二人で善き日を迎えるために
ラヴィルは悩んでいた。それは半年後に妻と呼ぶことになる、愛しい婚約者のことでだ。
(やはりあいつには純白、それも仰々しい重いドレスではなく、ふわふわした天使系の可愛いものが似合うよな)
華奢でちっちゃい彼女が、ふわふわ幾重にもシフォンを重ねた花のようなドレスを身に着け、小花をレースのリボンでまとめたラウンドブーケを持って、「殿下―!」とか言いながらバージンロードをぽてぽて駆け寄ってくれれば。自分は、「ははは、こいつう、そんなに走ると転ぶぞ。俺に生涯、抱いて運んでやると誓って欲しいのか?」とか言いながら抱き上げて、その場でくるくる回るという、救いようのないバカップルぶりを各国大使の前で曝してしまう自信はある。
(さすがにそれはまずいか。一応、あいつはカストロフ家の次期当主、王家の剣としての威厳を見せつけなくてはならないのだから)
では、自分の理性がもう少し持ちそうな落ち着いたドレスはどうだろう。袖の上部のみをふわりと膨らませ、腕は長手袋で覆い、長いトレーンを惹いた、清楚なジュリエットスタイルドレスではどうか。髪は耳の上あたりにくるくると丸めて結い、そこからも薄いシンプルなヴェールを長く背に垂らす。そんな聖女かという姿でしずしずと祭壇に立つ俺の元へと歩んできてくれたら。
(駄目じゃないか! 式の手順をガン無視して、俺はその場に跪いてあいつの手を取り、生涯の忠誠と愛を誓ってしまえる自信があるぞ!)
まずいまずいまずい。
最近、考えるのはこのことばかり。
今までさんざん想像上のレミリアのためにドレスを作ってきたが、ウェディングドレスという特別な品が相手となると、心が昂りすぎてデザインを絞ることすらできなくなる。
腕を組み、深く眉間にしわを刻み、うろうろと歩き回っていると、バルトロが冷静に声をかけてきた。
「殿下、このままでは進展がありません。レミリアお嬢様のドレスが決まらないことには、それに合わせて殿下の御衣裳を発注することもできませんし、一度、お嬢様に直接、どのようなドレスがよいかお聞きになってこられてはいかがです?」
「な、何を、おかしなことを言っている。俺は別にこれっぽっちもレミリアの晴れ姿のことで悩んでなど……!」
「式の主役は花嫁なのですから。ここで女性の意見を聞かずに進めるなど馬鹿をやりますと、男は生涯、恨まれるものですよ」
「……カストロフ家へ行く。先ぶれを出してくれ」
「御意」
どうも落ち着かない。これがいわゆるマリッジブルーというものなのだろうか。
ラヴィルは深々とため息をついた。
****
レミリアは悩んでいた。自分の体型と、式で着るドレスについてだ。
(うーん、やっぱり、これ、無理かなあ)
目の前のトルソーにかけてあるのは大人っぽいマーメイドラインの白銀のドレス。しかも扇のように広がった裳裾を長々と床に引くタイプで、縫い付けられた無数の水晶の輝きと銀糸の刺繍が美しい、着る人が着れば女神のように神々しくなるドレスだ。
これは、母の遺品。
かつて母はこのドレスをまとい、祖父の手にひかれてバージンロードを歩いた。母にそのことを聞かされて育ったレミリアは、ずっとこのドレスに憧れていたのだ。
『このドレスはね、あなたのお父様の希望だったのよ』
と幸せそうに笑いながら教えてくれた母。
実は母は小柄な婿殿の心を気にして、こんな身長が高く見えるようなドレスではなく、もっとこじんまりしたものを着るつもりでいたのだとか。ところがそれを知った父が、
『僕の給料、一年分をつぎこみました。もう返品はできませんからどうかこれを当日は着てください』
と、このドレスを贈ってくれたのだそうだ。
『あなたのお父様は私がこんなドレスのほうが似合う、着たいと思っていることを知ってくれていたの。ドレスも嬉しかったけど、私は何よりあなたのお父様の気持ちが嬉しかったのよ』
そう語る母と、照れたように頭を掻いている父の姿は幼心にもとても素敵に見えて。私は『じゃあ、私もこれを着たい、お父様のドレスで結婚するの!』とおねだりした。
ずっと憧れていたドレス。私もこのドレスを着て、母にヴェールを整えてもらって。そして父の手でバージンロードを歩くのだ。
母に言うと、いいわよ、あなたがこれを着る日を楽しみにしているわとキスをしてくれた。父は、レミリアが嫁に行くと寂しくなるなあ、と言いつつも、その日が早く来ればいいな、と言ってくれた。
思い出のドレスだ。今は亡き父母との思い出の詰まった。
だからこれが着たい。ずっとそう思っていた。
ただ問題は、
(このデザインが、私に着こなせるかどうか、なんですよね……)
サイズは問題ない。有能なお針子たちが意地でも魔改造してサイズを合わせてくれるのは確かだ。だが、
似合うだろうか。自分が着て。
何しろ父親似で小柄なのだ。胸も少々……あ、いや、正直に言おう。かなり心もとない。
見事なS字体型で、男装で閲兵式に出てさえ男たちの目を釘付けにした母とは同じ人類とは思えない。それで皆に笑われたら。ただでさえレムルと言われる貫禄のなさなのだ。そして隣に立つ花婿はあの絶世の美形、ラヴィル殿下。
(これってかなりの拷問では?)
絶対比べられる、似合わないと笑われる。
いや、他人に笑われるくらいならいい。もし、殿下にまで、ぷっと噴出されたら。
ざっと血の気が引いた。
もう、自分は終わってしまうかもしれない。聖堂を出る前から。
それに。サイズ直しをすると、ある程度は鋏を入れる。このドレスが原型をとどめなくなってしまう。母の形見を損ねてしまうのは、絶対に嫌だ。
うーんと悩んでいると、家令がラヴィル殿下の訪れを告げた。
「レミリア、どうした、浮かない顔をして」
客間で待つのはじれったい、と。勝手知ったる他人の家で、直接、レミリアのいる衣装部屋までやってきたラヴィルは、トルソーのドレスを見てすべてを察したようだった。
「……すべてを使うのではなく、部分的に使わせてもらって、また元通りにすればいいのではないか」
ラヴィルがドレスの長い裳裾を手に持ち、レミリアの肩にかけてくれる。
「布地は糸をほどけば形をかえることができる。そして元通りにすることも。デザインはこの母君のドレスをモデルにしてシンプルにエンパイアスタイルで。ただしこの美しい刺繍部分は斜めに折って重ねて魅せる背に重点をおくタイプにする。式の間は参列者には背ばかり見えるからちょうどいい。お前にも似合うし、かつ、このドレスの雰囲気も残せる。それに何より軽量化できるし、裾の長さも短くできるからお前が転んで大惨事になる危険性は低い。どうだ?」
「殿下……」
あなたは神ですか。
何故、男性なのにそこまでドレスに詳しい、その最後につけられた、転んで大惨事ってなんですかとか、微妙に言いたいこともあるけれど。嬉しくて、嬉しくて。
レミリアは思わず兄や傭兵たちにするように、ラヴィルに抱きついていた。いきなりの全体重ののったタックルに、思わずラヴィルは仰向けにころんでしまう。
「お、おい、いきなりなんだ、人前で。そ、その別に婚約者だし俺は別にいいのだが……」
「殿下、殿下、私、一生、殿下についていきますから」
ラヴィルの上にのっかったまま、レミリアは涙目を手でこすりつつ言う。気分はすっかり、「兄貴!」「師匠!」的なあれだ。
レミリアのそんな繊細な心の部分は幸いラヴィルには伝わらなかったようで。
真っ赤になって顔をそむけたラヴィルは、こほんと咳ばらいをすると、おそるおそる腕を伸ばして、こんな時でもとっさに怪我のないようかばってしまった、可愛い婚約者の体を抱きしめた。
「……その、ドレスは俺がリフォームして贈ろう。お前の父君が母君にしたように。その、それでお前もいいか? 自分の好きなようにつくれなかったとか、後で悲しんだりしないな?」
泣き笑いの顔で、レミリアはうなずく。
誰よりも自分のことを知ってくれている婿殿と出会えたことに、この世のすべてに感謝しながら。胸の中で、父様、母様、私も幸せになるから、と報告しながら。
その間、レミリアにぎゅっと胸にひっつかれたままになっていたラヴィルは。
にまにま笑いで背後に控える侍女たちに、「ド、ドレスを新調するから、サイズをはかっているだけだっ」と懸命に照れ隠しをしていたが、レミリアの背に回した腕を離さなかったことは言うまでもない。
(これだけ喜んでもらえるんだ。やはり将来のことに関しては、一人で悩むより、二人で直接会って相談したほうがいいな)
バルトロの先人の知恵は偉大だ。これからはレミリア絡みのあれこれはあいつに助言をあおごうと、ラヴィルは思った。