↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/87

第86話:模擬戦

 交流会二日目。

 今日のメインイベントは、どう考えても模擬戦だ。


 各校の代表者が、所属する学府の名誉と矜持を背負って真正面から殴り合う――健全かどうかはさておき、見世物としては一級品。

 しかも噂では、毎年裏で相当な賭け金が動いているらしい。


 どこだ。

 どこに賭けの窓口がある。


 これだけ人が集まってて、金の匂いがしないわけがないだろ。

 俺も一枚噛ませてくれ。運だけは自信あるんだ。


「ゼン、今日の模擬戦だが――」


 背後から、いかにも爽やかで、いかにも善人面した声。


 振り返る前に、俺は片手を上げた。


「いい、黙れ。俺は絶対に出ない。幼年部代表はお前だ」


 即断即決。

 議論の余地はない。


 目の前に立っていたバルトロメウスは、一瞬だけ目を瞬かせ、それから肩をすくめた。


「はぁ……まぁ、分かってたけどね。でも勿体ないよ。ぼくより強い君が見学だなんて」


 ……は?


 こいつ、本気で言ってるのか。


 思わず反射で口が動きそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。謙遜ってのはな、使いどころを間違えるとただの嫌味になるんだぞ、クソガキ。


 第一、お前は自覚がなさすぎる。


 生まれつきの恩恵持ちで、基礎から完成してる才能の塊が、努力型の雑魚を基準に語るな。俺が正面からやり合って勝てるわけないだろ。客観視って言葉、知ってるか?


 それにだ。


 観客が見たいのは、派手な魔法、豪快な斬撃、分かりやすい勝ち負けだ。空を焦がす術式とか、地面を割る一撃とか、そういう“絵になるやつ”。


 間違っても――

 俺のキショすぎるスキル披露会じゃない。


 あんなもん、人前で出したら即クレーム案件だ。最悪、交流会が中止になる。


 俺はため息を一つついて、肩越しに闘技場の方を見た。


 既に観客席はざわつき始めている。

 学生、貴族、軍人、冒険者。

 期待と興奮が混ざった、あの独特の空気。


「安心しろ。お前が出る方が“正解”だ」


 そう言ってやると、バルトロメウスは少しだけ目を細めた。


「……そう言われると、余計に緊張するんだけど」


 知るか。


 俺みたいなモブにも主人公にもなれない半端もんは、安全圏から完成された連中の技量を眺めて、へぇとかほぉとか言ってるくらいがちょうどいい。


 俺は観客席に腰を下ろし、模擬戦用に整えられた闘技場を見下ろした。


 ――さて。


 今日はどんな派手な見世物を見せてくれるんだか。


「それでは皆様、お待たせいたしました。本日最初の模擬戦を開始いたします」


 程よく腹に響く声が、闘技場全体に行き渡る。

 お、始まった。


「初戦は――第二帝国士官学校所属、ユング・ルーテン。対するは、第一竜騎空軍士官学校所属、ケンドリック・ウーバン!」


 名前が告げられると同時に、観客席のあちこちから歓声と口笛が飛んだ。

 なるほど、どっちも知名度は高いらしい。


 闘技場の中央に進み出た二人を眺めて、俺は小さく息を吐く。


 ユングは細身で、いかにも理詰めの魔導士って雰囲気だ。手にしているのは短剣型の触媒。刃は細く、装飾も最低限。無駄を削ぎ落とした実用一辺倒。


 一方のケンドリックは余裕のある立ち姿。触媒は剣ですらない。右手の指に嵌めた、宝石付きの指輪だけだ。


 ……指輪型か。


「他校の魔導士の実力、興味ありますわ」


 気づけば、当たり前みたいな顔でエレノアが隣に座っていた。

 視線は闘技場に固定されたまま、一切ぶれない。


「ふーん。勝てそうか?」


 正直、深い意味もなく投げた一言だった。


「そんな単純な話ではないんです!」


 即座に肘が飛んできた。

 ……え、そこ怒るとこ?


「魔導戦は相性、間合い、構築速度、魔力循環……見るべき点がいくらでもあります。勝敗だけで語れるほど浅くありません!」

「はいはい、すみませんでした」


 難しすぎる。

 俺は素直に視線を闘技場へ戻す。


 合図と同時に、ユングが先手を取った。


 短剣型触媒を軽く振り、空間に細かな魔導陣を展開。無数の光の刃が具現化し、一直線にケンドリックへと殺到する。


 速い。無駄がない。

 これが正統派か。


 だが――


 ケンドリックは動じない。


 指輪に嵌められた宝石が淡く光った瞬間、闘技場の景色が歪んだ。


「……あ?」


 一瞬、視界がおかしくなる。


 ユングの放った魔法は、確かに直撃した。

 はずだった。


 だが次の瞬間、ケンドリックの姿が揺らぎ、霧のように掻き消える。


 幻術。


 それも、視覚だけじゃない。距離感、音、気配――全部まとめて誤認させるタイプだ。


「っ、しま――」


 ユングが気づいた時には遅かった。


 背後。

 いつの間にか、もう一人の“ケンドリック”が立っている。


 指輪に込められた魔力が収束し、幻想と現実の境目が一気に反転する。


 炸裂音。

 ユングの防御結界が砕け、衝撃で身体が弾き飛ばされた。


「勝者――ケンドリック・ウーバン!」


 歓声が爆発する。


 俺は思わず口の端を吊り上げた。


「なるほど……幻で位置をずらして、相手の構築を読ませないわけか」

「ええ。指輪型は出力では劣りますが、その分、発動の速さと隠蔽性に優れています」


 エレノアが満足そうに頷く。


 なるほどなぁ。


 派手さはないが、完成度は高い。これは確かに、見てて楽しい。


 初戦からこれか。今日は退屈しなさそうだ――と思ったところで、次の対戦が始まる。


 名前を呼ばれた二人は、正直どこにでもいそうな生徒だった。一人は土属性の基礎魔法を丁寧に積み上げるタイプ、もう一人は剣と身体強化の併用。悪くはない。悪くはないが……。


「堅実ですね」

「うん、堅実だな」


 以上。

 安全運転の模範解答みたいな試合で、勝敗も順当に決まった。拍手は起きるが、さっきの熱量には到底及ばない。観客席の空気も、次を待っているのがはっきり分かる。


 そして――三組目。


「次の対戦者を紹介いたします。第一帝国陸軍士官学校、幼年部代表――バルトロメウス・フォン・ヴォルフラム!」


 名前が響いた瞬間、空気が変わった。


 続けて、


「対するは、第一海軍兵学校代表――エレン・ストアノス!」


 ざわ、と観客席が色めき立つ。どよめきの質が、さっきまでとは明らかに違う。俺だけじゃない。周囲の視線が、一斉に闘技場へと吸い寄せられていく。


 帝国軍元帥の息子が出る時と、ほぼ同じ反応だ。


「……知名度、高くないですか?」

 エレノアが小声で呟く。


「ああ。正直、ここまでとは思わなかった」


 海軍兵学校の眼鏡。

 昨日、展示飛行の後で話しかけてきた、あの穏やかな青年だ。


 だが今、闘技場に立つエレン・ストアノスからは、あの時の柔らかさはほとんど感じられない。静かで、冷えていて、深い。


「バルト、大丈夫ですよね……」

 エレノアが不安そうに視線を向ける。


「分かんねぇ」


 思ったまま口に出した。


 闘神の加護。

 それだけ聞けば反則じみた切り札だ。実際、バルトロメウスはその名に恥じない化け物だと思っている。


 だが――相手も、何かを隠している。


 同格か、それ以上。そんな予感が、腹の底で嫌な音を立てた。


「――それでは、第三試合、開始!」


 合図と同時。


 バルトロメウスの模擬刀――大剣が、空気を裂いた。


 踏み込み一閃。

 残像を引きずるような初動。速い、重い、迷いがない。


 ……が。


 剣先が、ぴたりと止まる。


 エレンの前に、突如として展開された水の膜。衝突の瞬間、鈍い音と共に波紋が広がった。「やっぱり、水か」。しかも薄い。薄いが、硬い。


 ただの防御じゃない。圧縮と循環を同時にやってる。生半可な魔力操作じゃ無理だ。


「っ、邪魔だ!」


 バルトロメウスが吼え、剣を振り抜く。火の武技が発動し、刃に灼熱が纏わりつく。水と火。相反する属性が、真正面から噛み合った。


 蒸気が噴き上がり、視界が白に染まる。だがその中でも、二人は止まらない。バルトロメウスは力で押し切ろうとする。エレンは受け流し、削り、距離を制御する。


 水が鞭のように伸び、足元を絡め取る。

 火が爆ぜ、闘技場の床を焦がす。


 拮抗。

 完全に、拮抗している。


 学生の域? とっくに越えてる。気づけば、観客席は総立ちだった。学生も、教官も、皇族も、冒険者も関係ない。


 誰もが息を呑み、誰もが拍手を惜しまない。

 ――まだ決着はつかない。


 だが、このカードが“当たり”なのは、もう疑いようがなかった。


「まずいですわっ!」

 エレノアが鋭く叫ぶ。


「キャッ!?」

 思わず情けない悲鳴が口から漏れた。いや、いきなり叫ぶなよ。マジで心臓に悪い。


 ほんの一瞬。

 刹那と言っていいほどの短さだった。


 その一瞬、戦いから目を離した隙に――決着は、もうついていた。視線を闘技場へ戻す。


 倒れている。


 ……え?


 バルトロメウスが、地面に膝をつき、そのまま崩れ落ちていた。


「は?」


 声が抜ける。

 なに? 嘘やん。

 見逃した。完全に。


 派手な衝突も、爆音もない。

 さっきまでの火と水のぶつかり合いが嘘みたいに、静かすぎる幕切れ。


 隣を見ると、エレノアが口元を押さえ、肩を小さく震わせていた。


「……血液操作(エル・ブラッド)。極天黒魔法の一種ですわ」


 低く、噛みしめるような声。


「相手の体内循環に直接干渉し、血圧、酸素供給、筋肉反応を瞬間的に阻害する魔法……」


 なるほど。

 ありがとうエレノアちゃん、説明助かる。


「……あの年齢で、あの完成度。間違いなく化け物ですわ」


 血液操作。


 スロンにはなかった系統だ。

 というか、他人の血を直接いじるとか、普通にチート過ぎるだろ。


 そりゃ派手なエフェクトなんて出ない。

 見た目は、ただ一瞬、体が言うことを聞かなくなっただけ。


 だからこそ――気づいた時には終わっている。


 観客席は、一拍遅れてざわついた。


「……え? 終わり?」

「今の、何が起きた?」

「倒れただけじゃないか?」


 拍子抜け。

 そんな空気が広がる。


 だが、違う。


 有識者。

 実力者。

 前線を知る者たち。


 そういう連中だけが、息を呑んでいた。


 誰も歓声を上げない。誰も軽々しく拍手をしない。ただ、理解してしまったがゆえの、静かな戦慄だけが走る。


 ――派手さはない。

 ――だが、殺し合いなら、これ以上なく完成されている。


 俺は倒れたバルトロメウスから視線を外し、立ったままのエレン・ストアノスを見た。


 眼鏡の奥の瞳は、凪いだ海みたいに静かだった。同年代、化け物しかいねぇな。今日は本当に、退屈しなさそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。