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青年期 十八歳の晩春 四十八

 「書類の中でだけ成立する手品というのがあるのよ」


 吐き出された煙の名残だけでも鼻と頭にツンと来る煙草を燻らせつつ、アグリッピナ氏は見栄えだけは楚々とした令嬢然とした笑みを作ってみせる。


 しかしながら、それは私にとっては“外道”という表題を付けるべきものだ。


 「結局、軍を上げてもぶつかる前に解散してしまえば、それは会戦にならないのよねぇ……例えば、決起集会で痛飲した結果、次の日どころか永遠に酒精神の宴席に招かれてみたり、戦になるからと愛妾の所にしけ込んで夜陰神のお怒りを受けたり……ね」


 「あー……」


 実に具体的すぎて、そこから先に何も付け足さずとも言いたいことが全部分かった。


 無血帝こと今上帝は、その手の暗闘に長けた政治的指導者であったようだ。


 しかもそれを民草の小唄にされない程度に秘する才覚を持った。


 エールストライヒ家のお歴々は――何人か突然変異的なのもいるが――基本的に平時の能吏型の指導者が多く、歴代の皇帝就任者は二代目の三重帝国皇帝にして初代エールストライヒ家家長の“礎石帝”を筆頭に三重帝国の経済・技術基盤を躍進させてきた。


 が、しかし、この権力と経済力、そして武力が直接的に紐付けられている時代に経済的な改革を行うことは並大抵のことではない。文民統制が行き渡り表立った暴力がなりを潜めた現代でさえ経済改革、つまりは既得権益保持者に中指を突き立てる行為は困難を伴っていたのだ。


 詰まるところ、この時代のソレはより過激な結果を引き起こす。


 時に帝国成立後は小国林立時代の血気が抜けていない者も多かったそうだ。絶対的カリスマであった開闢帝が倒れて間も無い時には、簒奪や国家形態の恣意的な変更を試みた逆臣が溢れ、それらの首を悉く刎ねて帝国の地盤を固めた礎石帝は、人柱帝とも揶揄される歴史的背景を持つ。


 そして同様に経済的な政策の方針を操り、インフラという金が掛かり利権も大きく関わる物に手を出した無血帝が文字通りの“無血”でいられる訳もない。必要とあったら(トップ)同士がダンビラ抜いて斬り合う文化を持つ、法律で縛られただけの戦闘民族の頭領であると視点を考えれば至極普通のことか。


 「そもそも、どんな善君や良王にしたところで反逆者の首を刎ね毒酒を下賜しているのだし、政策の如何によって枯れて死ぬ民が無になるはずもなし。血を一滴も垂らさぬ為政者など世の中に一人も居ないというのに、それをして無血と冠している時点でお笑いなのよねぇ」


 「あの、ウビオルム伯、そのあたりで。何卒」


 聞く人が聞いたら短剣抜いて捨て身の突撃を敢行しかねないことを抜かして笑うこの人が伯爵位を持ち、宮中伯の位を得て能臣面して皇帝の側に侍っている事実が薄ら寒くて仕方ない。三重帝国の貴族はコレが基本ではなく、本物はもっと真面目だと信じたい。


 然もなくば、私は私の故国さえ随分と冷めた目で見ないといけなくなる。


 「誰が聞いてるでもなし、構うことはないでしょうよ。それにあの人、私と同じで大分人でなしよ?」


 「……と、仰いますと?」


 「だって、結局は自分の研究のコト以外頭に端っからなくて、それを邪魔する物なんて書き損じた思え書き程の価値も認めてないんですもの」


 じゃなければ、こんな様になっていないわと彼女は再び腹を抱えて笑った。


 暫くは笑いたいように笑っていただき、息が切れたあたりで先を促せば、彼女はぴんと指を立てて地面を指した。


 「我が主君、至尊の座に在す不可侵のお方はね、まぁ前の治世においては廷臣同士の争いを利用して綺麗に不穏分子を御粛正遊ばしたのよ。それもかなり“穏当”かつ波風が立たない方法で……酷いわよねぇ、予定調和の争いを起こさせて、それを頓挫させることで済し崩し的に家を潰すなんて」


 「つまり、此度の争いは……」


 「そう。まずその治世の始まりにおいて、マルティン一世陛下は何世代経っても落ち着かない西の辺境問題に嫌気が差したご様子でね……自身のお名前を使って卓をひっくり返しに掛かったわ」


 聞きたくない話がつらつらと心底楽しそうな声音に乗せて鼓膜を乱打してきたが、アグリッピナ氏からの外道感溢れる所見を抜いて要約することこうだ。


 まず、今上帝は国内の基礎研究と工業分野の発展を振興したかったらしい。これには私が五年ほど前にツェツィーリア嬢との一件で関わった飛行艇が深く関わっており、陛下としては一度金をぶち込んで五〇年もかけた案件なので後一〇年くらいで何とか量産にこぎ着けたいとお考えとのこと。


 大量の部品と資材が必要となる飛行艇の量産を効率化するには、今よりも更に帝国内の流通網を整備する必要があるが、それより先に国内において他国が付け入る隙を潰すことが肝要となる。


 そして、最もその手の謀略に弱いのが未だ真なる忠誠を得られない西の蛮地、マルスハイム辺境伯領。


 事実、何度か西の古豪が帝国の内情を揺さぶらんと土豪や旧王家の残党に鼻薬を嗅がせて内紛を起こしてきた地であるが故、落ち着いて温々と内政と研究だけをしていたい内政系プレイヤーとしては非常に共感を持てる陛下はさっさとカタを付けちまおうとお考えになられた。


 先の治世においては大きな領や中央事情に偏重し、然程辺境には手を入れて入れていなかった陛下は、田舎者共からは名を真に受けらえており舐められているきらいがあった。少なくともアグリッピナ氏が笑っていられる程度には、無血帝が無血帝たる所以を正確に知る者は少ないからだ。


 彼等からすれば口が達者で金が好きな若道物、といった所だろうか。


 その侮りを利用し、一気呵成に西の問題を解決せんと様々なことが動き出す。


 まず、莫大な国費による支援を秘密裏に行い、マルス=バーデン辺境伯家は西方国境での大規模な要塞線建設を打ち出した。微妙な国境問題、西の衛星諸国家との摩擦、そして面従腹背で密輸を行う辺境領諸侯に巨大な蓋を被せて動きを封じる大胆な策だ。


 これに土豪達は慌てた。彼等は三重帝国の封臣の立場を持ち碌も食んでいるが、元々は独立した勢力として立っていた誇りがある。それって何代前の話だよと言いたくなるかび臭い誇りなれど、自尊心が高く帝国の命令なんぞ二の次三の次でなぁなぁに従っていた面々には面白くない話である。


 土豪の多くは外交権を持たないにも拘わらず衛星諸国家と関わりを持ち、更には帝国が持ち出しや持ち込みを禁じた物を商うことで利益を得てきたこともあり、黙っていられなくなる。


 ただ、そこまでならば、まだやりようによっては商売の方法を変えることで生き残ることもできた。故に短慮による激発を冷静な家が抑え、いつかの確実な再起のためにと他家を諫めてくる。


 帝国としてはこれが非情に鬱陶しいらしい。


 「小ずるい鼠より浅慮な猪の方が狩るのは楽なのよねぇ」


 とはアグリッピナ氏のお言葉。事実、今まで裏で利敵行為をしつつ表面上は臣従している土豪を費用対効果の問題もあって辺境伯は一気に処断できなかった。これは他領の封臣達からは非情に外聞が悪く、更には辺境領だけの力では倒しても致命傷に近い被害が出る上、諸外国に好機と要らん介入を招くこともあり……じゃあ殺した後に空いた場所どうすんだよという問題が四つも重なってのこと。


 小ずるい鼠は分かっていたのだ。自分達がいることで、酷いなりにも辺境は成り立っているのだぞと。


 なので辺境伯から相談を受けた無血帝は考えた。


 倉庫に火ぃ放って鼠がにげまわれなくしてやろうぜと。


 辺境伯が事態の収拾を先の理由によりしかねていたのは、一家による限界もあってのことだ。そこに大きな親戚筋から――三皇統家は何度も嫁を出し合っている――規格外の資本を投入されれば、金と人と物の問題が一挙に取り払われ簡単な問題となる。


 ああ、これは図式にするなら子供の喧嘩に大人が出ていくようなもの。一つの領と国費を使える国家、どちらの財布がデカいかなど比べるべくもない。


 それが以前にアグリッピナ氏から届いた手紙にあった国境要塞線事業とマウザー河の運河整備事業である。


 西には蓋がされ、東からは人も物も簡単に入ってくるとなれば、土豪は完全に自分達の土地にも拘わらず身動きが取れなくなる。物の流通は運河側に圧倒的に寄り、運河は完全に帝国が管理している上、今までの慣習に則れば地元領主ではなく行政管区の領主が管理するため地元の権力が全く及ばなくなる。


 完成すれば土豪は有名無実、正月に文句を言うのがお決まりになるだけの無害な勢力と成り果てる。下手に跳ねれば飛び出してしまい枯れて死ぬしかないような生け簀では、大魚とて大人しくするほかなくなる。


 なので土豪側の内部でも普段は賢い鼠が幅を利かせていたが、このままだと死ぬんだよという尤もらしい大義名分を得た猪が発言権を得た訳だ。


 大人しくしていようが派手に動こうが、結局詰んでいるということなど知らず。


 「絵図は全てお優しい無血帝が描かれたわ。既に方々で暴発した争いに辺境伯は四苦八苦している……フリをしながら上手く戦力を誘引している」


 「つまり……私達のこれさえも」


 「予定調和、というところね」


 舌打ちを堪えられたのは、やはり従僕根性のおかげだろう。どれだけ不愉快であろうと尊き血の前で舌打ちなどできぬ。それはある程度の軽口が許される間柄であったとしても明確な無礼だ。アグリッピナ氏だから何も言うことはなかろうが、普通の貴種であれば相当の寵臣であっても首が跳びかねない。


 そして、危うい行動は普段から慎むべきだ。ちょっとした気の抜けで、命に関わるようなポカをして街路に首を飾られたくはないからな。


 「既に土豪側は尻に火がついた状態ね。大事に隠していた旗頭さえ下手に動いて晒してしまい、帝国に捕縛されているんですもの」


 「旗頭?」


 「ユストゥス・デ・ア・ダイン、彼の血の末流といえばどうかしら」


 その名を聞いた時の私は、相当に面白い顔をしていたのだろう。苦虫を噛みつぶしたような顔は何度と無く晒してきたから、今までの渋面を上回る顔を見せてしまったに違いない。


 嫌悪感と徒労感、そして悲哀を滲ませたさぞや面白い顔をしていたのだろうよ。


 なるほどな、ジークフリート。君、さっき私の運を散々に貶してくれたが、どうやら君も大概だったみたいだぞ。


 「噂が立つと言うことはね、どれだけ滑稽でも何かしら根拠を伴うものなのよ。本当に処刑された後継が影武者であったにせよ、団結の象徴を失いたくなかった過去の土豪達が内々に立てた後継者ということに“された”誰かであるにせよね」


 「……そして、最早数百年も経てば、お題目も立派な経典になると」


 「ええ、そういうこと。決起集会にてお披露目するために用意された、デ・ア・ダインのお姫様は情報を掴んでいた帝国の手に落ちた。元々居るだろうと踏んでいたから、巣を揺らせば慌てて逃がしに掛かるだろうとも予測していたわ」


 本当に糞だ。土豪側は大きな絵図を書いていた帝国が眺める小さな池で遊んでいたに過ぎないなんて。そして土豪側にとっては小さな池こそが世界になるほど辺境伯としか戦っていなかったから、池縁に誰かが立っても気付けなかった。


 酷い話ではないか。


 「土豪達はきちんと策を立て、謀略を練って動いたようだけど足りていないのよね。辺境伯は自分だけで抑えようとしているフリをしている。各所で頑迷に抵抗をさせているのも、火消しに走り回らせているように配下の巡察理を酷使しているのも全ては格好だけ」


 「最終的にはマルスハイムさえ残っていれば、後は帝国本軍の到来を待てばよいと」


 「そういうことねー」


 それに陛下は先帝が拡充しすぎた軍の削減も考えて居るらしいし、その在庫処分も兼ねての行動でしょうねとアグリッピナ氏は煙と共に吐き捨てた。


 東征、東の交易路再打貫のために竜騎帝が整備した軍隊は大きく、徴兵軍を多く使ったのは勿論、予算の多くを投じて常備役の兵士もかなり増員していた。


 しかし、軍隊とは平時には無駄飯ぐらい。無いと困るがあると経済を逼迫させる頼もしい重荷である。


 かといってお国に奉公した兵士達を「もう要らない」と野放図に放り出すこともできない。それをやると治安が荒れるし、何より人口が国内で無駄に散逸してしまう。更に酷く行くと鎌倉のお家がやらかしたアレコレを帝国でも演じる羽目になる。私だけでなく全ての人間が目の前でランボーをやられるのはご免だろうよ。


 無血帝はこれを穏当に解散させるため、今回の大きな仕掛けを作ったのだ。彼等に適当に働いて貰い、此度の労を労うという名目で安い年金と何処かの空いた土地を下賜して軍役から解く。


 まー上手いこと考えるもんだ。人間心理として、このやり口であれば「俺は認められた!」として嬉々として大勢が大人しく戻っていくだろうよ。


 国境線の要塞群、マウザー河拡張、土豪との戦争、一時的に荒れる辺境伯領、戦後に軍役を解く兵士に与える報酬と土地。想像するだけで気が遠くなる額が動くが、それも十年百年先を考えれば安いとも言える。


 本当に何処まで行っても非定命らしいやり方であった。


 この地で蠢く民草のことは重要視していない。十年先の安定、百年先の存続を買えるのであれば平民の首など百や千も朽ちた所で全く惜しくはないのだろう。


 実際、限りなく神の視点から見れば仰る通り、帝国が百年先にも繁栄を謳歌して数百万の人間が飢えずに済むならお安かろう。投票を取れば九割以上の人間が喜んで彼等を犠牲にする側に票を投げ、現実と利益が分かっていない頭お花畑があぶり出される。


 しかし、それを地方で這いずる側としては受け入れられないのだ。


 我々は、このモッテンハイムはコストとして斬り捨てられる方だった。増援が来なかったのは忙しいのもあろうが、優先度が低いと立地上の問題か何かで後回しにされたに違いない。並々ならぬ愛情を注ぐ名主殿の父親とて、領主が描いた絵図だけあって大きく口出しはできなかったか。


 ここで名主一家だけを密かに逃がさなかった彼を貶すべきか、それとも後悔に塗れた生を送らせるのは忍びないと気遣ったかのかは微妙な所だな。下手な事をして動きを土豪側に察知されたら、誰の首が跳ぶかは分かりきっているのだから。


 「……一服失礼しても?」


 「ええ、どうぞ」


 ともあれ、今はちょっと事態が大きすぎて頭が痛い。煙草でも一服して、疲弊した脳髄に栄養をやろう…………。












【Tips】ライン三重帝国においては農民の徴集兵においても報酬の支払いを奨励しており、常備役として勤務した兵の解放時には年金や領地の支給を明文化している。これは彼等が子を作ることで国家への帰属意識を強めて行くことを期待して行われる、開闢帝が唱え礎石帝が形にした“国民国家”の概念を作るための下準備の一つである。

書籍化作業につき更新が大きく滞り申し訳ありませんでした。

後、ここ暫く体調が死んでおり浜に打ち上げられたナマコのようになっております。


しかし、幸いにも4巻上は予定通り刊行できそうなのでご安心くださいませ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >誰が聞いてるでもなし、構うことはないでしょうよ。それにあの人、私と同じで大分人
[気になる点] 若道ってようは男色のことなんですが 若輩者が正しいのでは?
[一言] 無血帝の秘密、引っ張った割に大したこと無かったな。 考えりゃ、「そりゃそうだろ」と。 「神君家康公は、まっこと神の如き聖人君子であった」なんて信じている人はおらんでしょうに。 どうも書籍化…
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