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青年期 十八歳の晩春 三十五

 死に瀕し、無駄と分かっても体は動く。


 彼等は分かっていた、たった一人の冒険者が助けに来ようが、後方から迫る騎兵の群れに対して何ができる訳でもなかろうと。


 たとえそれが詩に謡われ、二つ名を囁かれるほど高名な冒険者であろうとも。


 迫る槍の穂先から逃れることは出来ない。


 それでも、無駄と分かっても逃げようと体は動く。死力を振り絞ろうが、二本の足では鍛え上げられた軍馬の足の前では無力と分かっていても。


 殿を務める小鬼は反転して抵抗すれば、果たして何秒稼げるだろうかと考えた。


 先頭を行く牛躯人は、急いで抱えた者達を降ろして立ちはだかれば、一騎か二騎は足止めできまいかと考える。


 そして男衆や老人も、冒険者と一緒に盾になれば女子供くらいは逃がせられるのではないかと淡い、ありもしない希望を見出そうとする。


 だがそれは、空気を裂く一喝によって遮られた。


 「走り続けろ! 振り返るな! まっしぐらに広場を目指せ!!」


 その声は嫌に鮮明に響いた。まるで耳元で叫ばれたかのように、自分達の上がる息すら無視して金の髪の声が染み渡る。彼もまだ遠く、叫ぶ余裕すらないほど全力で走っているだろうに。


 不思議と逆らう気は起きなかった。つい先ほどまで抱えていた決意が解け、そのまま足は前へ向かって動き続ける。何故かは知らぬが、助かるのではという有り得なかった希望が湧き上がるほど。


 何より、近づくにつれて鮮明になる金の髪の顔、あれを見てもしやと思えてきたから。


 兜の下、鼻当てと面覆いの帷子に隠されていても分かるほどに彼は笑っていた。唇も裂けよと言わんばかりの笑みには、闘争に滾る喜悦が在り在りと滲んでいた。


 彼等の大半もいい大人だ。現実が英雄詩と違うことは分かっている。


 騎兵の群れに徒歩の冒険者一人では勝てない。もし勝てるのであれば、古より現代まで騎兵という兵科は発展しなかっただろう。


 それでも走る。所以も分からぬ期待に突き動かされて、もしかしたら生き延びられるのではないかと縋って。


 突出した驃騎兵が三騎、無駄な足掻きをあざ笑いつつ肉薄する。槍の穂先が後寸間で届くであろうという刹那、荘民の背後で混乱が生まれた。


 馬が嘶き、どうと地を打つ音がする。


 振り返るなと言われていたのに、誰もが後ろを見てしまった。


 そこに在るのは竿立ちになって騎手の操作を受け付けなくなった馬の群れ。ある者は投げ出され、ある者は乗騎諸共に倒れ伏して潰されている。


 「助太刀無用! 行けぇ!!」


 何があったかは分からないまでも、彼等は確信した。剣を抜きながらすれ違う金の髪が何かをしたのだと。然もなくば、自分達を助けられると確信した顔と共に剣を抜きはするまい。


 それは事実であった。


 解禁されたのは小さな、しかし大きな効果を伴うため金の髪が帝都時代より愛用し続けた術式。彼が考案した<閃光と轟音>の魔術。


 油紙に包まれた触媒は<見えざる手>に握られて凄まじい速度で虚空を駆け、荘民の背後と騎兵の合間で炸裂し深夜に一瞬の太陽を生み出した。


 馬とは元来臆病な生き物である。戦場の騒音に慣らされ砲声に怯えなくなった軍馬とて、この耳の奥底を抉るような高音には耐えられない。直撃した先頭の三頭は無論、追随する馬の多くも余りに目映い発光と轟音に怯んで足を止めるか馬首を返した。


 上に乗っている人間とてたまらない。至近で直視すれば永遠に視力と聴力を失うこともある術式だ。多かれ少なかれ目と三半規管をやられ、落馬する者もあった。


 金の髪はしめたとばかりに笑った。


 彼にとっては一つの賭けであったから。


 不死者は五感によって敵を捕らえぬ。故に目を焼こうが三半規管を破壊しようが、魂の臭いを嗅ぐ動死体は揺るがない。


 もしもこの騎兵が全て屍霊術によって操られる動死体(ゾンビ)であったなら、槍の穂先は荘民の背を捕らえていただろう。


 だが金の髪は察していた。十中八九、この騎兵は動死体ではなかろうと。よしんば動死体であったとして、それは馬だけであると。


 何故なら“作られた”動死体は人間的な暗い愉悦を覗かせはしない。荘民を脅かすために送り込まれたなら、淡々と馬蹄にて一息で全てを蹴散らしただろう。


 嬲るように槍で、しかもたった三騎で襲いかかるような真似はしない。


 分の良い賭けに勝った金の髪は、愛剣を掲げて荘民達とすれ違った。そして目を潰された騎兵へ、たった一人で戦いを挑む。


 然れども、金の髪が分の良い賭けを選び、細い幸運を掴んだとするなら、敵方にも同様に幸運を掴んだ者も居る。


 間合いが空いており直撃を避けた者。前に居た僚友により効果が遮られた者。


 最も恐ろしいのは重装甲に身を包み、半ば時代錯誤にも成りつつある重装騎兵達だ。


 彼等は魔術の効果範囲にあっても揺るがなかった。人馬共に足並みを揃え、悠々と走り続けつつ配下の統制を取り戻さんと怒声を張り上げる。


 全ては庶民には決して手が出ぬ、高度な魔法の加護を与えられた鎧のおかげであった。


 魔導鍛造された強靱な全身鎧は“騎士殺し”とも呼ばれる弩弓でさえ防ぐというが、更に魔法の護りは騎手の進撃を妨げる魔法をかき消す術式が付与されているのだ。


 財力という名の暴力で武装した指揮官は、乱れる配下の統制を取り戻すべく声を張り上げる。興奮した軍馬、響き渡る馬の足音の下でも一方向からの<声送り>を可能とする通信機を持つ部隊は、乱れても復帰が早い。


 彼等もよく分かっているからだ。統制を喪って足並みを乱れさせた騎兵が脆いことを。


 それでも所詮単騎の歩卒、何する者ぞと指揮官は笑った。


 前の一人二人はやられることもあるだろうが、目が生きている数人が突っ込めば終いだ。遠間より貫く騎兵槍の間合いは手槍より尚長く、剰え敵は長剣を振り回す無頼に過ぎないのだから。


 小回りを重視して長柄を嫌う傾向にある冒険者は、基本的に傭兵や正規の軍属に弱い。これがその理屈である。


 「おおぉぁ!!」


 繰り広げられた光景に重騎兵の一人が嗤った。窮したかと。


 金の髪は、あろうことか己の愛剣を振りかぶったかと思えば未だ視界を取り戻せぬ騎兵に投げつけたのだ。


 剣は重みもあるため投げつけられれば衝撃は受けるだろうが、着込みをした兵士に効果がある程でもない。得物の間合いに絶望したが故の奇行にしか映らぬ無謀。


 されど、現実が彼等の常識を裏切った。


 投擲された愛剣、送り狼の牙はあろうことか胸甲を貫いて深々と肩に突き刺さったのだ。


 悲鳴を上げて落馬する驃騎兵に何が起こったのか、数秒の間彼等には理解ができなかった。自棄を起こして投擲した剣が鎧を貫いて刺さるなど、有り得ないことだ。


 通常、刃を通さぬよう板金の胸甲を付け、重い甲冑を身に纏うのだから。


 刃が通らぬからこそ鎧。切れぬからこその剣術により重視される殴打と間接狙い。


 全ての理が、合理が知ったことかと蹴散らされる光景に閃光より強烈に目が眩む。


 「さぁ、来い! 食事の時間だ!!」


 次いで、上がる叫び声に再び世界が割れた。


 大気が軋り、世界が過負荷に悲鳴を上げる。硝子同士を擦り合わせるような、脂の切れた歯車が強引にかみ合うような、生木が強引に裂かれるような不快な音を渾然一体とした世界の絶叫。


 誰も意味を理解できぬ、意味など無いはずの不快な音。


 しかれども、全員が同じ意味を理解した。


 そは愛の絶叫。求められた事への歓喜、振るわれることへの随喜、そして主人の敵を斬る……剣として発揮する最大の“愛”を表明する晴れ舞台への狂喜。


 ぬるりと空間が割れ、金の髪の手に一本の剣が這い現れる。この月が陰る夜より尚暗い特大の両手剣(ツヴァイヘンダー)。掠れて読めぬ(ヒルト)の金文字が物騒に光を放つ。


 狂える愛の賛歌を歌い上げる剣と、それを手に爽やかな笑みを添えて突き進む剣士。


 燦然たる英雄詩というには余りに剣呑な光景に、その場に居合わせた誰もが息を呑んだ…………。












【Tips】魔法の鎧。剣と同じく魔法を付与された全武人垂涎の代物。一般的には強度を上げる、重みを薄れさせる、堅さを保ちながら服のような着心地を良くする魔法が付与されるが、時に目潰しを防ぐ者や物理障壁、果ては矢避けの突風といった強力な効果を贅沢に付与した一品物の鎧も存在する。












 剣で鎧は断てない、というのは大前提である。なので剣術では執拗に鎧の空き所を斬る業を学ぶ。


 では、剣で鎧を一刀両断できたなら、それは敵にとって最大の意表を突くことになるのではないだろうか。


 <神域>に至った<戦場刀法>と<寵児>に辿り着いた<器用>を用い<艶麗繊巧>にて最高効率の実数を叩き着けるコンボは一つの到達点に至った。


 これを今以上に強化するとなった所、他の特性やスキルを噛ませることとなるが、既に肉体面においては<観見>や<雷光反射>などにより十分な領域にあるため、正直他の要素を噛ませても些か効率が悪い。


 <心眼>といった視覚に頼らぬ知覚で弱点を殺すことや、思考を早めて先読みの精度を高めることも考えたが、それでは使う熟練度に見合った底上げにはならない。もっと早い段階、<神域>や<寵児>に手が出ない段階であれば利益も出たが、今や素の実力が高くなった状態だと小細工では見劣りするのだ。


 後、ぶっちゃけ地味だし。


 私が剣士一本伸ばしであればやむない所もあるが、秘匿しているものの私が魔法戦士であることを忘れてはならない。


 それも“一目ではソレと分からない”所見殺しの魔法剣士である。


 師、アグリッピナはこう仰った。


 初見殺しと分からん殺しこそが魔導師の神髄であると。


 それを踏まえ、さて魔法剣士の花形とは何だろう。


 諸説あるだろうが、絶対に外せない一つに武器の魔法付与(エンチャント)があるのではなかろうか。


 炎を纏い豪快に敵を焼く大剣。斬った端から敵を凍結させる片手剣。雷速の刺突と共に体内に雷撃を流し込む刺突剣。


 どれも派手で宜しいが、流石に目立ちすぎる上に派手さ以上の効果が今の私にあるかと言えば……まぁ、ちょっと微妙だ。


 なので剣士として熟練度を贅沢に使い、一つの術式を練り上げた。魔導師には下らないと斬って捨てられそうなそれは、普段から防寒耐熱、雨よけにと大活躍の<隔離障壁>を触っただけのもの。


 ただし、完全に物理的な性質に特化したそれは、限りなく薄く薄く刀身を覆い世界から“隔離”する。一切の護りを擲った、薄さと刹那の堅さにのみ注力した結界は、分子結合の合間を縫って傷を作り、刃が潜り込む隙を産む。


 名付けて<単分子原子障壁>である。


 まだ精度が低く数秒間しか発動できない術式は、本来は歯が立たぬ筈の鋼に傷を作り刃を通す導線となる。


 つまりは<装甲点無視>という攻撃における一つの極点、割と簡単に無効化される印象もあるが当たれば一撃で致命打をたたき出せる上、発動してるかしていないかは余程目が良くないと気付けない初見殺しにして分からん殺しである。


 真っ当に剣士として斬り結んで、ここぞという時に剣ごと叩き切られたら敵は対応などできまい。今まで妖精のナイフのご加護によってのみ達成できた理不尽を全ての剣に使うことが出来るのだ。


 しかも投げても効果がある。胸甲を抜き、その下の帷子と鎧下を貫いて突き刺さる送り狼。いい火力だ。


 まず一つ。轟音で潰れた三騎を無力化したので残り十二……次は如何ともし難い間合いの差を埋める。


 なので秘密兵器……できれば秘密にしておきたかった兵器にお目覚め願おう。


 さっきから戦いの気配を察知してか喧しかったのだ。


 彼、或いは彼女は両手でも余る両手剣であるため、槍や騎兵を相手取るならこちらの方が向いている。


 それに、どうせ本気を出すのであれば、手元に置いておくのはコイツだからな。


 世界と脳を軋ませる歓喜の絶叫。今日のそれは特に大きい。


 日々の鍛錬、こそこそ夜中にやる物ではなく、久方ぶりに“敵”を斬れるが故に悦びも一入と見た。


 脳に叩き着けられる言語ならざる意味のみが伝わる叫び。それを言葉にするなら、愛していると好きの二言だろうか。戦場に呼び出された喜びのあまり語彙が死んでいるものと思われる。


 手の中で嫌に存在感を発揮する長大な渇望の剣は、私の願いに従って片手剣の気軽さで振るわれる。統制を取り戻しつつある騎兵に詰め寄り、その切っ先に腕を掛ければ気持ちいい程に軽い手応えを“鎧に護られた右腕”が宙を舞った。


 言っておくと、これに魔法は乗せていない。


 元から人外の領域にある剣だ。腕前が伴えば斬鉄も能うものさ。


 しかしすまんね、流石にコレを使って指二本だけ、なんて小器用な真似はできないんだ。


 それにこれだけ理不尽に襲われ、訳も分からず戦っている不満も溜まっていて容赦してやる気分じゃない。殺さないよう注意はするが、まぁ死んだら死んだでその時だ。


 殺す為に来てるんだから、殺されたって文句を言うなよ。悪いが此処じゃ自分だけが殺したいなんて子供の理屈は通らないし、私が通さない。


 一方的に私達を蹂躙できるような理不尽を揃えてたのなら、私という理不尽をぶつけられても文句を言う筋合いじゃないってことくらい分かってくれたまえよ?


 よし、敵の注目は私へ十分に集まったな。これで私を無視して逃げる荘民を追うなんて“合理的”な判断はできまい。


 この呪物、嬉々としてしたたり落ちる血で身を飾る剣に驚異を感じ、本能的に背を向ける気にならないでいるようだ。


 それを狙って持ち出したというのもあるがね。


 では、ダメ押しだ。


 重装甲を纏った連中、さぞお金をお持ちなのでしょうね。つまりはお偉いさんなのでしょう?


 それこそ、何を間違おうが首を上げられてはならないくらい。


 「大将首、もらい受けるぞ! そこを動くな!!」


 喉が痛むほど気を入れた宣言を張り上げて地を蹴る。周りはこれで更に私を無視できなくなった筈。


 さぁこい、さぁこい、鬱陶しい歩卒を蹴散らしたいだろう?


 万が一があれば己の一族に類が及びかねないお偉いさんに、この厄い剣を近づけたくないだろう?


 殺す気で来たなら死ぬ気で頑張れ、私も殺す気でお相手してやる。


 私の殺意を受け取ったのか、一際大きく渇望の剣が鳴き、一拍遅れて旗手達は決死の覚悟で馬に蹴りを入れた…………。












【Tips】時に高貴な身分の者を守り切れなかった場合、諸共に討ち死にしたとして親族に責が及ぶこともある。公的に褒められた処遇ではないが、法治が徹底されぬ世においては避けられぬ事態の一つだ。

騎兵「なんで軽歩に重騎が狩られるんですか? バグ?」


ということでマンチが細々と使っていた指揮とか交渉以外の先頭ビルド発展ご開帳。

まずは手始めに装甲点無視。

ええ、みんなお好きでしょう?

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― 新着の感想 ―
かっこいい!!!
装甲点無視ねー、めっちゃ強いってイメージでもないけど敵にいるとまじギレするな。特にメインで使ってるのが盾と金属鎧で固めたドワーフだから……回避の方がほんとはずっと強いんだけどね、鈍重なタンクってかっこ…
[一言] エタン、実年齢15~16歳(書籍版から)。 まだ子供じゃね?
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