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青年期 十六歳の秋

 天高く馬肥ゆる秋という言葉が相応しい中、私は十六歳になった。そして、時を同じくして……。


 「はい、おめでとうね」


 「ありがとうございます!」


 首元を飾る冒険者証から煤が落ちて紅玉になった。卵から漸く雛になったという所だが、扱いとしてはまだまだ尻に殻の欠片をひっつけた半人前に近い。まだLv2になったと驕ることはできそうにないな。


 「しかし、これほど早いのは珍しいわねぇ」


 すっかり顔なじみになった受付のタイス女史――酒場の働き口を紹介しようとしてくれた女性で、息子が七人いるらしい――が私の評価が書いてあるらしい帳面を捲りつつ感想を溢した。


 確かに順当に進めば昇級には半年ほどかかると聞いたので、季節一つ分で昇進となればかなり早いといえよう。前世でいえば上場企業で二年目の新人が主任とか係長補佐になるようなもんかな。


 「まぁ、アタシが知ってる中じゃ数えるほどよ。護衛仕事で捕り物をやったにしても、中々早い方かしらね」


 「野盗を追い払っただけで捕り物とは大げさですよ。ねぇ、マルギット」


 インフラレッドもとい煤黒は護衛仕事も殆どないので外に出ることは希だが、ロランス組に誘われて参加した護衛仕事で“ちょっとした襲撃”を受けたことがあった。その時は普通にロランス組の面々が優秀すぎて、マルギットとの共同戦果で五人しか捕まえられなかったのだが、きちんと評価してもらえてたのか。


 「そうですわね、五人程度、ではね」


 「は、はは、金の髪は豪儀なものね……」


 何やらタイス女史の顔が引きつっているような気がするが、気のせいだろう。TRPGプレイヤー的に、野盗なんてのはわるのがちょっと面倒臭い豚の貯金箱みたいなものだし。


 「まぁ、今日から紅玉の依頼も受け付けるからね。煤黒よりかはちょっと歯ごたえがあると思うから、油断せず頑張って頂戴な」


 「ありがとうございます。今日はお祝いにするので仕事はお休みですけど……」


 「少し冷やかしていきましょうか?」


 「そうだね」


 手続きしてくれたタイス女史にお礼を言い、依頼を受けぬまでも内容を見て行くことにした。傾向を調査して前準備しておけば、明日からの仕事にも役立つだろうから。


 縁を赤く塗った依頼の衝立をざっと見て回ったが、その難易度や報酬は煤黒と大差のない物であった。市壁の外、マルスハイム周辺の荘からもたらされた依頼が増えた程度であり、子供の小遣い稼ぎみたいな内容が多いが、少しずつ冒険者らしい話も増えてくる。


 たとえば煤黒よりは信頼がおける人間でなければ任せたくない、市壁外へ手紙や物を運ぶ依頼や頭数を稼ぎたいだけの格安護衛依頼。他には怪しい集団が近くを彷徨いていたので、荘に駐屯して威嚇要因になってほしいなどの急場を凌ぐための増援みたいなものばかり。


 それでも煤黒の雑役人夫めいた内容から多少は冒険者業といえる内容だし、背伸びすれば銀貨にも手が届くのだから大したものか。運が悪ければ危険が伴うような内容だし、一層気を引き締めて真っ当にやらねば。


 「おい」


 冒険者証の色も変わったことだし、褌を締め直すつもりで挑もうと意気を高めていると不意に声が掛けられた。まだ若い少年と言っていい声に振り返れば、そこには声から連想したままの姿があった。


 「お前が金の髪のエーリヒか」


 黒い散切りの頭と頬に走る傷が目立つ同年代か少し年下と思しき少年。つり目がちの勝ち気に溢れた鋭い目がなんだか主人公という肩書きが似合いそうだと思った。


 仕事に出るつもりなのか動きやすそうな旅装を着込んだ彼の後ろには、困ったような笑みを浮かべた少女がいる。長いローブを着て杖を携えた姿、そして“乳棒とすり鉢”を意匠とした飾りを見るに魔法使いに相違ない。木を削って作った簡素な飾りからして魔女医者(ウィッチドクター)系の魔法使いか。


 実にレアだな。名の売れた冒険者の一党には魔法使いが多く居るけども、見るからに若くて駆けだしの魔法使いというのは数えるほどしかない。割合でいえば非魔法使いとで二〇対一くらいじゃなかろうか。


 とはいえ、見るべき所は珍しい位のものだ。杖の質も焦点具として可も無く不可も無くといった品質であるし、目に見えてヤバい魔力も感じない。伸び盛りの駆け出し魔法使いであり、聴講生未満といった腕前とみた。


 妙に挑戦的な目で見てくる彼と、そんな相方を制御しきれぬ少女に対し、私はこれといった敵意を感じなかったので真っ当に応じてみることにした。


 「自分で名乗った覚えはありませんが、エーリヒかと言われれば私のことですね。それで、貴方は?」


 「俺はイルフュートのジークフリート! いずれ名だたる英雄譚の英傑に並ぶ剣士になる男だ!」


 問えば威勢良く名乗る少年であるが、イルフュートと言えばマルスハイムからそう遠くない荘の名ではないか。それにジークフリートといえば、奇遇なことでも此方の世でも“龍殺し”として名高い神代の英雄だ。貴種が勇名に肖って名付ける名前であり、平民が子供につける名前ではないのだが……。


 「そうですか、ジークフリート。改めて、ケーニヒスシュトゥールのエーリヒです。隣のは相方で……」


 「同じくケーニヒスシュトゥールのマルギットですわ。以後お見知りおきを」


 揃って何時もの調子で名乗ってみれば、何やら気圧されたように半歩退かれてしまった。あれだろうか、耳慣れぬ宮廷語に引いてしまったのかもしれない。一瞬、名前の傾向が貴種っぽいので代官の御落胤かと想像したけども、その線は薄そうだな。


 「ね、ねぇ、ディー、ちゃんと本名で名乗らないと……」


 「うるさいなカーヤ、ちゃんとジークって呼べよ!」


 そして、退いてしまったジークフリートに声を掛ける魔法使いの少女。カーヤという名らしい彼女の言を聞くに、ははぁ、なるほどと察してしまった。


 うん、まぁよくあることだとも。田舎っぽい名前が嫌で、都会に出るにあたって改名するというのは。私は割と垢抜けた響きの名前だし、何より親から貰った大事な名前なので気にしたことはないのだけど、気になる人は気になるのだろう。


 荘の聖堂が管理する人別帳はあれど、都会に出てきて名乗る分には自由だからな。格好良い名前に改めたいと思ってもおかしくはない。中学二年生の時分、有り触れた名前に嫌気が差して真の名を考えたことのない者だけが彼に石を投げるといい。


 「なっ、なんだぁ! その目は!」


 「おっと、失礼」


 つい若人を見守るオッサンの目になってしまった。だってねぇ、微笑ましいじゃない。冒険者として幼馴染みと一旗揚げるために都会にやってきて、そのついでに田舎っぽい名前から憧れの英雄の名前に改名する。うんうん、実にLv1仲間っぽくていいぞ。


 密かに彼とは仲良くしようと決めつつ、声を掛けてきた理由を問えば、彼は私にびしっと指を向け――ついマナー違反だよと叱りそうになった――次は負けねぇからなと宣った。


 なんでも彼は私と同時期に冒険者になったらしく、同期最短での紅玉昇進を狙っていたそうなのだ。


 そして以前より名を囁かれるようになった私に対抗心を抱いてはいたが、タイミングの問題か中々声をかけることができず、遂に追い抜かれた今日この日に漸く対面することができたそうな。


 「あっという間に追い抜いて、俺が新人で一番の冒険者になる! そんで、直ぐにエンデエルデ一の冒険者になるから見てろよ!! ……って、だから何だよその目! やめろ! じいちゃんを思い出すだろ!!」


 やっと出会えたライバルに挑戦状を叩き着けるべく声をかけてみたと。初々しさ倍付けじゃねぇかよと益々目が優しくなってしまった。


 「いえ、すみません、他意はないのです、もとからこういう顔でして」


 「だったらいいけどよ……」


 「ええ、ご不快にさせたのなら申し訳ない。ただ、我々は同期ということにもなりますし、お互いに切磋琢磨すると共に冒険者として仲良くしましょう」


 提案を訝られて眇めに見られてしまったが、こんな可愛がり甲斐のありそうな同期をどうして放っておけようか。体つきから察するに同じく軽装で動き回る剣士みたいだし、同類として仲良くやろうじゃないの。


 「今度、よければ仕事を一緒にしましょう」


 私は笑みと共に手を出し出す。思い返せば今まで先輩とか格上の冒険者とは付き合いがあったが、しばらくは二人で頑張ろうという方針もあって同期とは没交渉だったのだ。


 なにより真っ当に冒険者らしいやりとりをするのは久しぶりである。どいつもこいつも敵対するか煽ってくるか、もしくは自陣に取り込んで便利に使おうとするかのいずれかだったからな。


 こう、あれだ、夏の日に飲み干す炭酸飲料並のすがすがしさがあるね。


 かっとなって手を弾き飛ばされるのも楽しく感じるほど、私はさっぱりとした心地よい出会いに舞い上がっていた…………。












【Tips】昇格。冒険者の位階は実力もさることながら、組合が依頼人に保証する信頼にも関わるため仕事の成果のみならず人品も評価される。下級の内は仕事さえ熟していれば淡々と階級は上がるが、中位に登りたければ誠実な仕事ぶり、ないしは人間性を差し置いても評価される能力が求められる。












 昇級を遂げて暫く、紅玉の仕事を片付ける数が一〇を越えるか越えないかと言う頃。秋の実りも豊かな麦補が靡く中をカストルとポリュデウケスを連れて走っていた私は少し困っていた。


 仕事のことではない。今日受けた仕事は実に簡単なもので、往復三日ほどの場所にある荘へ届け物をするだけだ。組合がきちんと蝋印で封をした包みには手紙と幾許かの銀貨が納まっており、街へ出稼ぎに出ている労働者が実家に仕送りと時候の挨拶として送る心温まる一品である。


 こういった物を今の時代に送るのは結構難しい。都会であれば手形で安全に金のやりとりができるものの、田舎ともなればそうはいかず、余程親しくなければ隊商にも託しづらい。単なる手紙であれば気楽に任せることもできようが、金というのは本当に扱いが難しいものである。


 そのため、たとえ依頼料が馬鹿にならずとも、ピンハネできぬよう管理し受領までを監督する組合を通して荷物運びの依頼を出すのだ。心を込めた便(たよ)りと仕送りが家族の下に届かないことほど悲しいことはないからな。


 なにはともあれ、仕事に問題はない。馬を持っているという強みを活かせる配達依頼にも慣れたもの。今まで二頭の厩代で実質的に垂れ流されていた赤字がトントンになったので満足感もあり、仕事には文句はないとも。


 そう、仕事には。


 「さて、あれ、どうしようか」


 「どうしましょうか」


 私達は小高い丘の上から街道を眺めて呟いた。


 正確には街道の上で勝手に敷かれた関を見てだ。


 三重帝国の各所に関所はあるが、それは領邦や行政管区を隔てるものであり、主に税関や防疫、そして治安維持のために機能している。通行料は取られるが高いものではないし、関税も国内流通に関しては極めて安価であり経済活動を妨げぬよう気をつけられている。


 そして、冒険者が仕事を介して通る場合は、所属している同業者組合の管轄内であれば通行料は更に割引が利く。負担は組合が諸経費として依頼料からさっ引いているので、通るだけなら大した経費でもないのだ。


 が、適当な柵を広げて街道を封鎖するあれは、三重帝国公式の関所ではない。マルスハイム行政管区に編入されながら、未だ高い独立性を持つ土豪――いわゆる国人衆や地侍的な連中――が勝手に作った関であろう。


 無論、行政の手が行き届いた地域であれば斯様な無体は絶対に赦されないが、ここは文字通りの地の果て。マルスハイムの領主も全てを制御下におけている訳ではないので、ああいった“やんちゃ”をしでかす者は後を絶えない。


 まぁね、領主のお膝元である州都にも拘わらず、犯罪組織スレスレの氏族が大手を振って活動している時点でお察しだわな。あの手の土豪も締め付けすぎると集まって決起し始めるから、多少勝手をやる分には目こぼししてガスを抜いてやっているのだろう。


 とはいえ、小遣い稼ぎで迷惑を被るのは我々なので勘弁していただきたい所であるが。


 「意外と多いよね、ああいう面倒臭い連中」


 「そうですわね。税金も納めているのですから、頑張って欲しいところですけど」


 納税者としては政府に頑張っていただきたいものであるが、やはり中世の政治観と倫理観、そして隙をうかがって蠢動する諸外国との玄関口とあって色々と難しいようだ。治安一つ引き締めるのでさえ、様々な方面に生じるしわ寄せを考えると徹底しきれないほどに。


 統治に難があるが重要な地を任ぜられるバーデンの連枝に若白髪や若ハゲが多いという噂の理由がよく分かるね。


 「んー……強行突破は……」


 「割に合いませんわね」


 「そうだねぇ」


 源平の軍記物もかくやの騎乗射撃で敵を追い散らしてもいいのだが、土豪といえど有力者は有力者。一介の冒険者など比べものにならぬ財力と権力を持っているのだから、正直敵に回して得することは全くない。


 むしろ、適当な名目をでっち上げて懸賞金なんぞかけられた日にゃ同業者から狙われて洒落にならんことになるからな。


 帝都で貴族家業をやっている外道の手を借りるのも癪だし――できれば使いたくないコネクションというものもある――穏当にすり抜けるとしよう。


 配達依頼も前世の配送業ほど日時指定にタイトという訳でもなし、冒険者らしくこそこそ権力者の目をかいくぐって無料(ロハ)で通ることにしよう。それに、連中が屯していることで、更に非合法な連中が動きにくくなる利点がないとも言わんしね。


 あちらを建てればこちらが傾く、そして全てを無くすわけにはいかないので、正しく清濁混淆の世は不合理を受け入れつつ成立するほかないのだ。


 「遠回りしようか。マルギット、切れ目を探して貰えるかな?」


 「ええ、お任せくださいなエーリヒ。それにしても……」


 鞍に相乗りし、膝の間に収まるマルギットが楽しそうな声を出すので見下ろしてみれば、彼女はいつもの「仕方ないですわね」とでも言いたげな顔をして私を見ていた。


 「厄介事なのに楽しそうですわね」


 「……そうかな?」


 「ええ、いつだって貴方はそうですわよ」


 歌うような軽やかさの言葉に負けぬほどの身軽さで鞍上から飛び降り、マルギットは笑う。


 「厄介であればあるほど楽しそうにしていますもの」


 「……ごめん、不愉快だった?」


 不安に思って謝ってみれば、更に強まった笑みと共に否定の言葉が投げかけられる。


 「いいえ、貴方らしいわねって思うだけですわ」


 なんともご機嫌そうな鼻歌を引き連れ、偵察のため去って行く幼馴染みの背を見て私は思わず拝んでしまった。


 理解ある幼馴染みほどありがたい物はないと実感して…………。












【Tips】土豪。その地方において力を持つ有力民。マルスハイムにおいては代官や騎士に任じられているものの、元々地方に力があった者を追認しているだけに過ぎない。そのため、名目以上の権力や発言権を持つ者は珍しくなく、日々正式な貴族や騎士と水面下で勢力争いを繰り広げている。

季節の変わり目で寒暖差が激しく体調を崩しておりました。


冒険者として関わり合いになる同期も出てきました。TRPG的には敵として用意されなければ出番が少ないポジションではありますが、やはり同期は大事だと思うのです。初々しさ成分補給的な意味でも。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『"ジークフリート"のディー』くんの今後がとても楽しみです☆(ノ´∀`*)
[一言] 金髪の孺子「ジークフリートなんて俗な名前だ」 を期待してしまいましたw 敵で無ければ、徐に「前にあった〇〇がこの依頼から帰って来ない」とPLに対するカナリア案件に為らないことを祈りたい。…
[気になる点] >前世でいえば上場企業で二年目の新人が主任とか係長補佐になるようなもんかな。 私の感覚だと、二年目で主任は不可能な速さの出世だと思うのですが、どうなんでしょうか?他の人の意見も聞きた…
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