第六話 HARAHARA☆MO〜ダッシュ (視点変更有)
(佐竹風花視点)
「風花っ!」
電車に乗る間際に電話を入れていたので、駅前のロータリーで両親が既に待っていた。
「パパ、ママ……ごめんなさい」
ママは私を抱きしめた。パパは尚吾に礼を言っているようだ。軽く会釈をして、立ち去ろうとしている尚吾に、私は慌てた。母親を振り切って駆け寄る。
「尚吾!」
尚吾は小さく笑むと、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「もう、一人で夜遊びするんじゃねーぞ」
耳元で囁かれた響きの良い声に、私は泣きそうになる。
「……ねぇ、尚吾、まだ願いを聞いていないよ?」
尚吾は、一瞬目を見開いてから、面白そうにクスリと笑った。
「もういいよ。最初から願い事なんて叶えてもらうつもりなかったし」
「でも……」
自分でも、何をどうしたらいいのか分からなかったのだけれど、このまま尚吾を行かせたくなかった。
「じゃあな」
なのに尚吾は、あっさりと駅の中へと消えて行く。私は呆然と立ち竦んでしまった。後ろで両親が待っていることも忘れるくらい、ぼんやりと佇(たたず)んでいた。
「……風花、行くわよ」
待ちくたびれたように、母親が私を促す。私は促されたまま、車に向かいかけて、ふとロータリーに設置されている時計に目がとまった。都内へ戻る最終電車は何時だろうか。尚吾は都内に部屋を借りて住んでいると言っていた。
「ねぇ、都内へ戻る最終電車って何時まであるの?」
* * *
(一之瀬尚吾視点)
自動改札機にSuicaをかざそうとして、俺は慌てた。電光掲示板には、終電が出発する時刻が掲示されていて、その横に付いているデジタル時計の数字とシンクロしかけているではないか。
俺はモーダッシュで階段を駆け下り(どんだけ深いんだ?地下鉄でもないのに!)、まさに扉をパカリと開いている電車に飛び乗ろうとしたその瞬間、ドアの前にある防護柵のドアが先にしまってしまった。
なんてこった。
俺は防護柵を思いっきり蹴飛ばす……想像をして、軽く靴先で突いた。電車は無情にも俺を見捨てて出発してしまった。始発は五時二十分だと電光掲示板が告げている。
こんなところで、五時間も時間を潰す羽目に陥った俺は、がっくりと肩を落とし、牛歩の速度でトボトボと階段を上がった。今日はトラブルの日だ。そう言う日なのだ。クリスマスイヴなのに……。いや、もうクリスマスか。
などとぼそぼそ呟きながら、改札を出ると、ウサギ……もとい風花が待っていた。俺は目を見張る。
「やっぱり、終電出ちゃってた?」
風花は、すまなさそうに言った。
「おまえ、何でまだここにいるんだ?」
俺は分かり切った答えを確認したくて、問いかけた。
「もしかしたら、終電に間に合わなかったんじゃないかと思って……」
風花は律義に答える。
「俺はこの辺で時間を潰せるファミレスでも探すから、お子ちゃまは、さっさとお家に帰って寝ろ」
「あの……もし、良かったら、うちで時間を潰して?」
「……」
「パパもママも了解してるから……」
「……」
「あ、でもパパが飲み会でお酒を飲んじゃったからって、ペーパードライバーのママが運転する車に乗る勇気が必要なんだけど……もし、良かったら……」
俺は佐竹家のハイブリッドカーの運転席にいた。
「本当に大丈夫?」
風花の母親が、俺の左手の包帯を心配そうに見て言った。
「ええ、利き手じゃないですし、オートマだから問題ないでしょう」
「ペーパードライバーって言ったって、直進、右折、左折はできるのよ?」
風花の母親は、少し不満そうに父親に言った。
「そ、小春ちゃんは、バック以外は完璧なんだけどねー」
父親は苦笑いをして、とりなすように母親に言った。風花の母親はかつて自宅で車庫入れをしようとして派手に塀にぶつけたことがあるのらしい。それがトラウマになってペーパードライバーになったのだと父親が説明した。
「あ、そだ、私がサイドブレーキを解除してあげるよ」
風花の申し出に、俺は不審げな目を向けたが、本人はやる気満々みたいなので任せることにした。
「すまないね。こんなことになるって知ってたら飲まなかったんだけど……」
風花の父親がすまなさそうに後ろから話しかけた。
「いえ、こちらこそお邪魔する身なので、これくらい何でもないです。母が同じ車種に乗っているので勝手も分かってますし……」
風花にサイドブレーキを解除してもらい、俺は滑らかに発進した。
「ロータリーを出て左ね」
助手席の風花が指で方向を指示する。
都内まで電車で三十分程のベッドタウンなのに、風花の住む街は自然に溢れた環境にあるようだった。大根やほうれん草などの野菜が植えられた広々とした畑を横目に見ながら、車を走らせる。
「そこの十字路を左に行って、次の信号を右ね」
緩やかな細道を登っていくと、昔の農家といった風情の一軒家に辿り着いた。
「ここ?」
「うん、ボロっちくてびっくりした?」
ボロとは思わないが、まるでタイムスリップしたみたいで目を見張る。
「昔からあった農家を買い取ってね、都内から引っ越したんだ」
父親が照れくさそうに言った。
「パパの趣味なのよー」
母親が困ったものだと言う様子で首を振った。
庭先には、柿や梅や蜜柑の木が植えられていて、庭の隅には薪がうず高く積み上げられている。夜なので木の雨戸が閉められているが、開ければ縁側になるようだ。庭の一部が畑になっているらしく、ネギや水菜や大根の葉が一列ずつ行儀よく並んでいた。




