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第三話 ダイヤモンド☆ティアーズ (視点変更有)

(一之瀬尚吾視点)


「絶対、彼女さん感激して戻ってくるって!なんなら賭けてもいいよ?」

 風花は確信に満ちた表情で繰り返した。俺は不審げな目で風花を見つめる。

『本気じゃなかったんだ』という風花の言葉を力強く否定した俺だったが、思い返してみるとだんだん自信がなくなってくる。俺は彼女のことを、どこまで理解していただろうか。


 クリスマスイルミネーションが煌めく街は、遅い時間にもかかわらず人で溢れていて、寒さを感じられないほどだ。

「……賭けるって、何を?」

 意気揚々と前を歩く風花の後ろをついて行く。

「そうだね~、勝った方の願い事を一つだけ叶えるってのはどう?」

 風花が、ピョコンと振り向いて言った。

「どんな願いごとでもいいのか?」

 俺は再び意地悪モードに入ろうとしていた。

「ええと……、まず大金がかかるものはダメ、永久にとかもダメ、後は当然、法に触れるもの、条例も含むよ?もダメってのでどう?」

 風花は、少し考え込んでからそう言った。

「いいだろう」

「ねぇ、プレゼントは何にするか考えてるの?」

「そこの店に入ろう」

 俺は、通りに面している宝飾店を指さした。

 付き合い始めたのは一月程前。大学の文化祭に彼女はやってきた。俺が書いた実験論文に興味を示してくれた。聞き上手で笑い上戸。でも、何よりも一番惹かれたのはその容姿だったかもしれない。俺と同じ匂いを纏(まと)った女だった。


 クリスマス用に飾られたショーウィンドは、気恥ずかしいくらいに煌(きら)びやかでエロティックだ。男が口に咥(くわ)えたネックレスを女に口渡しするという構図のポスターが、飾られているのだが……プレゼントのジュエリーをこんな風に渡すやつがいるのなら見てみたいものだと、俺はため息をつく。

 それを覗き込んでいる女の子。なんだかちぐはぐだ。風花は、そのポスターをきょとんと首をかしげて見つめていた。ファー付きのダッフルコートを着ているので、それが俺にウサギを連想させる。そのうちに長い耳をぐしぐしと手入れし始めるんじゃないかと想像して、俺は小さく吹き出した。

「ねぇ、何を買うか決めてあるの?」

 ウサギが……もとい風花が振り返って俺を見つめた。

 買うものは目星がついていた。誕生石がついたネックレス。以前デートをした時に、この宝飾店で、彼女がかなり長い時間を費やして眺めていたものだ。それは陳列棚の奥の方に置いてあった。店中に入ろうとして、俺は立ちすくむ。



*   *   *

(佐竹風花視点)


 店の中に入ろうとした尚吾が、突然立ち止まったので、私は尚吾の背中に衝突した。

「もう~、なんで入口で立ち止まるかな~、ぶつかっちゃったじゃん」

 文句を言う私の腕を掴むと、尚吾は突然店の外に出た。ショーウィンドの前までくると、尚吾は、いきなり私を抱え込むようにして抱きしめた。

「ちょっ、ちょっと、パンダ、何すんの?」

「パンダじゃねー。しばらく大人しくしてろ」

 尚吾の匂いと体温に包まれて、私は大いに混乱した。ミント系の爽やかな香りがする。

 なんだ、なんだ?何が起こったのだ?混乱しつつも、私がもぞもぞと顔を上げると、尚吾の視線は、どこか通りの方へと移動しているようだった。私も首をよじってそちらを覗いて見る。

 視線の先には、一組のカップルが歩いていた。がっしりした体型のスポーツマン系の短髪の男が、大事なものを守るみたいに女性の肩を抱いている。

 その女性ときたら……柔らかそうにカールした長い巻き毛、少し浅黒い張りのある肌、明るい茶色の瞳には喜色が湛(たた)えられていて……。当然のことながら、そんな瞳を向けられている男は、とろけるような目で女を見つめていた。

 女神が地上に舞い降りたと言っても大げさじゃないくらいの美しさだ。

「もしかして……」

「賭けはお前の負けだな」

 尚吾は苦笑した。

「……」

 呆然と見上げる私の頭を、尚吾は軽くポンポンと叩いてから私を放した。急に冷たい風が纏わりついて、私は小さく身震いをした。


 二人で、無言のまま当てもなく街を歩く。

 怒るでもなく、悲しむでもなく、ただぼんやりと歩く尚吾の少し後を、私はついて歩いた。

「……なぁ、俺って、二股掛けられてたのかな?」

 一駅分程歩いたところで、突然尚吾が口を開いた。

「別れたいって言われたの、三日前だぜ?それでもう次の?」

 怒っていると言うよりも、呆れているといった様子で尚吾は言った。

「あの美しさなら、三日あれば十分って気がするけどね」

 私は苦笑して肩を竦める。

「でも……本当にきれいな人だね。女神みたい」

 私は感嘆のため息をついた。

「きれい?」

 尚吾は怪訝そうに言った。

「うん。うん?」

 私は、尚吾の声に即座に首肯した後、尚吾の不思議そうな顔を見上げて首を傾げた。女性の目から見ても、彼女は美しかった。尚吾は彼女の美しさに惹かれたんじゃないの?なんなんだ?その表情は?

「彼女は、イタリアとアラブと中国と日本の血が混じっているんだそうだ。複雑な顔をしていただろ?」

 そりゃ、また複雑で……シルクロードを辿ってやってきた人みたいだ。どうりで日本の存在感が薄い顔立ちな訳ね。

「でも、複雑な顔とは、ふつ~言わないよね」

 私は眉間にしわを寄せる。

「言わないか?」

「美しい顔だよ」

 私の答えに、尚吾は小さく笑って、そうかと言った。

「はっ!」

 私は、突然はっと気づいて立ち止った。

「?」

 尚吾も怪訝そうに立ち止まる。

「ねぇ、あの男の人お兄さんかもしれないよ?」

 顔は似ていなかったが、あり得ない話ではない。

「それは……あり得ないだろうな」

 尚吾は首を横に振る。

「どうしてよ。そんなの確認しなきゃ分からないじゃん。ああ、しまった。やっぱりプレゼントは買っておくべきだったよ!」

 私はまくしたてる。

「あのなー」

 尚吾は、はぁーっとため息をついた。

「きっとそうだよ。あんな高そうな宝石買うお金を、たった三日で準備できる訳がないじゃん」

 私は、彼女がやけに高級そうな指輪を嬉しそうにかざして見ていたのを思い出したのだ。

「おまえ、賭けに負けたのが悔しくてそんなことを言ってるんだろ」

「そ、そんなことないよ?」

 賭けのことは忘れていた。が、願いごと一つ……かなえなきゃならないのか?私。大丈夫か?

「残念ながら、あいつは兄貴じゃないな。俺と同じ大学の一年上の先輩だ。ついでに言わせてもらうと、彼はたいそうな金持ちの家の出身らしい」

 尚吾は勝ち誇ったように言った。

「え?」

 あらららら……彼女さん、女神みたいだけど、結構やり手なのか?いやいや、女神だからやり手なのか?

「まあ、これで良かったのかもしれないな。俺がいなくても楽しいイヴを過ごせる女だったんだって分かったし。すっきりしたよ。罪悪感がすっかりなくなった。風花のお蔭だな?」

「……」

 これって……厭味……かな?

「おまえ何月生まれ?」

 突然な質問に戸惑う。

「一月だけど」

「じゃあ、誕生石はガーネットだっけ?」

「詳しいんだね?」

「あいつは四月生まれだったんだ。誕生石はダイヤモンド。金がかかるんだよダイヤモンドは。……まるであいつそのものみたいだな」

 訥々と語る尚吾の言葉に、私は胸がじんわりと痛くなってくる。尚吾は本当に彼女さんのことが好きだったんだ。彼女のプレゼントを買うためのバイトだったのに……。あの胡散臭いパンダが、なんだか悪い魔法をかけられた王子様に思えてくる。

 この愛を成就させなければ呪いが解けなくって、いつまでもパンダでいなくちゃならないとか……あ、でももうパンダじゃないんだっけ。

 尚吾の気持ちを彼女さんが知ったら、彼女さんはどう思うだろうか。あ、でももう新彼がいるんだっけ。どんな風に解決しても、切ない思いをする人が必ずいるわけで……チェックメイトな閉塞感に、私はやりきれない気持ちになる。

 肺炎なのは尚吾の方なんじゃないだろうか。気づいたら、涙が零れていた。

「なんでおまえが泣くんだよ」

 尚吾は、少し驚いた様子で私を見下ろした。

「あれ?何でだろう……分かんない」

 考えていたゴチャゴチャを話す気にはなれなかったので、作り笑いで誤魔化した。

「変なやつ」

 尚吾はそう言って、再び黙り込むと歩き始めた。


 尚吾が次に口を開いたのは、やはり一駅分程歩いた頃だった。尚吾は、一駅歩く時間で気持を切り替えられる性質なのらしい。

「さぁて、何をお願いしよっかなー」

 尚吾が、意地悪気そうな瞳で私を覗き込んだ。

 しまったよ、彼女さんが、あんなにきれいな人って分かってたら、あんな賭けなど言い出さなかったのに……のに……

 私は項垂れた。



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