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それから、精神世界がふたりの議論の中心となった。
双葉の頭の引き出しは多様で、話は物理学や彼らのフィールドである医学生物学の概念のみならず、哲学や心理学、絵画などの芸術や海外の文学作品にまで話題が及ぶことがあった。
彼と深い話をするために、石山にもより幅広い教養が必要となった。休み時間には大学の図書館でフランスやイタリアの文学作品を読んだり、休みの日に美術館にヨーロッパの宗教画を見に行ったりもした。それは、石山にとって、とても刺激のある日々だった。
ある日のこと。双葉は唐突に石山にこう切り出した。
「君は、超能力についてどう思う?」
「超能力?」
「ほら、最近よくテレビで取り上げられるだろう。サイキックとか霊能力とか、そういった不思議な力のある連中が」
当時、世間はオカルトブームで、民放でもゴールデンタイムにそういった内容の特集が組まれることがよくあった。
「……完全に否定はしないが。ああいうのにはインチキも多いんじゃないかな」
「もちろんそうだろう。だが、中には本物もいるかもしれない」
「そうかな」
「事実、古の時代から、人智を超えたパワーを発揮したとされる人は多く報告されているんだ。世界の宗教も、そういった人物が開祖となって広まっていったといっていいだろう。わが国にだって、そのような者は神の力をもつと周囲から崇められ、支配者として君臨していた時代もあったそうだ。今なお、シャーマンや巫女といった神職は職業として存在している。つまり昔は、そういった力は誰しもにあるわけではなかったにせよ、今ほど珍しいものでもなかったんだ。奇跡はより身近にあったんだよ」
「まあ、確かにそういわれてみればそうかもしれないね」
「では、そのような力はどこからやって来るのだろうか。または、なぜ今では廃れてしまったのだろうか」
「……精神世界が関わっているといいたいのかい」
長らく議論を交わし合っていることで、石山は双葉の思考展開が多少なりとも読めるようになっていた。双葉はニヤリと笑った。
「そうだ。僕が思うに、我々にいる宇宙が物理現象で無限に広がっていくが、精神世界はそんな我々のいる世界の意志を吸収して広がっている。そこには生命の生存本能や進化に関する潜在的な願望も含まれているはずだ。不思議な力をもつ者たちは、精神世界に貯蔵された生命の意志を受け取り、それを現実世界に転化することでパワーを発揮しているのかもしれない」
「魂をあちらの世界に移送できる、といったところか」
「しかしここで問題は、一体なぜごく一部の人間が、次元を超え、精神世界に自分の精神を投影できるのかということだ。パスポートのようなものがあるのかもしれないが――」
「そこは、我々の本分の出番じゃないか?」
石山はふと言った。
「本分?」
「医学・生物学の領域じゃないかということさ。細胞核に含まれる染色体DNA。そこに、データが書き込まれているのかもしれない」
「DNAの配列情報がパスポートになるということか」
「そうだ。だが、その情報は選ばれた人間しか持ち得ない。子孫を残してもその配列が受け継がれる確率は低い。或いは、信仰上の観点から、そのような立場の人間は、子供を作ってはならないというルールもあったかもしれないな。いずれにせよ、世代を経るごと配列をもつ者の割合は少なくなり、淘汰されていった」
「なるほど。遺伝的な観点で考えれば、諸々の説明がつくというわけか」
「そういうことだ。そのDNA配列のことはどう呼ぼう」
双葉はしばらく考えてから答えた。
「精神世界に魂を移送する――英訳すればSpiritual-world, Transferringだから、それらの頭文字を取って“ST配列”とするのはどうだ。こう命名するのには、もうひとつ理由がある。君の名前の石、僕の名前の双葉、それぞれの漢字を英語にすると“Stone”、“Twin-leaves”になるだろ。その頭文字を合わせると“ST”になる。ふたつの意味で、良い名前じゃないか」
「なるほど。面白いね」
「君の名の方が先にきているのが癪だが、まあ良しとしよう。君が提唱したのだからね」
双葉の言い方は冗談めいたものだったが、目には挑発的な光が宿っていた。自分が優位に立ちたいという感情がありありと映し出されている。だが、石山は気にしなかった。そんな人間は彼だけではない。何より、自分の咄嗟の発想からST配列の概念が生まれたことが嬉しく、またその先の議論を期待する気持ちの方が、彼にとっては大きかった。




