青年期 十五歳の晩夏 三
腸が煮えくりかえるという慣用句を我が身を以て味わうことになるとは思わなかった。
持っていた木製の酒杯が軋み、中身が漏れ出しそうになる。
ああ、私はどうにも迂闊なことが多いが、今回は本当に悪手だった。
マルギットの強さを信頼していて暢気していた節はあるとも。正直、ルール無用で一対一の殺し合いなら、最初のリアクションに失敗したら普通に私を殺しうる強者なので安心していた。
ただ、実際に襲われたと言われてしまえば、あまりの不甲斐なさに腹を掻っ捌きたくなってくる。
いやさ、まず私ではない。奴儕どもを狩り出して手足の一本などでは生ぬるい、そっ首を街路に連ねて……。
「落ち着きなさいな」
激情に震える手に、そっと小さな手が添えられた。机を見つめていた私の視界へ、彼女が強引に身を乗り出して入ってくる。
勝手に一人で暴走するな、と叱るように。
「ご覧の通り、毛筋ほども傷を負っていませんことよ? 衛兵さんからあめ玉まで貰いましたもの。ねぇ、落ち着きなさい、エーリヒ」
「だけど……」
「貴方が考えていることくらい、私に分からないと思いまして?」
鼻先同士が触れるほどの間近で琥珀の瞳に見つめられると、息を呑んで次の言葉を吐き出すことができなかった。
彼女は巣を張る蜘蛛ではないのに、絡め取られたかのような感覚に陥る。視線という触角を用いて、脳髄を浚われているような錯覚。これはあれだろうか、嫌になるほど死にまくり、狂気に陥ったシステムで蜘蛛の神格が好きだったから湧いてくるイメージか?
「で、怒りにまかせて剣を抜いて、得られる物がありまして? 一瞬スカッとするだけのことに、辻斬りに近い汚名は見合うとお考えで?」
「いや、それは……」
「もし仮に……私が汚されていたとして、それで見合うと考えているならお笑いぐさでしてよ?」
一瞬思考をやるだけで死にたくなることを宣いながら、マルギットは冷めた笑いを作る。男って馬鹿ね、と女性が作る特有の冷笑だ。
「汚されたとしたら、貴方が責任を取ってくれればいいんでなくって? 阿呆の首を並べられたってね、女は嬉しくもなんともなくってよ? その辺り、おわかり?」
ちょっとよく分からないけれど、ここで素直に言うほどINTが低くないつもりなので首を縦に振った。まぁ、確かに下手人に痛い目を見せるだけで責任を果たしたかと問われれば、確かに否だとは思うし。
「ねぇ、貴方は何になりにこんな西の果て、エンデエルデくんだりまで来たんですの? 安っぽい犯罪者? 辻斬りの汚名を受けて逃げ回る札付き?」
「……冒険者」
「そうですわね、なら、もっと賢い方法は思いつきませんの?」
問われ、深く息を吸う。そして一言断って、懐から煙管を取り出し一服つけた。
選んだのは愛飲している精神を平静に保つ効能を持つ葉。ゆるゆると肺に煙を溜め、怒りで脳に空いた空隙に流し込み冷静さを手招きする。
マルギットは良いことも教えてくれたじゃないか。
まだ漂流者協定団全体が敵に回った訳じゃあない。精々、小さな縄張りを占めている……いわば組頭レベルの小物が私に目をつけただけに過ぎない。
なら、教えてやれば良い。
喧嘩を売った相手を間違えたことを。
「ありがとう、マルギット。冷静になれたよ」
剣を抜くのは容易いとも。私であれば、本気を出すまでもなく下っ端ごときが群れようが容易く斬って伏せられる。それだけの鍛錬と経験を積んできた自負はある。
されど、怒りにまかせて吠えたくり、分別もなく噛みつくだけなら躾の為っていない犬にすらできる。
思い出せ、私は誰に薫陶を受けてきた? あの悪辣なる長命種の下で何年働き、何を仕込まれてきた?
側で使えるということは、その一挙手一投足を学び取ることにも繋がる。笑顔で毒を吐き他人同士を食い合わせて利権をかすめ取る腐れ外道の手管を幾度見たか。
私の手駒は少ないので、ああも上手く動くことはできないとも。
それでも、脳内筋肉率を一二〇%にして、全ての交渉を<肉体>で判定しないで片付ける賢さは見せられるはず。
「賢く行こう。流す血は最低限の方が良い」
「大変結構。それでこそ、ですわね」
動かせる財布の中身、そして蓄えた熟練度に対してそろばんを弾き、私は目一杯悪い笑みを作って見せた…………。
【Tips】金で動かせるのは友好的な組織に限った物ではない。金で人を動かす者は、時に敵の金で動きもするのだ。
アガリが少ないんじゃねぇかい? と嘲るような言葉が男の脳裏から消えなかった。
彼は何処にでもいそうな見た目をした、体を少しだけ身綺麗に整えたヒト種であった。
ちんけな商売人といった風情の彼に人より秀でたところがあるとすれば、手先が器用でぶつかることなく懐から財布を抜けるスリの技量と、必要とあれば靴を嘗めてまで上役に諂える精神性という目に見えぬ二点くらいだ。
いや、なればこそ漂流者協定団にて小さな縄張りを預かり、かっぱらいや置き引き、スリの元締めをやれているのだろう。
しかし、最近は商売が上手くいっていない。
別に全てが狂った訳ではなかった。ある程度であれば見逃して貰えるよう上役を通して衛兵に鼻薬を嗅がせているためしょっ引かれる奴は少ないし、商売として全体の売り上げが下がった訳でもない。
ただ一つ、スリの元締めとしての面子を酷く痛めつけられることがあっただけだ。
されど、この界隈ではその一つが何より重いものである。いつもと同じ上納金を上げたのに、噂を耳にしたらしい同僚から揶揄されてしまうほどに。
小綺麗な新入りの冒険者様は、その丁寧な立ち振る舞いからして貴族の諸子かなにかだと思われた。服は上等とまではいかないが見窄らしくなく、風呂にも頻繁に通っているのか肌も髪も綺麗で立ち振る舞いは高等教育を受けた者のそれ。下町で汚れに慣れて、勉学の欠片もなく育った人間にはない色がある。
だから期待して大勢の配下が挑みかかった。愉快に音を立てる小銭が懐に沢山入っているだろうと、もしかしたら一生で何度も拝めない金貨がたっぷり詰まっているかもと。ああいった手合いは、得てして親から溺愛され身に余る小遣いを貰って一端を気取っていることが多いのだから。
だが、結果は惨敗。どいつもこいつも逆に財布を盗み返されてくる始末。腕利きで鳴らした面子までやられ、遂には自分も重い腰を上げて「ナメるんじゃねぇぞ」と思い知らせてやるために出てみたが……結果は思い出したくもない。
こうなりゃ実力行使だと荒事担当を差し向けてみても軽くあしらわれ、挙げ句の果てに最終手段として面倒臭い奴を浚わせている汚れ仕事でも特段に汚いことに精通した面子まで潰された。内一人は手首から肘までをこっぴどく壊されて、もう同じような働きはできないときた。
恥を忍んで上に訴える? いやいや、そんなことが出来るはずもなかった。まだ煤も落ちていない新人相手に熟練が潰されたので――バレていないとは思うが、手前までしくじって――助けてくださいなんて宣った日にゃ、同僚から容易いと見られて尻の毛一本まで残さずかっ剥がれるのが目に見えている。
これは、これだけは何としても自分で収めなければならないことだった。顔を潰された悪党に待っている末路なんてものは、どうあれ明るい物ではないのだから。
“穏当”に脅しや拉致で済ませられないなら、後はもう数を頼った闇討ちしかない。殺して口を塞いでしまえば何とでもなるのがこの世の中。もしも貴族の御落胤だったところで、下水穴に捨ててしまえば後は綺麗に処理されて分からない。
むしろ尊いお歴々こそ、この汚濁にまみれた下町に拘わるのは嫌がるものだ。益にならぬどころか、敵に回す恐ろしさを嫌という程知っているから。
思い立ったが吉日、直ぐに配下に手勢を集めて塒を調べさせようと男は決めた。くさくさした心を晴らすために呑んでいた酒を一気に呷って景気をつけ、盛大にお代を叩き着けて――しかし、みみっちいことにしっかり丁度だけ――酒場を後にする。
酒に浸ってぬくもった体に晩夏の冷め始めた風が酷く寒く感じられた。見上げれば白い月が真円となって冴え冴えと輝いており、小馬鹿にされているような気がする。汚れのないお高い所で輝いて、素知らぬ顔でいい気なものだ。
憤りに任せて唾を吐き、身を縮こまらせて塒に向かうため小路に入る。
普通であれば避けるような道も、裏で顔が通った男には家の廊下のようなものだ。遠巻きに配置させた数人の護衛も――一応、真っ当な職業もやっているので露骨な悪漢は近づけたくない――いるため恐れるものはなにもない。
そう、何もない筈だった。
自然に一歩を踏み出した筈なのに、次の瞬間には地面に組み伏されていた。痛みはなく、転んだという実感さえ湧かない。だのに体は汚い地面に引き倒され、視界には汚れた街路が大写しになっている。
酔って転んだにしてはありえないことだった。そうなるまで呑んだ訳ではないし、ましてや痛みもなく転ぶなんて器用なことがどうして酔っ払いにできようか。
嫌な予感に口を開けて助けを呼ぼうとすれば、次の瞬間、舌に触れたのは冷たい鉄の味だった。
「喋るな、唾も飲むな。こいつは良く斬れるんだ。二度と物を食う喜びを味わえなくなるのが嫌なら、分かってるな?」
上体を完全に潰され、腕の関節が極められている。その上で絶妙な圧力を加えることで逃走を試みることは疎か、無様に身じろぐことすら封じられる。
その上で口に差し込まれた短刀のせいで、最期の頼みである声さえ発せなくなった。
思考が目まぐるしく回る。されど、それは全て空しい空回りに過ぎず、事態を解決するに足ることは湧いてこない。精々、どこの敵対組織の手の物かだとか、刺客を差し向けられるほどトチった覚えはないのにということ。
「お前は何も喋らなくていい。ただ私の言葉を聞いて頷くだけでいいんだ」
恐ろしい声だった。淡々としていて抑揚に薄く、決して強い語気も乱暴な文句も込められていないに心の奥に突き刺さるような鋭さがある。
まるで言葉そのものが刃の形を取り、精神を抉ってくるかのような……。
「少し短慮に過ぎたな? 喧嘩を売る相手は選んだ方が良い」
恐怖と焦りで狂った頭が、何とか回答をひねり出す。喧嘩を売る、直近でこの言葉が適用できる相手はそういない。
否、むしろ売られたのは自分の方なのに。
反射的に声を上げようとし、舌にぴりりと痛みが走って動きが止まる。本来刃物というのは刃筋を立てて押すか引くかしなければ斬れないものなのに、ただ舌が動いて少し触れただけで肉が裂けたではないか。言葉を結べるほどに動かしたなら、刃は容赦なく肉を深々と切り裂いていただろうと確信できる痛みに股ぐらが縮み上がった。
「それと、護衛の助けを期待しているなら無駄だから諦めろ」
言って目の前に雑に投げ出される四本の短刀……全て見覚えがあった。護衛として引き連れている、腕に覚えがある男達の持ち物だった。
孤立無援、脳裏をよぎった言葉に絶望が滲む。生きて帰れるのであれば、こんな組織の面子にも拘わることをした愚か者を上申し、街を上げて潰させることもできたのに。
「さて……実はな、もうお前の上には話を通してあるんだ」
が、上に乗った影。自分が殺してしまおうと思っていた煤も落ちぬ新米冒険者は当然の権利の如く更なる絶望を突きつけてくる。挙げられるのは直属の上司の名を通り越した、漂流者協定団の評議会員の名前。つらつら読み上げられるその名は、襤褸の王族とも呼ばれる流民を束ねる権力者達のもの。
「苦労したぞ、ロランス組に仲介を頼み、都合で五ドラクマも費やした。あまりの大量出血に貧血ものだよ」
街区を束ねる上の者より更に上、評議会の名を出されれば最早どうしようもない。関係の無い者であれば名さえ知れぬ者達が口からでるのは、でまかせでは決してあり得ない。名を一つ知るだけで情報屋が金貨の十枚や二十枚を出すほどの機密が何かの偶然で漏れてたまるものか。
自分でさえ、奴が出した名の半分も知らないというのに。
「お歴々は色々加味した上で……好きにしろと仰った。つまり、ここでお前の汚れた死体が衛兵に発見されたとして、酔っ払いが転んで舌を噛み切ったとして処理されるわけだ」
確実な終わりが形を結んで背に乗っている。そして死という刃を舌に乗せている。逃れ得ぬ運命が重みを持って体を押しつぶし、触れぬままに心臓を止めようとしている。
「だが、私はそうしない。お前の安い命を取って得物を汚れさせるほどのこともないからだ」
死は命は獲らぬと言った。しかし、それは嘘だ。確実に殺されている。
「故に啼け、手を出してはならない者が居ると、その身の惨めさを以て示せ。私が望むのはそれだけだ」
せせこましいプライドが、ちっぽけな矜恃が、そしてこれからの栄達が。形の見えぬ刃が仮想の刀身で男の将来と過去を微塵に刻んでドブに流した。これから先、もう待っているのは惨めに怯えるだけの日々。
直にこの話は組織の内に広まるであろう。そうなれば間もなく敵対する者達にも広がっていく。自分は食い物にされるのだ、街に存在している薄ら暗い場所に住む全ての者から。
そして最早、自分を守る物は何もない。組織に売り渡された以上、組織を用いて率いていた配下は期待できない。誰一人として、男に心底惚れて付き従っている者などいないのだから。
「いいな?」
確認の体をした命令に、男は無様に体から流せる物全てを垂れ流しながら、刃に舌を落とされぬよう気遣いながら頷くだけ。これ以外の回答など赦されてはいないし、求められてもいない。
今後の全てがなくなったと分かっても、命の一つだけは喪いたくなかった。
「大変結構……ゆめゆめ忘れるなよ、私は何時だって私の友人に仇為すものの大敵であるからな?」
すっと背中から物理的な重みは失せた。背に百数えたら好きに失せろと投げかけられるも、虚像となって居座り続ける重圧感に動けなかった。百が過ぎても、百を百回数えられるだけの時間が過ぎても。締め落とされていた護衛が助け起こしに来ても…………。
【Tips】漂流者協定団。流民が互助的に始めた氏族であるが、今や街の浮浪者や犯罪者にまで広まり、屋根を持たぬ全ての者を纏める組織といってもよい集団。
市壁外部に広がる天幕街という勝手に天幕を立てて暮らしている者達の集団が根城であり、同時に市街の未整備地区や整備が放棄された地区に根を張っている。評議会なる合議によって動いているそうだが、その全容を知るものは極めて少ない。
私は万一にも第三者に見つかって強盗と勘違いされてもいいよう顔に巻き付けていた布を外した。そして屋根の上で大きく伸びをし、ちょっとした達成感に震える。
まぁ、上出来な方じゃないだろうか。
TRPGにおける他のゲームにない良い所の一つ、それはコネクションの利便性だ。
PCにはない社会における強力な立ち位置を持つコネクションキャラは数多く――平然と王族とかグループ企業トップとかもいるし――彼らの力に縋ることが出来る場面においては大変強力だ。
特に武闘派として鳴らし、地元に影響力を誇る氏族の長とか実に頼りがいがあるよね。
私はさっさと事態を解決したかった。こんな小競り合い未満の逆恨みで相方が危険にさらされるのは我慢ならないし、ダークな側面の強いシティ物をしたくて地方にやってきたのではない。薄暗くてドロッとした展開は帝都で腹一杯だよ。
私が憧れるのは王道のヒロイックな物語だ。確かに前世では真っ当なロールをしたら「えっ、パイセン、常識人ロールできたんすか!?」とか「今日もしかして体調悪かったりする? クライマックスは後日でもいいぞ?」とか言われるほどイロモノもばかり作ってきたが、やはり憧憬の原風景は捻りのない英雄にこそある。
それにフィデリオ氏が不在の今、私が利用しているからといって子猫の転た寝亭にちょっかいを出されては堪らない。それこそ腹を切るだけではすまなくなってくる。
なので全ての困難をコネと悪党の首で稼いだ金の力。そして不本意ながら取得した上等な特性<圧倒の微笑み>と<逆らいがたき威声>を取ることで押し潰してやった。
事態を素早く収拾するためには敵対者を潰せばいいのではない。むしろ下手な火種としてより大きく燃え上がる危険性があるのなら、その上を使ってもみ消した方が良い。
私はまずロランス氏に事情を話し、漂流者協定団の上に繋いで貰おうとした。勿論、すねを囓るように一方的に縋るのではなく、手間賃をきちんと用意し、礼を尽くした態度でお願いしたとも。
すると、何やらそれが巨鬼の価値観的にド嵌まりしたのか――むしろ、真正面からカチ込めよ等と言われることも懸念したが――ロランス氏直々に顔を繋いでくれたのは望外の支援であった。
案内された市壁の外、異臭と共に立ち並ぶ天幕の一つに通され、私は安い特性のコンボだけでは流石に限界があるかと思って取得した高級な特性とスキルを使って交渉に挑む。
<圧倒する微笑>は本来<交渉>技能だのを用いて行う威圧を“他のスキル”を参照して行える、和マンチであればみんな大好きの別データを参照するスキルの一種だ。この場合、黙って微笑んで威圧することにより、私が身に付けた<達人>の<戦場刀法>で威圧ができることになる。
あれだな、本当に強くておっかない奴は微笑んでいるだけでも威圧感が出せるという、どんな創作物にでも見られる強キャラの演出っぽいものだろう。
これは実際便利な特性だ。ヤッパを抜いて威圧すれば法に触れるが、ヤットウの腕前を威圧感に変換して脅迫するのは至極合法。なにせ指一本触れていないのだから、相手がビビる分には勝手である。
いやぁ、憧れるよね、口汚く怒鳴り散らすのではなく、言葉少なに微笑んで相手を圧倒するロール。これほど強キャラ感を発揮できる演出も少なかろう。
そして<逆らいがたき威声>は<交渉>に関してシンプルに高い倍率で補正をかけてくれる上に“自身と相手の戦闘能力差”のバフ・デバフをおまけしてくれる特性だ。戦闘能力の辺りがどうにも不明瞭なので分かりづらいが、冒険者レベルの差分値分のボーナスを貰えるようなものか。
私にしては捻りもなく高コストにしてハイスペックな特性を取ったものだと思うが、色々こねくり回して沢山取るより単純に強かったから仕方ない。強スキルでゴリ押すのも立派なデータマンチスタイルの一つだしね。
かといって、この特性で勝とうなんてヌルいことは考えていなかった。精々、嘗められなければいいと思ってのこと。私の外見に威圧感がないことなど疾うに知っているし、単なる小坊主と見られないための必要経費だ。
なんと言っても相手は街を牛耳る犯罪集団めいた氏族。脅しや威圧に屈する分かりやすい雑魚は一人も居るはずがなかろうて。
天幕の中、襤褸を纏って顔を隠し車座を組む評議会なる連中との交渉は、中々に骨折りであった。相手もさるもの、威圧されようがペースを崩すことなく淡々と、しかし確実に有利な落とし所を決めようとしてきやがる。
別に相手も本気ではなかったと思うがね。マルスハイムでも指折りの氏族、それも頭首のお気に入りと思しき新米、対して上層部が名前も知らない木っ端みたいな下級幹部。天秤に乗せるまでもなく優先すべき対象がどちらかなんて分かるとも。
その上で少しでも利を得ようと交渉を回してきたので面倒だなと思っていた時……ロランス氏が全てひっくり返してくれた。
「ぴぃちくぱぁちく喧しいぞ、堂々と名の一つも名乗れぬ襤褸纏い共が。それとも何か、この私さえ切り伏せる鬼神にも等しい男と一戦所望するか? ならば、この身も僅かながら助成し、剣を振るうことに何の躊躇いもないが?」
ちょっと私を持ち上げすぎではあるが、実に見事な啖呵であった。ヒト種であれば長剣にも等しい長さの懐刀を抜いて地面に突き立て、巨鬼特有の凶暴な牙をありありと見せつけての恫喝。場の空気が震え、味方の筈である私でさえ死を意識する威圧に誰が耐えられようか。
結果的に始末は私がつけることで、以後は不干渉とすると手打ちとなった。最悪、金を幾らか払うことも覚悟していた上では悪くない経費といえよう。
そして、その処理も今終わった。もう下らない手を伸ばしてくることは二度と無いだろう。あの阿呆からも、そして他の間抜けからも。
良い気分だ。これぞ冒険者、TRPG的にはクライマックス戦闘を発生させないシティ物における賢い解決と言えるだろう。さて、GMが居ればチケットに経験点を何点書いてくれるかしら。
護衛を片付け、ふん縛って見張ってくれているマルギットに終わったと伝えてこないとな。
ただ、その前に月を見上げながら煙草を一服して、達成感を噛み締めるとしようか…………。
【Tips】コネクションによる助成。関係性によりコネクションキャラクターはPC達に自らが持つ力で様々な便宜をはかってくれる。対価を求められることもあれば、関係性やコネクションキャラクターの利になる行動であれば無料で動いてくれることもある。
この場合、ロランスは好意で強く助けてくれると共に、最低限の義理を通し周りを納得させるため仲介料として五ドラクマを受け取った形である。
ということで小競り合いは収まりました。コネクションキャラクターの力は偉大。
特に某未来の東京では気が向いたら神業切ってくれるのでとても素敵。
あとは何話か初心者冒険者らしい話をして少し時間が跳びます。
いえ、私は細かい仕事を沢山書くのは楽しいのですが、流石に間延びしてしまうのでね。
サクサク展開で行きましょう。




