栄光への犠牲
異変は突然起こった。
戦闘の終了を持って、『言の王』の能力を閉ざすと、髪の色は薄い緑のかかった黒髪へ戻り、皮膚の色も普段の生き生きとした白い肌へと蘇る。
しかし、強い力には大きな代償を伴う。ナギの能力は常識外の強さを持っていた。その代償が現れたのだ。
硝煙の香りが消える。
唾液の味や、感触が消えた。
それよりも特に異変だったのは、立っていられなくなったことだった。
急に倒れたナギを心配して、アリーと麟太郎が駆け寄った。すぐに『呪い』の封印を終えた綾鷹たちも加わり、ことは大きくなっていく。
「どうした、ナギ!」
アリーは声をかけ、目を開いたままのナギを揺らす。
意識はあり、話すこともできたナギは驚きで言葉が出なかったようだ。少しして僅かに戻った冷静さでナギは自身に起こったことをわかる範囲で告げていく。
「感触がない。味も匂いも無くなってる」
「感触……触覚が失われているということかい?」
「た、たぶん。これって……」
顎に手を置き、麟太郎は考える。その間、アリーは華奢なナギの体を抱き起こし、綾鷹はすぐに生きている放送室の生きている回線を探しに行き、アルテミスはてんやわんやとしていた。
ナギの様子をまだ解放中の二段階目の能力を持って調べ上げる。そうして、麟太郎はわかる限りで答えにたどり着いた。
「お嬢の体内から嗅覚と味覚、さらには触覚を司る神経系が信号伝達錯誤を起こしている。味や匂いがしないのは伝達が脳へ向かう前に渋滞を起こしているからだろう。立ち上がれないのも、おそらくは触覚を失ったせいだと思う」
「誰かの攻撃、とかじゃないんだな?」
「神経への影響が、お嬢の能力を解放したことによる影響であるなら、ね。念のため影に隠れよう。お嬢は僕が。君は君のメイドを移動させよう」
麟太郎の言葉に賛成して、アリーは気絶しているメーヴィスを抱き上げた。ナギを抱き上げて、麟太郎は半壊した校舎を能力で調べ、崩れる可能性が最も低い場所を見つけて移動を開始した。
その際にも、ナギの体内状況を観察する手はやめない。むしろ、触れることでさらに詳細な情報を手に入れている。
「お嬢、能力は何回使用した?」
「え? えーっと、『感染者』を止めるのに一回。アリーとの契約で一回。最後に『龍』との戦いで一回だから……三回、かな」
「一回の使用で一つの感覚を失う……なるほど、強力だが代償が大きすぎる。神経系が失われているわけではないから、時間を置けば全快はするが……しかし……」
ナギから視線を外して、ぶつぶつと念仏のように唱え始めてしまった。こういう時の麟太郎は横から何を言っても聞いてくれないため、諦めて運ばれることにする。
手を握ろうとして、握った感覚がまるでない。足をぶらぶらと頭で考えてみたけれど、実際に動かせているのかがわからなかった。
(触覚がなくなると、体が動かせているのかもわからなくなっちゃうのか。これはまいったね)
タハハと笑うが、内心では笑えない状況だ。もしも、この状態が永遠に続くなら、ナギは本当にお荷物以外にない。家族への迷惑も考えれば、養子のナギは捨てられてしまうかもしれない。
この時代に家族を失い、体も満足に動かせないとなれば、本当に生きてなどいけないだろう。
嫌な予想が頭の中にひしめき合うが、悪寒で体が震えることはなかった。
校舎の中に移動して、麟太郎はナギをアリーに任せた。
「どうするつもりだ?」
「バカ猿が応援を呼びに行ったはずだ。それが到着するまで、能力でこの場にセーフティーゾーンを作る。滅多なことでは崩れないと思うが、念のために警戒は緩めないでくれ」
「ア、アタシは何をすればいい⁉︎」
「黙って体育座りするか、外で囮でもすればいい」
「あやっちと同じく、ぞんざいな扱いすぎない⁉︎」
余裕がなかったのだろう。麟太郎としても、ナギがこのような状況になるのは予想もしていなかった。わかっていれば、あのような計画を考えることなく、メーヴィスを助けずにアルテミスを放り込んだはずだ。
大きな能力に付属する不利益のことを考えられなかった麟太郎は、不覚を噛み締めた。
ボロボロの校舎の入り口のすぐ先にある階段にアリーは腰掛け、ナギはアリーの膝を枕に横にされていた。メーヴィスはアリーの肩に頭を置き肩を抱き寄せられている。
「ナギ……」
「あはは、そんなに心配しないでよ。まあ、死ぬわけじゃないし、なんとかなるよ」
「けど……」
「そう心配するものでもない。お嬢の言う通り、おそらくは元に戻る」
セーフティーゾーンの形成を終えたらしい麟太郎が向かってくる。額には少なからず汗をかいていた。それだけでも相当無理をしたのだと察することができる。
その実、麟太郎が形成したセーフティーゾーンは直径十五メートルの円状で、校舎の階層はもちろん、空間から地面の中に至り、加えて人類が解明できた全次元まで支配していた。
そのような高度な領域支配は、通常運用であれば三時間以上が必要であるにも関わらず、今回はなんと五分で済ませてしまった。
しかし、これで守りは万全だ。たとえ狙撃されようとも銃弾を別次元へ飛ばすことすら可能となったのだ。
流石に疲れたらしい麟太郎は、ナギが寝ている階段の一段下に腰掛ける。
「大丈夫?」
「そのような状況でよく他人の心配ができるね。でも大丈夫だ。僕の疲労は時間的に無理な領域支配を行なったための一時的なものだし、お嬢のそれもおそらくは一時的なものだよ」
「そう、なの?」
「もちろん、完治にどれほどの時間がかかるかは僕にはわからない。けど、神経がやられたわけではないからね。時間をかければ回復させることも可能だろう」
それを聞いて、ナギは胸を撫で下ろした。僅かだが家族が自分を捨てない希望が持てたのだ。
麟太郎がナギの横腹を触るのが見えた。ただし、感触はない。あくまで見えているだけだった。
「えっち」
「ふざけている場合かい?」
「オレの嫁に触るな」
「あのね……」
「あー! りっくんがなっちゃんにえっちなことしてるー!」
「いい加減にしたまえ⁉︎ 僕は触診をしてるんだ、触診を‼︎」
安全な場所に着いたからか、真面目な麟太郎の触診を卑猥な行為だと言って茶々を入れる。まるで小学生のようだと呆れながらも、麟太郎は全員の相手をしていた。
それからおよそ十分後、麟太郎はナギの触診をしつつ、今度はメーヴィスの体の中を調べるために左手を添えていた。ちょうどその頃に、放送室から連絡を済まし、救援を迎えに行っていた綾鷹が戻ってきた。
「お〜い。救援を――おい、麟太郎! 俺のナギに何してやがる⁉︎ って、メーヴィスちゃんにも手を出してるのか、この色ボケ野郎‼︎」
「君らの頭の中にはそれしかないのかな⁉︎」
いつもいじられる綾鷹をかわいそうだと思っていたが、今回ばかりは真面目に仕事をしている麟太郎がいじられているのを見て、ナギは可哀想だと苦笑した。




