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直径10メートルほどの穴の外壁にらせん状にスロープが続いている。スロープは幅が広く、夕張型でも楽々通れそうなほどだ。
どう見ても人間が作ったものではない。もしそうだとしたら仙台市民は地下に秘密基地を作っていたことになる。
辺りには誰もおらず、閑散としている。
「誰もいないね……。入るなら今のうちって感じ。」
樹里が珍しく真面目な顔をしている。病人よりも青白いその肌で真面目な顔をされると、これがとても深刻な事態だと今更ながら思い知らされる。
「なあ、もうこの辺にして帰らないか?」
「えっ?」
「俺は自分の能力で解決できるようなことなら何だってやろうと思ってる。今回だって多少は役に立てるだろうと思った。だけどな、実際に人型と戦って分かった。俺たちじゃ力不足もいいところだってな。三人相手にするだけでも精一杯だった。もし中に入っていけばもっと大勢と戦うことになるだろう。そうなったらとてもじゃないが勝ち目なんてない。犬死して終わりだ。それよりも、一度脱出して、自衛隊や他のノスと協力して戦った方がずっと安全だし、意味がある。今ならまだ引き返せる。」
理を説き、道を示す。冷静になって考えれば分かることだ。
だが樹里は眉間に皺を寄せ、こちらを睨みつける。
「馬鹿がぁーーー!!」
「あ、おい!」
樹里は一人走って行ってしまう。
くそっ。なんであいつは言うことを聞かないんだ。
すぐに追いかけてとっ捕まえる。
「おい樹里!」
「何よ!考ちゃんは一人で帰ればいいでしょ!」泣きながら叫ぶ樹里。
「分かった。分かったよ。俺も付き合うよ。」
「……ほんと?」
「ああ。代わりに俺の傍を離れるなよ。」
樹里の顔がぱっと明るくなる。
「だから考ちゃん大好き!」
「ほら、あんまり騒ぐなよ。できるだけ見つからないように行くぞ。」
「うんっ!!」
螺旋階段……ではなく螺旋スロープを降りていく。
要塞内の壁はプラスチックのような質感で、半光沢の鈍い輝きを放っている。おそらくカーボンナノチューブ製だろう。床も天井も同じだ。機械的で、異常なまでに綺麗だ。
ところどころに扉がある。どれも同じような扉で、その中央よりやや上に部屋名が書かれている。
俺の心配をよそに樹里はずんずん進んでいく。だが運のいいことにラダムはちっとも出てこない。
「意外と手薄なのか……?」
思えば主要8カ国の首都に同時攻撃を仕掛けているんだったか。防御を最小限にして攻撃に全てまわしているのかもしれない。本拠地を浮遊型にしたのも、防衛に割く人員を最小限に抑える目的があったのだろうか。
途中何度かラダムを目撃するが、全て見つかる前に隠れ、やりすごすことができた。
そうしてどんどんと通路を進み、階段を降り、また登り、ある扉の前にたどり着いた。
「ねえ考ちゃん、なんかこの部屋怪しくない?」
「確かにな。」
その扉は他と違い部屋名が書かれておれず、ただ「立入禁止」とだけ書かれたプレートがついている。
「じゃあ入ってみよ。」
「気をつけろよ……いや、待て、俺が開ける。」
慎重に扉を開け、中の様子をうかがう。
「よし、ラダムはいなさそうだ。」
樹里を促し、さっと入り静かに扉を閉める。
「うわぁ……何この部屋。」
室内は薄暗く、生臭い匂いが立ち込めている。
部屋中にとぐろを巻く金属製のチューブ……いや、チューブではない、よく見れば目がある口がある牙もある。蛇型のラダムだ。
他にも液体が詰まったガラスケースに見えるウイルス型ラダム。アンテナのように電気を発するハリネズミ型ラダム。机や本棚は普通のものだ。
それらのラダム機械の周りを人型ラダムが忙しく動いている。
明滅する灯りに照らされるラダムの白銀色のボディは不気味な色気さえ感じさせた。
「気をつけろ、ラダムがいるぞ。」
悪趣味な実験室。その象徴のように中央に鎮座するカプセルには人間の脳みそが入っている。いや、脳みそだけではない。内蔵や腕の片方など、それが人間のものであったという残り香を漂わせている。
よく見回してみると手術台のような台がいくつか並び、一つには生々しい血の跡が残っている。
そうか、ここでは人体実験をしていたのか。
「樹里、ここにはゴルモアはいないようだ。他を探そう。」
「気持ち悪っ。」
樹里が火を放った。
「ばっ……!おまっ……!!?」
周囲のラダム機械が一斉に燃え上がる。
あちこちで爆発が起こり、施設が壊れていく。
「(なんだ!?)」
「(敵襲か!)」
「(表の奴らは何やってんだ!!)」
蜂の巣をつついたみたいにラダムが騒ぎ出す。
「逃げるぞ!」
「(いたぞ!あそこだ!)」
「(衛兵ー!衛兵ーー!!)」
くそっ。見つかってしまったか。
この数を相手に戦えるわけもない。樹里の手を引き、脚部のみノス変換した全速力で駆ける。
だが無闇矢鱈と走ったおかげで行き当たりにぶち当たってしまった。
後ろから追ってきたラダム達に追い詰められる。
「はわわ。考ちゃんどうしよう。」
「…………ッ。とにかく逃げ道を作るんだ。」
はわわじゃねえよこの野郎、お前のせいだろという言葉をぐっと飲み込んで打開策を探る。
とはいえこの狭い通路、挟み撃ちにされては正直逃げ切れるとは思えない。
通路の壁もカーボンなんとか製では破壊不可能。
ラダムは隊列を組み、じりじりと間合いを詰めてくる。
「とりあえず炎帝の城壁!!」
樹里が炎の壁でラダムの行く手を遮る。
とはいえ奴らは炎を物ともしない。進行を妨げることはできないだろう。
だがそれでいい。
「ナイスだ樹里!こっちだ!」
視界が遮られた隙に背後の扉を開き、中に入る。
隠れたわけじゃない。逃げたわけでもない。これは戦うための動きだ。
奴らの最大の武器は連携。扉は通路より格段に狭く、一度に一人しか通ることができない。つまり奴らは連携を取って侵入することはできないというわけだ。
幸い部屋に他のラダムはいない。
「迎え撃つぞ!」
炎の壁の中をゆっくりと歩いてくるラダム達。青白い炎の中から出てくるのはなかなか迫力がある。
開け放たれた扉の奥にいる俺たちを認めたラダムは順に突撃してくる。俺は全身をノス化させ、突撃に備える。
猛烈な勢いで突進してくるラダム。
握りしめた拳。
野球のバッターのように打ち返す。ラダムが玉で拳がバットだ。見事に打たれたラダムは観客席へホームラン。
「うしっ!」
来るとわかってるなら、その場所とタイミングさえあえば当てることが出来る。
とはいってもいつまでも持ちこたえられるわけじゃない。なんとか脱出経路を見つけ出さなければならない。
「樹里!お前はなんとか壁を壊せないかやってみろ!」
「う、うん。やってみる。」
壁を突き破って一直線に外まで出られれば、そこは海の上。
海上戦力は見たことがないから、おそらく奴らは海に出られない。どうにか助かるはずだ。
2体目が来た。
蹴り返す。
3体目が来た。剣を持ってきた。
一太刀目を半身になってかわし、殴り返す。
が、今度は吹き飛ばない。殴り飛ばした3体目を、後ろにいた4体目が支えたのだ。
「んなろぉおおお!!!」
パワーでどうにかこうにか無理矢理押し返す。
「樹里!そっちはどうだ!?」
「もうちょい!熱を一点に集中したらなんとかなりそう!」
横目で見やると少しずつではあるが壁を焼き切っているのが分かる。
今はまだ半円だが、一周すればなんとか人が一人通れそうな穴ができるだろう。
ガコォン!!
天井が落ちて来るとともに、上の階からラダムがなだれ込んできた。
「何!?」
「馬鹿な!?」
あいつら、天井を壊して来やがった。そもそもあいつらカーなんとかを壊せるのか。
いや、そんなことは問題じゃない。今一番問題なのは、俺と樹里が分断されたということだ。
部屋の中央に落ちてきたラダム達は、扉側に陣取っていた俺と壁際で作業をしていた樹里の間に落ちてきたのだ。
「グ……炎帝のッ……!!」
「樹里!!」
樹里が動くよりも一手早く、剣士ラダムは樹里の柔らかい肉体にその刃を挿し入れた。
染み出すように溢れ出る炎。
大回りするようにラダムの群れをすり抜け、樹里に近づく。
「しっかりしろ樹里!」
ぐったりとして動かない樹里を抱きかかえる。
周りは一騎当千のラダムだらけ。壁に穴はまだ開いていない。
もう無理だ。
ここで終わりだ。
最後ぐらいは潔く逝こう。
せめて、樹里と一緒に。
激しく、大きく、要塞が揺れた。
背中にずしりと何かが覆いかぶさる。
「(なんだこの揺れは!?)」
「(人類の攻撃だ!)」
「(馬鹿な!シールドは機能していただろ!?)」
「(おい!あいつらがいないぞ!!)」
「(どうなってやがるんだ!)」
ラダムが動揺している。ということはこれは人類側の攻撃の結果か。
そうか。人類はまだ諦めていない。まだ諦めるには早すぎる、といったほうが正しいか。
いや、それよりあいつらが俺たちを見失っている?
俺はさっきの場所から一歩も動いていないというのに、いったい何が起こっているんだ。
「(探せ!まだ遠くには行っていないはずだ!)」
「(それよりシールドの確認が先だ!)」
「(人類がシールドを貫通するだけの攻撃を持っていた可能性は!?)」
喧々諤々の議論をしながらラダムが散っていく。
あとに残ったのは炎を流す樹里と、呆然とする俺だけだ。
「悪運の強い奴らだな。」
背中からドスの効いたおっさんの声がする。
「……誰だ?」
バチバチと音を立てて背中の誰かが姿を現す。
それは、先程SENDAI……否、仙台市で見かけたアリス姿の少女だった。
「藪川だ。脱出するならついてこい。」




