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青年期 十八歳の晩春 十四

 街中の観光地と呼べる場所を彷徨いた後、何軒かある贔屓の酒房で昼食と相成った。


 ここは西の果てにしては珍しく帝都出身者の亭主が開いた店で、たまに恋しくなる上品な味付けの料理が出てくるのだ。


 同じ料理でも味付け一つで受ける印象は大きく違う。特に腸詰めは燻製に使う木で風味が全然代わるからな。あそこにも長く居たから、舌が味を覚えてしまったのだろう。


 「マルスハイムはアレだね、外見は帝国式だけど建築が異国様式の物が混じっていて中々興味深いね」


 頻りに書き付けに覚書をしていたミカは、ナイフで昼食を解体しつつ言った。今日は私の奢りなので遠慮するなと言った所、少し高めの肉団子料理を頼んでいた。ここの店の肉団子はキモ等で嵩まししていない帝都風のため値段は高いが、臓物特有のクセがなくて直球に美味しいのだ。


 やはり肉は良い。生きていく活力になる。


 「煉瓦の積み方一つにしても帝国式、王国式、離島圏式から南方式まであれば、ちょっと酷い我流まで実に多様だ。帝都であれば即日で行政指導物だね」


 「ここは地の果てだからね、煉瓦の規格一つまで小五月蠅く指導して回る余裕が無いのさ。人が住めて崩れなければそれでよし……田舎なんてそのんなものだろう」


 興奮気味に語る友は更に瓦の葺き方がどうだとか、基礎がなんだのと門外漢にはサッパリな知識を披露してくれる。私に分かったことと言えば、この地の人間が相当適当に生きているのだなとということくらいだ。


 とはいえマルスハイムは観光都市でもない。その辺に予算を掛けるくらいであれば、ご自慢の市壁を高く、硬くしたかったのだろう。見栄えが見事な都市は戦争の前には強い力を持つが、いざ矛を交わすに至っては何の利点もないからな。


 いい飯を食い観光をして知識欲を満たしてご満悦の友人とは対照的に、美味い肉を人の金で食っているとは思えぬほど仏頂面をした男も一人。


 シンプル過ぎてこれ以上を探すのが難しい分厚い豚肉――トンテキにあたるのだろうか――を囓りながらもジークフリートの表情は優れなかった。


 彼が何を言いたいかは分かる。私の組合での交渉に不満があったのだろう。


 如何に理解ある一党の一員とはいえ、等閑にしておいてはいけないし、そろそろ話をするとしようか。ネタばらしが無い推理物なんて片手落ちにも程があろうしな。


 「ご不満かい?」


 ああ、不満だねと戦友は不服さを隠しもせず皿に肉叉(フォーク)を投げた。カーヤ嬢が居たら優しく窘められていそうだが、私が口出しすることでも、気にするような場でもないしいいだろう。


 「なんであそこで詰めなかったんだよお前。もっと行けただろ。アイツらが適当な仕事をしたから死んだ奴がいたんだぞ! 頭の一つも下げさせるのが筋じゃねぇのか!?」


 「そして君も糞仕事で大変な思いをした……それは分かるとも。ああ、失礼、黒茶を人数分いただけるかな?」


 近くを通りかかった給仕に食後の茶を頼みつつ、懐から煙管を取りだし葉を詰める。今日選んだのは精神を落ち着け魔力の回復にも効くもの。直接吸う程ではないが、香りにも一応の効果があるため場にも合っているかな。


 「さてと……確かに今回は組合を問い詰め、もっと深く要求をねじ込むことも出来た。強い手札は三枚あったからね」


 一枚は勿論組合の怠慢である。如何に行政府から投げられた仕事であり、仲介業者を通しているとはいえ、組合には仕事の内容を調べる責任があった。高度に政治的な配慮がなされ、仕事の真意が隠されていたにせよ“表面上”においては精査する義務があるのだ。


 たとえ、実際にはできる筈がなかったとしても。


 この怠慢は死傷者が出ていたことで更に重い物となる。危険な仕事であることは百も承知の冒険者だが、相手の不手際で怪我を負ったなら話は別だ。尚且つ家の会員ではなくとも、賑やかしの面子に死者が出ていることが宜しくない。


 幸運にも、もしくは実力があって死にませんでしたね。よかったよかった。


 なんていって済まされる訳がない。雑な仕事で鉄骨が落下したけど、誰も下敷きにならなかったから別にいいよね、で終わらないのと同じだ。


 もし家の主力であるジークフリートに何かあったらどうしてくれんだ、あぁん? と詰めることは十分にできた。


 二枚目は帝都にある伝手、とだけ伝えたが、要は政治で殴ってくるなら利に聡い外道を引っ張り込んで政治力で殴り返すだけのことである。


 「これを上手く使えば頭の一つも下げさせられただろうが……それに何の意味がある?」


 「意味だぁ!?」


 私の言葉に激昂し、ジークフリートが卓をぶん殴りながら立ち上がった。顔は憤怒で赤く染まり、咄嗟に伸びた手が私の襟首を掴み上げている。躱すこともできたけれど、彼が怒るのも分かるので甘んじて受け入れた。


 「意味つったかテメェ! 死人が出てんだよこちとら!! そこに意味もへったくれもあるか糞が!! 舐められたら終いの商売で、こんな目に遭わされて頭下げさせねぇのにどれだけご大層な意味があるのか、むしろ言ってみろよ!」


 うーん、この絵に描いたような義に厚い熱血系主人公ムーブ。今の私には気恥ずかしくて出来ないので素直に尊敬する。たしかに私の言動は安っぽい悪役、それも中盤以降に裏切りそうな小物っぽくて頭にくるのはよく分かるんだよな。


 だけど落ち着きたまえよジークフリート。君に驚いて、黒茶のポットを運んできてくれた給仕が盆ごと落としてしまったではないか。


 「離してくれないか? 周りが驚いている……失礼、もう一度持ってきてくれるかな。これは食器代だ、店主に詫びておいてくれたまえ」


 おどおどしている給仕――壮絶な面傷のある、見るからに冒険者と言った風情の男が怒りも露わにしていれば無理もない――を手招きし、その手に銀貨を二枚握らせる。そして耳元に一枚はお詫びだ、見つからないよう取っておきなさいと囁いた。


 慌てて走り去る給仕を見送り煙を一つ。未だ立ったままのジークフリートに三つ目の札について説明する。


 三つ目は、私が今回のことのあらましを何となく推察することができた点だ。


 これでいて私は結構耳聡く、色々な所から話が入ってくる。


 冒険者の各氏族、ヤバい連中と言われていない面子とはボチボチ付き合いがあるのだ。剣友会は掛け持ち可なので、冒険者としてではなく剣術道場のノリで参加している者も居るため、彼らから氏族の話は色々入ってくる。


 特に荒事が得意なロランス氏族とは同盟に近い繋がりがある。月に二度は交流会という名目で酒盛りをしているし、何度か大きな隊商の合同護衛をやったこともあった。その時は誰もちょっかいすらかけてこず、無許可の関でさえすごすごと撤収していったため楽すぎる仕事も如何なものかと思ったものだ。


 また、武器防具の手入れ、銀雪の狼酒房の中庭整備などで職工の同業者組合とも伝手があり、世間話として色々な話題が入ってくる。


 そんな多方面の伝手から、最近は建材の発注や輸送護衛が多いと聞いていたのだ。


 それも中堅の都市に集積し、国境間際の地方へ運んでいくという話を。


 「恐らくマルスハイム伯は長らく続く混乱にケリをつけようとしている」


 ぷかりを煙を吐きつつ、遠隔視の魔法で周囲を見回してみる。喧嘩に驚いてちらちら見ている者はいれど、聞き耳を立てられている様子はない。また盗聴系の術式が貼り付けられている気配もなかった。


 いや、むしろ魔法によって盗み見られていればミカが気付くか。魔法剣士として半端に伸ばしている私と違い、彼は専業なので熟練度は比べるべくもないからな。


 なにはともあれ、戦略物資でもある建材を密かに国境際に集めている理由は多くない。


 またやろうとしているのだ。あの一夜城の伝説を。


 余人に聞かれるのも良くないので、懐から手帳を取りだし木炭片で書き付ける。


 辺境伯閣下は、こう考えていたのではなかろうか。


 マルスハイム領内にて未だ面従腹背の土豪共がのさばっているのは、領域が未確定な部分があると共に国外への出入りが簡単すぎるから。


 何度か立ち寄った国境線付近は、正直防備が手厚いとは言えなかった。何度も戦争をしては潰して潰されてを繰り返した結果、支城や砦、開拓荘が点在しているが各防衛拠点の連携は距離によって難しくなり、巡察吏でも補い切れぬ形になっている。


 伯はそこに蓋をしたいのだろう。


 即ち、要塞線を築いて国内領域を確定させると共に国境線付近でコソコソやっている土豪を抑えようというのだ。


 地方都市に建材を集めて大まかな形を作り、一息に運び込んで支城を造る。これを短期間に連続して行い、連携が取れる拠点網を妨害する間も与えず構築。後に斥候や見張りを配備し、領内の動きをつぶさに観察しようというのだ。


 元々、対外戦争に備えた支城や要塞が幾つかある。点在しているそれを結ぶ新たな点を打って線と成し、対外的には密輸入を防ぐ施策として面目を立てるのであろうよ。


 懸念事項としては人足と人手をどうするのかというのがあるが……辺境が荒れていて得をする者は少ないし、方々から協力を募ることは難しくもない。利をぶらさげて仲間に抱き込み、三皇統家の連枝という札を切れば新たな札を何枚でも引くことができるのだから。


 それに今上帝は内政狂いのエールストライヒ一族だ。西方事情を安定させられるなら青天井に予算をぶち込んでくるだろうし、戦争に備えることにもなればグラウフロック家も否というどころか喜んで協力しよう。


 最後の一画たるバーデン家も傍流の提案なら当然先に動きは掴んでいるはずで、既に動き出しているなら反対している訳もなく。


 つまりは国が一体となり地方を固めようとしている。隙が無い上、絶大な権力の歯車が連帯している。地下じげの者にとっては何より厄い案件ではないか。


 こんなもん、下手に関わったらどうなるか分からんぞ。歯車の前で小さな石に過ぎない我々が挟まれば、かみ砕かれてしまうだけなのだから。


 ついでに悍ましいボーナスもある。


 密かに護衛されていた有名でもない貴族の子女……これは予想というより、ちょっとした予言であるが名乗った通りの出自ではあるまい。


 なにがしか地方の跳ねっ返り共に首輪を付けられる血族の出自である公算が大だ。


 現在の有力者に嫁入りさせられるマルス=バーデンの子が誤魔化しで名乗った偽名やもしれぬし、場合によっては大事に大事に隠され続けた土豪を纏めていた有力者の末裔という線もある。


 歴史には時折あるのだ。遺臣によって本家筋の子供が匿われ、時が来るまで重要でもなんでもない立場に甘んじながら身を潜めているような者が。


 なんにせよ、その娘は要塞線と並ぶ地方平定の要と見て良い。


 大規模に護衛を付けて動かさないのは目くらましの為か。これ見よがしに動かせば、旗頭を奪還するため土豪勢が乾坤一擲の大軍団で襲いかかって来ないとも限らないからな。


 いや、私達が知らぬだけで派手な囮が別で動いていた可能性もあるか。あからさまな大群、偽装した囮が沢山。どれが本命か分からぬ故、とりあえず所属を隠して全部襲ってみましたという線も……。


 キリが無いから推測はこの辺りにしておくか。神ならざる私には全ての事情を知ることは能わぬのだし、これだけ推察するくらいでも十分過ぎるだろう。


 なにはともあれ、関わらない方が良い巨大な力が動いていると分かるだけで十分だ。


 書き付けを読んだジークフリートは顔色を悪くした後、しばし考え込み……不吉な予想を引きちぎると、丸めて呑み込み黒茶で胃に流し込んでしまった。


 これも冒険者の習性の一つである。中には余人に見られそうになれば葬り去れと頼まれる依頼の品もあるからな。どんなに拙い内容が書かれていようと、糞になれば誰も復元できない最高の隠蔽手段だ。


 「事態が読めていることは確かに強い。あの誰とも知れぬご令嬢の情報を使えば、もっと利をむさぼれたやもしれぬが……欲張って飛べなくなる蚊のような真似はしたくない。謝罪以上に価値がある物を私達は勝ち取ったのだよ。報酬の上乗せも詫びの金も受け取れるなら、この辺で我慢した方が良い」


 「……そうか」


 「ああ。下手に欲張れば、呑み込まれて引けなくなる所まで関わらせられるぞ」


 帰ろうとする私を引き留めようとしたのが良い証拠である。一度関わったのだから、泥沼に引き込んで使い倒そうと目論んでいたに違いない。


 自画自賛するのもどうかと思うが、我々は結構使い手のある駒だ。竜騎ほどの大駒とはいうまいが、夜警のような使う者が上手に使えば強力に盤面を制圧するいぶし銀な駒くらいの働きはしてみせるとも。


 だからといって本当に駒のように使い捨てられちゃたまらん。


 あそこが私達にとっての引き際だ。組合には“舐めるなよ”と釘を刺せたし、詫びもせしめ、据えた政治の臭いがする案件からも遠ざかれる。これ以上を欲張っては底の無い沼に足をとられ、あっぷあっぷと喘ぐことになろう。


 「詫び料は死んだ冒険者の分もこちらに寄越すように言っておこう。君のことだ、彼らの出自を知っているのだろう?」


 「……おお、まぁな」


 ジークフリートも面倒見が良い。その場限りの相手とて、持ち前の明るさで友誼を結び名や出身地を聞き出していると分かっていた。


 彼は一度大きく後悔しているからな。名も知らず、出身地も分からぬ冒険者をやむなくその場に埋葬して立ち去る経験が心に深く残っている。


 遺髪さえ届けることも出来ぬ無念を抱え、今も部屋に取ってあるのを知っていた。


 誰だって、全員に忘れられてひっそり消えていくのは悲しいと分かっているから。


 「なら、後の仕儀は頼むよ。文を出すなら上等な便箋を融通しよう。なんなら代筆してもいい」


 「……分かった」


 言いたいことは沢山ありそうだが、全て胸の裡に放り込んで戦友はすっかり冷めてしまった黒茶へ再度手を伸ばした。


 「……悪かったな、襟首掴んで。俺だって分かっちゃいるんだ、貴族のやることに関わって得はねぇことくらい。組合長の謝罪だってナンボにもならねぇってことも……だけど、だけどよ……」


 「謝ってくれるな、ジークフリート。それが君の美徳だ。私は全く気にしちゃいない」


 そうか、と呟いて黒茶を飲む戦友。


 ああ、私は本当に友人に恵まれている。


 こうやって私の代わりに怒ってくれる、背中を預けられる戦友。


 そして、私達の間柄を慮り、口を挟むこともせず黙って話を聞いてくれていた親友。


 世の中は糞まみれだが、こうしてみれば捨てたもんじゃないさ。


 「さて、午後は何処を回ろうか」


 窮地は抜けた。油断は許されぬが、一先ずそれを喜ぼうじゃないか…………。












【Tips】依頼料は冒険者が死んでも依頼が達成されれば支払われる。一党の誰かが引き継ぐこともできれば、組合に前もって届ければ国元の遺族に渡すこともできるが、そのどちらもない場合は組合に帰納される。 

きな臭い事態再び。

相手がキャントリで軽量呪文を叩き付け続けるなら、回避能力持ちのファッティーで叩き潰して勝ち逃げしましょう。


Amazonなどの各媒体で3巻の予約が始まりました。

あとは許可がとれれば、こっちにも書影を張って宣伝したいところ。


それと 好きラノ様 にて2020年下半期のラノベ投票が始まりました。

2巻が一応対象となっているため、よろしければご投票いただければと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] あっぷあっぷと喘ぐことになろう。 あっぷあっぷ UP AND DOWN で HOLD OUT
[一言] ジーク君ほんとかっこいいわぁ…
[良い点] しっかりと地盤を築いた上で厄ネタを回避出来た事 あとジーク君束の間の縁も大事にしてあげてる本当に良い子 [気になる点] 回避出来たとは言ってない [一言] ミカという造成魔術師がいる時点で…
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