
「……あら? 今、私に会いにいらしたと聞こえた気がするのですが……」
そう声を上げれば、玄関ホールにいた執事とケイレブが一斉にこちらを見上げてくる。
一瞬ケイレブが苦々しい顔をしたのを、グレイスは見逃さなかった。
彼は直ぐに笑みを浮かべると、執事を押しのけこちらへと歩いてくる。
「これはこれは。初めまして」
「初めまして、紳士様。どちら様でしょうか?」
無知を装ってそう問えば、ぴきりと表情が固まる。「わたしを知らないなんて」という声が今にも聞こえてきそうだ。
(ですが申し訳ありません。私、ついこの間、社交界デビューを果たしたばかりの小娘ですから~)
しかも、田舎者の名ばかりな貴族令嬢である。知るはずがないだろう。
その一方で、ケイレブはグレイスのことを知っているふうだった。
(だから、どこまでを知ってここにいたのかを知りたいのよね)
敵を見極めるために必要なのは、まず情報収集だ。
ということでそんな感じで煽ってみたのだったが、効果はてきめんだったらしい。家格、権力共々格下、その上歳下から邪険に扱われたケイレブは、唇をわななかせた。
それでも、最後の理性でもってなんとか怒りをこらえている。
「……わたしの名を聞く前に、自分の名を名乗るのが礼儀というものではないのか?」
「あら、先ほど私に会いに来たとのことでしたので、もう知っているものかと思っておりました。違いましたか?」
「……もちろん、知っているさ。ターナー子爵家の令嬢だろう?」
「はい、そうです! グレイス・ターナーと申しますわ、紳士様」
階段から降りて、シャルを抱えたまま片手のみでスカートを持ち上げたグレイスは、にっこりと微笑んだ。
態度としては「ほら、こっちが名乗ったのだから、そっちも早く名乗りなさいよ」といった体である。
片手間に淑女の礼を取った上にそんな態度を取れば、まあ怒るだろう。
その証拠に、ケイレブの顔が真っ赤に染まった。
「貴様……! 貧乏貴族の分際で、調子に乗るな!!!」
そう言い、ケイレブが手を出そうとしてくる。もちろん執事が止めてくれたが、それよりも先に前に出たのはシャルだった。
グレイスの腕から踊り出た彼女は、執事の肩に乗ったかと思うとさらに跳躍し、ケイレブの顔を踏み潰す。
「ぐえっ!?」
まるで潰されたカエルのような声を上げて後ろに倒れたケイレブ。
その一方でシャルはしゅたっと音もなく床に着地すると、ツンとした態度で吐き捨てる。
『ならお前は、人間の分際であたしの守護下にある人間に手を出す愚か者ね』
「な、は、話す猫……し、神獣!?」
『そうよ。お前よりあたしのほうが格上なんだから、グレイスがあたしを抱えたまま礼をするなんて当然じゃない』
「そ、それ、は……っ」
はたから見れば、白猫にたじろぐ人間という、面白おかしく大変滑稽な光景なのだが、この帝国では普通の光景でもあった。
それほど、神の意向というものが強いのだ。
だからその神が自ら作り上げた創造物である神獣は、神と同じように丁重に扱わねばらない存在である。
まあだからといって、グレイス並みに恭しく扱う人間は珍しいが。確かいても、教会に所属している人間が多かったはず。
ただケイレブもかなりかしこまった様子なので、意外と信仰心が厚いのかもしれない。
(なら、リアムに対してもそれ相応の態度を取れよって話だけれどね)
『それで、お前は誰なの?』
「わ、わたしは……ケイレブ・デヴィート、と申します。伯爵位を賜っております……」
『へえ、そう。まああたしには、人間が決めた位なんてどうでもいいものだけれどね』
そう言い、シャルはふんっと鼻を鳴らしてからグレイスのほうに歩いてくる。
圧倒的なしてやった感があり、普段のグレイスであれば内心笑っていたところなのだが、今は正直それどころではなかった。
(…………え、今、シャル様が名前で呼んでくれなかった? ねえ、呼んでくれなかった!?)
そう。なんと、シャルがグレイスの名前を呼んでくれたのだ。ついさっきまで「田舎娘」呼ばわりだったのに、一体どういうことだろう。今手元にスマートフォンがあるなら、全力で撮影したい。しかし残念なことに、手元にそんな撮影媒体はなかった。
というわけで、脳内できっちり記録しておくだけにする。
すると、シャルがグレイスの足元まで戻ってきた。
その視線からすべてを察したグレイスは、直ぐ様膝をつくとシャルを恭しく抱える。
『察しのいい人間は嫌いじゃないわよ』
「ありがとうございます。もったいないお言葉です」
ケイレブから憎しみを込めた視線を向けられた気がしたが、そんなこと今は気にならない。
(だってシャル様が、私を名前で呼んでくださったから!)
ただ、心を開くまでが大変早かったので、ますますポンコツ悪役令嬢が増したな、と内心思った。ツンデレの称号まで付与された気がするが、可愛いのでオールオッケーである。
シャルが「疲れたわ」なんて言い出したこともあり、グレイスはにっこりと微笑んで会釈した。
「それでは、デヴィート卿。シャル様がお疲れのようなので、私はこの辺りで失礼いたしますね」
「な、」
「あ、このお屋敷の主人はリアム様ですから、今後はぜひリアム様の許可を取ってからいらしてくださいませ! 私、リアム様の婚約者候補……いえ、婚約者ですので!」
そんな感じで最後まできっちり喧嘩を売ってから、グレイスは執事に労いの言葉をかける。
そして思った。
(演技力には自信がなかったけど、これ、相当いけるのでは?)
どうやら、神はグレイスを見捨てなかったようだ。魔術が使えない上に貧乏な弱小貴族に転生させたが、代わりに演技力という贈り物をくれたらしい。
(これなら、リアムですら騙せるかもしれないわね!)
グレイスの演技力と、リアムの嘘を見破る目。
最強の矛と、最強の盾。
そんな頂上決戦ができるかもしれない。
そう思いながら。
グレイスは意気揚々と、玄関ホールの階段を上ったのだった。




