第三十七話 デンジャラス☆ゾーン(佐竹風花視点)
隣の部屋から声がする。
「あれどうするつもりなんだ?」
比較的若そうな男の声だ。でも尊大そうなしゃべり方。
「事情を聞きだしたら、後は先輩の好きにしたらいかがです?」
少し歳若な軽い口調の男が返答した。
「ふふん、好きにねぇ。どうしてやるか」
低い笑い声が聞こえる。
「見たところ生娘のようですが、先輩のテクニックで啼かしてやったらどうです。きっといい声で啼きますよ」
追従じみた嫌な笑い声が聞こえた。
「そうだな。しっかりしこんで、おまえが手ぇ出した俺の女の代わりにでもするか?」
「先輩っ、ですから、そりゃ誤解ですって、あいつの居所を聞き出せばすぐに誤解は晴れますからっ。俺は姐さんには指一本触れちゃいませんって」
「まぁ、この際、あの女のことはもうどうでもいいさ。そろそろ飽きてたしな。いい機会だから俺のマンションから叩きだしてやったよ。ただ、黙って引き下がっちゃあ俺の面子がたたない」
「は、ははっ、お、お手間を取らせてすみませんっ」
私は見知らぬ部屋の古ぼけたベッドの上で、手足を縛られた状態で転がされていた。隣の部屋から聞こえてくる会話に頭がぼうっとしてくる。これってとてもまずい状況じゃない?回らぬ頭で必死に考える。聞きだしたい事情ってなんだろう?なんの事情だろうか。いずれにせよ、まずい筋の関係者みたいだ……ここは危険地帯だ、なんとかしなくちゃ。その言葉が頭の中でグルグルする。ここはどこなんだろうか?私は辺りを見回す。少し黄ばんだ壁に、四隅がめくれて破れた女性のヌードのポスターがデカデカと貼られている。一つだけある灰色のスチールの机の上には、こんもりと吸殻が盛り上がった灰皿や、書類や、雑誌が雑然と積まれていた。その中に埋もれるようにしてクリーム色の古ぼけた電話があった。
「……電話」
私は小さく呟く。持っていた荷物が手元にない。連絡をとるにはあれが使えるかもしれない。そう考えたところでドアが開いた。私は気を失っているふりをする。
「おい、いつまで寝てんだ!起きろ」
いきなり髪をわしづかみにされて引き起こされた。私は硬直して目を見開く。
「ふん、狸寝入りとはいい度胸だな、おまえ、名前は?」
黒いダブルのスーツに派手な柄のネクタイが異彩を放っている。がっしりした大柄な男で、若そうに見える割にはどこか落ち着いていて、鋭い瞳の中には獲物を追い詰める肉食獣の雰囲気が潜んでいた。髪の毛をわしづかみになどされたことがなかった私は、すっかり怖くなってガチガチと震えが止まらなくなった。声も出せない。その後ろには、私に声を掛けてきた薄紫スーツの男がへらへらした顔で立っていた。どうやら、私の髪のつかんでいる男が先輩なのらしい。
「どうした?声もでないのか?」
男は空いている方の手で私の頬をツィーと撫で、太い親指の腹で私の唇をなぞった。私はびくりと身震いする。
「この口は何のためにあるんだ?ああ?男に奉仕するためか?」
「……っ」
私は瞠目して顔をそむけた。
「ふふん、おまえの名前なんて聞かなくたってとうに分かってる。フウカ、住所も年齢も当然親の名前もなぁ。だが俺が知りたいことはそんなことじゃないんだ」
私は恐怖で目の前が真っ暗になるのを感じていた。こんな人たちに、そんな情報が……どうして?今日はお財布とケータイしか持っていない。ケータイにそんな情報を入れておいただろうか?私は回らぬ頭で必死に考える。そんな私の目の前に、一枚の写真が提示された。
「俺たちはこの男を探している。こいつの名前と連絡先を知りたい。知らないわけがないよなぁ」
私は瞠目する。その写真には街を歩いている尚吾と私が写っていた。
「さて、こいつは誰だ?名前から教えてもらおうか。俺たちが知りたいことを話せばすぐに家に帰らせてやる」
うそつき!私は心の中で叫ぶ。
「……こ、この人がどうかしたんですか?」
私は震える声を必死に押えて問いかける。
「こいつは前科三犯の悪党だ。主な手口は結婚詐欺でな、多くの女がやつに泣かされた」
「うそつき!尚吾はそんな人じゃないっ」
私は叫んでからはっとして口をつぐんだ。
「ほう、やはりこいつは詐欺師だな。俺たちにはそんな名前だなんて言ったことがないぞ?ロキ・ミズガルズ・田中、こいつはそう名乗っていた。嘘つきはいけないことだ、そう学校で習っただろう?お嬢ちゃん」
男はそう言いながら、私をねちっこい目で舐めまわすように見つめた。
「呼び出してきちんと叱らなくちゃな」
男はいきなり私の胸倉をつかんで、力任せにブラウスの胸元をはだけさせた。二つほどボタンが飛び散る。
「……っ」
あまりの恐さに涙が零れ落ちた。
「いい表情だ」
男はそう言うと、ケータイを取り出して私の写真を撮った。
「さて、ショータイムだ」
男がにやりと笑った。