青年期 十八歳の晩春 六
英雄譚は謡われる英雄だけでは成立しない。討ち果たされる大悪、救われる美しい姫君、英雄を支える人々あってのものである。
その中でも緩急をつける要員に人気が出ることもある。
幸運の、または悲運のジークフリートとは金の髪のサーガで彼と並んで謡われる冒険者であり、エーリヒの無二の戦友として遇されている。
詩人曰く、物語の導入に便利なコメディリリーフとしても。
「おお、ジークフリート! 戻っていたのか」
嬉しそうにエーリヒは酒房の前に仁王立ちしていた冒険者、彼のサーガでは欠かせない戦友の下へ駆け寄る。しかし、肩を抱こうとした手はすげなく払われ、首根っこが強引に引っ掴まれた。
「なぁにが簡単な護衛だくそったれ! 知りたいか!? 俺がどんな目に遭ってきたか知りたいかテメェ!!」
風呂に付き合った剣友会の冒険者が揃って、お疲れ様です、ディーの兄貴! と唱和する労い――そして、それにジークフリートと呼べ! とキレるのがお約束であった――さえも無視して“幸運のジークフリート”は金の髪に凄む。彼らの常にやりとりを知らねば、すわ刃傷沙汰一歩手前かと心配するほどの鬼気なれど、それを浴びせられる金の髪は涼しい笑顔を崩さなかった。
「分かった分かった、君の冒険譚は酒を頂きながら是非聞かせてくれ。ところでカーヤ嬢や連れてった他の面子はどうした?」
「疲れて宿で寝とるわ!! 俺だって普通にフラフラなんだよ! あと、お前アレ知ってて寄越したんだったらマジで吊すからな!?」
「おいおい、私が一度でも君に嫌がらせで仕事を寄越したことがあるか?」
言われて過去を思い出し、どうにも二の句が継げなかったらしいジークフリートは、傷と一緒に唇をなんとも言いづらそうに歪めた。冷静になって振り返れば、この男は仕事を良い意味で吟味するし、謀られるにしても無理もない状況ばかりであり、ついでにそれを使って上手いこと賠償もせしめてきた。
ただ、あまりに機会と状況が絶妙すぎて、後ろで糸を引いているとしか思えないほど都合がいいことが多いのである。
斯様な有様こそが、彼が幸運にして不運という相反する二つ名を頂戴する理由であった。
想定外の事態、顧客の嘘、最初から張り巡らされていた謀略のせいで艱苦に見舞われるのがジークフリートの不運。そして、それをして……常人であれば既に三桁単位で死んでいなければおかしい状況に巻き込まれ、尚も四肢の一本も欠けずに生きている幸運が二つ名の所以であった。
どうやら今回の仕事でも酷い目に遭ってきたらしい。最近では金の髪抜きでもお呼びが掛かるようになった彼も、あのイカれた金髪が居なければ安泰という訳でもなかったようだ。
「まぁ落ち着きたまえよ、見たところ大した傷も無い。仕事は上首尾に終わったようじゃないか」
「あれを上首尾と呼べるなら、全て世は事もなしだぜ……」
うなだれる戦友に“そんなことよりも”と無常な前置きをして、金の髪は黒髪の魔法使いと新入りの巨鬼に手招きした。
見ない顔、それも性差が薄く男であっても見惚れるほどの美貌を急に突きつけられてジークフリートは思わずたじろいだ。美女や美少女を見る機会は間々あれど、他に分類のしようがない独特の美には耐性がなく、いきなり突きつけられたせいもあって飲み込めずにいるようだ。
「紹介しよう、彼は我が友、帝都の魔導院に籍を置く、近い将来偉大なる教授殿になられるお方だ。何度か話したから、君も知っているだろう?」
「あ、おお……」
かなりの修辞と賞賛にまみれ、これでもかと美化しつつ語られる帝都の友の話は宴席で度々聞いていた。大抵は魔法使いがもう少しいれば便利なのだが、という仕事上の話の流れであるが、正直言ってそんな完璧な野郎がいてたまるかとジークフリートは思っていた。
「やぁ、はじめまして、僕はミカだ。“幸運のジークフリート”氏だね、高名はかねがね伺っているよ。手紙で君の活躍を聞かせて貰っていたが、噂に違わぬ偉丈夫じゃないか」
しかしながら、こうやって現実に叩き着けられると脳の処理が鈍るほどの美人であった。美男というよりも、正に美人と形容するのが相応しい男性から褒められると咀嚼し難い感情がわき上がってくる。
しかもよりによって偉丈夫と来た。自分より背が高い相手に言われ、ジークフリートは嫌味なのか何なのかどうにも理解が追いつかない。親しみを込めた優しげな口調で言われれば、心底より感じて賞賛されているようにしか聞こえないのが曲者である。
ともあれ、見るからに高貴な身分の相手が差し出す手を何時までも放置しておくのは宜しくなかろう。気を取り直して握手すれば、意外と力強く逞しい手に驚かされる。
硬くなった掌、クセのあるタコ、どうみても魔導師を志す文官殿の手ではない。
自分達ほど鍛えこんではいないものの、紛れもない鍛錬の痕を匂わす手に脳内でイメージが益々もつれていく。
よもや、あの過剰ともいえる賛美が本当とは思いがたいのに事実だったとは。
「そして、こっちは剣友会の新入りだ」
「よっ、ヨルゴスと申します! よもや幸運のジークフリート殿にもお目通り願えるなんて! 感激です! あっ、俺も握手いいですか!?」
圧倒的な美形を叩き着けられる衝撃から回復せぬままお出しされるのは、見上げれば首が痛くなり、幾度も驚嘆場を乗り越えた彼でさえ息を呑む長躯の巨鬼。望まれるがままに手を差し出せば、子供と大人もかくやの対比で手が迫ってきた。
とはいえ、自分よりガタイのいい冒険者にジークフリートも慣れていた。そもそも種族柄小柄な面々を除けば、剣友会でも年下以外では大抵負けているのだから今更である。
また、こうやって英雄譚を聞いて――自分が主人公の物語ではないのが業腹であったが――訪ねてくる者にも慣れつつあった。
「おう、よく来た、巨鬼が来るのは初めてだな。まぁ、よろしく頼むぜ」
美形に精神をかき乱されたものの、ペースを取り戻せばこんなものである。
「はい! いやぁ、金の髪の親友であり戦友にも一日で会えるなんて、やっぱり来てよかった!」
「ちっげぇよ!! 誰が親友だゴラァ!!」
が、結局いつものオチに落ち着くのである。金の髪の親友や盟友、一党扱いされて憤怒したジークフリートが客の手をはたき落とし叫ぶ。そして、周りの剣友会の者達は“お約束”のやりとりに気をよくして囃し立てる。
「また何時もの照れ隠しっすね」
「それ、ディーの兄ぃがやっても可愛くねぇっすから!」
「一年以上否定し続けりゃ大したもんっすけどねぇ」
「うるせぇ! テメェら今度の鍛錬で覚えてろ! きちんと言ったヤツの面ぁ覚えてっからな!?」
囃し立てられるから激っするのか、はたまた激っするから囃し立てられるのか。からかってくる同胞の中へ怒りも露わに突っ込んでいく奇運に恵まれた冒険者。
金の髪はやれやれと言いたげに小さく頭を振り、さっさと呑むぞと酒房のドアに手を掛けた…………。
【Tips】冒険者の一党も常に同じ面子で活動しているわけではない。
夕刻、夕飯時というのもあってか銀雪の狼酒房は冒険者や旅人で賑わっていた。
既に食事を始めている剣友会と関係のない者もいるが、風呂に行く前から更に増えた面々はタダ酒を期待して集まった暇人共である。どうやら金の髪が奢ってくれると耳聡く聞きつけ、更に暇人が増えているようだった。
金の髪の帰参に彼らは口々に待ってましただの、遅いぞだのと野次を飛ばして迎え入れる。
「待たせた諸君! 今宵は私の奢りだ! 皆で我が友の来訪を祝ってくれたまえよ!」
諧声が上がり、俄に騒がしくなった酒房の中で女給が酒を持ってテーブルを回る。麦酒を湛えた酒杯を配り、ついでに焼いた腸詰めや乳酪の切れ端を盛ったつまみの皿が配られる。一つ一つは大した値段でもなかろうが、酒房全体に行き渡らせると大したもの。
されど金の髪はまるで気にした様子もなく、愛飲しているらしい琥珀色の蒸留酒を自分も受け取って飲む準備をしている。
大体全体に酒が行き渡った頃であろうか、金の髪は立ち上がって周りを見渡し誰かを探していた。あちらこちらへ視線を飛ばし、どこかの影を覗き込むよう体を屈めているものの探し人は見当たらぬ。
しばらくして、焦れた客に煽られて諦めたのか、金の髪は酒杯を掲げていった。
「遠方より来たれり友に乾杯!」
響き渡る乾杯の声、気恥ずかしげに黒髪の魔法使いも小さく杯を掲げ、各々が理性の箍を外して酒を飲み始める。財布の心配をする必要もなければ、寝床もすぐ上となれば後のことを考える理性など容易く揮発し、後はもう知ったことかと食欲に従う混沌とした空間が生まれるだけ。
方々のテーブルに散っていた剣友会の面々が酒杯を持ち、挨拶のため金の髪の席へと訪れる。馳走になりますと自分達の頭首に頭を下げ、一段上と見ているジークフリートにも杯を差し出し、そして主賓として迎え入れられた魔法使いと巨鬼に改めて名を名乗る。
友の隣の席に座った魔法使いは律儀にも薦められた麦酒を一人につき一杯、それも一息で全てを煽って干していく。杯を干すと書いて乾杯と読む、そう言わんばかりの呑みっぷりに客は驚き、次第に客人の底が知りたくなってくる。
金の髪を潰そうとするのはもう諦めていた。麦酒よりも格段に強い琥珀の酒を好む彼に挑み掛かり、坑道種の大酒飲みでさえ潰しかえされたのだ。しかし、新たな勝負になるかもしれない獲物が現れたとなれば、荒くれ者共が見逃すはずもない。
どこまでやれるのか、と面白がって酒が寄越される。注がれる全てを魔法使いは断ることもせず、薄く魅力的な笑みで受け取って干していった。唇の端から僅かに零れた酒が、一滴も無駄にせぬように蠱惑的に紅い舌に浚われる。
歓声は空けられる酒杯の数に比して少しずつ重くなり、やがて呻くような感嘆へと変わった。如何に麦酒とはいえ、あの調子であれば普通のヒト種は五杯も煽れば顔が紅くなり、十を超えれば酔い潰れてもおかしくはない。
にもかかわらず、魔法使いの顔には全く変化がなかった。十五を超えて漸く頬紅を差したように艶っぽくなったくらいで、全く堪えた様子がない。
酒杯を口に運ぶ手の速度は一定で、上下する喉がとまることもなく、ただ乾いた喉を水で潤しているかのごとく抵抗なく酒精が喉を滑る。
「……なぁ、我が友、大丈夫か? 無理はしていないよな?」
軽々と人外の酒量を喜んで腹へ収めていく友人に金の髪は心配そうに問うた。
というのも、元々彼の記憶の中で友人はそこまで酒豪という印象がなかったためである。たまに一緒に呑んだ時、葡萄酒を薄めずにやった彼は顔を紅くして寝入ることもあったのだから。忘れがたい帝都を去る最後の昼餐、酷く酔い潰れた彼を寝台に運び、一緒に眠ったことが昨日のことのように思い出される。
「えっ!? あっ、ああ、まぁね……」
思わず魔法使いの目が左右に泳いだ。さて、彼は北方、夏が短く冬は長く険しい北方極地圏に端を発する種族である。元々が体温を確保し、体を動かすために必要な酒精への抗体を身に付けた種である。
そもそも下戸であれば生きていけないような地で発生し、立派に生き抜いてきた彼が弱いはずもない。
されど、それを知らぬ友人は純粋に友を心配する。薦められたからといって無理に呑むことはないのだと。酒は楽しく呑むから美味いのであって、無理矢理呑むほどのものではなかろうと。
「あ、あー、そうだね、そろそろキツくなってきたかなー」
「なら私に寄越したまえ、君の代わりに全部飲むとも」
役者然とした整った見た目に反した棒が一本通ってしまったような言葉。酒豪を観察しにきた面々は一瞬で何かを察したが、金の髪は気付かずに次から挨拶の献杯は自分が受けると声を張った。そして、店主には酔い覚ましにと檸檬を搾った水を持ってくるように所望する。
乾いた笑いを溢して気遣いを受け取り、魔法使いは調子に乗りすぎたと口の端を歪めた。
一通り挨拶と献杯が終わる頃、大量の酒が金の髪によって干されようやく落ち着いて卓の面々が口を開いた。
「いや、しかし凄く呑まれるんですな……おでれぇた」
金の髪が占拠する五人がけの円卓に座るのは四人。巨鬼であるため金の髪と変わらぬペースで歓迎の杯を受け取り続けたヨルゴス。
「冒険者たるもの、酒に強いほうがいいんだとよ……」
水を差されて未だ金の髪に仕事の苦情を言えていないジークフリートは、杯の中身を隠すように言った。注がれているのは水でかなり薄めた蜂蜜酒であり、元の酒精も強くない銘柄なのか恥じているようにも見える。
「別にこんなもの、多く飲めたからといって偉いという訳でもなかろうよ。単に受ける印象の問題と一般論として言ったまでだ。潰されて朦朧とした時に変な契約を交わしたくはあるまい?」
言いながら琥珀種を酒杯に注ぎ、慎重に水で割りつつ強いそれを美味そうに呷る金の髪。麦酒をたらふく飲み干し、大してつまみも食わぬのに顔色一つ変えぬ様は巨鬼であっても凄まじいと思える。
「でも、君は昔から強かったからね、僕も肖りたいものさ」
冷えた水に果汁を搾った物にシフトした魔法使いはしれっと宣い、つまみの皿から干し肉を取って囓る。
「んっ……美味しいね、これ」
「気に入ってくれたか、実は保存食を作る時に色々試していてね。剣友会自慢の一品だ。酒に合う味だけではなく、強い塩気は行軍の疲れにも効くし、ほぐして煮るだけで美味い汁物にもできるんだ」
「へぇ! 確かに君は料理が上手かったけれど、そんなこともしているのかい。これはいいじゃないか、後を引く旨さだ」
大変気に入ったらしく魔法使いは次の干し肉にも手を伸ばす。丁寧に咀嚼されるそれは豚肉から作られた物で、塩と共に香草やマメのペーストを練り込んで燻した金の髪考案の代物である。
というのも、保存食と一口に言っても加工の手間があるため安くもなければ、制作者の腕前によって塩辛くて不味いだけの肉っぽいナニカに成り果てることもある。されど冒険者は道なき道を行き、時に強行軍に際して歩きながら食事を採ることもあるため、近場の仕事でも携行食は欠かせない。
ならば、物を仕入れて自分達で作れば安くつくし、ともすれば美味い保存食で士気も高められると思い至った金の髪は、剣友会の人手を使って中庭で保存食を自弁し始めたのである。
カンパを募って金を集めれば豚を潰し、出た肉や血に臓物で保存食を仕立てるのは恒例の催しとなっており、その時の中庭は実に賑やかで良い香りが立ちこめることで有名である。
「だろう? 半年ほど試作に試作を重ねた一品だ」
「失敗作を食わされる身にもなれと言いたいがな……」
自慢げに胸を張って苦労を語る金の髪と、嫌な思い出が口の中ににじみ出したのか渋面を作るジークフリート。少量を思いつきで作り、良質な物が出来上がるまでには沢山の失敗作という屍が積み上げられている。そして、勿体ないのでそれをもそもそ食うのも剣友会の仕事であった。
「何も君にばかり食わせていないだろ」
「お前は何か別の料理にして誤魔化してたじゃねぇか! そんな良い方法あるなら自分だけじゃなくて俺も誘え! あの時はマジで反乱一歩手前で大変だったんだぞ!?」
食い物の恨みは深い。それこそ師弟関係にさえ罅を入れかねないほどに。自分達は不味い物を我慢しながら――無料で配ったというのもあるが――食っていたのに、張本人はマシな食い方を編み出していたとなれば反乱の一つも起ころう。腐った缶詰で精強無比たる戦艦さえ反旗を翻すことがあるのだから、歩卒が恨みに剣を抜くことになんの不思議があるものか。
「いや、まさか私もそのまま食うとは……」
「お前みてぇにマメに料理する野郎の方が希少なんだよ! 男児厨房に立ち入るべからずって知らねぇのか!」
「知るか、できるヤツが出来ることをやってなんの不具合がある。君もある程度、野営料理はできるよう仕込んでやったんだから、カーヤ嬢にばかり任せずだな……」
「うるっせぇ!」
酒も入って鬱憤の蓋に罅でも入ったのか、そもそもお前はだなと苦情が矢のようにジークフリートの口から飛び出すも、分かった分かったと言いたげにエーリヒは緩い笑みで受け止める。断じて適当に処理しているのではなかろうが、その様は元気に吠える子犬をあしらっているかのようであった。
友人が別の友人と親しげにしている様を見て、黒髪の魔法使いはほんの一瞬だけ唇を尖らせてみせた。彼は立派な大人であるので、この感情が稚気に溢れた物であることくらいは分かっている。なので誰にも見えぬよう、誰にも悟られぬよう一瞬だけの発露に留める。
否、本来ならば一瞬であっても表に出すべきではなかった。今まで魔導院の中で生きるにあたって当然に、呼吸と等しいほどの自然さでできていたことができなくなっている。
久方ぶりに友人に会えたからか、ささやかなれど酒精が入っているからかは分からない。
それでも引き締めねばと魔法使いは水を飲んで意識をあらためた。こうやって緩んだ時に表出する態度とは、時に致命的な場面でこそ表に出やすいのだから。
当てこすりと嫌味が挨拶に混じって飛び交い、笑顔の裏で呪いを掛け合う修羅の巣窟たる魔導院で一旗揚げ、故郷に錦を飾ることを望むのであればこの程度では到底やっていけまいと。
気を取り直すべく、彼は空になったつまみの皿を取り上げてカウンターに向かうことにした。本来なら女給を呼びつけて給仕してもらうべきだが――女給勢も金の髪からの気前のいいチップを期待して用もないのに周囲を遊弋している――少し友人から離れて冷静になるべきだと思ったのだ。
足音を立てぬよう気を遣って立ち上がりカウンターに向かうも、そこには昼間見かけた黒く波打つ髪と豊かに整えた髭が目立つ店主の姿はなかった。
「いらっしゃい、なにをお望み?」
代わりに一人の童女が居る。上体のみをカウンターに出し、両の手で頬杖を突く彼女は店主の娘であろうか。
二つ括りにした艶やかな栗色の髪と真っ黒な髪飾り。身に纏う肩を大きく曝け出した娘装束を纏っているが、その両肩をツタを模した刺青が彩っていることだけが酷く歪であった。
大きな琥珀の目は魔法使いのそれよりも彩度が高く、光の加減によっては剣呑な金にも見える。甘いはずの童顔は、しかし口の両端をにっとつり上げる笑みのせいで妙に獰猛にも感じられた。
そして恐ろしく目を惹くのは、ぞろりと零れた真珠色の牙。ヒト種の犬歯より格段に長い、狩猟者の証を灯火に煌めかせながら童女は笑った。
笑っている。穏やかに、朗らかに。
されど、逃れられぬような威圧感のある笑み。魔法使いは何時だったかの酒の席で、友人が笑顔とは本来獣が牙を剥く所作のそれなのだと語っていたことを思い出した。
「ねぇ、綺麗な魔法使いのお方」
つまみの追加を頼むより前に童女から声をかけられ、魔法使いはどうしたものかと思い悩む。本能が囁くのだ、ここに居るのは危ないと。
相手は何のこともない童女なのに。寸鉄一つ帯びている気配さえ見せず、手は見える位置にある。魔法の焦点具を身に付けている訳でもないのに、気を抜いたら首が飛ぶイメージが見え、思わず魔法使いは恒常的に張った単層なれど物理的な干渉に強い障壁の存在を意識する。
問題ない。防護は働いている。並の矢や短刀であれば毛筋ほどの傷も入らぬ障壁が、ローブの裾に隠した非常用の短杖を起点に動いていた。
「少しお話いたしません?」
いや、一体自分は何をしているのだと彼は自身の正気を疑った。敵対者などいない筈の遠い地で、しかも相手は武装さえしていない酒房の童女だ。
だが、ああ、だがどうしても……この備えが絶対に必要なのだと心の何処かで確信しつつ、彼は椅子に腰を降ろした…………。
【Tips】焦点具を身に宿さぬ種族は、隠し持った焦点具を起点とし恒常的な防御障壁などを構築する。
剣友会心得 ヒロイック&ファンタジー!
そして遂に始まりました世紀の対決。
今後の展開にご期待ください。




