送りバント・ファイナル?
ある国のプロリーグに、送りバントの名手がいた。
基本的には代打専門だ。ここぞの場面で送りバントを決めて、確実にランナーを進める。
それを当然、相手チームはわかっている。だから、バントを失敗させようと、さまざまな方法を試していた。
もちろん、球場のお客さんたちもわかっている。ここはバントだ。バントしかあり得ない。
そんな場面で十年以上も、この選手はバントを決め続けてきた。その成功率は九割以上だ。自分が犠牲になることで、味方が得点する可能性を高める。
この選手の献身的なプレーを、球団は長年評価してきた。
しかし、年齢には勝てない。選手の方から「今年までで」と申し出があった。
そういうわけで本日、この選手の引退試合である。
すでにシーズンの順位は決定しているので、今日の試合は消化試合だ。これが今シーズン最後の試合になる。
なので、現役最後の打席では当然、送りバントをするに違いない。代打で名前が告げられた時、球場はきっと大歓声だ。
監督ももちろん、そのつもりだった。味方の誰かが塁に出たら、すぐに使う。
ところが、予想外のことが起きてしまった。
相手の若手投手が絶好調なのだ。
九回裏ツーアウトまで、まさかの完全試合である。死球や四球、相手チームのエラーもゼロだ。
味方はまだ誰一人として、一塁ベースを踏んでいない。
ということは、送りバントをする場面が皆無。
しかも、現在ツーアウトだ。
この場面でどうするか?
監督は悩んだ。
味方は無得点。一方で、相手チームはホームランによる一点だ。その一点によって、こちらは負けている。
そして、あと一アウトで試合終了だ。
(あの選手には、引退を一年延ばしてもらうか?)
そんな考えが監督の頭をよぎる。が、さすがにそうもいかないだろう。
仕方がない。
代打を告げた。もちろん、今日の試合で引退する選手を使う。
この采配に、球場全体からざわめきが起こった。
え? この場面で? ランナーが一人もいないんですけど。
どう考えても、送りバントが必要な場面ではない。
しかし、「引退試合で、まさかの出番なし!」よりは、こうする方が「まし」なのか・・・・・・。
これが、この選手にとって現役最後の打席になる。
だから、あり得た。九回裏ツーアウト、ランナーなしからの送りバントが。
この試合に勝つことを考えるなら、ここでの送りバントはあり得ない。無意味だ。
でも、一人の選手が野球人生をしめくくるという点では、重要な意味があるのかも・・・・・・。
シーズンの順位はすでに決まっている。この試合に勝とうが負けようが関係ない。だったら・・・・・・。いや、しかし・・・・・・。
球場全体がざわつく中、選手は覚悟を決めて打席に入る。
その思いは一つ。
(やはり最後は、送りバントでしめくくりたい!)
試合後にヒーローインタビューがあった。
お立ち台にいるのは、今日の試合で引退する選手だ。
インタビュアーが言う。
「九回裏、見事な同点ホームランでしたね。あれで追いついてからの、延長戦での送りバント。現役最後の送りバントになりましたが、それを決めた時の気持ちを教えてください」
そう。先ほど十一回裏、ノーアウト二塁の場面で送りバントを決めたのだ。
それで三塁に進んだランナーが、相手チームのキャッチャーが捕逸した時に生還。この試合に勝利したのである。
次が最終回です。




