覚醒、そして試合終了
第22話
次は有栖のサーブの番になった。
また一つ「ふー!」と息を吐き、相手を睨み付けるように前を向いた。
相手はそれに一瞬体が固まり、有栖はその隙を見逃さなかった。
頭上を抜くロングサーブに対応が遅れ、なんとか追いついて返しはしたものの、さっきと同じように有栖がスマッシュを打つのに絶好の位置に上がった。
有栖は、今度は落ちてくるシャトルに照準を絞るように左手を高く上げ、ラケットは頭の後ろで構え、前進をしならせてスマッシュを放った。
バシッ!
シャトルは二人の間を抜いて決まった。
「おー!それだよそれー!
「さっきのは何だったんだー!」
有栖を応援する声が多くなってきた。
「有栖さん・・」
葉月は、たった一人で立ち向かい、しかも自分のペースに持って行こうとまでする有栖の後ろ姿がとても大きく見えた。
まるで自分を守ってくれる大きな壁がそこにあるような気がした。
「リストバンドにトラブルがあったはずなのに、すごい・・すごすぎるよ・・」
東雲は、起死回生の状況に感激していた。
続いてのサーブの時も、息を吐き出した後、相手を睨むようにして前を向き、サーブを打つ瞬間に相手の後ろの方に一瞬目を送った。
さっきと同じようにロングサーブを打ってくると思った相手は、後ろに動くために体重移動をしようとした。
その一瞬の動きに、今度は手前に落とすサーブを打ち、またも絶好球をスマッシュで決めた。
相手を踊らせるようなプレーに、試合のペースも、会場の雰囲気も、全て有栖が支配しているようだった。
この時点で点数は16対12と、2ゲーム前半のペースが良く有栖達がリードしていた。
この状況に、相手が何もしないわけがない。
有栖の睨みも、3度目は通用せず、厳しいところへ返球してきた。
通常のダブルスなら、そこに葉月がいるはずだが、今はいないのも同然。
素早く反応し打ち返すが、左右に揺さぶろうにも二人がコートにいる状況では難なく打ち返されてしまい、むしろ有栖が左右に揺さぶられた。
ラリーを繰り返しているうちに有栖は逆をつかれ、得点されてしまい連続ポイントは途切れた。
その後は相手に4連続ポイントを許してしまい同点とされたが、有栖はむしろ集中した。
相手が打った瞬間、いや、シャトルがラケットに当たった瞬間に軌道、落下点を見極め始めた。
頭上を越えるショットにも、ネット際を落とすショットにも、相手が打ち終わって有栖を見る頃にはすでに打つ態勢になっている感覚になるほど、その反応は早かった。
連続ポイントを取られるまでは後手に回っていた有栖は、完全に先手に回っていた。
逆に一気に4連続ポイントを取り、ついに有栖はマッチポイントを迎えた。
会場は異様な雰囲気に包まれた。
たった一人のプレイヤーが、ダブルス相手に互角以上のプレーをしているのを見て、見ている人全員が興奮を抑えきれない状態だった。
しかし、とてつもない集中力を必要とするプレーの連続に、体も精神的にも有栖の疲労はピークに達していた。
相手に3連続ポイントを取られ、20対19と1点差に詰め寄られた。
次の相手のサーブは、葉月がレシーバーの番だったが、有栖は、葉月がレシーバーとなる時は1ポイントを捨てていたため、実質同点だった。
奇跡を見たいと願う観客も、あと一歩のところで決めきれない状況に、「ここまでか」という想いと「あと一点だ」という想いが交錯していた。
相手がサーブを打つとき、同点になった後はそこから2点差以上つけないといけないため、有栖はそのために気持ちを切り替えようと息を吐いた。
そして相手がサーブを打つ瞬間。
葉月がネット際に走り込んでネット際に落とそうとしたショットを打ち返した。
「葉月さん・・!」
「今まで休ませてくれてありがとう!最後くらい、私も力になりたい!!」
このプレーに相手も驚いた様子で反応し、返球してきた。
一瞬の出来事だったが、少しでも有利になるようにと瞬時に判断したせいか、葉月の方にシャトルは飛んだ。
「葉月さん、私・・」
「なに!?私のことなら気にしないで!」
パシッ
葉月は、手の痛みを感じさせないショットで打ち返した。
「私・・一緒に勝ちたい!!!」
相手は、二人を後ろに下げてほんの少しの時間でも間を取りたいと考え、攻撃的に低めのロブを打った。
「私もだよ!勝とう!!」
「うん!!!」
有栖は、相手がロブを打とうとシャトルがラケットに触れた瞬間、ジャンプした。
時間が止まったような感覚だった。
「決めろ!!」
先生やチームメイト、メイン男子、おばあちゃん、観客、全ての人がそう言ったような気がした。
シャトルが目の前にある。
打つ準備は整っている。
あとはタイミングを合わせて振り抜くだけ。
「決めろーーー!!!」
葉月のハッキリとした声が聞こえた瞬間、ラケットを振り下ろした。
バシンッ!
シャトルは止まっているように見える相手の間を抜き、反応してラケットを出すも、すでにシャトルは通り過ぎた後だった。
コトッ
シャトルが床に当たる音がした。
その後、大きな歓声と葉月の、やったーと言っているのか、ただ叫んでいるのかわからない声が入り交じって聞こえた。
正確には、聞こえたような気がした。
自分も何か叫んだ気がした。
葉月の方を見たときには、すでに涙で顔をがよく見えなくなっていた。
二人で抱き合い、「ありがとう!」と葉月の声がはっきりと聞こえたら、余計に涙が出てきた。
有栖は、少し間が空いて、
「優勝したんだ!!!」
とはっきりと状況を理解した。
対戦相手と握手し、審判にも握手し、周りを見ると、拍手が鳴り響き、先生やチームメイトも歓喜の声をあげ、メイン男子は立ち上がってガッツポーズをし、おばあちゃんは顔の前で手を合わせて震えているように見えた。
東京都高等学校バドミントン新人戦Ⅰ部大会決勝大会優勝
これが、ダブルスを組んでわずか数ヶ月、バドミントンを初めてたったの4ヶ月で手にした、有栖の初めてのタイトルだ。
女子ダブルス、約1,000チームの頂点に、有栖と葉月の二人の名前が刻まれた。
コートを出てチームメイトのところに行くと、本当に自分のことのように喜んでいる者や、まだ泣いている者がいた。
メイン男子とおばあちゃんも近くにいたが、おばあちゃんは、有栖の顔を見るなり顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
二人が、有栖が起こしたこの偉業は、他校にすぐに知れ渡り、今後更なる強敵となって戦うことになるだろう。
しかし、頼りにしていたリストバンドが壊れてもなお立ち向かい、自分自身の力で得た勝利なのだから、きっともう大丈夫だろう。
運動神経がまるで無く、50mを走っただけで筋肉痛になり、3日休んでいた有栖自身は、自分がどれだけすごいことをしたのか、まだ実感していなかったが、今はゆっくり休んで欲しい。
きっと、明日筋肉痛で休んでも、誰も文句は言わないはずだから。
-次の日-
案の定、有栖は学校が始まる時間に、まだ布団の中にいた。
しかし、これは筋肉痛ではなく、単なる寝坊である。
昨日の夜、興奮して眠れなかったのと、極度の緊張がとれ、体の疲れが一気に襲ってきたため、その時間になってもまだ夢の中にいた。
おばあちゃんは寝坊していることはわかっていたが、起こす気はなく、学校には「筋肉痛で」と言って休ませることにした。
おばあちゃんは、学校への電話が終わり、テレビを消して外に出ると、研究所へ向かった。
地下への階段を降りると、壁に持っていたカードを近づけた。
ピッ
カチャッ
キィィィ
慣れた手つきで電気をつけた。
「あの子、バドミントンの大会で優勝したよ。あんた達があの子のためにって残していったユニフォームが役に立ったんだね」
誰かに話しかけるように、独り言を言った。
「あんた達と同じようにあんまりにも運動神経が無かったもんだから、あたしが勝手に強さのリミッター外したら筋肉痛で一週間休んじゃった時はどうしようかと思ったけど、まさかリストバンドに機能を集約して自分で制御機能つけるとはね。さすが私の孫で、あんた達の娘だよ」
ユニフォームを着ると暴れたようになってしまうのは、おばあちゃんのせいだった。
「さぁて、バドミントンの次は、バレー、体操、水泳、どれにしようか。これからが楽しみだねぇ!」
完




