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10.番外編:二条清久の事情 4

 ねえ皆、わかってる? 今がどういう時期かわかってる? 中間テスト一週間前にぶっちぎりで突入しているんですよ。

 ファミレスで他人の恋路を肴にドリンクバーとデザートを楽しむ余裕、あるんですか? 赤点取っても知らないからな。いや、むしろ赤点取れ。特に宮歌と橘。顔がよくて金があっても頭が悪いと判れば今ほどモテなくなるだろう。僕だってたまにはざまーみろとか言いたい。


「大体さぁ二条君。君は合気道部のホープ、雛田さんの事をなんもわかっちゃいないのね。道場覗いてたくせに、一体どこを見て雛田さんにあんな事言っちゃったのかなー」

「ほんとほんとー。雛田さんって、女の子にすっごく人気あるんだよ。特に一年の人気がすごいの。強くてかっこよくて力持ち、そのへんの男より頼りがいがあるってねー」


 生徒会執行部、書記の女子二名が目の前でパフェを食べながらべらべら話す。この二人は生粋のオタク女子で、曰く三次元の男に用はないらしい。そんな理由で書記に選ばれたが、思っていたより仕事は真面目にやる。


「悪かったな。頼りがいがない上、洞察力も足りなくて」


 フン、と鼻を鳴らしてコーラを飲む。ついでに注文したフライドポテトをもさもさ食べた。


「俺も知ってますよ。二年の雛田陽子さん。去年の体育祭で目立っていましたからね」


 バニラアイスクリームがコッテリついたワッフルをナイフで切って食べつつ、橘が言う。コイツは結構甘党で、曰くホイップクリームは飲み物のカテゴリーに入るらしい。いくら美形でもこんな病的な甘党、僕が女だったとしても絶対嫌だ。なのに橘の甘党は周りの女子にとって「ギャップ萌え」の域に入るらしく、人気の一環となっている。女の子ってわからない。


「ああ、トリのクラス対抗リレーな。すごかったよな。アンカーで、次々走者を追い越して堂々一位。陸上部の部長が泣いてたもん。なんであの子、地味一徹の合気道部なんだって」

「そういう所がいいんじゃない? 雛田さんって運動は抜群にできるけど、何故かアスリートって感じがしないもん」


 宮歌の言葉に、書記の子がノッてくる。抹茶アイスつき白玉あんみつを黙々食べていた巌島が赤いサクランボをぱくりと食べ、厳かに言う。


「人と競い合うというよりは、ひたすらに自分自身を研磨したいタイプなんだろう。興味は自分にしかないというか、ある意味ストイックだな」

「成程。確かに勝ち負けに拘れない子は、勝負事には弱いかもしれないなぁ」


 チョコレートサンデーをぱくぱく食べながら宮歌が頷く。近くのテーブル席に座っていた女子大生らしきグループが宮歌や橘の顔を見て驚いた顔をした。宮歌がニッコリ微笑んで手を振ると、きゃあきゃあと騒ぎ出す。

 そのまま楽しそうに流し目をしている金髪碧眼のチャラ男をジト目で睨み、僕は肘をついてフライドポテトにケチャップをつけた。


「それで、この集まりは何なの。テスト前だと言うのに他人の事情にずかずか入り込んで、僕の事を笑いたいの?」

「まさか、そこまで悪趣味じゃない。俺達は単にエールを送りたいのだ!」

「そうそう。この集まりは題して『意気消沈の二条君を皆で励まそうの会』なんだよ~」


 宮歌と書記の女の子がなにか言ってる。めちゃくちゃお節介な上、大きなお世話だ。僕は頭を抱え、長い溜息を吐いた。


「お願いだから僕の事は放っておいて……」

「そういうわけにもいかない。三年もお友達じゃないか、俺達は」

「僕は宮歌をお友達だと認めた覚えはない。生徒会役員だって、やりたくなかったのに押し付けてきたんじゃないか」

「いやいや真面目な話。俺は二条に申し訳ないと思っているんだよ。だからぜひ、君には幸せになって欲しいんだ」


 いつになく神妙な顔をして、宮歌は僕を見つめる。なんだろう……いきなり真面目モードにならないで欲しい。8割がちゃらんぽらんな宮歌は、時々真面目な顔をすると酷く迫力があって、つい耳を貸してしまいそうになるのだ。


「二条は一年の頃から女子関係でろくな目に遭ってこなかったからな。俺のせいなんだが」

「一応自覚はしてたんだ」

「勿論だ。だから俺なりに二条を幸せにする為、色々画策した。周りの子に、二条はロングヘアーで文学系の、大人しい女の子が好きだと噂を流したり」

「それって僕の好みじゃなくて、宮歌の好みだよね?」

「うむ。俺の好みはイコール地球人の好みだからな」

「そんなわけない! 道理で近づいて来る子、皆揃いも揃ってロングヘアーで大人しそうにしていると思った!」


 額に手を当て、コーラを飲む。本当に宮歌はろくなことをしない。……あれ、でも。もしかして。

 ショートカットだった雛田さんが髪を伸ばし始めたのはいつだっただろう。伸ばしてるのかな、と気づいたのは二年の秋ごろだ。

 まさか図書室での出来事をきっかけに、彼女は髪を伸ばし始めたのだろうか。だって雛田さんは僕のことを気にしていたんだよね。相合傘がしたかったと言っていたくらいだし。

 そうだとしたら舞い上がりそうな程嬉しい。僕の為に変わろうとしていたのだから。

 ……しかし、もう。

 全てを僕自身がぶち壊してしまった。雛田さんはもう、にわか雨の放課後に傘を持って来ないだろう。

 ずーんと落ち込んでいく。ずぶずぶと心の沼に嵌って、窒息しそうになる。

 一人葬式状態になっている僕に、ワッフルを食べ終えた橘がぽんと軽く肩を叩いて来た。


「そんな顔しなくても大丈夫ですよ、二条君。完璧嫌われてはいないはずです。まだ望みはあります」

「……なんでそんなに自信満々なんだよ。根拠は?」

「根拠はありませんが、経験論です」


 キッパリと橘が言う。対して僕は怪訝に彼を見た。橘の経験論? こんなすかした腹黒気取りが、いっちょまえに胸焦がす恋でもした事があるのか。


「先に言っておきますが、俺には彼女がいますからね? 内緒ですけど」

「えっ、初耳。そうなのか」

「別の高校に通う子ですけど。そんなわけで二条君。先達者から一つ、アドバイスを恵んであげましょう」

「どうでもいいけど、なんで彼女いるってだけでそんなに偉そうなんだよ」


 ジト目で睨むが、そんな僕の視線などサラッと流して、橘はぴこぴこと人差し指を立てる。


「ヒトも、モノも、大抵のものは修理する事ができますよ。完璧に壊れるものなんて滅多にありません。今日の事、雛田さんは傷ついているかもしれませんが、悪い事をしたと自覚しているのなら謝って、それを彼女が許してくれたら修復は完了ですよ。簡単でしょう?」

「全く簡単じゃないよ。許してくれなきゃ終わりじゃないか」

「許してくれますよ」

「……その根拠は? それも経験論か?」


 頬杖をつき、ずーっと音を立ててコーラを飲み切る。橘は「いいえ」と首を振った。


「それが雛田さんの人柄だからです」

「ナンデ彼女持ちの橘君が、俺よりも雛田さんの事知った風に言うんですかね」

「俺は二条君と違って観察力がありますからね」


 はっはっは、と笑う橘にメニュー表を投げつけそうになってしまう。

 

 ともあれ、俺を励ます会はともかく、何となく宮歌たちの言いたい事は判った気がする。ようはアレくらいの事で諦めるなと言っていたのだ。

 人生初の恋に対し、僕は何をどうすればいいのかよくわからなかった。だからといって宮歌たちに相談するのもしゃくで、何となく一年という時を過ごしてしまった。

 ただ嫌われるのが怖くて、嫌われまいと無難な一言二言で話すのみに徹していた。それなのに不安だけは一人前で、結果僕は彼女を傷つけた。

 だが、まだ完全に嫌われたわけじゃないはず。関係を修復したいと思っているのなら、今こそすぐに行動へ移すべきなのだ。

 僕に悪印象を持っていたとしても、きっと雛田さんは僕の弁明を聞いてくれるはず。何故なら彼女は「そういう人間だから」。

 橘の言う通りだ。僕はどうして彼女を一度でも疑ってしまったのだろう。道場で散々見てきたあの佇まいとまっすぐな瞳に偽りはない。――判っていたのに、己の恐怖心から彼女を試してしまった。

 

 明日、彼女は来るだろうか。雨が降ったら、傘を持ってきてくれるだろうか。

 ……雛田さんがあの大きな傘を持ってきてくれたら。僕は今度こそ、彼女の望みを叶えよう。そして今日の事を謝って、ちゃんと告白しよう。

 そう心の中で決意をし、僕はようやく半歩から一歩、前にすすめた気がした。



――And with me you are , meet on a rainy day.

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

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