言語として数学を捉えるという話(サイコホラー?)
私は数学が苦手だ。
“嫌い”と表現しようと思ったが、嫌いというほどではない。数学で何かしようとすると、その席に着くための準備に時間がかかり過ぎるというのが苦手だ。
しかし、数学を言語として考えると、秘匿性があって面白いとは感じている。
◇
私は自分の中に言ってはいけない考えがある。それは少なからず、誰かが喜んで死ぬことになるから言えない。
しかし、それを「言いたい」という気持ちが強い。
こうした「自分の考えは人を殺すから言えない。」という素振りは、言葉とその中身のバランスが悪く、かつ尊大な妄想に囚われている人間の特徴でもあるから、今後執筆するエッセイの信頼性が大きく揺らぐ理由になる。
それは困る。
――と言うのは良識的な建前で、自身の考えが本当に人を殺してしまうのか答え合わせをしてみたい、という思いのほうが強い。
新しいことを知ると試したくならない?
試して、それが「本当」という実感が欲しくない?
私は小学生のときに、友人から「踵を火で炙っても熱くない」と聞き、その場で一緒に踵を炙ったことがある。
本当に熱くなかった
私はそれにとても感動した。
「知識を実践する」という行為は、私にとって感動を生むものであり、知識にホコリを被せてしまわないためにも重要なものだ。
だから、私の考えで本当に人が死ぬのか試したい。
あなたは、クイズや質問は好き?
それって私からすると、自分の知性が「本物」と再確認できたり、質問によって自身の姿が形になっていき、自身の存在を「本当だ」と感じられるから好きなんだと思う。
その予想が当たっているならば、それってつまり、人は実感を求める性質があるということだと、私は思う。
人を階段から突き落としたら、頭に思い描いた通りの落ち方をしていくのか。
人の口をガムテープで塞いだら、どんな人間でも鼻水を飛ばして、息を吸おうとするのか。
私はそれを物理的なクイズだと感じる。
もし当たっているなら、とても嬉しい。
◇
⋯⋯そう言ってみたものの、私は理性を持つ人間であるから、そんな意図的に危害を加えることはしない。
けれど、理性と衝動は別軸で、「本当に人が死ぬのか試してみたい」という強い衝動があるのも事実だ。
「誰かが焚き付けてくれたらいいのにな〜」
なんて思いもあるから、いまは感想欄を閉じていて良かったと心から思う。誰かに引き金を引かせるのはズルだからね。
――そして!
ここで出てくるのが『数学を言語として捉える』という話である。
数字や数式は、前知識の無い人間が見るとまったく分からないという秘匿性がある。
だから私は、言ってはいけない考えを数式として、どこかに記述しようと思ってる。そうすれば、「頭の外に出した」という事実が、試したい欲を減らしてくれると思うから。
まずは手始めに、私がずっと大切にしている持論を式で書いてみる。私は高校数学がギリギリわかる数学力と、数式の書き方(単語を入れていいとか)を雰囲気で知っているくらいなので間違ってるかもしれない。
まぁ、それはそれで秘匿性ということで(//・ω・//)
S(I)=k I^a
たぶんこんな感じ。
本当は関数をRとかEにしたかったが、数学には「R」という記号が既にあるし、「E」はエネルギーが有名だから、紛らわしさを消すためにSにした。
たぶん色々間違ってるし、数時間しか考えてないから捻りがなくて秘匿性が無い。
だから私は数学の勉強を進めて、もっと秘匿性のある式を作りたいと思う。そうすれば『誰かが喜んで死ぬ考え』も、頭の外に出して大丈夫だと思う。
⋯⋯サボり癖があるから、10年くらいかかりそう(・ω・`)
【あとがき】
私はプログラミングの勉強もしているのだが、勉強と称してゲームの事ばかり考えてる。
最近は、スプラトゥーン2の「心の中の3号」という敵の“スライド”という動きから、生きた現場のプログラミングを感じて、中国系のゲーム内の能力説明が分かりにくいのは、プログラ厶の動きをそのまま翻訳しているからなのかなとか考えてる。
今度暇なとき、能力説明をプログラムで書いてみて、その推測が当たってるのか試してみたいと思う。
つまり、私はタイピングスキルの向上や予約語とかの暗記をあんまりしていない。楽しいことばかりして、基礎をサボるタイプの人間だ。
だから、数式の完成はやっぱ10年くらいかかると思う(・ω・`)




