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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第四章
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 それからしばしの間、凜と愛稀はベッドの縁に並んで腰かけたまま黙っていた。

 やがて、ふと凜が静寂を割るように口を開いた。


「大丈夫か?」


「うん、ありがとう。来てくれてとっても嬉しかった」


「色々捜し回ったよ。コスモライフの本部に入り込んだり――」


「えっ、そんなことまでしたの?」


 ずいぶんと大それたことまでしたものだ。先ほど、彼は廃人同然の被験者たちを見たと言っていたが、その時に見つけたのかもしれない。自分のせいで危ない橋を渡らせてしまったのだと、愛稀は思った。


「ごめんね、迷惑ばっかりかけて」


「いいや。結局のところ、君の役に何も立ててはいないんだ。不甲斐ないよ。石山教授が君を直接動かしてまで、僕を誘導していたというのに」


「えっ……?」


「君との縁は、石山教授によって作られたものだったんだな」


 凜は疑問に思っていた。なぜ、愛稀のような子が、自分なんかと関わり、距離を縮めようとしてくるのか。教授が裏で手を引いていたとすれば、それにも納得がいく。


「それは違う! 最初は、確かに石山さんに言われたけど。でも――」


「いいんだ。別に怒ってるわけじゃないし、君を見捨てるつもりもないよ。安心して欲しい」


「違うんだったら……」


 愛稀はぽつりと言った。見捨てるつもりはない――とは言われたものの、どこか突き放されたような気分になる。

 だが、凜の方は、彼女の真の気持ちを、いちいち確かめるつもりはなかった。事実はどうあれ、自分はすでに巻き込まれてしまっている。彼女を助けたいという気持ちにも、変わりはない。


「それより、問題はこれからどうするか、というところだな」


「――どうするか?」


「コスモライフから離れた方が良いことは間違いない」


「そうだね」


 その意見には愛稀自身も同感だった。実の両親に逢いたい、孤児だった頃から覚えていた世の中に切り離されたような寂しい感覚から解放されたい――そんな願いから、何気なく入信したコスモライフだったが、やがてズブズブにハマりこんでいってしまった。心の弱みに付け込まれ、洗脳されてしまっていたのだと、今となっては思う。


「ただ、双葉教授や四華は、しばらく君のことを探し続けるだろう。連中が諦めるまで、どう逃げるかだ。あとは、石山教授にも気をつけておいた方がいいかもしれない」


「ええっ、どうして?」


「彼が本当に味方だという保証はない」


「悪い人だとは、私には思えないけど……」


「僕も研究者としては彼のことを尊敬している。だが、裏で何を考えているのか分からない人だ。何か企てているのかもしれない」


「だとしたら――どうするの?」


「僕にずっと協力してくれている人がいる。その人もまじえて皆で考えれば、きっと良い案が出てくるはずだ」


 彼の言葉に、愛稀は勇気づけられ、穏やかに微笑んでみせた。凜もつられて笑顔になる。ふたりは、わずかながら、張りつめていた緊張の糸を緩め合った。



 だが、その時――。



 どかどかという足音が、外から近づいてきた。


 石山のものではないと思えた。彼の歩調は、彼の不敵な性格を反映してか、ゆるゆるとしている。しかし、いま聴こえてくる足音はスピーディで、せわしない。まばらに交錯するような響き方をしていることから、複数人のものであることを思わせた。

 足音がすぐ近くまで迫ってきたと思った矢先、勢いよく扉が開き、白い衣服に身を包んだ男たちが入ってくる。コスモライフの信者たちであると分かった。七人の信者たちが続けざまに入ってきた後、一泊置いて悠々とやって来る男がいた。


「四華さん……」


 愛稀がその男の名を呟いた。四華は愛稀の方を見て、にんまりと笑った。


「お久しぶりですね、日下さん。やっぱりここにいましたか」


 凜は彼を睨んだ。


「石山教授の差し金か」


「いいえ? 日下さんが隠れている場所として、ここは有力な候補のひとつではありました。石山教授も我々がそう睨んでいたことは、感づいていたでしょうね。あとはいつ踏み込むか、でしたが」


 四華の視線が、凜をロックオンした。


「あなたがこの場所を突き止めたことを機会とみました。ここしばらく、あなたの動向はずっとマークしていましたからね」


 後をつけられていたのだ。その可能性を考えていなかったのは、うかつだった。


「……なぜ僕なんだ」


「我々の計画に協力して欲しかったからですよ。日下さんだけでなく、あなたにもね」


「僕に……?」


「そうです。計画遂行のためには、あなたも必要なんです」


 四華の言っていることの意味が凜には分からなかった。彼らが、愛稀を必要としていることは知っている。しかし、なぜそこに自分が加わる必要があるのか。さっき、石山になぜ自分を巻き込んだのかと訊ねた時、彼も意味ありげなことを言っていた。凜自身がまだ知り得ない自分にまつわる秘密が、何かあるというのだろうか。


「ふたりとも、私のもとに来ていただきましょう」


 四華のこの言葉を号令に、信者たちがじりじりとこちらに近づいてくる。この局面を切り抜ける方法はないか。辺りを見渡したが、この部屋には窓もなく、正攻法で逃げ果せる可能性は極めて低い。


「愛稀、走れ!」


 それでも凜は、彼女にそう叫ぶのを止められなかった。彼女は弾かれるように動いて、壁際へと移動した。凜もそれに続こうとしたが、一足遅く信者のひとりに捕まり、背後から羽交い絞めにされてしまった。


「凜くん……!」


 愛稀が叫ぶ。凜は必死に抵抗したが、大柄な信者の腕っぷしの強さに身動きが取れない。その隙に、他の信者たちがじりじりと愛稀へ肉薄する。逃げ場はない。壁際に追い詰められた愛稀の脳裏に、石山にかくまわれる前の“地獄”がフラッシュバックした。

 ――無機質な暗室。繰り返される投薬と注射。消毒液の匂い。逃げ場のない孤独と、精神が削り取られてゆく終わりのない苦痛。


(もう、あそこには戻りたくない!)


 捕まれば、またあの地獄がはじまる。その圧倒的な恐怖が、彼女の心を支配した。


「来ないで!!」


 愛稀は悲痛な叫び声をあげた。その瞬間、鼓膜を突き抜けるような衝撃音とともに爆風が飛び、信者たちはことごとく吹き飛ばされた。


 いま起こった現象に、愛稀は目を見開いた。彼女の眼前には、複数人の信者たちが転がっている。壁や強く身体を打ちつけて、痛みに悶えている者もいた。前にも同様の念動力を発揮したことがあったが、あの時の彼女は半狂乱になっていて、自身の行為をあまり自覚していなかった。改めて、自分のしでかしたことに自分で驚いているのだ。


「逃げるんだ、愛稀!!」


 凜の叫びで、愛稀ははっと我に返った。だが、どう逃げたら良いのか。ただパニックになりかけている心の中をぶちまけるように、


「わああああああ!」


 と叫んで、腕を振りかぶり、背後の壁を平手で勢いよく叩いた。



 ――ドオォォォォン!!



 バズーカでもぶっ放したかと思えるような轟音が響いた。見ると、愛稀の後ろには、巨大な穴が開いている。彼女はその華奢な手のひらで、分厚い壁を粉砕していたのだ。

 一同、驚きの表情を浮かべている。当事者の愛稀でさえ、ぽかんと口を開けて、自らがぶち壊した壁の前で、呆然と立ち尽くしていた。

 いち早く動いたのは凜だった。自分を羽交い絞めにしていた力がすっと抜けたのを好機に、彼は逃げ出した。そして、走りざまに愛稀の手を取った。


「何してる、はやく逃げるんだ!」


「え、ちょ、ちょっと……!」


 愛稀は凜に引っ張られながら、壁の穴をくぐって外へと出ていった。


 取り残された四華は、何も言わずその場に立ちすくんでいた。肩をわなわなと震わせている。しかし、その口元には隠しきれないように笑みがこぼれていた。


「あーあ、こんなにしちゃって……」


 そこへ、あくびでもするように、呆れた声で喋る者がいた。部屋に戻ってきた石山だった。


「君たちねえ、もう少し穏便に事を進めてくれないかな。せっかくの私の秘密のラボがめちゃくちゃだよ」


 彼は、四華をじろりと睨んで言った。


「あなたのラボである以前に、もはやこの建物はコスモライフの所有物ですよ」


「細かいことは言いっこなしだよ。以前は私の兄がもっていたんだし、今も私が使っていることに違いはないんだから」


 四華は眼前に開いた壁の穴を見続けていた。やがて、興奮を抑えきれない声で言った。


「それにしても素晴らしい。彼女が、これほどまでの力を発揮できるようになっていたとは」


「そうなるように仕向けたのはコスモライフでしょ。直接行ったのは双葉くんだけど、彼じゃなくても君たちがやっていたはずだ」


「仰る通りです。ですが、ここまでの潜在能力を有していたとは予想以上でした。そもそも、彼女の能力は夢を通じてしか発揮できなかったはず。それを、これほど現実世界に転化できるレベルに高められるとは」


 四華はさぞ感心しているようにしみじみと言った。いったん言葉を区切って、さらに続ける。


「――ただ、彼女ひとりでは、ここまで大きな力にはなり得なかったでしょうけどね」


「そうだねえ。まだ当の本人は、そのことに気づいていないようだけどね」


 石山は遠い目をして言った。それから再度、四華の方を見て、「で、どうするの?」と訊いた。


「あの子たちを連れて行くつもりなのかい」


「もちろんです」


 四華は迷いなく答えた。


「我々の計画の遂行に、彼らは必要不可欠ですから」

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