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青年期 十五歳の初夏 五

 氏族(クラン)なる文化は帝都であると寡聞にして耳にしないが、実態を知れば何処の地であってもありふれた社会形態の一つに過ぎないと知る。


 人間がいれば集団が生まれ、集団があれば一部の力ある物が統率を始め、統率者は庇護を与える代わりに利益を求める。対して参加する者達は庇護を受け、同時に組織に属する者達で数を力に換えて躍進する。


 本当にありふれていて、だから今更なんだと言いたくなるような図式。


 「なんてぇのかね、姐御はアレなんだよ、疲れてんのかね」


 酒場の雑然さが嘘の様に整えられた中庭で、服の裾をまくり動く準備をする私に犬鬼のケヴィンが言う。空と思しき樽に腰掛け、億劫そうに頬杖をついている姿は癪だが格好良い。私達ヒト種にはない、野生の精悍さという見ているだけで強さを感じる造型のせいか。


 「ほら、アレだろ? 巨鬼ってぇのはよ」


 「戦闘中毒?」


 「そう、それそれ」


 木剣の作りは粗雑ながら悪い物ではなかった。妙な歪みはないし、芯金も適当に突っ込んだ物ではないらしく重心も本物に近い。好みをいえばもう一寸ばかし短い方がいいのだが、持て余すほどの長さではないのでよしとしよう。得物を選ばないのが我が<戦場刀法>最大のメリットなのだし。


 「ただねぇ、姐御もお強いんだが色々持て余すんだとよ」


 「相手が足りなくて、ですか?」


 「それもあんだが、俺らにゃわかんねぇ巨鬼(オーガ)だけに分かる乾きってのがあんだろうなぁ」


 しみじみ語る彼の視線の先で巨鬼が戦の支度を終わらせていた。


 矮人であれば天幕に仕立てられるほど巨大でだぼついた上衣の裾をまくり上げて胸の下で縛り上げ、ズボンの裾を膝まで上げたかと思えば腰に結わえてあった幾本かの紐を外して括り上げる。


 そして散切りの不揃いな頭を強引に後ろに撫で付け、金属光沢を持つ赤銅の髪を適当に縛った。


 居住まいを正した彼女は大変に美人であった。鋭利な輪郭はキツい印象を強めるが、その印象に負けぬつり目がちの細い目は眉根の皺と相まって厳めしさが凄まじい。薄いながらに高い鼻も気の強さを助長し、巨鬼にしても長い犬歯が零れる厚みに乏しい唇との相乗効果で剣呑さがいや増している。


 正しく迫力のある美人とでも言うべきであろうか。目尻を際立たせる化粧を施して、和装で飾れば極道の妻っぽくて様になるだろうに。酒場のソファーで飲んだくれているのは実に惜しい。


 そんな彼女を見て惜しいと感じるのはケヴィンも変わらないのか。ノール種特有の立派な鬣を掻き毟りつつ何とも言えない声音が漏れた。


 「至らねぇ至らねぇと酒を呷りながらずぅっと言うのよ。そんでも俺らを木っ端みてぇにふっとばせんだから、よくわかんねぇよなぁマジで」


 「そりゃあそうでしょう。犬鬼にだってヒト種に分かって貰えない文化くらいあるでしょう?」


 「まぁな。お前らも俺らがフケってる時ん辛さはわかんねだろ」


 フケるってのは確か発情の俗語だったかな? ヒト種と違って生殖に季節サイクルがある亜人種は大変だな。


 「だからまぁよ、俺らぁあん人の強さについたんだから、多少なりとも思うところがあるわけよ」


 「……で、少しでも使えそうなら新人を宛がって鬱憤を晴らして貰おうと」


 「おうよ。俺らが相手することもあっけど、身が保たねぇんでな」


 あっけらかんと笑う姿に少しイラッときた。少しだけだよ、本当に。ヒト種より数段頑丈な奴が保たねぇんなら、豆腐みたいな我々がどんな目に遭うかくらい分かるだろ。


 「一応言ったよな? ここで止めるなら氏族に入会金で有り金の半分を上納するだけでいいんだぜ。その後はアガリの十分の一を納めりゃ姐御の名の下で安心して働けるって寸法さ」


 いいや、分かっているからこその勧誘商売か。無理な喧嘩から逃げようとしたら金を巻き上げ、それさえ断れば私刑にかけられるか……今後冒険者をやる中で大事な大事な面子を潰す様な噂を流すと。


 確かに致命的だわな。幾ら巨鬼相手とはいえ、冒険者みたいな荒くれ家業で食っていこうとする奴が立ち向かいもせず尻尾を巻いたとあっちゃ末代まで馬鹿にされる。


 「姐御に喜んで欲しいたぁ思うが、若人がボッコボコにされんのをみて笑う趣味も……そこまではねぇんで最後にもっぺん聞いてやるぜ新米」


 特注以外にあり得ない巨大な木剣を腕ならしに振り回す巨鬼を前に尻込みしない新人がどれくらいいるだろう。そして、勇気を出しても“無謀”にならない者はどれくらいか。


 轟音を立てて吹き荒れる剣を前に心が折れて、氏族に加わる選択肢をする者がいるのにも頷けた。あの圧倒的な暴力を背景にして活動できるなら、クエスト報酬の十分の一がさっ引かれるのは多少悪くないと思えることもあるだろう。


 「止めるなら今だぜ」


 ただ、私にもプライドがあるのだ。鍛えてくれた二人の師と冒険を供にしてきた友人達。


 そして、踏み越えてきた敵手を背負って生きている。


 私が無様に潰れたら、彼らの価値まで落ちてしまうではないか。故に私は未熟であると自省しつつ、決して手前を弱いと断じることはないし。


 「語るに及ばず」


 弱いとナメさせる気も無い。


 「そうかい。ま、気張れや新入り。一応、家の傘下にゃ僧も居るからよ、金さえだしゃ骨も接いで貰えるさ」


 それとも拾って貰う方がいいかもしんねぇなぁ、という軽口を背中に受けつつ、私は準備を終えた巨鬼の前に立った。


 こうして対峙すると壁や巌と相対しているように錯覚させられる。この時点で心が折れても恥ではないと思える威圧感を感じた。


 ただ絶望的とはほど遠い。運命というクソGMに無理ゲーを強いられてきた私にキャラ紙を投げさせるには化け物具合がちと足りぬよ。


 言葉もなく、会釈もなく、巨鬼に伝わるという戦口上もなく一撃が放たれた。唐突な一撃は、だらりと腕を下げた脱力の体勢より掬い上げるように放たれるもの。四肢を高効率で連動させた斬り上げの斬撃は、怠惰な見た目に反して高い技量で纏まっている。


 左下から垂直に抜けていく一撃に対し、私は左に体を開くことで回避する。前髪が幾らか持って行かれるほどの間近を木剣が抜けていく姿は心臓によろしくないね。


 お返しに私も右手に握った木剣を突き込んだ。目当ては斬撃のため僅かに踏み込んできた左足だ。少しだけ進んでくれたからこそ、倍近い上背の差とそれ以上のリーチ差があっても剣が届く。


 半身のまま体は動かさず、腕のしなりと肩から胸の筋肉を連ねて放つコンパクトな刺突。左足を軸として地を踏みしめることで、殆ど腕だけで突いているように見えても実は全身をフルに活用している。


 一瞬、鬼種特有の金色の瞳が見開かれ、巨鬼は素晴らしい反応を見せてくれた。左足を跳ね上げることで木剣の切っ先を払ったのだ。


 やはり酒に浸っても名剣は名剣、いい反応をする。これなら真剣でも刺さっていないタイミングだな。


 気怠げであった目に光が宿ったような気がした。


 続いて襲いかかるのは、蹴りの残心より瞬く間に両手持ちに切り替えられた剣を“そのまま”突き込んでくる柄頭での一撃。剣を刃物ではなく鈍器としても使う装甲を持った敵への攻撃方法であるが、切り返しの一撃としても素早く放てるため選択肢としては理に適ったものだ。


 いいね、少し本気になってくれたらしい。


 身を屈めて繰り出される柄を掻い潜り、巨体の懐に入って剣を振るおうとする。しかし、即座に蹴りが放たれてやむなく離脱するハメになった。


 が、それは近い間合いを嫌がっている証左に他ならない。私は着地の反動を次なる踏み込みへ転用し、長大なる剣をしっかと両手で握った巨鬼の間合いへ自ら踏み込んだ。


 巨鬼の背丈は三mにも達する。大してヒト種は半分から三分の二とくれば、やりにくくてしょうがなかろうよ。ヒト種でも子鬼を相手にすれば同じ経験ができる。二足歩行の性質上、手前の足を傷つけずに下段を斬るのは難しいし、力も入れにくいものだからな。


 なればこそだ、何時も口癖のように言っている“人の嫌がることは率先してやりましょう”を実践するだけのこと。


 颶風を纏って荒れる木剣を受けるのではなくいなして進む。少なくとも私の<膂力>では技量を伴っていても防御判定を試みた所で潰されるからだ。圧倒的質量の前では小手先の技術は通じない。弾くか回避あるのみ。


 攻撃をいなし、避け、時に反撃し十数合も交わしあった頃、周囲が少し賑やかになってくる。今まで酒場に引っ込んでいた氏族の面々が観戦にやってきたのだ。


 大方、どうせ数秒で悲鳴が聞こえてくるだけと暢気していたのだろう。されど何時までもヒト種の小僧の無様な声は聞こえてこず、木剣が交わされる甲高い音が続いたため不思議に思って見に来たというところか。


 見たいなら幾らでも見るがいい、期待している展開にはしてやらんぞ。


 なにより幼馴染みが何処からか引っ張ってきた干し肉をつまみに観戦しているのだ。つまらない試合に出来ようはずがあるまいて。


 回転が上がる、技巧が増す、攻撃に艶が出る。四肢末端まで全体を律動させて振るわれる剣と、合間に挟まれる蹴りや拳に遠慮が無くなってきた。今までは当たっても一応は死なないかなと思える程度に加減されていたが、今や一撃貰えばヒトの脆い肉体など時機を逸した果実の如く潰れてしまうほどの威力が込められている。


 これは稚気に溢れた、コトが上手く運ばなかったが故に滲む本気ではないな。


 巨鬼としての本文を思い出した肉体が知らずの内に力を込めているようだ。


 熱くなってくれているようでなによりだよ。何重もの意味でね。


 纏わり付くような間合いで好機を見計らっていると、ついに待ち望んでいたものが来た。私を振り払うために放つ大ぶりな一撃、間合いを空けさせて再度都合の良い状況に持ち込みたかったのだろうがそうはいかん。


 左方から円弧を描いて襲いかかる横薙ぎの一撃に対し、私は木剣を左体側に添えて待ち構える。


 そして剣同士が触れあう瞬間、剣を支点として飛び上がり体は地と水平に傾く。するとどうだ、木剣は木剣の側面を滑って抜けていき、私はその場で横薙の一撃を回避できた。


 結構博打に近く、曲芸にもほどがある回避であるが、できると思ったから判定を試み実際に成功させた。最初から出来るか出来ないかが大凡見えるのが固定値に頼った構築の強みだな。ピンゾロ以外なら無茶な演出でも通る! と分かっていれば安心して格好がつけられる。


 熱い台詞と気合いを入れた演出の後で空振ることほど決まりが悪いこともないからなぁ。


 剣が抜けていく勢いで泳ぎそうになる体勢を何とか整えて着地し、剣を振り切ったことでがら空きになった右の脇腹へ切っ先を添える。如何に生態装甲ともいえる金属交じりの皮膚を持っていたとしても脇は皮膚も肉も薄いため、肋骨の隙間を通す様に突き込めば致命の一撃とすることができる。


 それを彼女も分かったのだろう。振り抜いた剣を返すこともなく、じぃっと私を見下ろしている。私は満足か? と問う代わりに切っ先で脇を二度叩いてやった。


 数秒遅れ、周囲から重いざわめきが聞こえる。自分達の頭目が負けるなど想像もしていなかったが故、事態を理解するのに時間がかかったのだろう。


 当惑にまみれたざわめきの中、重い吐息が混ざる。酒精の匂いを帯びた長い長い息の後、巨鬼は剣を投げ捨てて私に背を向ける。そうして中庭の一角、積み上げてあった瓶の一つを掴んだかと思えば、おもむろに蓋を開けて中身を被ったではないか。


 被ったのはただの水だ。炊事のために汲み置かれていたらしい水を豪快に浴び、底に残った僅かなものを手で掬って噛みつくように飲み干す。


 そして底が割れるのも構わず乱雑に地に置けば、しとどに濡れた髪を掻き上げて声を上げた。


 「ケヴィン!」


 「へいっ!?」


 「木剣を寄越せ! いつものだ!!」


 頭目の命を受けた犬鬼が慌てて酒場の中へ消え、盛大に物を引っかき回す音を引き連れて戻ってくる。抱えているのは今まで振るっていた木剣と比べれば二回りも短い木剣と、それよりも更に短い木剣の一組。


 恐る恐る差し出される木剣を受け取ると、巨鬼の雰囲気が変わった。


 なるほど、巨鬼が振るう基本的な身幅の長剣は好みではなかったということか。


 あれこそが本意であり身に馴染んだ得物。手足の延長になるまで使い込んだ技術の依代。


 変わってるな、二刀使いは初めて見た。盾による戦術が発展していると不利になるため、西方では殆ど見ない技術だ。


 しかし、それで冒険者をやっている以上、伊達や酔狂の代物では断じてない。


 となると、私も不慣れな剣一本だと厳しいか。


 「はい、これが欲しいんでしょう?」


 そう思っていると気配を感じさせることなくマルギットが傍らにやってきていた。手にはその辺に転がっていたと思しき盾を持ってきてくれているではないか。


 「ありがとう、流石だね」


 「どういたしまして。これでもっと格好良いところを見せてくださるのなら、お安い御用でしてよ」


 嬉しい心遣いに慇懃に腰を折って貴種の礼をしてみれば、彼女もスカートの裾を摘まんで礼を返してくれる。ほんと、色々分かってくれている道連れのありがたいことったら。


 私達のやりとりを待ってくれていた巨鬼は、マルギットがその場から離れると二刀を手に私の前に立ち、右の長剣を恭しく持ち上げ唾を額に添える。剣礼と呼ぶ徒手ではない時に捧げる礼だ。前世の物とは発祥が異なるが、文化と同じく仕草も似た発展をするのはよくよく考えると実に面白い。


 「名も聞かず、口上もなく斬りかかった非礼を詫びよう、新入り。我が名はロランス。ガルガンテュワ部族の“不羈なる”ロランスだ。卿の名を教えてはいただけまいか」


 朴訥な男言葉なれど礼儀は感じる。酒気を飛ばし巨鬼の戦士として彼女が立っている証。


 古い知人の同郷であることへの驚きを隠し、私も礼を返して名乗りを上げる。


 「ケーニヒスシュトゥール荘、ヨハネスが子エーリヒ」


 とはいえ、今の私はそれだけでしかない。冒険者として名乗りを上げるだけのことはしていないからな。


 されど、これこそ誇りを持って名乗れる名だ。過不足はあるまいよ。


 「そうか、ケーニヒスシュトゥールのエーリヒだな。さて、卿もやる気があるようだが、礼儀として敢えて聞こう。戯れとはいえ敗れた身が二戦目を請うのは無様に過ぎるが、もう一本受けてはくれまいか?」


 問いかけに私は剣を突きつけることで返した。


 さっきも言ったろう?


 語るに及ばずと…………。












【Tips】巨鬼は部族社会であるが故に家名を持たぬが、戦士には尊称として二つ名が与えられる文化があり、それが同時に階級としても成り立つ。ローレンやロランスの属するガルガンテュワ部族においては“果敢なる”より始まり“不羈なる”“不屈なる”“勇猛なる”を経て“剛毅なる”が最も高貴とされる。

少しだけ時間に余裕があったので更新です。


巷では このライトノベルがすごい! の投票が始まっている様で、よろしければ拙作にもご投票いただければと存じます。最近はラノベニュースとか好きラノなどに名前を連ねられたので少し調子に乗っておりますが、こちらにも爪痕くらい残せたらなと思います。そうすればより読んで貰えることに繋がるので、TRPGの布教にもなって良い感じなのですが。いや、まぁあんまりTRPGっぽい話できてないですけれども。


ということで2巻と合わせ、よろしければご支援いただきたく存じます。

次もまた間を空けずにお送りできればいいのですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かっこいい!!
[一言] 腐心して作り上げたビルドの結果がわかりやすく見えるのは楽しいなあ
[良い点] 毎回、楽しみにして読んでいます。 今回も非常に面白かったです。 [一言] 今更になるのですが、小説の1巻2巻ともに購入しました。 自分語りします。すみません。 まだ一巻の途中ですが、冒頭に…
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