第七話 NITAMONO☆ファミリー (視点変更有り)
(佐竹風花視点)
「どうぞ」
温かさの残っている室内に尚吾を案内する。うちに来た友達は、大抵、外と内のギャップに驚くのだけれど、尚吾も驚いた様子だった。外はバリバリの古民家風(パパの趣味)で、内はバリバリな洋風(ママの趣味)だからだ。
「本当は囲炉裏を作りたかったんだけどね……」
外見どおり純和風に設計しようとしたら、猛反対にあって引っ越すことさえ危ぶまれたのだとパパが説明をする。暖炉は、一切手入れに関与しないという条件付きで、母親の了解を得たのだとパパは言って、小さくため息をついた。尚吾が苦笑する。
暖炉のあるリビングには、ママ手作りの凝ったステンドグラスを笠にした室内灯が温かく灯っていて、ダイニングのテーブルには手つかずのままのクリスマス料理がラップを掛けられて並んでいた。
「あれ?ママ、この料理どしたの?」
食事はいらないと言ってあったのだ。兄は昨日からスキー旅行に出かけている。
「パパのせいよ」
ママは少し拗ねた様子でパパを睨んだ。
「いやいや、まさかイヴの日に飲み会を急きょぶつけてくるなんて思わなくってねー。まぁ、お得意先の発案だから断る訳にも行かなくて……」
パパは申し訳なさそうに頭をかいた。
「尚吾君も風花も手を洗ってきなさい。寝る前だけど、少し付き合いなさいよ。どうせパパと二人のイヴだからって、おつまみ系のものをたくさん作ったの。そんなにお腹に溜まらないわ」
正直言うと、お腹はいっぱいだったのだけど、ママが気の毒だったので付き合うことにした。
「なんだか、ごめんね?疲れてるのに色々付き合わせちゃって……」
私は、洗面所で手を洗っている尚吾に謝った。
「別に疲れてないさ。お前、素直に家に帰った方が御馳走を食べられたんじゃないか?」
尚吾はニヤニヤ笑いながら言った。
「そんなことないよ。天丼美味しかったし……」
それは本音だった。天丼もそうだが、尚吾と会えたことが、なんだかとてもいいことに思えてきていた。
尚吾と父は話が合うみたいだった。父は設計士で、家だけでなく色々な物を作ることが好きな人だ。父が設計するアイデアいっぱいの家は、かなり評価が高いらしくて、結構な数の設計依頼が来ているみたいだ。
一方、尚吾のお母さんは、北欧家具を扱うお店を経営していて、やはり家へのこだわりが深いらしい。そんなお母さんの影響を受けていて、尚吾と父親は話が合うらしかった。
私はサラダに入っていたルッコラを引っ張り出して齧りながら、そんな二人の会話を聞くとはなしに聞いていた。
尚吾のお父さんは、尚吾が小学生の頃に亡くなって、母親が女手一つで尚吾とその弟を養って来たのだそうだ。弟は、今、母親の母親、つまり尚吾の祖母の家(ノルウェーにあるんだって)に下宿して、向うの大学に通っているらしい。
「彼ってハンサムね」
ママが、シャンパンでほんのりピンク色に染まった頬で、私に耳打ちした。私は心臓が跳ね上がったみたいにドキドキする。俺様パンダじゃない尚吾は爽やかで、確かにカッコよかったからだ。
私は母親に言われて、兄の部屋を確認しに行った。私の兄は、よくモノを散らかす人だ。本人はゴミではないと言い張るのだが、誰がどうみたってゴミだろうと言うようなものを後生大事にとってあったりする。
だから部屋が……その……ちょっとばかりキレイではないのだ。言い間違えた。『キレイではない』ではなく、『超人的に汚い』だった。
私は、兄の部屋を覗いて溜息をついた。兄のベッドを使ってもらおうと考えていたのだが、その考えは果てしなく無謀なようだ。
「ママ、無理無理、お兄ちゃんの部屋汚すぎ」
リビングに戻って、私は大げさに首を横に振った。
「やっぱり……仕方がないわ。今から客間に布団を用意しましょう。客間は日ごろ使わなくて冷え切ってるから申し訳ないんだけど……」
ママは溜息をついた。
* * *
(一之瀬尚吾視点)
風花とその母親の会話に、いきなりな訪問者の俺は、いたたまれなくなる。しかし、
「僕はそこのソファで構いませんよ。それに始発で帰りますから」
と俺が言った言葉は軽くスルーされる。
「そーだ、尚吾が私の部屋で寝なよ。兄貴の部屋、ベッドだけは使えそうだったから、私がそこで寝ればいいんだし」
風花が、何かとてもいいことを思いついたと言う様子で発言する。しかし、
「いや、それは拙いだろう?」
と言った俺の言葉は完全無視された。
「そうだ、そうしなさい」
と風花の両親までが口をそろえて言ったので、そう言うことに話は決まってしまった。
俺は一人溜息をつく。ここの家……単純でお人よしな人間で構成されているらしい。風花がたくさんいるみたいだ。なんて言うんだっけ、こう言うの……
この親にしてこの子あり。
風花に案内されて、二階の風花の部屋へ行った。風花の人柄からいって、ぬいぐるみだらけといった部屋を想像していた俺は、軽く裏切られる。あまり飾り気のないシンプルな部屋だ。決して殺風景な訳ではない。水色や黄色やオレンジの小物やカーテンで彩られた部屋は爽やかで落ち着いていた。
「これ、お兄ちゃんのだけど……」
パジャマ用のトレーナーを手渡された。
「なんだか、悪いな。すぐに帰るのに……」
「尚吾の大学ってまだ冬休みじゃないの?」
風花の兄は、すでに先週から冬休みに入っているらしい。彼は大学四年で、もう就職先も決まっているそうだ。履修科目は必修とゼミだけという状態なので、暇なのらしい。
「いや、もう冬休みだ」
「じゃあ、慌てて帰る必要ないじゃない。ゆっくりしてけば?」
風花の言葉に俺は苦笑する。俺、こいつの親戚だっけ?とても今夜出会ったばかりとは思えない。おやすみなさいと言って風花は部屋を出て行った。
* * *
(佐竹風花視点)
部屋を出たところで、私はママに声を掛けられた。
「ねぇ、風花、明日聖ちゃんに謝っておきなさいよ」
「え?なんで?」
ドタキャンされたのは私の方なのに。
「十時くらいに連絡があったのよ。ドタキャンしたことを謝りたかったって言ってたわ。で、その時に、あんたがまだ帰ってないって言ったら、心配していたから……。なんでも、友達が急病になったらしくて、病院に運んだりして大変だったらしいのよ」
友達が急病?だって、聖ちゃんはあの時、デートだって……。私はなんだか途轍もない脱力感に襲われた。なんて夜だったんだろう。
私は、兄貴の踏み場のない部屋をつま先立ちで歩きながら、やっとのことでベッドに辿り着いた。兄の匂いが染みついた枕をベッドの下に放り投げると、持参したクッションを枕にして、私は、あっという間に夢の中に滑落していった。