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新世紀の人類  作者: 宅配業者
【後編】
21/24

4-5

 藪川と名乗ったその少女は的確に樹里の応急処置を行った。

 血が炎となる樹里の体は通常の処置はできないはずなのに、だ。


「あんた一体何者なんだ?それにさっきラダムが俺たちを見失っていたのは?何故ここにいる?なんで炎の血液を持つ樹里の治療をできる?」

「質問はひとつずつにして欲しいもんだな。」


 渋い40代男性の声で答えるアリス少女。


「俺はノスとラダムの研究をしている研究者でノス能力者だ。さっきのは俺の能力で、まあ、姿を消すもんだと思ってくれればいい。」

「なるほど……それで俺たちを見失ったのか。」


 そういえばこの藪川という少女はさっきSENDAIの街中で見かけたな。

 あのとき見失ったのもこの能力のせいということか。


「いてててて……。」

「樹里!大丈夫か!?」

「うん……あいつらいつかぶっ殺す……。」


 さっくりやられておいてこのセリフ。俺には言えない。


「で?誰この子?なんで私達無事なの?っていうかなんでこんなところに人間がいるのよ?っていうか私治療されてない?」

「……質問はまとめてして欲しいもんだな。」

「さっきと言ってることが違うぞ。」

「違う、そうじゃない。」


 なんだかややこしいことになってしまった。

 かいつまんで説明する。

 その間、藪川はタバコを取り出すと、一本くわえ、服をごそごそと探る。

 ライターが見つからなかったのか、チッと舌打ちをするとそこら辺で燃え残っていた炎を使い火をつける。

 ふーっと大きく煙を吹き出す。


「……なるほど。つまりその子がいれば誰にも見つからずにボスのところに行けるってことね!」

「そうか。確かにそうだな。だが問題はどこにゴルモアがいるかだが……。」

「おい、ちょっと待て。俺はついて行くなんて言ってないぞ!」


 藪川はタバコを持った手を大げさに振りかざす。


「えー、ここまで来てなんで?」

「俺は元々上の柱の研究のために来たんだ。さっきの研究室で、柱どころかラダムやノスについて十分すぎるほどの情報を得た。これ以上危険を冒すつもりはない。脱出のために連絡もつけた。悪いがお前らの自殺に付き合うつもりはない。」

「あんた変な声ね。」

「おい、なんだこいつは。」藪川は怒ったというより呆れた様子で俺に問う。

「なんかすまん。」謝ることしかできない。


 藪川はもう一度大きく煙を吹き出すとこう続けた。


「とにかく、俺はお前らにはついていかないからな。」

「私はあんたがいなくてもこのまま進むわよ!」

「お前はどうするんだ?」藪川が俺に水を向ける。

「考ちゃんは当然私と一緒に行くわよね。」

「俺は……樹里を連れてここから脱出するべきだと思う。


 最初から言ってきた俺の考えだ。

 だが樹里がそれを許さないだろう。


「なにそれひどい!考ちゃんは私に一人で行けっていうの!?」

「そうじゃねえ。お前はどうしたいのかって聞いてるんだ。」

「……どう違うんだ?」樹里を無視して藪川に尋ねる。

「脱出するべきってのはただの状況判断にすぎない。俺もその判断には賛成だ。だがそこにお前の意見や欲望は含まれちゃあいねえ。もう一度聞く。お前はどうしたいんだ?」

「俺は……。」


 倒せるなら倒したい。ラダムを。ゴルモアを。

 助けられるなら助けたい。人類を。

 ……いや、違う。

 それは何かが違う。


「考ちゃん。」

「樹里。」

「考ちゃんは、いつも通り私のわがままに付き合ってくれればいいんだよ!」


 藪川は「こいつ最低だな。」という表情で見ている。

 俺は「こいつわがままだって自覚あったのか。」という驚愕の表情が浮かんでいるだろう。

 いや、だが、そうか。そうだ。

 俺がやりたいこと。「わがまま」で思い出した。




 今から13年前。俺は当時小学生だった。両親と二歳年下の妹と一緒に何不自由ない生活を送っていた。

 俺のたっての願いで、夏休みを利用した家族旅行に行くことになった。

 俺はうれしかった。

 普段は堅物で無口な父もこのときばかりはよくしてくれた。


 だがそれが悲劇の引き金だった。

 俺たちが乗った自動車は事故にあった。対向車の無謀な車線変更が原因だったらしい。

 真正面からの衝突で前座席に座っていた両親は即死。後部座席に乗っていた妹も重傷を負った。

 腕がねじ曲がり、服を真っ赤に染めた妹の姿は今も目にやきついている。

「お兄ちゃん……痛いよ……お兄ちゃん……お兄ちゃん……。」

 俺は何もしてやることができなかった。

 応急処置なんてできないにしても、今思えば人を呼びに行くとか、何かできたことがあったかもしれない。

 でも俺は何もできなかった。いや、しなかった。

 ただ目の前で苦しんでいる妹を見てしょんべんを漏らすことしかできなかった。

 俺の見ている前で妹はだんだんと力を失っていき、動かなくなった。


 一人だけ軽傷で済んだ俺は、その後、俺は埼玉県にいた親戚に引き取られ、そこで暮らすことになる。

 俺は自分を責めた。

 俺がわがままを言って旅行になんて行かなければ家族は死ななかった。

 俺が妹を治療できれば妹は死ななかった。

 俺が、俺が俺が俺が俺が俺が俺が……。

 涙は悲しみよりも自分への怒りのために流れた。

 毎日のように怒り、悔み、嘆いた。

 そんな日々が数週間続いたある日、伯父さんは俺を慰め、こう言った。実際にはもっと包み込むような優しさをもって、ゆっくりと語られたことで正確ではないが、大体こんな意味のことだ。

「起こってしまったことはもう変わらない。だがこれから起こることは変えられるかもしれない。こんなことがもう二度と起こらないように努力しろ。」


 それからだ。誰かを助けるために力がほしいと思ったのは。

 俺は警官を目指した。医者になるには頭が足りなかったし、大学に通う金と時間が惜しかった。

 体を鍛え、柔道では大会で2位に入ったこともある。

 高校を卒業してすぐに警察官になった。

 あれから何人も人を助けた。

 法を犯す人間を捕まえ、間接的に悲劇を防いだことも何度もある。


 でもそれでも俺の中で、あの日、あのとき、何も出来なかったという事実はいつまでも重くのしかかってくる。

 あのとき俺が何かしていれば妹を、父を、母を、助けられたんじゃないか。

 関係ない他人を何人助けても、本当に大切な家族を守れないんじゃ意味が無い。

 もしできることなら今からでもあのときに戻って家族を助けたい。また一緒に笑いながら暮らしたい。

 俺が本当に大事に思っていたのはそれだ。




「……そうか。分かった。俺がやりたいこと。」

「聞こうか。」ふうと煙を吹き出しながら藪川が応じる。

「俺は樹里を守りたい。樹里と一緒に、またくだらない話をしながら飯を食いたい。くだらないわがままに付き合って呆れていたい。テレビを見ながらつまらない芸能人に文句を言いたい。それだけだ。」


 いざ口にしてみると恥ずかしい。ついと顔を背ける。

 だが気づいてしまえばなんてことはない、簡単で当たり前のことだった。

 一緒にいて楽しいヤツと一緒にいたい。それだけのことだ。


「えへへっ。うれしいこと言ってくれるじゃない。じゃあ私と一緒にボスのところに行ってくれるのね。」

「いや、お前の”わがまま”は力づくでも止める。」

「……え?」

「妥当だな。」


 どこから出したのか携帯灰皿に吸い終わった煙草をぐしぐしと押し付けながら藪川が頷く。

 当の樹里は何が起きたのか分からないといった表情だ。

 俺は樹里の手首を掴むと、樹里の目を見ながら精一杯真剣な表情で話す。


「いいか樹里。俺はお前を守る。そのためならお前を力でねじ伏せてでも言うことを聞かせる。気絶させても。手足の一本をへし折ってでもだ。じゃないとお前は死ぬ。」


 もちろんそれは最後の手段で、できるならとりたくない。俺の覚悟を伝えるためにあえて強い言葉を使っただけだ。

 だがそれは逆効果だった。

 樹里は眉をひそめ、今にも泣きそうな顔をしている。


「私は……嫌だ!戦う!戦って!勝って!みんなにちやほやされたい!!みんなに『樹里ちゃんすごいねっ!』って言われたい!」


 欲望丸出しか。

 だが途中から涙をこぼし始めたというのは、それだけこいつにとって重大なことなんだろう。

 だがそんなことは俺には関係ない。

 例え樹里が嫌がろうと、人類が滅ぼうと、俺は樹里を助ける。

 わがままで大切な人が死ぬのはもう嫌なんだ。


「そうか。だがそんなの俺がいくらでも言ってやる。だからついて来い。」

「嫌っ!放して!」


 手首をひねりあげると樹里はうめき声を上げた。能力を使わせなければ所詮は非力な女だ。

 素早く後ろにまわると首に腕をまわし、そのまま絞め落とす。

 樹里は俺の腕を引き剥がそうと必死に掴んでくる。ガリガリと爪を立ててくるが、石になった俺の腕ではなく、樹里の爪の方が傷つくだけだ。

 苦しそうに頭を左右に振る。黒髪が光を反射しながら甘じょっぱい汗の臭いを振りまく。


「ぐ……うっ…………がはっ……。」


 抵抗していた腕が力なく垂れる。

 気絶したか。


「行こうか。」

「岩崎、っつったか。それで良かったのか?」

「こうするしかなかった。」


 樹里を背負い、藪川と手をつなぐ。

 藪川は道を完璧に覚えていてくれた。正直に言うと、ここまでの道を正確に覚えていた自信がないのでこれは非常に助かった。

 それに何より、藪川といると本当にラダムに見つかることはなかった。

 一度ラダムの真横をすり抜けたことさえあったが、気づかれずに進むことができた。

 そうしてまたあの入り口に戻り、SENDAIから仙台市へ戻ってきた。


「それで、ここからどうするんだ?」


 高度数百メートルの強風に金髪をなびかせる少女に尋ねた。


「パラシュートがある。これで海に出て、あとは仲間に回収してもらう予定だ。」

「俺たちの分もあるんだろうな?」

「無かったら声かけねぇよ。」


 SENDAIの端まで移動し、海へと飛び降りる。

 無事に着水した俺たちは高速艇に回収された。


「俺達はこれから研究所へ向かう。悪いがお前たちを降ろしている暇がないんでな。このまま付き合ってもらうぞ。」

「……まあいいだろう。」


 藪川とその仲間たちに連れられ、俺と樹里は研究所とやらに行く事になった。


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