第三十四話 スウィート☆ドランカー
トーネさんの手伝いは……私は苦笑する、浴衣の撮影会だった。パーティーの出席者と並んで何枚か写真を撮る。写真を撮りたがっていたのはほとんどが外国の人で、白髪のマダムがやたらキュートだと褒めてくれた。孫にこんな浴衣を買って帰りたいと言うので、お店を紹介したり、他の友達が選んだ浴衣地と帯の組み合わせを説明したり、帯の結び方を実演したりした。トーネさんが別の洋服を用意してくれていたので、実際に私の浴衣と帯を使って簡単な着付けをしてあげながら説明をしたのだ。ちなみに、私は自分では帯を結べないのだが、人の帯を結ぶことはできるのだ。エッヘン。
帯を解いて楽になった私は、トーネさんが特別に注文してくれた豪華なサンドイッチをお腹いっぱい食べることができた。あ~、帯を絞めていない食事は最高~
そんなこんなで、私は夜遅くにトーネさんのマンションに連れて行かれた。私は今夜トーネさんのマンションに泊ることになっているらしい。既にうちの両親には了解をとっているのだとトーネさんが言った。電話をしてみると、母親からあまりみっともないところを見せないようにと釘をさされた。
「ねー、風花ちゃん、私お腹がすいたわー」
トーネさんはシャワーを浴びてくるなりそう言った。
「トーネさん、食事ができなかったんですか?」
「そうなのよー。あなたは?お腹すいてない?何か取り寄せましょうか」
トーネさんが受話器を持ち上げた。私はサンドイッチでお腹がいっぱいだ。
「そだ、尚吾の部屋にカポナータ丼のセットがありますよ~。冷蔵庫に入ってるから、温めるだけですぐに食べられますよ」
トーネさんの顔がぱぁっと輝く。トーネさんはすぐさま尚吾の部屋に取りに行った。帰ってくると、悠吾君が一緒に付いてきている。
「なんだよ、なんで風花がここにいるんだ?」
悠吾君はさっさと上がりこむと、勝手に冷蔵庫を開けて中からコーラを取り出した。
「もー、余計なのが付いてきちゃったわ。あなたの分のカポナータ丼はないわよ」
トーネさんがブツブツ文句を言う。私は早速カポナータ丼を作ってあげた。シャワーを浴びた後に着なさいとトーネさんのTシャツを貸してくれたんだけど、大きいのでTシャツというよりワンピース状態だ。まぁ、浴衣に比べれば楽でいいけど……。でも胸のあたりがやけにブカブカしているのでエプロンを着けていないと何となく無防備な感じだ。
「コークハイにしよう……って、あれ?アルコール類ないの?」
悠吾君がキッチンの戸棚の中を物色している。
「冷蔵庫にアクアビットが入ってるわよ」
トーネさんはカポナータ丼を食べながら悠吾君に言った後、私を見つめて、
「これ、最高に美味しいわ。小春さんにそう伝えて」とカポナータ丼を褒め称えた。
しばらくして尚吾が帰ってきた。
「母さん、風花は?ちゃんと誰かに送らせたんだろうな」
尚吾はドアを開けるなり、開口一番そう言った。
「風花ちゃんならここにいるわよ。明日あなたが責任もって送りなさい」
唖然と立ちすくむ尚吾と目が合う。私は少し居心地の悪い思いで肩を竦めた。だって、これって親子水入らずの団欒を私が邪魔してるみたいじゃない?
「風花ちゃんは今夜ここに泊るの。私と一緒にねー。羨ましいでしょー」
トーネさんが私の頭をグリグリと撫でた。体がグラグラ揺れる。尚吾がはぁーっと溜息をついた。
悠吾君のノルウェー話で盛り上がる。ノルウェーのお祖母ちゃんの話、日頃は温厚で優しいのに怒りだすと火山の噴火みたいに誰も止められないとか。ノルウェーのガールフレンドの話、キス以上のことをさせてくれないから付き合うのをやめようかどうしようかと考えてるとか、この話を聞いたトーネさんが彼女にすぐに別れるように言うから電話番号を教えろとか。去年のクリスマスの話、たくさん雪が降る中を子供たちが聖歌を歌いに来るからと、お祖母ちゃんに命令されて雪灯籠をさんざん作らされた話とかを聞いた。ノルウェーでの悠吾君はとても活き活きしているようだ。
私はコーラを飲みながら、ふと考える。尚吾は?尚吾はこの国で活き活きとできているんだろうか?私は何故だかぼんやりし始めた頭で、ソファに座っている尚吾をとろんと見つめた。
「風花?おまえ、なんか変じゃないか?」
尚吾が首を傾げる。
「にゃにが変なのよ~、なぁんにも全然マッタク変じゃにゃいでしょお~」
ありり、なんじゃろ、呂律が回らない。トーネさんと悠吾君も驚いたように私を見る。平気ですよ~と平気なことをアピールするために、私はダイニングの椅子から立ち上がって、派手によろけた。尚吾が慌てて私をソファに座らせる。
「おまえ、何飲んだんだ?」
「へ?コーラだけどぉ……」
私はダイニングテーブルにある自分のコップを指差した。
「ああっ、もしかしてそれ俺が飲んでたアクアビット入りじゃね?」
悠吾君が慌てる。
「おまえのはそこに持ってるじゃん」
尚吾が悠吾君の持っているグラスを指差した。
「俺、さっきこれ飲んだらアルコールが薄いって思ったんだよ。それで更に足して飲んでるんだけど……もしかして、これ風花のだった?」
「ゆーご!あんたって子は……風花ちゃん、大丈夫?」
トーネさんが慌てて私の顔をペチペチ叩く。トーネさんの手が冷たくて頬に気持ちがいい。
「らいじょ~ぶれすよ~、みんな心配し過ぎらし~」
私はおかしくって仕方がなくて、きゃらきゃら笑う。
「悠吾、アクアビットはどれだけ入れてたんだ?」
「ワンフィンガーだよ、ワンフィンガー」
悠吾君も笑いだす。
「笑いごとかよっ。母さん、風花を寝かせよう。どこに寝かせるつもりなんだ?」
心配そうな表情の尚吾に私はしなだれかかる。やっぱりミントの匂い。いい匂い~
「おい、風花ぁ、大丈夫かよー」
ケラケラ笑いながら、悠吾君が私の顔を覗きこんで頬をペチペチ叩く。
「触んなよっ、この酔っぱらい!」
悠吾君の手をピシッと叩いている尚吾の手が見えた。私はその手をとろんと見つめる。私は尚吾のスラリと長い指が大好きだ。
尚吾に促されて、私はトーネさんの寝室に向かっていた。さっきトーネさんにエプロンを外してもらった。なんだかうまくエプロンの紐が解けなかったのだ。でも別に苦しいわけじゃない。意識がふわふわしていて逆に気持ちがいい。そう言ったら、それが酔っぱらってるってことだろと尚吾に言われた。尚吾に抱えられるようにして歩く。
「苦しくなったらすぐに俺を呼べよ。リビングのソファで寝てるからな。母さんは一緒に寝るって言ってるけど、あの人は一旦眠り込んだら起きない人だから」
私をベッドに座らせてから尚吾はそう言った。私は了解の意味でコクコクと首を縦に振った。そのまま私を置いて出て行こうとしている尚吾の後ろ姿に、私は慌てた。
「しょ~ご!」
慌てて立ちあがってよろける。
「どうした?苦しいのか?」
尚吾も慌てて戻ってきた。再びベッドに座らされる。尚吾が膝を折って心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「尚吾、どこかに行っちゃうのぉ?」
「?」
「尚吾、わらしを置いてどこか知らないところに行っちゃうんでしょぉ?」
「何言ってるんだよ」
「どこにも行かないで、ここにいて。わらしの傍にいて」
「この酔っぱらい……風花、何がおまえをこんなに不安にさせてるんだ?悠吾に何を聞かされた?何か聞いたんだろう?」
尚吾の瞳が私の瞳の中を探るように覗きこむ。私は不安になったので目を閉じて首を横に振った。
「……俺はどこにも行かないよ。ここにいる。少なくともできの悪い生徒が大学に入れるまでは面倒を見なくちゃ心配で仕方がないからな」
尚吾は小さく笑った。私は安心三十パーセント、不安五十パーセント、その他なんだか自分でも良くわからない気持ち二十パーセントが混ぜこぜになった気持ちで、尚吾の首に縋りついた。
読んでくださってありがとうございます 招夏




