第一話「爆発と、森と、なんか神様」
目が覚めたら、森だった。
蓮見アオイは仰向けに倒れたまま、頭上に広がる見慣れない木々の葉を眺めた。
次に、自分の状況を確認した。
白衣を着ている。ポケットには油性マジックとpHメーター。右手には実験ノートが握られていた。
そうだ、実験中だった。
ドン、という低い破裂音とともに、大型フラスコが内圧で吹き飛んだ。
床に倒れた私が見たのは、漏れ出たメタンガスに引火し、実験室が真っ赤な炎に包まれる光景だった。
それが最後の記憶だ。
「死んだのかな...」とアオイは呟いた。
特に感慨はなかった。強いて言えば、実験データが失われたことが惜しかった。
起き上がると、直径三十センチほどの光る玉のようなものが浮いていた。淡い金色で、なんとなく顔のような凹凸がある。
「起きたか」と光る玉は言った。
「はい」とアオイは答えた。
「驚かないのか」
「驚いてます....ただ顔に出にくいタイプなので」
光る玉——神様らしきもの——はしばらく沈黙した。想定していた反応と違ったのかもしれない。
「まあいい。説明する。お前は事故で死ぬ予定だったが、異世界に転移させてやる。チート能力もつけてやる」
「ありがとうございます」
「……本当に驚かないな」
「さっきも言いましたが驚いていますよ」
神様はまたしばらく黙った。
「チート能力についてだが」と神様は続けた。
「お前の前に転移させた勇者に与えすぎた。そのせいで残っているのは一つだけだ」
なんかだ理不尽だとアオイは思ったが、そのことは口に出さなかった。
「どんな能力ですか」
「腐敗魔法だ」
アオイの目が、初めてわずかに見開いた。
「腐敗魔法」
「そうだ。有機物を腐らせる力だ。異世界では最低ランクの忌み能力とされている。みんなに嫌われる。正直すまないと思っている」
「いえ」とアオイは言った。
「最高じゃないですか」
「……は?」
「腐敗って分解ですよね。有機物の。菌が関わってる。発酵も腐敗も紙一重なんですよ。私の専門なんです」
「……まさかそんな人間が来るとは思わなかった」
「むしろ得意分野なのでありがたいくらいです。少し聞いていいですか」
「なんだ」
「言葉はどうなりますか?読み書きができないのは不便なので」
「それは自動で翻訳できるように能力をつける」
「あと、もう一つ。転移先の世界に、美味しい食べ物はありますか」
「……ある」
「じゃあ大丈夫です」
こうして蓮見アオイは、腐敗魔法を携えて異世界へと送り出された。神様は見送りながら、なんとも言えない気持ちになっていた。




