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青年期 十八歳の晩春 三十七

 剣が噛み合い、互いの刃が鋭さを競い夜闇に閃光を散らす。


 手に伝わる感覚は重く、同時に軸を外してくる返すにもいなすにも難い不思議な手応え。


 「ほぉ、卿、やるな」


 「ぬか……せ、若……造! 根無し草の……野盗風情がっ……剣を語るか!」


 重いのに軽く、柔いのに堅い独特の剣。身の丈に伍する両手剣(ツヴァイヘンダー)を振り回しているとは思えぬ軽快な体捌き。剣の切れ味と大柄な体躯も相まって、半端な剣や腕で受けていれば圧し斬られるな。これはこれで見事な初見殺し。


 相当に高い段階で纏まった良い剣士であると無意識に賞賛の言葉が零れたが、帰ってきたのは素っ気ない罵倒であった。


 残念だが本当に腕は良い。それこそ私に擬えて評価するのであれば、何かしらの流派の両手剣術を<妙手>か<達人>レベルで取得していると見てよかろう。そこに多数のアドオンと特性を噛ませ、魔法の力で固めた鎧にて防御を補い突っ込んでくる壁役にして攻撃役。


 素晴らしく高い完成度を誇る人間が、一帯どうしてこんな所で汚れ仕事に手を染めて。ああ、いや、染めさせられているのか大変理解に苦しむ。


 競り合いに持ち込もうとする力を流し、相手を左に流すと共に腹へ膝を叩き込んだ。


 「むっ……」


 敵手は軽くたじろいだものの、直ぐに体勢を立て直して振り返りながらの斬り上げを放つ。板金鎧に蹴りが通る訳はないので崩すことを目的にした攻撃だが、復帰も早く“下品”な戦いにも慣れていると見た。


 馬上槍試合やお上品な模擬戦争で磨かれた鍍金の騎士ではないな。組み討ちや投げ上等、矢玉が飛び交い一人を多数で囲むのが当然の戦場にて錬磨された本物の戦士だ。


 私の荒い<戦場刀法>に全く怯まず、むしろ手慣れた雰囲気からするに国境警備や野盗狩り、そして領主同士の小競り合いにて経験を積んだ実戦派。


 いい、斬り応えがあるじゃないの。


 斜め前に踏み込みつつ、体を下より袈裟に斬らんとする斬撃を回避する。こちらもお返しとばかりに足を脛から両断する狙いで低い一撃を差し込めば、彼は自身が放った攻撃の余勢を利用し右方へ転げて距離を取る。


 目も良い、間合いの取り方も最高に陰湿だ。お互いが長大な剣を用いている中、立ち位置を誤れば剣を振るのも護るのも難しい位置に陣取り続けてくる。


 私の意気の高まりを感じてか、甲高く渇望の剣が唸りを上げる。問うように柄を握り込めば、早く早くと急かす情念が脳へ波頭となって襲いかかった。


 分かった分かった、落ち着け、楽しいのだなお前も。


 良いとも、分かるさ。初撃の拮抗で敵の得物もお前が斬るに値する剣だと知って、更に嬉しくなってしまったのだろうよ。


 渇望の剣の切れ味は私の魔法が干渉するまでもなく凄まじく、単なるナマクラであれば最初の一刀で真ん中から叩き切っていたものな。


 恐らく魔法の剣だ。それもかなり上等な魔法が付与されている。


 魔導鍛造した本体に印を刻み、同時に大規模な儀式を経て強い加護を与えていると確信する。私程度の目では術式までは追えぬが、あの力強さから察するに何らかの概念付与を受けているに違いない。生中な魔法防護であれば、渇望の剣は術式諸共に刀身を叩き切ることができるのだから。


 宝剣としか呼びようのない名器を携え堅固な鎧で身を守り、実戦で培った技量を持つ剣士。単騎で徒党を屠ることも能う性能は十分に“理不尽”と呼べるだろう。


 本当に惜しい。互いに名乗りを上げ、堂々と戦果を語れる場であれば、どれだけ昂ぶる戦が出来たか。これが私の性能だと誇らしげに剣を叩き着け、同時に相手の構築に惚れ惚れすることができたことか。


 全く、一秒一秒が砂金の重さを持つばかりに全力を受け止めてやれない。これがどれ程口惜しいか卿には分かるまいな。


 良い腕前の敵手であり、私の前線封鎖を配下の命を捨てた献身によってこじ開け、必殺の意志を込めて送り出されるという最高の演出を伴っているのだ。この展開に燃えない男の子はいないだろうと確信するほどの状況、これに答えずして胸を張って男を名乗れようか。


 「っ……! 何を笑う!」


 「おっと……失敬。卿を笑った訳ではない、許されよ」


 「さっきから延々と笑っておいて何を抜かすか!!」


 故はあったものの三年も単なる剣士として過ごしたせいか、剣の腕前に固執してしまう自分に妙な笑いが出てしまった。理不尽に理不尽を叩き着け返すと決めたばかりなのに、よもや真っ向勝負に未練を覚えてしまうとは。


 しかし、時間が無い。失血し続ける時間という血潮を無駄にはできない。悠長に打ち合ってやることも“勿体ない”程に事態は悪いのだ。


 だから済まない、悪いが勝負はできない。


 まぁ、その、なんだ、後で幾らでも罵りたまえよ。甘んじて受け入れるので、勝利だけを置いていくといい。


 私が攻め気を露骨に見せれば、彼も受けて立たんと両手でしっかと剣を握って突進する。分厚い装甲を纏っているとは思いがたい軽やかな歩方にて飛び込む彼は、横に薙ぐ私の剣先を払うべく剣を振るったが……それは空しく空を切った。


 「なぁっ!?」


 無言の命令を受け取った渇望の剣は瞬時に身幅を私の好み、初めて自分の物になった時からずっと手に馴染んだ“送り狼”の物に合わせる。


 狂気に浸った愛を詠う剣が示す愛、その形。渇望の剣は私の要望に応え、剣と呼べる形状であるならば如何様な形にも姿を変える。


 特大の両手剣、片手では到底振り回すことが不可能に見えるほどの大身幅の得物が瞬きの間も無く縮んだならば、なまじっか目が良いばかりに剣士の感覚が大きく狂う。


 渇望の剣を払うはずだった魔法の剣は大きく外れ、打ち合わせた得物を弾き飛ばさんと渾身を込めていたばかりに復帰不能な程に体が流れていた。振り抜く寸前、手が体の前に来る直前に握力の操作と指運びを<艶麗繊巧>のゴリ押しで成功させて剣を掌中にて半回転させる。柄頭が敵を向くと同時、体へ流れてきた刃を握り込む。


 ハーフソードの構えを取り、重心を低く一息に身を潜り込ませる。予想外の空振りに体は泳ぎ切っており、直ぐに返しの一撃を放つことは不可能だ。


 体ごと突っ込んで倒れ込む覚悟を決め、全力で柄を左脇腹へとねじ込んだ。


 「ぐぅっ……!?」


 可動部ばかりは甲冑でも守り切れない。稼働する機構を組み込み、帷子で覆い、分厚い鎧下で守っても動きを保つ以上は限界がある。服もかくやの柔軟さを保ちつつ堅さを損なわせぬ魔法もあるが、だとしても此処は動きを妨害せぬよう薄くせざるを得ないのだ。


 柄は深々と肉にめり込んで間接に突き立ち、柔らかな軟骨を砕き骨に致命的な罅を入れる。手応えは重く、同時にそれが威力と損害を実感させてくれた。


 痛みに身を捩る騎士が倒れ伏し、手から剣がこぼれ落ちる。最早片手ではどうにもなるまいが、抵抗出来ぬように柄を蹴って遠方へ弾き飛ばしてやる。


 おお、しかし腐っても騎士か。片手が潰されても戦意は萎えぬらしく、起き上がろうと藻掻きながらも右手は腰元の短刀を求めているではないか。


 見上げた敢闘精神に内心より溢れだしつつある賞賛を送り、されど慈悲は加えず手甲の隙間目がめて切っ先を突き込む。


 「がぁあああああ!!」


 筋を断ち骨に斬り込んだ刃が手首の半ばにまで到達する。剣を取ることも殴りかかることもできぬ。後は悪あがきが残っているだけだが、それも許さんよ。


 藻掻く騎士の頭を蹴りつけて地に伏させ、従僕もあらかた殲滅したため暇をしていた“手”を再構築し、腰の物入れから紐を取り出させた。


 「ぐっ……貴様、私を、この私を辱めるか……! 殺せ!」


 おうおう、そうだな、まだ舌は切っていないし叫ぶ元気もあるか。結構結構、負け惜しみを吐く権利までは奪わんよ。


 ただね、勘違いしてはいかん。格好良く死ぬには、相手がその権利を認めてやって初めて成り立つという前提があるのだよ。


 「相手を無惨に殺そうと寄せてきて、手前は高潔な死を臨むか。随分と思い上がった贅沢もあったものだ。この戦いに誉れも何もあろうものかよ」


 私はお前と心躍る戦いを期待こそしたが、別に詩に謡えば絵になるような死に方をしてほしいとは思わない。


 むしろ、その口には色々聞いて貰わないと困ることが多いんでね。


 「ただ、誉れがあるとすれば私とお前の戦いが終わるまで、剣の群れの相手をしてみせた配下は誇って良い矢もしれんな」


 「ぬがぁ! よせ!」


 <見えざる手>が留め具を外して兜を引き剥がせば、甲冑の隙間から吹き込んだ砂塵と汗に汚れた精悍な顔が露わになる。豊かで一つに繋がった黒い口髭と顎髭は丁寧に切りそろえて整っており、西方の帝国人好みの武断的な造詣。


 日焼けこそしているものの顔に染みはなく染みつく垢も見られぬ為、失敗できぬ戦のために上等な鎧を貸し与えられただけの傭兵ではないな。髪も荒れておらず、兜の中で邪魔にならぬよう編み込んでいる整え方は粗野な戦陣の男がするものではない。


 紛れもない騎士階級の装いだ。


 惜しからざりしは、彼が戦の礼法を守っていなかったことか。


 貴種仕えが長ければ、貴種の文化を学ぶことがある。


 その中で騎士階級の化粧という戦の礼法を知った。


 首を落とされた時、人の顔は血が失せて青白くなり、それから痛み始めると汚い茶色へくすんでいく。戦場では綺麗に洗い続けることも難しく、塩や蜜蝋にもすぐには漬けられないため保存が難しく直ぐに褪せていく。


 しかし、それでは折角自分の首を捕った、つまり自分を上回った相手に不敬として薄化粧を施す文化がある。


 死に備えることで敢えて死なぬ意志を固めると同時、万一に備え敵にも経緯を示す騎士らしい高潔な文化だと知った時には胸が高鳴ったが……残念だ。


 砂塵と汗に汚れようと高潔さを損なわぬ顔には、紅の一つもさされていなかった。


 死ぬことは万一にもないと思ったか、それとも礼を示すほども無いと思われたか、どちらにせよ気分はよくないな。


 私は慌てながらも、唇に紅くらいは引いておいたというのに。マルギットに選んで貰った桜色の紅、とっておきの一品で死地に赴く覚悟を決めた私が馬鹿みたいじゃないか。


 ならばご期待に添えて死なぬようにしてやろうではないか。


 「何を……もが……」


 見えざる手が倒れている敵の服を裂いて丸め、男の口にねじ込んで猿ぐつわをした。自決防止の処置を整え、同時進行で手足が隙無く縛り上げる。動に回した縄に別の縄を通して括りつける関節を外しても抜け出せないよう念を入れて。


 勿論、工夫しようが刃物があれば抜けられてしまうため身体検査もしておかなければ。むくつけきオッサンの鎧を剥いた所でなんの楽しみもないが、仕事は仕事である。


 おっと、魔道具だった時に困るから指輪や首飾りも抜いておかねば。拷問に耐えられぬと分かった時、安らかな死をもたらすための道具というものもあるからな。


 懐かしい。似たような場面で“縛っただけ”で人質を転がす手抜きをして自害され、大事な証拠を喪って卓の一同で次どうしようと大変困惑したことがあるのだ。GMの「へぇ、縄で縛っただけ?」という嫌らしい笑みが瞼に浮かぶようだった。


 さてと……それ以外にも生きている者は多い。というよりも全員殺していない。ほっといたら死ぬとは思うが、手当すれば助かる程度の重傷者ばかりに留まってよかった。


 そこまで頑張る忠誠心と闘争心に一杯奢ってやりたいところであるが、時間がないな。


 甲高く、精神にそこまでの負荷を感じさせぬ戦慄きは渇望の剣が満足を示す声か。敵の制圧を終えた私の満足を感じ取って充実感を覚えたらしい。


 殺さないのか、斬り捨てないのかと啼かなくなったのは、根気よく「殺さず制圧するほうが技量を要求され、より良い剣が要るから」と説得した成果やもしれない。ただ、これを余人に見られるのはあまり宜しくないんだが……。


 ふと、戦の熱が僅かに冷めて冷静になると、気配を感じた。


 振り返れば、そこには呆然と立つ剣友会と荘の男衆。


 エタンとカーステン、そして先ほど避難させた荘民の中にいた男衆は、私を見捨ててなるものかと武器を手にとって返して来たようだ。助太刀無用と言っておいたのに、律儀な連中である。


 一列になって呆然とこちらを見ている姿から察するに、全部とまでは言わぬが戦いを見られてしまったか。


 魔法を解禁するとは決めていたが、やはり決まりが悪いな。


 特にこんな喧しく啼く呪物を手にしていては。


 「……お前達、言い付けを聞いていなかったのか?」


 バツの悪さを誤魔化すように苦笑してみれば、一同の背が勢いよく伸びるのがどこか可笑しくて笑うことを止められなかった…………。












【Tips】戦化粧。騎士の文化の一つ。取られた首が蒼白であったり土気色のままでは見栄えが悪く、また返還された時に少しでも綺麗な形で遺族に届くことを願って始まった文化。現在では相手への敬意を示すと共に、化粧を施される時間で精神を落ち着ける一種の儀式として定着している。

1月発売の3巻がラノベニュースオンラインアワードに選出されました。

気付くのに遅れて〆切り三日前に告知したのにご投票いただき、本当にありがとうございます。

4巻も続けて頑張っていきます。


渇望の剣の姿を変える詐欺は、リアクションに成功した判定を失敗させるようなものですかね。

絶対回避や相手に判定を振り直させる行為、お好きでしょう?

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、この時の戦利品の不壊の大剣、どうなったんだろう? 得物に拘る冒険者がこんだけの業物を名主さんに取り分の方にするとも思えないし、特別に言及されてないだけで十把一絡げでもう何度も登場…
[気になる点] おっさんの、ぐっころ…(´・ω・`)
[一言] >全力で柄を左脇腹へとねじ込んだ  …… >柄は深々と肉にめり込んで間接に突き立ち、柔らかな軟骨を砕き骨に致命的な罅を入れる  脇腹の延長線上にある関節って、背骨? 脇腹から入って背骨にヒビ…
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