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第四十三話 ユー アー☆マイン(二ノ宮陸也・視点)


 俺は小鍋でお湯を沸かし、ティーバッグが入ったマグカップに注ぎ入れた。砂糖をスプーン一杯半入れる、ミルクは入れない。ここ数週間で覚えた風花ちゃんの好みだった。風花ちゃんの動揺があまりにもひどかったので、そのまま帰らせるわけにもいかず、俺のアパートの部屋へ連れてきた。風花ちゃんはぼんやりしたまま、さっきから一言も口をきかない。

「はい、紅茶。これで少し落ち着きなよ」

「……帰ります」

 風花ちゃんは消え入るような声で言った。

「そんな顔のままじゃ、帰せないよ」

 俺はため息をつく。あの事件以降、尚吾が変わってしまったのには気づいていた。最初は、誰よりも責任を感じて動揺したのが尚吾なんだろうと思っていた。だから時間が経てば元通りになるだろうと楽観視していた。しかし、尚吾は以前にも増して人との交流を避けるようになり、授業とバイトだけに集中していった。

「……私がどんな顔をしていようと、二ノ宮さんには関係がないでしょう?」

 風花ちゃんは俺の顔の十センチほど手前を見ているような虚ろな瞳で言った。

「関係なくないよ。俺は、そんな風に追い詰められたような顔をしている風花ちゃんを放っておきたくないからね」

 俺の言葉に、風花ちゃんの視線が俺に焦点を結んだ。

「私は追い詰められてなんかいませんよっ。全然追い詰められてなんていませんっ。尚吾が誰と何してようが全然気になんてなりませんよ。みんなして子供扱いするのはやめてください!」

 風花ちゃんはますます追い詰められた表情で言った。

「子供扱いなんてしてないよ」

 俺は静かに言って、小さくため息をついた。

「してますよ!どうせ、私なんて、手のかかるできの悪い生徒で、お子ちゃまで、危なっかしくて、傍にいたら心配しかさせられないイラナイ存在ですよっ。だからってあんな状況に呼び出して参考書だなんて、そこまで子供扱いされる程子供じゃないですっ」

 風花ちゃんはまくしたてた。問題は参考書?ショックからか微妙に論点がずれているような気はしたが、風花ちゃんの痛い気持ちはよく分かった。

「分かってるよ。尚吾はあの事件以降、どうかしてるんだ」

 俺はため息をつく。

「……分かってます。私が悪かったんです。私が……あんなやつらに掴まっちゃったから……」

 風花ちゃんは悔しそうに声を殺して泣き始めた。

「悪いのはあいつらなんだろ?」

 俺はなす術もなく、風花ちゃんの背中を撫でた。


 あの事件のあった夜、風花ちゃんを自宅まで送り届けた尚吾は、風花ちゃんが黙っていてほしいと懇願したにも関わらず、すべて本当のことを彼女の両親に話して謝罪した。土下座までして謝る尚吾を庇うようにして、風花ちゃんはこう言った。

『悪いのは尚吾じゃない、あいつらだよ。尚吾はすぐに助けに来てくれたんだよ。だから私は何もひどいことをされなかったのっ。尚吾は何も悪くない!』

 佐竹夫妻はかなり動揺した様子だったが、無事だったことに安堵し、助けてくれたことに対する感謝の言葉まで掛けてくれていたのだ。なのに……

 大地震が起こった時、その振動による直接被害よりも、その後に発生する火災や津波や疫病などの被害の方が大きいことが良くある。今回の尚吾のケースはそれに似ていた。


「ねぇ、風花ちゃん、しばらく時間をおこうよ。君の勉強は俺がみてあげる。とにかく受験を済ませてしまおうよ。尚吾にも頼まれたし……俺もそうしたいから」

 俯いてぽたぽた涙を零している風花ちゃんを覗きこむ。

「そんな必要はないですよ。自分のことは自分でできます……子供じゃないですから」

 風花ちゃんは涙でベタベタの顔を上げて俺を睨みつけた。

「俺がそうしたいんだよ。そうさせてよ」

 俺は懇願口調で言う。

「……私はたぶん尚吾を忘れなきゃいけないんです。尚吾の友達の二ノ宮さんに教わってたら、私は、いつまでたっても、尚吾を忘れられません」

 風花ちゃんは辛い現実に立ち向かおうとしているかのように悲痛な顔で言った。

「……俺が忘れさせてやろうか?」

 俺は風花ちゃんの瞳を覗きこむ。

「……意味が分かりませんよ?」

 風花ちゃんは少しひるんだ様子で俺を見つめた。

「俺は君が好きだ。初めてあった時からずっと好きだった。でも尚吾の彼女なんだからって諦めてた。こんな状況で言い出すのは卑怯かなって思うけど……」

「……私は尚吾が好きなんですよ?」

 風花ちゃんの瞳が宙をさまよう。

「俺が好きになった君は、いつも尚吾を見てたよ。だからって好きになることを止められなかった」

 風花ちゃんは動揺したように首を小さく横に振った。

「でも……たぶん私は尚吾を忘れられませんよ?」

 さっきの悲痛な決心をいとも簡単に覆していることに風花ちゃんは気づいているのだろうか?俺は苦笑する。

「だから俺が忘れさせるって言ってるんだろ?」

 風花ちゃんの両腕を捕まえる。風花ちゃんが後ずさった。

「でも……忘れられなかったら……」

「そのままの君でいいから、尚吾を思い続けているままでいいから……」

 俺の言葉に風花ちゃんは目を見開いた。

「でも……」

「もう、『でも』はやめろよ」

 俺は風花ちゃんの顎を指先で持ち上げるとそっと口づけた。その瞬間過剰なほどの反応が風花ちゃんから返ってきた。驚いた顔の風花ちゃんに驚く。

「もしかして……初めてだった?」

「……」

 返答はなかったけど、図星のようだった。俺は唖然とする。尚吾はキスさえしてなかった?あんなに大事にしていたのに……いや、大事にしていたから……か。

 俺は、腕の中で動揺する風花ちゃんを抱きしめて、再度口づけた。何度も啄ばむように、角度を変えて……こわばっていた風花ちゃんの体から力が次第に抜けて行く。柔らかい髪、吸いつくように指触りの良い肌、少しずつ、すべてを受け入れるように俺にしなやかに添う柔らかな体……もう手放せないかもしれない、俺は抱きしめる腕に力を入れた。尚吾、いいんだよな?俺は心の中で尚吾に問いかけた。


読んでくださってありがとうございます 招夏

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