〜勇者、魔族になる!?〜
青々とした空に
緑広がる大地。
やっぱり人間界はいい。
魔界なんてどんより曇った空みたいに
ずっと暗かったし、
石垣みたいな地面で痛い思い出しかない。
「それじゃあまた機会があったら
ボクのことパーティに入れてね♡」
ヴァンがひらひらと手を振って
魔界に戻るのを見届けた
俺とハーフマオリエは
さて、と一息ついた。
「とりあえず1回王宮にでも戻って
魔王がいないこと報告しようぜ?
じゃないと俺たち旅する理由ねぇもん」
俺がそう言いながら1歩足を踏み出すと、
そのまま地面に崩れ落ちた。
「ブレイト!?」
ハーフマオリエが駆け寄ってくれて
俺の身体をゆっくり起こした。
「どうしたの?」
「なんか……、身体、動かね……」
「何処か痛いところは?」
「いや、わかんね……」
「……まさか」
ハーフマオリエが急に
俺の鎧を剥ぎ取って衣服をまくった。
やばい、ハーフマオリエに
服捲られるとか恥ずかし過ぎる。
「……っ、これは」
顔を顰めているハーフマオリエの
顔に俺は自分の腹を見た。
不気味な黒い色の肌に
ぶつぶつと突起のようなものが
俺の肌から生えている。
「なにこれ!?」
「まずいわね。
……とりあえず移動するわ。
悪いけど、王宮は後回しよ」
ハーフマオリエが鞄から
絨毯を呼ぶように飛ばすと、
ゆっくりと俺の身体をそこに寝かした。
ハーフマオリエが杖を持つと
一振し、絨毯が浮いた。
「なにこれ!?どこのアラビアンナイト!?」
「病人乗せるならこの方がいいのよ」
ハーフマオリエも絨毯に乗ると、
その間空を飛んで行く。
俺の視界からは空しか見えないが、
きっとハーフマオリエの位置からなら
人間界の大地が見れたことだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハーフマオリエが俺を連れて来たのは
以前来た亜人の村の近くの小屋だった。
「こんなところに小屋なんてあったか?」
「前に歩いて移動した時に見かけて
中見たら使えそうだったから
使えるように頼んでおいたの」
「え?」
誰に、と言おうとすると
小屋の扉が開いた。
「……ぁ!
ハーフマオリエさん、ブレイトさん、
お久しぶりですっ……!」
そこにはうさぎの亜人、リアがいた。
「え、なんでリアが?」
「一応何かあった時の為に
使い魔にお使いさせて
文通していたの」
「は、ぃ……!
ハーフマオリエさんのおかげで、
村は復興に向かってます……!」
リアがひょこ、と顔を覗かせて
ふわっと笑った。
「いつの間に……。
流石ハーフマオリエたん……」
「一応リアにはお世話に
なったからね。
恩は返すものでしょ?」
ハーフマオリエがそう言いながら
俺を小屋の中に絨毯ごと移動させていく。
「ぁ、ハーフマオリエさん、
頼まれていたもの……用意しました」
リアが籠を持って来た。
「ありがとう。
それと洗面器とお湯を沸かして欲しい。
出来たらタオルも」
「ぁ、はい……!」
ハーフマオリエに頼まれて
ぱたぱたと歩く幼女の姿に
俺は微笑ましくなりながらも
何処かホッとした。
ここにはいつも俺を玩具にしていた
変態サキュバスもいない。
あるのは
ハーフマオリエたんという天使と
癒し系のうさ耳幼女のリアのみ。
ここが天国か。
「あんまり進行してないといいけど……」
ハーフマオリエが呟きながら
俺を上半身のみ裸にした状態で
ベッドに横たわらせてくれる。
「なあ、進行ってなんだ?
俺はなんか変なもんでも拾って来たのか?」
俺の問いにハーフマオリエが
リアの持って来た籠の中から
何種類もの薬草や鉱石を並べながら
俺をちらりと見た。
「簡単に説明すると
あっちで稀に発症する病気の一種ね」
鞄から分厚い本を取り出し、
ページを捲りながらハーフマオリエは
俺の腹を指さした。
「これは魔族肌。
つまり人身売買された人が
魔界に行くと魔族に変貌することが
稀に起こるの」
「え?それってつまり?」
「ブレイト。
残念だけど、このままだと
勇者から魔族になるしかないわ」
「ええええええええ!?」
ハーフマオリエの言葉に
俺は叫んだ。
「今は声も出るし、
元気かもしれないけど
身体が動かなくなって来てるから
早くしないと」
「待て待て!
それって魔族の中に
元々人間だった奴もいるってことか!?」
「今それ聞くところ?
……いなくはないと思うわ。
だからじゃない?
あっちの世界で派閥争いが起こるのって」
「どういうことだ?」
俺の混乱した顔に
ハーフマオリエは無表情でゴリゴリと
薬草を鉱石で潰しながら
じっと俺の顔を見た。
「魔族が不用意に
人身売買オークションで
人間を買って魔族にしたとしたら、
魔族も冷酷な連中ばかりじゃない。
人間に情が出来る魔族もいる。
人間に罪悪感があるから
そういう人間の解放、共存を
望んでいるのが魔族の人間派閥側。
人間をそれでも買い続けて
奴隷にしてるのが魔王派閥。
まあ、あくまでも推測だけどね」
ハーフマオリエは
鞄から銀色の壺を取り出すと
蓋を開けながら説明してくれた。
「……なるほどな。
それで魔族になった人間はどうしたんだ?」
「それこそあのサキュバスにでも
聞いた方が早いわ。
それより今はブレイトの
魔族肌の進行を抑える方が先よ」
ハーフマオリエの最も過ぎる正論に
俺は何も聞けなくなると
ちょうど洗面器とタオルを
持って来たリアが
ぱたぱたと戻って来た。
「お、お待たせしました……!
お湯はもうすぐ沸きます……、
持って来ますか……?」
リアが洗面器とタオルを
ハーフマオリエに渡すと
お願い、と言うハーフマオリエに
嬉しそうにリアがまた
ぱたぱたと走って行く。
いちいちふりふりと動く
あのうさぎの尻尾……、モフりたい。
「それでねブレイト。
この治療、結構痛いの。
耐えれる?」
「……どれくらい?」
ハーフマオリエの言葉に
俺が恐る恐る聞くと
ハーフマオリエは少し考える
素振りをした。
「……どれくらい、って言われても……。
少し炙ったこれで抉って
薬品ぶっかける感じなんだけど」
ハーフマオリエが手に持っていたのは
銀製のタガー。
あっ、めちゃくちゃ痛いやつや。
「いやいやいやいや!
無理無理無理無理!」
「そんなこと言われても
仕方ないじゃない?」
もうやだ!
俺の渡る世界って鬼ばっかりなの!?
とか思ってるとリアが
お湯を沸かしたポットをゆっくり
持って来ていた。
動きがそろそろしていて
幼児のようだ。実際彼女は幼女なのだが。
「どうぞ……。
あの、ブレイトさん……。
ぇと……うまく言えないですけど……、
がんばってくださいっ……!」
「そこは止めて!?
お願いリア!」
俺がリアに助けを求めるも
リアはフレーッ!フレーッ!と
謎のかけ声をするだけで
助けにはならないし、止めてもくれない。
そうしている間にも
ハーフマオリエは銀製の壺に
お湯やら薬草やら
砕いた鉱石を少し入れ、
壺に蓋をして杖を一振すると
ティロリ♪ティロリ♪と
謎のメロディーが壺から鳴って
錬金術で出来た薬品を壺から
瓶にうつしていく。
やばい。このままだとやられる。
「ブレイト。
このまま勇者やめて魔族になるか、
潔く治療してさっさと治すか、
私の魔法で長期治療するか
選んでくれる?」
ハーフマオリエの言葉に
俺は、ん?と思った。
「……ハーフマオリエたん?
……ちなみに、
ハーフマオリエたんの魔法で
治すのってどれくらいかかるの?」
「その時の症状によるけど、
ブレイトくらいの症状なら
後遺症が残らなければ
3日か1週間で治せるよ」
「……それって痛い?」
「そんなに痛くないね」
ハーフマオリエの言葉に固まる俺。
答えなんかもう決まってる。
「ハーフマオリエたんの魔法で治す!」
「いや、私の魔法だと
後遺症残りやすいんだけど」
「いいよ!残っても!
ハーフマオリエたんに
治して貰うし!」
俺の全力の選択に
ハーフマオリエはリアと顔を見合わせると
少しため息をついた。
「わかったよ。
リア、ごめん。
用意して貰ったのに」
「ぃえ、そんな……っ!
お役に立てて良かったです……!」
ハーフマオリエが諦めたのか
銀製のタガーを鞄にしまい、
さっき作っていた薬品と
分厚い本も鞄に片付けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なあ、ハーフマオリエ」
俺が話しかけるも、
ハーフマオリエは何も言わない。
「やっぱりさっきの方法のが
良かったのか?」
「……別に」
俺は目を瞑りながら
ハーフマオリエに話しかけると
素っ気なく返事が返って来た。
「悪い……。
俺もまさかこんな方法立って
知らなかったから」
「言ってなかったからね」
俺の声もハーフマオリエに虚しく返されてしまう。
俺の横たわるベッドの近くの椅子に
座ったハーフマオリエは
下着に近い薄着で俺の腹部分に触れた。
「なるべく、見ないようにするからさ……。
機嫌治せよ……」
俺が言うも
ハーフマオリエからの返事はない。
「……なるべく意識を平静に保って。
ゆっくり息を吸って、吐く。
それを繰り返す」
ハーフマオリエはもう諦めて
治療に集中することを選んだのか
俺の言葉を無視して治療に専念し始めた。
俺がハーフマオリエに言われた通りに
ゆっくり深呼吸した。
「……ブレイト。
もしも身体に異変が感じられたら
直ぐに言って。絶対よ」
「わかった。
よろしくな、ハーフマオリエ」
俺がそう言えば
ハーフマオリエは覚悟を決めたように
いつも使っている杖は使わずに
何かを呟く。
きっと詠唱か何かだろう。
かくして俺とハーフマオリエの
長期に渡る治療が始まったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから何日目か。
食事を運んでくれる時にリアが来るくらいで、
後はほとんどハーフマオリエと一緒にいた。
ハーフマオリエは俺の身の回りの世話まで
してくれつつも俺の治療魔法も欠かさなかった。
もう俺このままハーフマオリエたんと
この亜人の村の近くの小屋で
引きこもって暮らしてもいい気がして来た。
そんなことを考え始めたくらいの時に
ちょうど俺の魔族肌の治療は終わった。
「調子はどう?
何処か動かしにくいところは?」
ハーフマオリエの質問に
俺は身体を動かしてみた。
「ありがとう。大丈夫みたいだ。
それよりハーフマオリエも
少し休んでくれ。
もう3日もまともに寝てないだろ?」
「あら、こう見えても
結構丈夫なのよ?
それに仮眠もとったんだけど」
ハーフマオリエは
俺の身体の動きを見ながらそう言うと
続けて話した。
「念の為、あと数日は
安静にしていてね。
あと私の作った薬も飲むこと」
「わかったよ。
すげぇな、魔族の肌?だっけ。
もうほとんど跡形もないぜ」
俺が腹部分を撫でると
ハーフマオリエは少し顔を顰めた。
「まだ治りかけ。
それに後遺症もまだあるかもしれない。
安静第一だからね?」
ハーフマオリエが念を押すように言うと
俺は任せろ、と親指を立てた。