第三十三話 DOKIDOKI☆ダイエット
「まぁぁぁぁー」
トーネさんは私を見るなり悲鳴を上げて飛びついて来た。トーネさんの豊かな胸に私の顔はムギューっと圧迫される。
「と、トーネさん、苦しいですよ~」
F?G?私の脳裏に巨大なサイズが浮かぶ。
「かーわーいーいー、座敷わらしみたいーっ」
「トーネさん、それ褒めてませんよね~?」
私はムスッとした顔で答える。
「何言ってるの、メチャクチャ褒めてるじゃなーい」
トーネさんは目を弧にして艶やかに笑った。トーネさんはキラキラした布地のワンショルダーのワンピースを着ていてとても華やかだ。そう言ったら、私も座敷わらしちゃんみたいに浴衣にすれば良かったわぁと言ってウィンクした。もう~座敷わらしじゃないっつの!
LTビルの最上階で、みんなとガラス越しに花火を見た。悠吾君が言っていた通り、花火の音は幽かにしか聞こえない。それでも足を怪我してしまった沙耶ちゃんが椅子に座って一緒に見れたので、みんなほっとしていた。
「風花っ、風花、大丈夫だったの?」
「桃花ちゃんっ」
みんなが花火を見ている部屋に行くと、桃花ちゃんが心配そうな顔で走り寄って来た。二人で手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる。
「うん、私は大丈夫だよ~。沙耶ちゃん大変だったね。大丈夫?」
窓際に腰かけていた沙耶ちゃんに歩み寄る。沙耶ちゃんは人波に押されて転んでしまったらしい。椅子に腰かけたまま少し弱ったように、それでもにっこりほほ笑んだ。足首を痛めてしまったようで、左足首を固定されている。
「なんだか、一之瀬さんにすっかりお世話になってしまったみたいで……」
桃花ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「いいんだよー、そんなこと。気にしない気にしなーい」
愛想のいい声が突然割り込んできた。
「悠吾君」
悠吾君は唐突に表れて、さりげなく桃花ちゃんの肩に腕を回した。
「あら……そっくり……」
桃花ちゃんは悠吾君を見て目を丸くした。
「でもオセロみたいだよね~。背中あわせにしてさクルクル回すの」
私がそう言って吹きだすと、誰と誰を回すんだって?と突然背後から腕が回されてヘッドロックがかけられる。
「うぐぐぐ。尚吾、ぐるじい~」
「もっとやってやれ、尚吾」
悠吾君がニヤニヤしながら尚吾をあおった。
「これと、あれと、ああ、その辺のも全部持って行っていいわよー」
トーネさんはパーティ料理を気前よく分けてくれた。どうせ余らすのだから食べてもらった方がありがたいと言うので、ありがたく分けてもらってワゴンに乗せる。ホテルの給仕係さんが押してくれるワゴンに尚吾と一緒について歩いているうちに、ふと忘れものに気づいた。
「あ、取皿をもらい忘れちゃった」
「私が取りに戻りましょう。少しお待ちいただけますか?」
私が戻ろうとしているのを制して給仕係さんがささっと戻って行った。廊下に尚吾と二人っきりで取り残される。
「お料理たくさんもらっちゃったね~」
「みんな腹が減ってるだろ?少ないくらいじゃないか?」
「でも、ほら女の子は帯で圧迫してるからあまり入らないんじゃないかと思うよ~。私もお団子くらいしか食べてないのにお腹があまり減らないし~」
「そんなものしか食ってないのか?」
尚吾が軽く驚いて首を傾げた。
「うん、これって浴衣ダイエット?ってゆ~か、帯ダイエット?」
私はへらへら笑った。
「食欲が出るように、俺が帯をほどいてやろうか?」
尚吾がニヤリと笑う。
「な、な、なに言って……」
私は耳まで赤くなって硬直する。なんだ?このドキドキは……ああ、ダメダメ私の脳みそ……そんなリアルな想像しちゃ、あ~~。お、落ち着かなきゃ。コキコキとぎこちなく尚吾を見上げると、尚吾は、おや?と私を以外そうな顔で見つめた後、ふふっと小さく笑って、冗談だよと言った。
その後すぐに給仕係さんがお皿をもって戻ってきたので、すぐにみんなのいる部屋に戻ったんだけど、しばらく私は尚吾の顔をまともに見られなかった。私、どうしたんだろう、さっきからなんか変だ。
大量の料理にみんなは大喜びで、帯で絞めつけられているはずの女の子でさえモリモリ食べている様子だ。なのに私は大皿に乗っていたカナッペを一つ食べただけで、何も口にできなかった。帯が苦しかっただけじゃない、なんだか胸がドキドキ苦しくて仕方がなかったのだ。私、心臓の病気だろうか。
「風花?どうしたの?気分が悪いの?」
桃花ちゃんが声をかけてくれる。
「ううん、ちょっと帯が苦しいみたい~」
私は小さく笑った。
「本当にそれだけ?」
桃花ちゃんは私の額に手を当てる。
「熱はないみたいね。顔が赤いから熱があるのかと思っちゃった」
「私の顔、赤い?そんなに?」
私は慌てて、両手で頬をはさんだ。少し熱をもってアツイ頬。
「少しね。気にするほどじゃないよ。日に焼けちゃったのかもね、今日は暑かったから」
「……」
私は一人隅の椅子に腰掛けながら、そろそろフィナーレに近づいたらしい威勢のいい連発花火を見ていた。部屋の中は、花火を見ているカップルたちと、何故かトランプを持ち出した悠吾君を取り巻いてカードゲームに興じる女の子たちとに二分されたようだった。悠吾君は浴衣の女の子たちに囲まれてすごく嬉しそうだ。
「どうした?気分でも悪いのか?」
尚吾が隣の椅子に座ってきた。胸の苦しさ度が少しアップしたような気がする。私は慌てて深呼吸をした。
「ううん、そうじゃないんだけど、やっぱり着なれないものを着るとダメみたい。他の子は平気なのかな?」
尚吾は部屋を見渡して、他の子は平気そうだなと言って小さく笑った。
「でも、その浴衣良く似合ってるよ」
穏やかな笑顔を湛えた翠色の瞳に、私の心臓が再びトックンと跳ねあがった。
「そ、そ、そ、そうかな~」
意味もなく巾着の紐をグルグルと指に巻きつけては解くを繰り返す。
「……おまえさ、悠吾と何かあった?」
「え?」
「マンションの部屋を出る前と今とじゃ、なんだかおまえ様子が違うから」
……すごく強力な呪いの魔法を使っちゃったんだ、頭の中で悠吾君の声が聞こえた気がした。それまで飛び跳ねていた心臓が、突然ほとりと暗闇の前で立ちすくむ。
「……何もないよ。尚吾が小さい頃は甘えん坊だったって悠吾君から聞いたくらいだよ」
私は尚吾の翠色の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「なんだよそれ、悠吾のやつめ。どっちが甘えん坊だったんだか」
憤慨している様子の尚吾に、私は小さく笑んで尚吾の手をとった。大きな手に骨ばった指がすらりと長い。
「ねぇ、尚吾……」
私、ずっと尚吾の傍にいられるよね……心の中で問いかける。
「なんだ?」
「……花火きれいだね~」
そう言って私は尚吾の掌をペチペチと叩いた。
「……もう終わってるけどな」
尚吾が窓の外を見て肩をすくめた。
「ありゃ」
いつのまにか、いつもの街の夜景に戻っていた。
ビル所有のマイクロバスを貸してもらえることになったので送ってもらうことにした。怪我人がいるのでありがたい。運転は尚吾がやると言う。大丈夫なんだろうか?
「俺の運転が信用できないのか?」
不安げに見つめる私に尚吾が仏頂面で言った。
ところが、私がバスに乗り込もうとした時、トーネさんがやってきて私を引き止めた。
「座敷わらしちゃんは行っちゃ駄目でしょ?後でお手伝いしてくれるって言ったじゃなーい」
ああ、そうだった。さっきトーネさんに会った時、お礼かたがたお手伝いを約束したのだった。
「そうでしたね~、うっかりしてました」
私がバスのステップから降りると、尚吾が私を追って降りてきた。
「母さん、手伝いなら今度にしてくれよ。風花は疲れてる」
「だってー、約束だもの」
トーネさんは少し酔っているのか駄々っ子のような口調で言った。
「だっても、あさってもないんだよ。ほら行くぞ風花」
「駄目、約束よ」
トーネさんと尚吾が睨みあう。
「こいつは疲れてる上に、慣れない浴衣でほとんど食い物食ってないんだ。そんな状態のこいつが何の役に立つと思うんだ?」
「もー、尚吾ったら、う・る・さ・い」
そう言ってトーネさんは私を離そうとしなかった。
「尚吾、私は大丈夫だから、みんなをお願いね」
私は尚吾にほほ笑んだ。桃花ちゃんも心配して、手伝うと言ってくれたんだけど大丈夫だからと断った。みんな疲れてるはずだもの、私がした約束につき合わせるのは申し訳ない。尚吾はものすごく不機嫌な様子で乗車すると、すぐにバスを発車させた。
読んでくださってありがとうございました 招夏