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ポンコツ海賊令嬢と人魚姫のドタバタ航海記――この恋、沈没寸前です!――  作者: 明石竜


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23/23

Last Voyage この恋、出航しました!

 夕食が終わったあと、全員が甲板に集まった。

 ミルフィナが、全員の前で言った。

「では、海の聞き方を教えます。まず、目を閉じてください」

「全員?」

「全員です」

 全員が目を閉じた。リヴィアも閉じた。

 たこまるだけが、目を閉じたのか開けているのか分からなかった。

「たこまる、閉じてる?」

「閉じてるつもりだ」

「つもりって何」

「波の音を聞いてください。高い波と、低い波があります。どちらが遠くから来ていますか」

「高い波が遠くから来てる」

 リヴィアが最初に答えた。

「正解です。残りの方は?」

「同じ気がします」

 ネリネは目を閉じたまま、少し首を傾けた。

「難しいです」

 ピピは眉間にしわを寄せている。

「……分からない」

 ベルは小さく首を横に振った。

「たこまるさんは?」

ミルフィナが尋ねた。

「高い方が遠い。それは知っていた」

「では、次です。遠くからくる高い波と、近くで生まれた低い波、混じり合うとどんな音になりますか」

「複雑な音になります」

ネリネが答えた。

「そうです。その複雑さが、海の状態を教えてくれます。複雑すぎる時は、遠くで何かが起きています。嵐かもしれませんし、大きな船が通ったのかもしれません」

「今の音は?」

「穏やかです。遠くも近くも、落ち着いています。明日の海は、今日と同じくらい穏やかだと思います」

「目を開けていい?」

リヴィアが尋ねた。

「どうぞ」

 目を開けた。夜の海が広がっていた。星が出ていた。

「今夜は星が多いですね」

「そうね」

「星が多い夜は、明日が晴れることが多いです」

「どうして?」

「雲がないから星が見えます。雲がなければ、明日も晴れる可能性が高い」

「それは海の聞き方じゃなくて、空の見方ね」

「そうですね。組み合わせて使います。海を聞いて、空を見て、風を感じて、全部合わせると、明日の海が分かります」

「全部?」

「全部です。海だけを聞くのではなく、全部を同時に感じます」

「難しいわね」

「難しいですが、慣れます。何度も繰り返せば」

「何度でも教えてもらう」

「何度でも教えます」

「今夜はここまでにして、明日また続き?」

「はい。今夜は一回目です」

「残り三回」

「はい」

「三回分、楽しみにしてる」

「私も楽しみです」

「じゃあ、今夜は解散しましょう。みんな、ありがとう」

 リヴィアがそう言うと、ピピが勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございました!」

「勉強になりました」

 ネリネは手帳に何かを書き留めている。

「……また教えてください」

 ベルは小さくそう言って、ミルフィナに目を向けた。

「教えます」

 ミルフィナは嬉しそうに頷いた。


 リヴィアとミルフィナだけが甲板に残った。

 ネリネとピピとベルは、それぞれ船室へ戻っていく。たこまるだけは、船長帽の上に残っていた。 

「今夜、一回目が終わりました」

「残り三回ね」

「三回で終わりです」

「終わったら、また最初から教えてもらう」

「言いましたね、昨日も」

「忘れてない。また最初から教えてもらう」

「では、ずっと教え続けます」

「ずっと?」

「リヴィアさんが乗っている間は、ずっと」

「乗っている間、というのは、ずっとよ」

「ずっと乗っていてくれるのですか」

「乗っているわよ。降りる理由がない」

「降りる理由はありませんか」

「ない。ここが、今のわたしの場所だから」

「私も、ここが今の場所です」

「では、しばらく同じ場所ね」

「しばらく、ではなく、しばらくという言葉が続いていくのではないですか」

「どういう意味?」

「しばらく同じ場所にいて、またしばらく同じ場所にいて、それが続いていく、ということです」

「……長いしばらくね」

「はい。長いしばらくです」

「それでいいわよ」

「私も、それがいいです」


 星が増えた。

 ミルフィナが空を見た。

「今夜は、星が多いです」

「そうね」

「明日も晴れます」

「晴れるといいわね」

「晴れます。約束はできませんが、晴れると思います」

「信じる」

「信じてくれますか」

「信じる。あなたの海流の読みは、外れたことがないから」

「一度、少し外れました」

「どこで?」

「セレナに追跡された時、もう少し時間があると思っていたのですが、セレナが追ってくるのが少し早かったです」

「そんな細かいところまで覚えてるの?」

「外れた時は、覚えています」

「……真面目ね」

「外れた原因を知らないと、次に役立てられません」

「では、外れた原因は分かった?」

「セレナが、私の予測より速かったのです。セレナは、普通の近衛より速いということを、もっと早く把握すべきでした」

「でも、逃げ切った」

「逃げ切りました。たこまるさんの墨と、リヴィアさんの舵のおかげです」

「全員で逃げ切った」

「はい」

「これからも、全員で動く」

「はい。全員で」

「約束ね」

「約束です」

 船長帽の上で、たこまるが言った。

「おまえら、まだいるのか」

「もう少しだけ」

「また始まった」

「もう少しだけよ」

「何分?」

「五分」

「五分後に確認に来る」

「来なくていい」

「来る」

「……分かった。五分で行く」

「よし」

「たこまるさん、やさしいですね」

「やさしくない。時間管理だ」

「やさしいです」

「やさしくない」

「やさしいです」

「……好きにしろ」

 たこまるが黙った。

 五分の間、二人で星を見た。星と、海と、風の音と、シーラビット号の揺れだけがあった。

「リヴィアさん」

「何」

「この旅を始める前、どんな海賊になりたいと思っていましたか」

「伝説の海賊よ。両親のような」

「今は?」

「今は、違う」

「どう違いますか」

「今は……ミルフィナが自由に歌える海を守れる船長になりたい。それが、わたしの答えよ。ローザとの言い合いで言った言葉が、今も変わらない一番の答え」

「変わらないのですか」

「変わらない。言葉にした時、これだと思った。それが変わる気がしない」

「嬉しいです」

「また言う」

「嬉しいので、言います」

「分かった。じゃあ、わたしも言う」

「何を?」

「ミルフィナが、この船にいてくれて、よかった」

「……それは、私が一番嬉しい言葉です」

「知ってる。だから言った」

「知っていて言ったのですか」

「知っていて言った。一番嬉しいことを、言いたかった」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 約束の五分が過ぎた。

「行きましょう」

「そうね」

 二人は甲板を離れ、船室へ続く短い廊下を歩いた。

「おやすみ」

「おやすみなさい、リヴィアさん」

「明日も、日の出を一緒に見る?」

「見ます」

「では、また明日」

「また明日」

 ネリネと相部屋になっている部屋の前で、ミルフィナは足を止めた。

 それから、もう一度だけリヴィアを見て、静かに扉を閉めた。

 その音を聞いてから、船長帽の中でたこまるが言った。

「五分、守ったな」

「守ったわよ」 

「偉い」

「偉くない。約束を守っただけ」

「それが偉い」

「……ありがとう」

「礼を言うな」

「言う」

「言わなくていい」

「言う。たこまる、ありがとう」

「……どういたしまして」 

 リヴィアは少し笑って、自分の部屋の扉を開けた。

 窓から星が見えた。ミルフィナが言った通り、今夜は星が多かった。

「明日も晴れるわね」と小さな声で言った。

「晴れるな」

「ミルフィナが言ったから」

「そうだ。あいつの読みは当たる」

「これからも当たるといいわね」

「当たる。精度が上がってきている」

「上がってきてるの?」

「この旅で上がった。最初より、ずっと正確になった」

「成長したのね」

「全員、成長した」

「たこまるも?」

「おれも」

「どこが?」

「……正直に言える場面が増えた」

「それは、よかった」

「よかったかどうかは分からない。ただ、そうなった」

「よかったわよ。あなたが正直に言ってくれると、助かる」

「助かるなら、続ける」

「続けて」

「続ける」

 リヴィアは横になった。

 星の光が窓から入ってきた。明日も晴れる。ミルフィナがそう言った。信じる。

「たこまる」

「何だ」

「次の場所、どこに行きたい?」

「深海の素材が手に入る場所がいい」

「巨大亀の背中の町は?」

「そこに深海の素材があるかは知らない」

「行って確かめましょう」

「そうだな。行って確かめる」


 リヴィアは目を閉じた。

 明日、また日の出を見る。ミルフィナと一緒に。全員で。

 港町に着いたら、補給する。それから巨大亀の背中の町へ向かう。幻の港町も、いつか。星が降る海も、いつか。

 いつか、ではなく、きっと行く。

 この船で、まだ見たことのない海へ。

「行くわよ」と小さな声で言った。

 朝になれば、また出発する。

 それが、この船の、リヴィア・シルヴェイルの、大海賊になる女の、毎日だ。

 まだ途中だ。でも、途中であることが、今は好きだった。

 目を閉じた。

 シーラビット号は、穏やかな夜の海を、まっすぐに進んでいった。

 その先に、まだ見たことのない朝が待っていた。

 

それから二日後、港に着いたとき、桟橋にいた誰かが声を上げた。

「シーラビット号だ」

「人魚姫を連れて、星潮の海溝から戻った船だって」

「船長は?」

「あの子だ。リヴィア船長」

 リヴィアは、足を止めた。

 シルヴェイル家の娘、とは誰も言わなかった。

 空裂きのシルヴェイルの子、でもなかった。

 リヴィア船長。

 それだけで、少しだけ胸が熱くなった。

「……聞いた?」

「聞いた」

 たこまるが、帽子の上で偉そうに頷いた。

「ようやく名前で呼ばれたな」

「前から名前はあるわよ」

「そういう意味じゃねえ」

「分かってる」


シーラビット号は、港町を出て、次の目的地へ向かった。

 帆の端には、小さな文字がある。

 自由航路。

 風を受けて、その文字が、大海原に向かって進んでいった。

(おしまい)

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