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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第四章
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 8



「私の過去まで調べてたなんて――」


 愛稀は唖然としてつぶやいた。


「我々の教団のネットワークと情報収集力を舐めないことだね」


 彼女の様子をみて、石山はさぞおかしそうにほくそ笑んでいた。


「愛稀、本当にそれは君だったのか?」


 凜が訊ねた。愛稀はうん、とひとつ頷く。


「慈善活動みたいな感じでやってたことがある。あの頃は、ときどき他の人の夢の中に入り込むことができたの。最近はできなくなっちゃったんだけど……」


 非科学的な話だと思いながら、凜はこれ以上は突っ込まないことにした。ここのところ常識の範疇を超えた話のオンパレードだ。それが一つ増えたところで、もはや大層な問題ではないと、彼は思うようになっていた。話を次に進めることにする。


「とにかく、そのような背景から、彼女にSTR配列があることが突き止められることになったというわけですね」


「そうだね。もう分かってると思うけど、先日君に解析してもらったサンプルも、日下くんの細胞から採取したDNAを調整したものだ。もっとも、その時にはすでにそこにSTR配列が検出されることは分かっていたけれどね」


「分かっていたなら、なぜ僕に解析をさせたのですか?」


「君に真実を知ってもらうためだよ。この件に加わってもらおうと思ったんだ。先日のコンパが君たちのファーストコンタクトだが、実はそれも私の差し金だ」


「事前に彼女に、僕のことを伝えていた――?」


「もちろん。私の方から、君に近づくように、とね。コンパの後、間宮くんを通じて、コンタクトをとるようにも言った」


「なぜそんなことを――」


「双葉くんが動き出したからだよ」


「双葉教授が?」


「日下くんがSTR配列の保有者である事実を、彼はまたとないチャンスだと受け取っただろう。この子を思うままに扱おうとするのでは、と私は考えた。それで、日下くんの逃げ道を作ろうと君に白羽の矢を立てたんだ。でも、残念ながら一歩遅かった。それから間もなく、双葉くんは我々教団の他の幹部たちに断りもなく日下くんを連れていき、実験の被験者に仕立て上げたんだ」


「いったいどんな実験を……」


「日下くん、答えてくれるかな」


 石山が愛稀を促した。うーん、と愛稀は考えるそぶりをみせてから答えた。


「薬を飲まされて、暗い部屋でしばらく安静にさせられたり。お注射とかもあったな……」


 “注射”という言葉を発するや否や、愛稀の顔が急に青ざめた。注射が嫌いなのだろうか――。愛稀の回答内容を石山が引き継いだ。


「それらはSTR機構を増幅させるための実験だったのだろう。STR因子群を配合したカプセルや、細胞内のSTR配列との結合を強める薬剤を投与したりして、無理やり君の潜在能力を引き出そうとしたわけだ。だが、これにはリスクもある。度重なる精神世界への移行は、その人物の精神に大きな負担をかけてしまうのだ」


「確かに、あの時の愛稀の様子はおかしかった」


 その頃の彼女は精神が衰弱し、何かに取り憑かれているようにも思えた。


「そうだろう。眠っている時も起きている時も、常に精神が活性化させられていたのだから。その反動で疲弊してしまうのも、当然といえば当然だ」


「そういえば、教団のアジトで、廃人のような状態になっている信者たちを見ました」


「そうか。彼らも被験者にされたのかもしれないね。精神世界への移送によってあまりに精神が疲弊すると、現実世界に精神が戻れなくなる可能性があるんだよ。あちら側の広大な情報の海にさらわれてしまったかのようにね」


「愛稀もそうなっていたかもしれない――」


「そうだね。そうなる直前に、私は何とか日下くんを双葉くんのもとから奪還し、この場所にかくまったというわけだ」


「愛稀のことが心配だったと?」


 凜の口調には皮肉めいたものが含まれていた。石山もそんな凜の心情を悟ってか、フン、と不敵な笑みを作った。


「私が情で動くような人間でないことは、君も知っているだろう。双葉くんの暴走を危惧したんだ。この先、さらに大勢の人間を巻き込むような、とんでもないことを企てないだろうか――とね。彼は今頃、血眼になって日下くんを探しているだろう。もっとも、彼だけじゃなく、四華くんもだろうけどね」


「教団内で分断が起こっている」


「そうだ。いま、教団は四華くん、双葉くん、そして私。三つの派閥に分かれて争っているような状態なのだよ」


 石山の口調は、まるで他人事のように悠長なものだった。彼はどんな時にでも、物事を上から俯瞰したような態度でいる。接していて鼻につくことも多いが、そこが彼のもつ強みでもあるのかもしれない。


「とはいえ、日下くんにはすまないね。我々の勝手に巻き込んでしまって」


 石山は飽くまでも平坦な口調で言った。それに対して、愛稀も訥々と返した。


「……ううん。石山さんが恩人なことは間違いないし。双葉さんとあれ以上一緒に居たら、私は確実にダメになってたと思う」


 石山は凜と愛稀を交互に見渡した。


「これでひととおり話は終わったが、何か疑問に思うことはあるかな。――鳥須くん、何か納得できないことでもあるようだね」


 石山は凜を名指しした。彼が顎に手を当てながら、難しい顔をしていたからである。


「疑問だらけ――というのが正しいですが。しかし、強いていうなら、特に釈然としないことがひとつあります」


「何だね?」


「部外者だった僕を巻き込んだ理由です。僕じゃなくても良かったはずだ。先ほど、教授は僕に白羽の矢を立てたと言いましたが、どうしてだったんですか?」


「その理由が本当に分からないのかね」


「分かるわけがありませんよ」


 凜はきっぱりと返した。ふっと石山の笑みが消えた。凜から視線をそらし、頭を掻きはじめる。興覚めしているようにも感じられた。


「思ったよりも勘が鈍いな。君はもう少し切れ者だと思っていたんだがね」


「どういう意味です」


 石山はいつになく真剣なまなざしで凜を見た。


「君が今の研究テーマに携わるようになったいきさつを思い返してみたらどうだ。また、君が日下くんのDNAサンプルを解析してすぐに、改めて渡したサンプルがあったろう。あれは一体何だと思う。普段他人に興味のない君が、ここまで躍起になって日下くんを捜してきた理由は何だ。すべてのことを考えれば、ひとつの結論にたどり着かないかね」


 凜は眉をひそめた。石山は大きなため息をついた。


「まあいい。私は喋り疲れたから、ちょっと休憩してくるよ。君たちもその間に、頭の中を整理してみるといい」


 石山はそう言うと、カップを手に席を立ち、部屋を出ていった。


「……分かるわけないだろ。あなたの考えることなんて」


 石山が去っていった後の扉の方を睨みつけて、凜は小さく毒づいた。

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