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青年期 十八歳の晩春 十七

 賢愚の種族、または意外性の種族とヒト種が呼ばれ、人類種の中で有数の脆さを誇り、繁殖力においては平均の下の方をうろうろし、抜きん出ている環境適正も極地以外であれば服装で調節可能という残念さながらも繁栄している理由は幾つかある。


 その中でも、私は“身の丈に合った物”を適宜用意する小器用さが繁栄の要石であると考えている。


 「ごぅおぁぁぁぁ!!」


 大地を震わせるような気合いの怒声。満身の力を込めて振り回される巨鬼の大剣は嵐の如く、吹き荒れる風の中でヒトの身は朝露に等しい。


 素晴らしい威力、そして驚嘆に値する威圧。なるほど、これは確かにヨルゴスにとって素晴らしい武器といえる。


 が、彼もまたエタンと同じ欠陥を抱えていた。


 巨鬼はヒト種と比べれば総じて大柄であり、上背は二mほどもある。体の厚みはヒト種の倍はあり、たとえスーパーヘビー級の筋肉達磨を横に並べてたとしても貧相に映るだろう。


 戦士を志して鍛えている彼なら尚更である。ぶっちゃけ私が並ぶと醤油の瓶と爪楊枝くらいの体格差があるので、真っ向に向かっていったら普通に負ける絵面しかみえない。


 腕相撲なんてしようものなら、きっと膝関節が愉快なことになる程度で済めば御の字で、下手するとフライドチキンのようにもぎ取られかねない。


 故にか。虎が産まれ持った強さを用いるように彼も生まれ持った強さで押し潰そうとしてくるが、剣士としてみると如何せん無駄が多い。


 いやさ悪いとは言わんとも。並大抵の兵士ではまず威圧感へ抵抗できず隙を見せて潰されると思うし、よしんば成功しても一撃貰えば即死というドマゾ御用達の縛りプレイである。彼が前線に出張るだけで同階級未満の敵は物怖じし、立ち向かっても野嵐に晒される白露――赤黒くて生臭い白露もあったものだ――もかくやの散りっぷりを見せる。


 しかし、熟練の剣士の前では、懐に突っ込む覚悟さえあれば難しい敵でもない。


 「うーん、惜しいな」


 「へ……へぇ……」


 膝を突き、荒い息を整えることもできずに全身から汗を流すヨルゴス。立会に及んで「ぶっ倒れるまで襲いかかってこい」と命じたからか、随分と体力を絞りきって頑張ったものだ。


 「さてと……エタン」


 「うす」


 何が惜しいか分かるか? と問えば、彼は牛そのものの顔をなぞりながら難しそうに唸った後、隙がデカいことっすかねと返した。


 「ん、では何故隙が大きい?」


 「ええ? あーと……得物がデケぇからっすかね?」


 「あながち間違いではないが、彼と対比すればヒト種の持つ両手長剣とどっこいだな。問題は重さだ」


 巨鬼の剣は大きい。思わず脳裏に、それは剣と呼ぶにはあまりに大きすぎた、という有名な一節が過ぎるほどに大きく分厚い。


 むしろ武器としては適性であろう。身の丈三m以上、体重数百キロ、合金の骨格と皮膚を持つ女傑達が振るうに相応しい得物として、これ以上の物は世界中を探してきても早々あるまい。


 遙か未来の武器も対象とするなら二〇mm砲とかチェーンガン、重機関銃なんぞも似合いそうだが――そして実際にスタンディングでぶっ放しそうだが――現状の最適解はこれ以外に思いつかない。


 ただ、それは同じ種であっても体格に大きな開きがあるヨルゴスには重すぎるのだ。


 全長比で見るならヒト種が操る長大な両手剣くらいなので問題もあるまいが、こうも分厚く身幅もあると如何せん持て余す。


 事実、ヨルゴスの剣技は振り回されることを利用して何とか剣技っぽく扱っているだけであり、巨鬼の戦士達のそれを無理矢理模倣しているに過ぎない。


 故に振った後の隙が大きいのだ。


 格下であれば圧倒的鉄量が凄まじい速度でぶん回される威圧感によって押し潰し、巨鬼が持つ戦吠えが掻き立てる生理的恐怖の相乗効果で何もできずに潰せよう。


 それでも死兵と化して被害上等で突っ込んでくる槍衾、素早さを十全に活かして肉薄する小型人類種。


 そして手前の肉体全てを兵器として練り上げた戦士には隙が大きすぎた。


 支援してくれる後衛、隙を補う左右の僚友もあれば何とかなろうが、残念ながら冒険者は運用の前提として乱戦があるため、この長柄物をブンブン遠慮無く振り回されれば仲間はおっかねぇし、敵の腕が良ければ調理も簡単だしでどうにも困る。


 「さて、ヨルゴス、一つ聞きたい」


 何でしょうと上がる息で動かぬ口の代わりに目で聞いてくる彼に、私は率直に問うた。こういったやりとりにおいて、気を遣った迂遠さは返って毒になるが故。


 「お前は剣士として強くなりたいのか? それとも、巨鬼の戦士になりたいのか?」


 問いに対し、彼は数秒の間茫洋とした顔をして諮りかねているようであった。それでも少しあれば、問われている内容に得心がいったのか俄に顔色が変わる。


 困惑、という表題をかければ額縁に納めて飾ってやりたくなる表情は、今まで自分が追っていた物がなんだったのかを靄の中で見失った若人そのものである。


 果たして彼はヨルゴスとして強くなりたかったのか。それとも巨鬼の戦士になりたかったのであろうか。


 指導するにあたって、私はそれを知りたかった。


 正直な話、単純に強くなるだけであれば、この巨鬼の剣は彼の身に余りすぎる。使えなくもないが無理をして使っており、嵌まれば強いが運用そのものが難しいという二次大戦時の超重戦車のような有様だ。


 少なくとも一〇km走るだけでオーバーホールが必要になるような代物で前線には行けないのと同じく、ちょっと心得た剣士に殺されるようでは危なくて前線に出せん。


 乱戦となれば誰もが必死で多忙なのだ。私も常に張り付いてやれる訳もなく――そもそも敵の指揮と統制を挫く斬首戦術に忙しい――会員に心配なので支援してやれなんてとても言えない。


 互いに守りあえるのであれば結構だが、お守りをされるようではならんのだ。


 彼が強くなりたいだけならば、この剣ではなくランベルト氏が担ぐような両手剣の方が良い。あの長さを普通の長剣の如く扱える恵まれた体なら、扱いを覚えれば直ぐに赫奕たる戦働きを見せてくれよう。


 しかし、彼が憧れているのが“巨鬼の戦士”というのであれば、些か難しい所がある。


 あの背筋が凍るほど長く、重く、粘り強い剣を縦横に操る剣士が脳裏に刻まれ、私の抱く冒険への憧れと同様に燦然と輝いているとしたら。


 情けない話、どうしてやればいいか、ぱっと思いつかなかった。


 だってねぇ、私自身、あれをどうぶん回せば良いか想像が付かないんだもの。彼の上背が突然変異で巨鬼の女性に並ぶほど伸びることもなかろうし、もっと筋肉を付けろとタンパク質たっぷりの食事をぶちこんでやるくらいしか脳細胞から捻り出せぬ。


 一応、指導者を気取っているのだから何とかしてやりたくもあるが……。


 愕然としている彼の前で、心の内で慌てていることを悟られぬよう尤もらしい表情をしていたが、そこに助け船が来た。


 私の名を呼ぶ声に振り向けば、開かれた中庭のドアには見慣れた顔が。


 一人はマルギットである。彼女に鍛錬に出ることを伝えた所、お昼に差し入れを持って言ってあげると有り難い申し出があったのだ。


 手には抱えるように大きな籠がある。抱えられたそれには、昼餉の準備が収まっていることだろう。女将さんも巻き込んで大量に作ったと見えるので、さぞ食い出がありそうだ。


 声は一つだけではない。性差を滲ませぬカストラートの美声。成人して尚、その性が分からぬ故の妖しい美しさに陰りを見せぬ“中性体”となったミカの声。


 男性体の秀でた体躯は些か縮んで私と並ぶほどとなり、肩幅や腰が丸みを帯びて男性的な特徴が失せている。輪郭も鋭利さがある中にふっくらとしており、クセの強かった髪が描く波は緩やかに。


 帝都で初めて出会った時から順調に齢を重ねた、あの頃の面影がある佇まいに思わず指導者の顔が綻んだ。


 「ああ、マルギット、ミカ、ありがとう!」


 名を呼び返したことで皆が素っ頓狂な声を上げた。


 多分、殆どの者は分からなかっただろうな、あの見たことがあるローブを着た、知っている人物の面影があるのは誰か。全く知らずに合えば、彼の弟か妹かと思って対応することであろう。


 しかし、彼はまごう事なき我が無二の親友である。


 ミカは昨夜、性別変動の時期を迎え男性体から中性体へ移り変わっていたのだ。


 性別の変動は二日ほどかけて緩やかに行われる。最初は内臓から始まり、性器が体内に引っ込まれるようにして喪われ、ついで二日目の夜には成長痛に似た痛みを伴って骨格が変わる。


 つまり彼はマルスハイムに着いたその日には変容を始めていたのだ。


 ちらと視線をやれば、ヨルゴスは顎が外れて落ちそうな程に口を開いて驚いていた。


 それもそうだろう。性別の変動に慣れて来たミカは、いっそ種としての特性を使ってやろうと腹を括ったのか、私が帝都を離れる少し前から敢えて種族を名乗らぬことで相手をからかって遊ぶ悪癖を身に付けていた。


 いや、悪癖と呼ぶのは良くないか。彼にとっては人間関係を作るに至っての“ふるい”であるのだから。


 中性人の存在は北方極地圏にしか分布していなかったことで帝国には未だ浸透しておらず、そのせいで彼は大変傷ついてきた。


 しかし、私という友人を得たからか、成長するにつれて少しずつ考え方を変えたようだ。


 もしも自分が中性人であることを不気味がったり、忌避するような相手であればそれまでの相手に過ぎなかったと割り切ることにしたのだ。


 黙って付き合うのも不誠実で、かといって一人一人に種族の出生を明かすのに嫌気が差したのだろう。


 いつか中性人も現在の入植地である北方から帝国全土へ広がっていくかもしれない。だが、今そうでないなら自分だけでも折り合いを付けるべきだと考えるに至った。


 あの別れから今に至っても続けているということは、それなりに上手くいっているようだ。


 そして今日もまた、彼は恥ずかしげにはにかみながらも「こういう種族なのさ」と出会って驚愕している人達に語っていた。


 気丈に振る舞っているように見えるが、自棄のようにも思える選択。


 されど彼が選んだやり方だ。私はせめて友人として、彼が周りに馴染めるよう精一杯手伝うばかりである。


 今日は悪戯成功、とばかりに皆に紹介してやることとしよう。


 荒くれ者共には、むしろこれくらいの方が受け入れやすかろう。


 「さぁ、差し入れだ、受け取ってくれたまえよ。僕ら二人で作ったんだ」


 「ええ、中々にお上手でしてよ?」


 「おや、女将さんとの合作じゃないのかい?」


 「小さくて可愛らしいお嬢様がお母上の愛情をご所望だったようでね」


 「私達じゃお乳をあげることはできませんからねぇ」


 駆け寄ってくる相方と友人から籠を受け取る。中身はたっぷりと詰まっているので、全員で美味しくいただけるだろう。ミカはこれから行政府にも挨拶に行かねばならないというのに、よく手伝ってくれたものである。


 ともあれ、急に現れた中性的な美人に目を奪われている野郎共にネタばらしをしてやらねばな…………。












【Tips】外的要因により性別が入れ替わる、ないしは“どちらでもある”人類種は少ないながらも世界各地に存在している。












 造成魔導師を志願する聴講生は、本日の企みは概ね上手くいったと満足しつつ行政府のある城館へ顔を出していた。


 人間という生き物は往々にして本心から驚いた時に本性を出すものだ。


 それを考えるのであれば、今日剣友会の面々が見せた反応は上々と言えた。


 もっと早く言ってくれという尤もな言葉には、しかして隔意が滲んではいなかった。


 これは時期がよかったとも言える。剣友会の面々は殆どが男であり、得てして男の視点からすれば女が男に変わるより、男が女に変わる方が“騙された”というショックは少ないものである。


 実際、彼も一度味わったことがあるのだ。


 彼を何度となく華美な衣装で飾って悦に入る他閥の教授、それに友人の体面、同じく引っ張られているエリザのことを思って参加している内に何人か“かつてのお気に入り”と引き合わされることがあった。


 彼ら、彼女らは閥を跨がって存在しており、その無節操さに最初は呆れたものだが、男性体の時に出会って妙に気に入られたご婦人……それが女装した男性だと知った時の驚きと言ったらもう。


 最初はドキッとしたものだ。親しげに身を寄せる彼女の漂わせる良い香りに、柔らかな肢体に。成熟しつつあった男性としての自分が少し反応してしまった後……ちらりと豪奢なフリルから覗く手首や、高い襟で隠した喉が男性のそれであると分かった時の心理的衝撃は筆舌に尽くしがたい物があった。


 恐る恐る聞いた所、彼女もとい彼は至極当然の如く男性であると明かした。どうやらライゼニッツ卿の趣味に付き合わされている内に「俺って世界で一番可愛いのでは?」と脳の構造が変質し、人生の芸風を大きく変えてしまったらしい。


 事実、男性の感性でも十分可愛く、彼が男性であることを受け入れてお付き合いしている友人が何人もいるという。個人がやり過ぎぬ範囲でお洒落をすることが許容されている帝国においては――半裸手前の某女帝が辛うじてであろうと許容されている時点で大概だが――女装や男装も希有な性癖程度に受け入れられる。


 とはいえ、頭で理解しても感情面では中々に処理しかねる部分もあり、ミカは十四歳にして初めて手前が他人に与える印象を自覚したのである。


 だから思ったものだ。男性体の時に今後付き合っていく知人と会えて本当によかったと。


 女性の時だと対応が難しい。風呂など一緒にするべきではないし、あまり親しくしない方がいいとすら言える。


 男性が騙されたと落胆するのは勿論、女性からしても同性なので親切にしたのに、男性でもあったのかとより強い裏切りを感じさせることになりかねないから。


 これを考えると彼は時の運に乗れていた。


 さてこの調子で新しい仕事もと思い、謁見の間にて就任の挨拶を終える。


 万事滞り無くことは進んだ。唯一引っかかる所といえば、マルス=バーデン辺境伯が公務にて不在であり、名代として城に残った補佐官が挨拶を受け取ったことであるが、これも魔法使いの身分が聴講生であることを考えれば大事ともいえない。


 研究員であれば些か拙く、教授であれば大問題なれど木っ端の如き聴講生ならば公務を優先して然るべきであり、当人もそれを納得した。


 そこまではいい。


 しかし、明日魔導院の出張所に顔を出して仕事を教わるはずだったのが、何故かマルス=バーデン辺境伯直参家臣の魔導師からの引き継ぎが始まったことが不穏であった。


 引き継ぎとして寄越される資料に目を通し、週が変われば実技にも移ると言われて懸念は益々強まっていく。


 普通、ここまで早く新参の、それも聴講生身分の魔導師未満を実務に使おうとするであろうか?


 しかも資料には都市インフラにおいて重要極まる上下水や市壁の物も有り、部外秘の判がデカデカと捺され、許可無くば手に触れることさえできぬ術式を刻んである資料が含まれているあたり破格を通り越して妙な差配である。


 ミカは最初、熟練が重要な所に回されて手が足りていなかった部分の穴埋めをするのだと思っていた。放置されていた石畳の舗装や街道の補修といった、基礎構造は帝国全土で同じであるため誰にでもできるような仕事が。


 よもや都市機能中枢の維持にかり出されるとは到底思っても見なかったのである。


 ましてや、実習としてマルスハイムを護る支城にも派遣されるとは、実に異な事ではないか。


 資料から顔を上げた時、直臣魔導師がとびきりの笑顔で何かを覆い隠しているのがミカには大変気になった。


 それと同時、脳裏に浮かぶは友の顔。


 何時だって彼は騒ぎの中にいる。最初は外縁にいても、いつの間にやら中央に巻き込まれていくのがお約束であると思い出した。


 また厄介なことになりそうだよと内心で呟きつつ、中性人の魔法使いは帝都ですっかり板に付いた薄い笑みで不安を誤魔化すのであった…………。












【Tips】下手に細工をされると都市を滅ぼすことも出来る重要インフラについては、通常では信用のおける直参臣下か派遣された造成魔導師に任せるものである。

喪中故に新年の挨拶はご遠慮したく存じますが、改めて今年も私にお付き合いいただければと存じます。

ヘンダーソン氏の福音を 3巻は1月25日発売ですよ!


今回は3本特典があり

オーバーラップ通販 灰の独白

 灰の乙女が新たな住人に対して抱く想い。

特約店 有閑死霊の午後

 フォン・ライゼニッツが浸る午後のお楽しみ。

メロンブックス 舞台の演者のように

 師匠からご褒美として観劇のチケットをもらったミカは……?


といった陣容になっております。

勝手にTwitterでやっているサイン本キャンペーンも御座いますので、是非どうぞ!

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― 新着の感想 ―
[一言] >茫洋とした顔をして諮りかねているよう 「諮る」は意見を求め相談すること。ここでは「図る」が比較的適切かと。用例はかなで「はかりかねる」が多い。
[一言] ???「男も女として扱えば女のコになるんだぜグヘヘ」
[一言] ミカはさっさと男性体の時にメス堕ちしろ(直球)
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