11.ということで、喧嘩を売ってきます
場所は戻り、クレスウェル邸・グレイスの私室にて。
グレイスはお猫様――ことシャルをソファの上で盛大にもてなしていた。
『ちょっと、しもべ』
「はい、シャル様。こちら、よく冷えたお水です」
『ありがとう。……しもべ』
「はい、シャル様。ブラッシングさせていただきますね」
『ありがとう。いいしもべだわ、お前!』
「お褒めの言葉ありがとうございます」
という感じに、名前を呼ばれただけで、シャルが何を求めているのか分かる程度には打ち解けた。
最初のうちはシャルから「なんで何も言ってないのに分かるのこの人間……」という顔をされていたが、今ではこの通りだ。
それに、一般的なお猫様よりも表情豊かで態度もすべて表に出るのだから、分かるに決まっている。
そんな経緯もありすっかりほだされたシャルは、グレイスのことを大なり小なり認めてくれたようだった。
挙句、ほだされすぎたのか愚痴まで言い出す。
『リアムは……リアムはいい男なのよ……あたしのことを〝彼女〟って言って人間扱いしてくれるし、心から褒めてくれるし……』
「そうでしたね」
『そう、そうよ! けど! そんなあたしと結婚するなんてことは! これっぽっちも考えていないのよぉぉおおおお!』
(そうですね……もし考えてくれているのなら、私の護衛なんか頼みませんからね……)
ぐうの音も出ない正論である。
ただ、当事者でもあるグレイスが変に共感をすると、逆にシャルからの反感を買うと考えたので、そのまま黙ってブラッシングを続ける。
そうこうしているうちにも、シャルの愚痴は白熱していく。
『でも! あのリアムからのお願いよ! 滅多にお願いなんかしてこないリアムから! しかもあれだけ褒められたら、あたしのプライドにかけてやらないなんて言えないじゃない!』
「仰る通りです」
『けれど、そんなひどい男だって分かっていても、尽くしたくなっちゃうの……本当にリアム、罪深い男……!』
(本当に罪深いですね)
しかもあれを、息を吸うのと同じレベルで狙って行なっているというのだから、恐ろしい。
同時に、グレイスは自身が抱いていた違和感の正体に辿り着いた。
(あ、分かったわ。シャル様、婚約者の王子に尽くしているのに、肝心の王子は別の女を好きになって婚約破棄される悪役令嬢に似ているんだわ)
ずっと感じていた違和感の正体に気づき、グレイスはすっきりした。どこかで見たことがあると思っていたのだ。
そしてグレイスに対しての嫌がらせが嫌がらせになっていない点も、大変ポンコツ悪役令嬢みがあって良いと思う。
(残念なのは、ヒロインの立ち位置が私という点かしら……)
まったく絵にならなくて、ときめいていたはずの心がしぼんでいくのが分かった。やはり、こういったロマンスは自分が関わらないほうが楽しいようだ。
頭の中に浮かんだ妄想をぱっぱと振り払いながら、グレイスはふう、と息を吐いた。
(ロマンスとか言っている場合じゃないわ。私がやらなきゃならないのは、リアム・クレスウェルの伯父を退場させることなんだから!)
そんなふうに思っていたからだろうか。
ぴくりと、今まで嘆きつつもリアムの良さを語っていたシャルが、ぴくりと耳を震わせて怪訝そうな顔をした。
『やだ。またあの人間が来てるわ』
「あの人間、ですか?」
『そうよ。リアムの親類だかなんだか。事あるごとにやってきては、リアムに小言を言って帰るの』
「わあ」
『リアムが優しいから相手をしてあげているだけなのに! お前みたいな低俗な人間が、そんなことをしていい相手じゃないのよ! リアムは!』
グレイスと初めて相対したときよりも刺々しい声から、シャルがリアムの伯父のことを嫌っているということがありありと伝わってくる。同時に、それだけのことをしてきたことも分かった。
しかしシャルのその発言を聞き、グレイスはガタッと立ち上がる。
(飛んで火にいる夏の虫! とうとうやってきたわね!)
グレイスがへし折るべきフラグを立ててくる男と、こんなにもすぐ会えるとは。ついている。
しかもリアムが不在のときにやってくるとは、ちょうどいい。
そう思ったグレイスは、いそいそと準備を始める。それを見たシャルが「しもべ、どうしたのよ?」というのに対し、グレイスはぐっと親指を立てた拳を見せつけた。
「決まっています、シャル様。リアム様のご親族の方ですから」
『だから?』
「ちょっと喧嘩、売ってきます!」
『……いや、なんでよ!?』
身支度を整えたグレイスは、シャルを腕に抱えながら、その伯父がいるとされる玄関ホールにまでやってきた。
玄関ホールは吹き抜けになっており、そのまま二階へと続く階段が二つ、カーブを描いた設計で造られている。
そしてグレイスに与えられた私室は、二階にあった。
二階から玄関ホールをこっそり覗き込めば、本当にいる。どうやら、クレスウェル家の執事が玄関で引き留めている様子だった。
「主人はご不在ですので、本日はお引き取りください」
「わたしはリアムの伯父だぞ。中で待たせてもらう」
「大変申し訳ございません。ご不在の際は、何人たりとも人を入れるなと主人から言い含められておりますので」
執事に食って掛かっているのは、白金色の髪に金色の瞳をした五十代ほどの男性だった。
若い頃は美麗だっただろうな、と分かる見た目をしているが、どうにも遊び人らしさが抜けない感じで、信用しにくい見た目をしている。
何より、視線や態度、言葉のトーンから、執事を見下していることがありありと分かった。
この男こそ、リアムが闇堕ちラスボス化するフラグを立てた挙句、リアムに殺される三下悪役――こと、リアムの母親の兄、ケイレブ・デヴィート伯爵だ。




