青年期 十八歳の晩春 三十四
悲報:予約投稿時間を設定し忘れる。
思ってたんと違う、と現実とのすりあわせが上手くいかないことは多い。
まぁ、なんというか、こういうのじゃないよなぁと現状に思うのは人生の何処ででもあるだろう。
ああ、冒険がしたい。忙しさのあまり卓を立てることも参加できることも叶わなかった繁忙期を思い出してしまうじゃないか。
熟々と探検への欲求を実感しつつ、私は警鐘を聞いて身を跳ね上げた。
警戒しての入眠ということもあり、眠りはかなり浅かったため意識の覚醒は素早い。寝る時も離さず傍らにある愛剣を引っ掴み、鎧を着る時間も惜しいためそのまま表に飛び出した。
「何事か!」
借宿から出れば駆け寄ってくるのは北側で警戒していた会員。全力で走ったせいか息を切らせた彼は、それでも大声で荘北部に敵襲、大規模ですと伝えた。
「大規模では分からん! 大体で良い!」
「散兵です! その中に少数の密集陣も散在! 何とも言えないんです!」
「分かった、ご苦労! 避難急がせろ!」
思わず配下の前ということも忘れて盛大に舌打ちしそうになった。落ち着け、頭目が慌てたら配下も慌てる。泰然と、かつ悠然と構えろ。
荘民の避難を進めさせるため、走ってきた彼には自警団の詰め所や名主の家にももうひとっ走りして貰わねば。何時までも広場の防御陣にすし詰めという訳にもいかぬので、早馬が出て三日目になる今日は家に帰らせていたのだ。
クソ、本当によく見ているし、頭が良すぎる。一度で対策してくるとかかなり困るんだがな。
鎧を取りに戻る時間すら惜しんで北部に走り、以前も駆け上った櫓へ飛び上がる。防戦に備えて矢筒を運び込んでいた自警団員が驚いたが、構っている暇は無い。
そして、遂に堪えきれず舌打ちが零れた。
随分と痩せ細った下弦の月が照らすあまりに頼りない闇の中、夜陰神の加護を喪った我々をあざ笑うように進む影がある。
五人から十人ほどの小さな固まりの戦列が五つ。その前方に展開するのは疎らな散兵の群れ。目算だが散兵陣にしても薄いそれは、どちらかと言えば生け贄とでも言うべきであろうか。
散兵とは本来、弓などを用いて密集陣の前に展開し本陣同士がぶつかり合う前に射撃戦を展開することで、敵の本陣を弱らせたり陣形を崩させたりすることを目的として置かれる。現に敵の散兵も少数が雑多な弓を持ち、多くは即席の投石紐を携えている。
ただ、それにしても間隔が疎らに過ぎた。あれでは敵に突っ込まれれば一瞬で揉み散らされてしまうし、そもそも間を取り過ぎていて前哨戦の後に後陣へ隠れることが出来ないではないか。
いいや、隠すつもりが無いのだ。
アレらは全て、先の襲撃を頓挫させた油脂焼夷地雷を単独で踏ませることで、最低限の被害の下に無力化させんと編成されたに違いない。
総計で八〇かそこらに達する兵士、その半数近くを主力を護る捨て石に使う。なんと冷徹にして合理的な判断か。恐れを知らず、命令に服従する不死者だからこそできる戦法だな。もし普通の徴集兵に命じていたなら反乱不可避だ。
安価かつ量産性を確保するため、遠隔起動と接触信管の“どちらか一方”だけを無効化できない構造になってしまった事が悔やまれる。こちらからの操作では、完全に起動させないか、どちらも有効かしか選べないのだ。
そして、一度不活性化させたそれを再起動させるのは、取りだしてもう一度魔力を込めてやらねばならなくなる。
機能の切り替えまでは贅沢は言わない。せめて起動と不活性化の切り替えさえできれば、散兵には無視させて本体が近寄ってきてから手動で起爆し浅はかなりと笑うことも出来たのに。沢山設置するため痛し痒しの選択肢で、工数を削減し数を取ったのが徒になったか。
「エーリヒ! 面子は集まってきてるが避難に使ってるせいで人手が……って、テメェ鎧どうした!」
「助かるジークフリート! あと、着てる暇が惜しかった!」
「アホか! くそっ、誰か手透きの奴、取ってこい! 頭目に普段着で戦争させる気か!!」
彼の指示を受けて誰かが答えて列から離れていった。状況判断のため早く動く必要があったのは確かだが、やはり防具無しで彷徨くのは不安だったので有り難い。後で取りに戻る時間があるか不安に思いつつ走っていたからな。
「すまない!」
「うるせぇ、さっさと指示出せ! 今集まってんのは全部で十一人! 後は避難と防備作りだ!」
そう言いつつもジークフリート、君だって鎧を完全には着られていないではないか。折角買った小札鎧も上衣だけでは頼りなかろうに。全員慌てて対応しているせいで全く準備が整っていない。
まいった、長期戦に備えて体力の消耗を減らすため、歩哨は完全防備ではなく胴や頭だけ着ていればよしとしていたのが裏目に出た。鎧というのは着て突っ立っているだけでも疲労するため、こうも早く立て直しては来るまいとの楽観が悪い方に響いている。
「避難はどれくらい掛かりそうだ!」
「半刻は要る! 北を優先してるが、家財は予め運ばせてるから北だけならもう直だ!」
時間、時間、時間、それだけがどうにも足りぬ。いやさ、夜目が利く人狼などを櫓に立たせて居たからこの程度で済んだのだ。暗さのせいで発見が遅れていたり、敵が匍匐で直前まで気配を殺して寄せてきたりしていない分マシだ。
本音を言えば、この状況なので荘の外縁は捨てて中央に籠城したい所なれど、荘民を集めきっていない以上は不可能だ。こちらは指揮や今後を考えるなら、一人でも非戦闘員を喪えば“負け”といってもいい。
自警団や有志の男衆が戦って死ぬ分には皆も許容しよう。
されど、手が回らなかった事で戦えぬ者が、特に子供や老人が死んだ日には目もあてられない。戦意は底を突き、籠城に入った所で長持ちはすまい。
どうしてこうも不利を押しつけられるのか。
「よし! このまま迎え撃つ……」
あ、いや、ちょっと待てよ。
「はぁ!? どうした!?」
「ちょっと、ちょっとだけでいい、考えさせてくれ」
何で律儀に北から来る?
奴らも知っていよう、北には恐ろしい地雷が埋まっていることを。今となっては全面ではないが、境界の切れ目は全部空堀まで作ってしまった。
それを押して北から来る意味は?
最初は北の森に敵は伏せ、嫌がらせをしているという前提があった為に今の防御体勢を構築することになった。事実、北の森に伏せていた敵は防備が整うのを嫌って速戦を強いてきた。
だが、今になって北から寄せてくる意味があるだろうか。
普通、一度押し寄せて手痛い反撃を受けた所は避けるだろう。ましてや北以外は空堀も完成していない。少なくとも私なら北は避けて、農地が広がっており境界間際に建物も密集していない西へ迂回して攻める。
いいや、散兵が多少薄まろうと四方から少しずつ嫌がらせしつつ押し潰す。動死体は集団行動さえ出来れば、実数の五倍の兵士と同じ仕事をしてみせる。なら、全体で戦える人間を動員しても五〇人を少し超える程度のこの荘を襲うなら、何も一点突破などする必要はなかろうよ。
時間、時間が欲しい、考える時間をくれ。くそ、思考をブレさせるな、こんな時にリアルに砂時計倒してシンキングタイムを絞ってきた鬼GMの面なんぞ思い出してるんじゃない!
これは半ば直感、もう半分は推測に近い思考。
だが、私ならするし、私ならやられたら死ぬほど嫌な戦法だ。
敵が阿呆だとはこの状況に及んでは思えない。これほどの短期間に軍を再編してみせ、更に嫌な時間にキッチリ攻めてくる。単に動死体を分散して同時に使えないだけであれば、私は戦力を分散させるだけの大阿呆になってしまうが……。
「……ジークフリート!」
「ああ!? なんだ!」
「守り抜けるか!?」
主語も目的語も欠けた問い、なれど、我が戦友は何をだと問うことはなかった。
「……テメェら! 金の髪からお守りがなきゃ戦もできねぇかと心配されてんぞ! どうだ!?」
「ざけんな! あれくらい斬ってみせまさぁ!」
「なめんな金の髪! アンタが鍛えたんだから、ちったぁ信頼しろぉ!」
「お前の配下は私塾の洟垂れ集団じゃねぇんだ!」
野卑た冒険者らしい景気の良い罵声。私に向かって下品な指遊びを向けてくる奴もいれば、槍を高らかと突き上げて吠える者も居る。そんな彼等を見回して、ジークフリートは一つ鼻を鳴らした。
いつもの不満を表明するそれではない。満足げなそれは、自身の前に居並ぶ同胞を誇るもの。
彼自身もまた勢いよく剣を抜き、私に突きつけて啖呵を切った。
「だそうだ、気取り屋! テメェ調子乗ってねぇで、気になることがあるなら片してこいや! 俺らはお前の“オマケ”じゃねぇ! 最低でも半刻はここで粘ってやらぁ!!」
いっそ気持ちいいまでの啖呵だ。ジークフリートは自分と後から来るであろうカーヤ嬢、そして十一人の戦列と櫓の弓手で半刻は敵の軍勢に踏みとどまれると判断した。
前回と違って敵は安全な進路を確保しつつ襲いかかる。私の力量では、地雷に複数人が範囲内に居なければ炸裂しないようにする真似はできないからだ。
削れても散兵の数体が限界。数十の動死体が彼等の元へ押しかけることとなる。
空堀により進撃路は限定されるだろうが、苦しい戦いは避けられない。
だが、乗り越えられると判断した。
単なる賑やかしで雇われた日当五〇アスの安冒険者ではない。
ましてや金の髪に付いて回る金魚の糞でもない。
栄えある剣友会の冒険者であるが為に。
「任せる! 荘民の避難が終わったら、私が来なくても無理せず退け!」
「うるせぇ! 心配無用! 何なら途中で見つけた奴も拾って使え!」
頼もしいことこの上ない。後顧の憂い無く戦える戦場の何と幸福なことか。
「旦那ぁ! 鎧と盾、お持ちしました!!」
足に自身のある会員……鎧を取りに行ったのはマチューだったか。鎧櫃を担いできた彼が足下に降ろし、中身を取り出すと会員達が寄って集って鎧を着せてくれた。
スミス親方の鎧は防御力もさることながら、着脱も簡便な構造になっており鉄火場で急いで準備する時にも有り難い。一人でも一〇分あれば終わるし、こうやって補助がつけば五分と掛からずに戦仕度が終わるのだから。
「では、頼む」
「ああ! さっさと行け! トロトロしてっと全部終わらせちまうぞ!」
最早不安はない。頼りがいのある仲間の声を背に受けて走り出した。
まずは西だ。
荘は北と西に林業用の森があるが、西のそれは北と比べて薄く――木材として切ったからだろう――更に遠いため北部より警戒の優先度は一つ落ちていた。
同時に空堀も届いておらず、在庫の関係で地雷も薄い。鳴子は置いているが、この段に至ってはあってなきようなもの。
境界へ向かう最中、数家族とすれ違った。手短に話を聞けば、自警団と剣友会の立哨が既に協力して避難を支援しており、櫓に二人だけ残して後は全て荘内に散っているらしい。
頭の中で地図を広げる限り、避難させるべきはあと二家族といった所か。その二つも比較的近いため、安全のため段取りに従えば纏めて動かしているはず。
急がねばと思うと同時、予測が外れたのではと不安が過ぎる。
敵は西に来ていない? やはり敵は北に全力を注いで……。
瞬間、私の焦燥を裂くように乱打される警鐘。音源は正面、つまり今駆け寄っている西方だ。耳を澄ませば<聞き耳>にけたたましく揺れる鳴子の音が混じり、遠方にて夜を追い払うように盛大な火柱が一つ上がった。
誰かが地雷を踏んだ!
体力を考えて溜めて置いた足を一気に解放し、全力で駆ける。瞬発力の許す限り、転ぶ寸前の速度で走っていると向こうから松明を掲げながら走る一団が見えてくる。
先頭に立つ男を見間違いはしない。今晩は西の立哨に憑いていた逞しい牛躯人のエタン。荘民の避難を手伝っている彼は、何というか中々壮絶だった。
背には早く走れない足の萎えた老人を紐で結わえて負ぶっているし、右手には子供を二人抱きかかえて自分の代わりに松明を掲げさえ、左手には身重の妊婦を大事そうに抱えており、しかもよく見れば子供をもう一人肩車させているではないか。
後ろに続くは最低限の荷物を抱えた荘民。殿に付いているのは夜警の相棒であった小鬼のカーステン。小さな体を必死に動かし、疲れて遅れそうになっている荘民を鼓舞している。
事前に記憶していた荘民の顔、そして住処を脳内で照らし合わせ最も荘の外れにある、そして西方最後の家族であることが分かった。
でかした! その家族さえ無事に戻らせれば西の手が空く!
向こうも私に気付いたのか声を上げている。よし、このまま先に行かせて、私は襲われているであろう櫓の面々を救出……いや、まて、音がする。
大地を揺らし鼻息も荒く地面を蹴立てる音には嫌と言うほど覚えがある。
鞍上にて何日と無く鼓膜に馴染ませたそれは、軍馬の馬蹄が地面を掘り返す戦吠え。
相互に近づき合う私達を上回る勢いで地平の向こうから姿を現したのは騎乗兵の一団であった。長槍を携え、騎乗せねば重くて仕方が無いであろう甲冑で身を守った戦場の花形。加速度と質量によって横列を薙ぎ払う重装甲の騎兵が五騎と彼等を補佐する比較的軽装の驃騎兵が十騎。
野郎! 散開して浸透し、中で再集合しやがった! しかも速力優先で櫓も無視か!!
この時、私の内心は複雑であった。
単なる心配性からの妄想ではなかったことに対する安堵が半分。後の半分は戦闘が確実に決着する大物を叩き着けてくるにしてもやり過ぎだろうという憤りだ。
ありえねぇ、普通ちょっとした荘を襲うのに引っ張り出す兵科じゃねぇ。何考えていやがる。
ド畜生、間に合わん、このままでは彼等は馬蹄に踏み散らされて地面と区別が付かなくされてしまう。
騎兵の先頭が襲いかかるまで何秒か、もう迷っている暇はない。
本気を出すに至り、これ以上に最適な機会があるものか。
見栄えがどうのこうのではない、演出云々知ったことか。
ここで勿体ぶるようでは、私は今後一切、気持ちよく空気を吸うことはできなくなるだろう。
だったら上等だ、ジークフリート達も本気を出してくれている。
それならば、一丁全力を開帳すると致しましょうや。
固定値によるゴリ押しを突き詰めた最適解の理不尽、とっくと堪能するがよいよ。
遠慮は要らぬさ、駄賃は勝手に徴収してやるからな…………。
【Tips】重騎兵。密集陣戦術の浸透によりかつて程の圧倒的暴力を誇ることは無くなったが、それでも馬体の突破力、衝撃力、そして比類無き機動力は今を以て強力である。
荘規模の襲撃に用いるならば、その突破力と機動力は小規模な拠点の迎撃能力を軽くねじ伏せるだけのものがある。
誰も前の奇襲がクライマックスだなんて言ってないんだよなぁ……。
最大でミドル先頭が五回あった卓に参加したことがあります。
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すっかり告知を忘れていたのでもう投票してしまった方も多いと思いますが、よろしければ一票ご支持いただけると有り難く存じます。
2月28日までですので、何卒よろしくお願いいたします。