第四話 ミッドナイト☆ライアー (視点変更有)
(佐竹風花視点)
「……なんだって?」
尚吾は唖然とした様子で言った。
「だから、そんな願いごとは叶えられないんだよ~」
私は勝ち誇ったように笑む。
願い事を紡ぐはずの尚吾の口から最初に飛び出したのは、小言だった。初めて会った見知らぬ男に願いごとを叶えるなどと、冗談でも言うことが如何に危険なことなのかということを、尚吾は懇々と語った。
「でもね、」
と私は反論する。
「だって、最初に言ったよ?大金がらみなし、永遠なし、法に触れるものもダメって。私はまだ十六歳だもん。未成年者保護条例とかなんとかが適用されるはずだもん。安全圏だも~ん」
しかし、それを聞いた尚吾は烈火の如く怒った。高校生が、こんな時間まで、こんな場所で、しかも化粧までしてうろついてるっていうのはどういうことだ?と言うのが尚吾の指摘だった。
「親は心配していないのか?」
尚吾は眉を顰めた。
「あれ?今何時?」
私は慌ててケータイを取り出して、画面を開いて凍りついた。
「電源が入ってない……どうしよう……」
聖ちゃんからの電話を受けた後、うっかり電源を落としてしまっていたらしい。
「どうしようって……電源を入れるしかないだろう?」
電源を入れると、ケータイの画面には、十一時を少し過ぎた時刻が表示されている。私は真っ青になった。帰宅時間を大幅に過ぎている。確認すると、十分おきくらいに自宅からの着信が入っていた。
「どうしよう……」
潤み始めた瞳で尚吾を見上げた瞬間、ケータイが振動した。流行りの着うたが、私の動揺を宥めるように優しく響く。
「……も、もしもし……」
『ふーーーーか!あなた大丈夫なの?どこにいるの?』
ママの爆裂声が、闇を切り裂くように響き渡った。
「あ、ママ、ごめん、遅くなって……あの……ちょっと事情があって……その……あの……まだ街にいるんだけど……あの……」
私は、しどろもどろに答える。
『もう、ママ、心配で心配で……パパが警察に連絡した方がいいって言うから、今度、繋がらなかったら警察に行こうって言ってたのよ!聖ちゃんからも、さっき連絡があって……あなた、聖ちゃんと映画を見るって言ってたわよね。聖ちゃんの都合が悪くなったんなら、どうしてすぐに帰ってこなかったの?』
ママは泣きそうな声で言った。
「あの……その……それが……」
私も泣きそうになって答えにつまっていると、私の手からケータイがするりと抜きとられた。
* * *
(一之瀬尚吾視点)
「あの、すみません、僕のせいでお嬢さんが帰宅するのが遅くなってしまって……」
風花から抜き取ったケータイに、俺は改まった言葉遣いで話しかけた。
『……あの、失礼ですが、あなたは?』
風花の母親の緊張と警戒とが入り混じった硬い声が聞こえた、無理もない。
「申し遅れました。僕は帝都大学二年の一之瀬尚吾と申します。今日、街でお嬢さんとぶつかってしまいまして……いえ、僕も急いでいたので悪かったんです。それで転倒してしまいまして……ええ。あ、お嬢さんは大丈夫ですよ……でも僕の方が手首を痛めてしまって……あ、いえいえ。僕は大丈夫と言ったんですが、病院まで付き添ってくれましてね。あ、いえ、少し筋を痛めただけだったんですが、なんだか病院の救急が混んでまして……ええ、病院ですからね、ケータイの電源を落としていたようで……こんなに遅くなるのだったら、ご自宅に連絡を入れさせるべきでした。僕がうっかりしてました。こんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。もう遅い時間ですし、最寄りの駅まで送ると、今話していた所だったんです。もし、最寄り駅までお迎えをお願いできるなら、そこまでお送りしますので……いえいえ。あ、そうですか?それなら僕も安心です。はい、では、お嬢さんに代わりますので」
俺はウィンクすると風花にケータイを手渡した。
「あ、ママ?そ~いうことだから……」
そう言いながら、風花は涙目をゴシゴシと前足で……違った、手の甲で拭った。
「……うん、うん、分かった」
何度か頷いた後、風花はケータイの通話を終えた。やっと静かになったケータイを握りしめて、風花は放心状態に陥っているようだった。
「おい、なにぼんやりしてるんだ?行くぞ!」
俺は駅とは反対方向に早足で歩き始めた。
「あれ?パ……じゃなかった……尚吾、どこにいくの?」
「薬局だ」
俺は遅くまで開いていた薬局で、シップと包帯を買い込んだ。
「おまえ、包帯巻けるか?」
「……たぶん」
風花の巻いたグルグルの包帯を見つめて、俺は脱力する。
「いかにも、子供がいたずらで巻きましたって感じだな……」
そう言って、俺は海のように深い溜息をついた。
「仕方がない……」
俺は観念して、再び薬局に入って行き、いかにも、と言う感じで店員に切り出した。
「アノ……ホータイヲ マイテ モラエマスカ?」
片言の日本語で話しかける。中年の店員は、一瞬びびった様子だったが……すぐに、いいですよと商業スマイルを浮かべた。
事情を聞かれるのは面倒くさい。ここは外国人のふりをするのが一番だ。
「どうされたんですか」
店員が包帯を巻きながら俺に話しかける。
「ドゥサレタ?アー、ゴメンナサイ、ヨクワカラナーイ」
「Ah What’s happen on you?」
たどたどしい英語が店員の口から紡がれる。俺は眉間に皺を寄せる。おせっかいなタイプらしい。
「ワタシ……ノルウェーから、キマシタ。ニホンハ イイトコロデスネ」
「……そうですか……」
店員は俺の言葉に一瞬動作を止めたが、それだけ言ってすぐに作業を続けた。ふと視線を向けると、店先でケータイを使っているふりをしているらしい風花が、吹き出しそうになるのを我慢している様子が見えた。俺はむっとして風花を睨みつける。
「あまり、痛むようだったら、きちんと病院に言った方がいいですよ」
美しく包帯を巻き終えた店員が、生真面目な顔をして言った。
「アリガト ゴザマシタ」
俺は、完璧に爽やかな笑顔を作って店から出た。風花は慌てて俺についてきたが、俯いたまま肩を揺らしている。
「……誰のせいでこんなことになったのか、お前、分かってるんだろうな」
俺は、さっきからクスクス笑い続けている風花を見下ろして顔を顰めた。
読んでくださってありがとうございます。
ノルウェーの方の名誉の為に書いておきます。ノルウェーの方たちは英語が達者です。街中で英語が通じます。英語を嫌っているのはパンダだけです。(パンダじゃねー、尚吾だ) 招夏