最終話
翌朝。
腕の痛みと、克哉君のことが心配であまり眠れなかったので、5時にはぱっちりと目が覚めてしまった。
寮長の部屋に行くにはマダ時間がある。
昨日の夜部屋に戻ると全員は既に眠っていた。
奈美ちゃんもきっちりと部屋で眠っていたので少し安心した。
今回のこと奈美ちゃんが知ったらどう思うんだろう・・・
皆に気づかれないうちに今からでも行くべきだろうか。
でも、ルオさんに迷惑だし。
それに克哉君だってマダ眠ってるかもしれない。
どうしよう・・・
『凪ちゃん。どうしたんでちゅか?』
『室長・・・何でもないです』
何かと室長には気づかれているような気がする。
ルオさんが昨日この部屋に来たのもきっと・・・
『凪ちゃん。一人で悩む必要はないんでしゅよ。何でも言ってくだしゃい』
『室長・・・』
そう言えば、今まで誰にも悩み何て相談したことなかったな。
そんな存在いなかったから・・・
『後藤兄弟のことでしゅよね?』
『はい・・・』
やっぱり室長はこのことを知っていたんだ。
でも、昨日起こったことをもう知っている何て・・・
あたしがよっぽど不思議そうな顔をしていたからか。
室長は『寮長しゃんとは部屋の子に関する情報はしゅぐに知らせてもらってるんでしゅ』と言った。
『それじゃあ、奈美ちゃんのことも・・・』
あたしは少し声を潜めて言った。
『はい』
室長も沈んだように答えた。
『室長として、やっぱり同じ部屋の人達には平和にしゅごしてほしいでしゅから』
『あたし・・・』
話そうとしたところで何から言えばいいのかわからなくなった。
『事情はわかってましゅから、凪ちゃんが悩んでることを言ってくだしゃい』
あたしが今、悩んでいること・・・
あたしが克哉君をどう思っているか・・・
でも、それは自分の思いだから、他人に聞いてもわかるわけないだろうし。
どうしたらいいのだろうか・・・
何を話せばいいのか悩んでいると、室長は心配そうにあたしの方を覗き込んできた。
『凪ちゃん。考え込まないでくだしゃい。凪ちゃんが今考えてることそのまま言ってくだしゃい』
『はい・・・あの、あたし・・・克哉君に告白されたんです。でも、自分の気持ちがわからないんです。
こんなこと言っても、仕方ないですよね?』
あたしは苦笑しながら言った。
だけど室長は笑顔で返してくれた。
『そういう思いは人に言われた方がわかるかもしれないでしゅよ。あたしから見たら凪ちゃんは後藤克哉君のことが
しゅきだって思いまちゅよ』
『そう・・・ですか?』
あたしが不思議そうに聞くと、室長は大きく頷いた。
人から見て思われるなら、そうなのだろうか?
でも、人が見ると勘違いすることだってあるはず・・・
なら、じゃあ・・・
『それじゃあ凪ちゃんは後藤克哉君といてどう感じましゅか?楽しいでしゅか?
一緒にいたいと思いましゅか?』
『それは・・・思い、ます・・・』
それが好きだって言うことなのだろうか?
これが恋愛というものなのだろうか?
『それじゃあ凪ちゃんは、後藤克哉君がキスしようとしちゃらどうちまちゅか?』
『えっ!!』
それって・・・
竜也さんにされるのは嫌だったことと関係があるのだろうか?
『わからないです・・・』
そんなの本当にならないとわからない。
『それでいいんでしゅよ。凪ちゃんは嫌な人なら嫌って言うはずでしゅ。
凪ちゃんはきっとしゅきなんでしゅよ』
好き・・・
克哉君のことが好き?
『室長さん・・・』
『わかりまちたね』
『はい・・・何となくわかった気がします』
何となくわかった気がする。
これは恋愛感情なんだと、自分は克哉君を好きでいるのだと・・・
『でも、どうしたら・・・』
『後藤克哉君に伝えるのでしゅ』
克哉君に自分の思いを・・・
克哉君はあたしのことが好きだと言ってくれた。
そして、あたしが克哉君のことを好きになるまでずっと待ってるって言ってくれた。
そこまで好きでいてくれる克哉君。
だけど、何だか素直に言える気がしなかった。
昨日のことがあったからか、竜也さんにもあんなことを言われて、それであたしは本当に克哉君に
素直な気持ちを言っていいのか・・・
『凪ちゃん。恋に遠慮は無用でしゅよ』
室長は笑顔で言った。
克哉君に素直に思いを伝えなくちゃ・・・
でも・・・
そこで、奈美ちゃんのことを思い出した。
竜也さんにはめられて、克哉君のことを今では好きでいる奈美ちゃんに、
あたしは凄く悪いことをしている。
怒られても、憎まれてもいい。
せめて奈美ちゃんに伝えてから克哉君に言わなくちゃ・・・
ルオさんの部屋に行けば、もしかしたらそこでそのまま克哉君は罰を受ける為にどこかに連れて行かれるのかもしれない。
なら、奈美ちゃんに伝えるのは今しかない・・・
『室長・・・奈美ちゃんと話しがしたいので起こしてもらえますか?』
『はい』
室長は少しだけ驚いた顔をした後、少し嬉しそうに言った。
あたしはそのまま部屋を出て、寮の外に出た。
奈美ちゃんとはゆっくりと、心安らぐ自然の中で話しをしたい。
あたしは克哉君のことが好きだ。
奈美ちゃんには譲れないんだ。
やっと自分の気持ちに正直になれた。
二度と克哉君と話せなくなると、一緒にいてくれなくなると考えると凄く悲しくて、
これが恋何だって室長は教えてくれた。
『凪ちゃん・・・』
奈美ちゃんは少し控えめに呼んだ。
『奈美ちゃん』
あたしは奈美ちゃんをまっすぐに見た。
ここに来て優しくしてくれた。
あたしにとって大切な友達。
だから、きちんと話しておきたい。
『で、何の用なの?ああ、もしかしてあの時のこと?ああ、あたしのことをいいきみだと思ってるんでしょ?』
奈美ちゃんは悲しんでるような、怒っているようなよくわからない調子で言った。
『違うの。今日は奈美ちゃんに言っておきたいことがあるの』
『何・・・』
奈美ちゃんは少しだけ、嫌そうに目を細めた。
『あたし・・・克哉君のことが、好き・・・』
『・・・だから何?ああ、あたしへのあてつけ?勝手に幸せになればいいでしょ。あんたは克哉に好かれて・・・
竜也さんにも好かれてるんだってね。いいじゃないの。良かったわね』
奈美ちゃんは半分叫ぶような調子で言った。
わかってる。
奈美ちゃんが悲しかったことわかってる。
『そうじゃない。そうじゃないの。
奈美ちゃんには言っておきたかったから。友達だから、克哉君のことが好きだったから、だから・・・』
『何よ、何よ。いい子ぶっちゃってさ。あんたはどうせそうやって天然で、何でも軽々と欲しい物手に入れたんでしょうね』
違う。
あたしはそんなに綺麗な心を持っていない。
自分の要求のために人を傷つけた。
『あたしは・・・奈美ちゃんは素敵だって思った。自分の心に素直で・・・
あたしね。ここに来る前の学校で皆に酷いことしたの。自分の要求を満たすために、皆を傷つけた。
あたし・・・友達もいなくて、家でも一人だった。だから、ここに来て・・・
奈美ちゃんが優しくしてくれて嬉しかった』
『凪ちゃんが?』
奈美ちゃんは驚いた様子でいた。
皆は驚くんだろうな。
あたしのどこを見て、いい子とか、天然って言葉が出てくるのかはわからないけど・・・
『奈美ちゃんにはきっとまたいい人が出来るよ』
『凪ちゃん・・・』
奈美ちゃんは涙を堪えているのか、目を赤くしてそっぽを向いている。
『あたし、恋愛はわからなかった。だけどもう、遠慮はしないの』
『本当はね・・・あんたといる時の克哉見てるの好きだったの。とっても楽しそうで、あたしにはあんな顔見せたことなくてさ。
でも、だから凪ちゃんのことムカついたの。克哉が孤立してるの半分はあたしのせいなの・・・だって、やることは無茶苦茶だけど
あんな顔の男を放っておく女がこんなにいると思う?あたし・・・本当馬鹿だった。
克哉に飽きたらあたしに渡してね。それまであんたに貸しててあげる』
奈美ちゃんは涙混じりの笑顔を向けて、あたしに近づいてきた。
『凪ちゃんになら、いいよ・・・』
あたしを抱きしめて・・・
否、あたしに抱きついて泣いていたんだと思う。
『奈美ちゃん・・・』
『謝らないでね。謝られたら、渡せなくなる。あたしのものだって、堂々と言いなさい』
『うん・・・』
奈美ちゃんが悲しむのは嫌だ。
だけど、あたしはこの時に克哉君のことを好きでいることに罪悪感は抱かなかった。
『それじゃあ、しっかり克哉を助けてきなさい』
『うん』
それから昨日起きたことと、これからルオさんの部屋に行くことを奈美ちゃんに話すと、
奈美ちゃんは先に部屋に戻って行った。
時間が経つのは早いもので、今はもう7時になっていた。
ルオさんならさすがにこの時間には起きているだろうと思い、ルオさんの部屋の前に行くと・・・
『克哉君』
『おう』
克哉君は既に来ていた。
待たせてしまったのだろうか。
聞こうと思ったが、そんな話しをしてる場合じゃない。
克哉君は部屋をノックした。
すると中から『どうぞ』と聞こえてきて、二人で顔を見合わせた後で扉を開けた。
部屋に入ると、ルオさんは何処か楽しそうな表情をしていた。
あたしと克哉君は不思議そうにルオさんを見ると、ルオさんは『ああ』とでも言うような顔をして、話し出した。
『昨日竜也に話しを聞いたんだけど・・・どうやら竜也が怒って君を殴りつけたみたいだね』
『えっ』
竜也さんが克哉君を庇った?
あたしは驚きながら克哉君を見ると、あたしよりも驚いた顔をしていた。
『本当に兄貴がそういったのか?』
『そうだよ』
どうしてルオさんはこんなに楽しそうなのか。
竜也さんはどうして嘘をついて庇ったのか。
何もかもが不思議で仕方なかった。
『否、僕もね。そうじゃないかと思っていたんだけどね。ああ、後藤君は少し席を外してくれないかな?
別の話しで少し凪ちゃんに話したいことがあってね』
『ああ・・・』
克哉君は納得のいかない顔をしながら、部屋から出て行った。
その様子を見送った後で、『何ですか?』と遠慮気味に聞いた。
『ああ、うん。竜也のことなんだけどね・・・後藤君を庇ったんだね。竜也は何度聞いても俺がやったって言うんだけどね。
竜也って嘘つくとばればれなんだよね』
『そうなんですか・・・』
それでルオさん楽しそうな顔してたのか。
と、少し納得したが、でも竜也さんがどうして庇ったのかわからない。
克哉君のことを嫌ってるみたいに言っていたのに・・・
『竜也さんどうなったんですか?』
『うん。まあ、一応暴力を働いたってことになるからね。一週間だけ部屋から出ないように指示してるよ。
まあ、凪ちゃんは気にしなくていいと思うよ』
『えっ?』
ルオさんは凄く楽しそうな様子で言った。
『凪ちゃんはもてもてだね』
『えっ?』
何で今そんなことを言われるんだろう・・・
『まあ、凪ちゃんのことを思って竜也は罪を被ったんだと思うよ。凪ちゃんは素直で可愛いからね』
ルオさんは楽しそうに言った。
からかわれているの?
『それじゃあ、もう戻っていいよ』
『はい。・・・ありがとうございました』
ルオさんの表情に納得のいかないところがあったけれど、そこはあえて追求しないことにした。
何となく聞けなかった。
『大丈夫か?』
『えっ』
部屋を出ると克哉君が待っていてくれた。
『何か変な顔してんぞ』
『からかってる?』
『いや、そういうんじゃなくて・・・何か言われたか?』
言われたと言うよりは、言われなくて不思議に思っている・・・
『あの・・・』
『ん?やっぱ何か言われたか?』
『えっと・・・そうじゃなくて、ちょっといい?』
それから克哉君を寮の外まで連れて行った。
『どうしたんだ?』
『うん・・・克哉君に言いたいことがあって・・・』
克哉君は不思議そうな顔をしながら、草原に倒れるように大の字で寝転がった。
そういえば、いつかの日もこうして二人で話したっけ。
そのことをなつかしみながら、あたしは克哉君の横に座った。
『克哉君・・・あたしのことを好きって言ってくれた』
『おっ、おお・・・』
克哉君は恥ずかしそうに反対側を向いた。
『だから、その返事をしようと思って・・・』
そう言うと、克哉君は驚いたようにこちらに振り返って、体を起こした。
『あたし、さっき奈美ちゃんに話したの。
昨日のこととか、あたしの気持ちとか・・・』
『お前の気持ち?』
『うん・・・』
克哉君が大好きだって言う気持ち。
素直に伝えたい。
段々と少しだけ恥ずかしくなっていった。
『あたし・・・竜也さんに告白された時少しも嬉しくなかった。竜也さんがせまってきた時
本当に嫌だった。でもね、克哉君に告白された時、どうしてって思ったけど・・・
嬉しかったんだと思う。だからね・・・』
克哉君は驚いた顔をしながら真剣にあたしの話しを聞いてくれていた。
『あたし・・・克哉君のことが・・・えっ』
好きだと言おうとしたところで、克哉君はあたしを抱きしめてきた。
『克哉・・・君?』
『いや・・・ごめん。言うな。何か恥ずかしいから、言うな。いや・・・何ていうか・・・』
克哉君は混乱したように、そして恥ずかしそうに言った。
『ダメだよ・・・』
『えっ?』
ダメだよ。
だって、あたしは克哉君に自分の思いを伝えるって決めたんだから、奈美ちゃんに約束したんだから・・・
『言わせてよ』
あたしがそう言うと、克哉君はあたしから少し距離をとった。
『わかったよ・・・でも、言ったら知らねえぞ』
克哉君はそっぽを向きながら言った。
最後の言葉はよくわからなかったけど、了承してくれたので
あたしは伝えることだけを考えた。
『あたしは・・・克哉君のことが好き』
『姫路・・・』
『へ?』
克哉君の顔はすぐそこまで近づいてきていた。
これって・・・
『接吻・・・』
『ふふ、接吻って・・・姫路はやっぱり面白いな。キスって言えよ』
初めての接吻・・・じゃなくて、キスにあたしは驚きと、そして恥ずかしさと、嬉しさがこみ上げてきた。
顔が熱くなるのがわかった。
『お前・・・こういうの初めてか?』
『うん・・・』
克哉君にされるのは嫌じゃなかった。
室長の言ったように、あたしは克哉君のことが好きで・・・
『自分の心って他人にほど見透かされてるんだね・・・』
『何の話しだ?』
『何でもない・・・』
自分の心以上に他人の心はよくわかる。
もうこれは昔の話しだ。
他人を騙してまで大切な者を手に入れようとしたこと。
だけど、今は
今回は、大切な者をちゃんと自分の手で掴み取った。
人を騙して手に入れた者は壊れてしまうけど、本当に大切な者は壊れたりしない。
克哉君が教えてくれたこと。
この寮のみんながあたしに教えてくれたこと。
大切な者はずっとそばにあるってこと・・・
もうこれは昔の話しだ。
他人を騙してまで大切な者を手に入れようとしたこと。
だけど、今は
今回は、大切な者をちゃんと自分の手で掴み取った。
人を騙して手に入れた者は壊れてしまうけど、本当に大切な者は壊れたりしない。
克哉君が教えてくれたこと。
この寮のみんながあたしに教えてくれたこと。
大切な者はずっとそばにあるってこと・・・




