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青年期 十五歳の初夏 四

 同業者組合への登録は不思議な水晶もなければ、血を垂らせばステータスが覗ける便利な機械もなく用紙への記入だけであっさりと終わった。薄々分かっていたことだが、この世界において人間の設計図にも等しいスキルや特性の存在は、神々だけが覗ける特殊なラベルであるようだった。


 まぁ、私だって自分のしか見れないしね。一時、相手の力量を<観察眼>とかで丸裸にできないか考察してみたことはあったけれど、結果的に不可能だと直ぐに分かったし。手前の物を見て触れるというだけで大盤振る舞いなのだから、これ以上を望むのは贅沢でしかあるまいよ。


 何はともあれ、Lv1ファイターです――あくまで比喩表現――との自己申告は何の疑いも持たれずに通った。同様にマルギットも斥候として書類を出しているが、猟師としての実務経験ありと書ける分、私より箔が付いているね。


 よし、じゃあ登録も出来たし、早速クエストに……と先走りはしない。


 さて、親切な受付のお嬢様方は色々なことを教えてくれた。


 一つは誰もが固まった一党で動いていないこと。


 冒険者の一党といえばメンツは固定というのが印象としては強いが、実態としては割と流動的らしい。


 それもそのはず、魔法使いも奇跡が行使できる流しの僧も希少だからだ。


 有能な者は固定で囲われることもあるが、大抵は必要に応じて集合離散を繰り返し、馴染みの顔を作っていくそうな。二人から三人ほどの小集団が仕事の内容によって追加人員を募り仕事を片付けていく様子は、なんだか日雇いの派遣仕事めいている。


 その中でも気が合った者が堅く結びつき一党を成すことはあるものの、有能な人材をあちこちで融通しあっているのが現状であるそうだ。


 まぁ、最初からベストな構成が三人から五人揃うなんて、神々のお導きでもなければ珍しいことは深く考えずとも分かる。これはこれで合理的な形で世の中が回っているのであれば、私達もそれに乗っかるとしよう。


 ちょっとだけ憧れを裏切られ続けて残念な気分になっているのは否めないけどね。


 幸いにも軽戦士――実態は魔法戦士であるが――と斥候というバランスのいい構築でもあるので、しばらくは二人で頑張ってみようかと同意に至った。無理に人を入れて馴染むまで試行錯誤できるほど余裕はないし、新しいことを始めるのは地盤を固めてからで良いと思ったのだ。


 お仲間が欲しくなった時は、受付の頼りがいがある淑女方にお願いしたら同じように仲間を探しているメンツを紹介して貰えるそうなので、必要だと思ったら頼ることにしよう。それ以外にも組合の掲示板に募集の張り紙を出すこともできるそうだし、気が向いたら冷やかしてみるのも楽しそうだ。


 次に教えてくれたのは冒険者が良く集まる河岸のこと。冒険者の同業者組合は組合施設内や前の広場での私闘をかなり重く見ているらしく、ここで諍いを起こすと降級もあり得るそうなので各々好いた酒保などに溜まることが多いそうな。


 冒険者はその性質上根無し草であり、一所に留まることは希であるため塒は自然と酒保に併設された宿や食事を自弁できる木賃宿である。その中でも冒険者向けとされている店がマルスハイムには数多あり、ひいてはそれ以外の宿だと冒険者は“野卑である”として歓迎されないそうな。


 宿の主人から嫌な顔をされたくないならば、財布と相談して決めれば良いと幾つかの宿を紹介して貰えた。いやぁ、若いって言うのは年長者から――精神年齢に触れてはいけない――便宜をはかって貰えて良いことだらけだな。


 最初に話しかけた受付さん、コラリー女史は駆け出しであるならば銀雪の狼酒房がおすすめだと言っていた。値段はそこそこだが主が元冒険者であるため、駆け出しには思い入れがあるのか色々サービスしてくれるそうだ。


 対して酒場での働き口を提案してくれたタイス女史は、将来に備えて貯金するなら冠の牡鹿亭がいいと仰った。ここはいわゆる大部屋を幾つも抱えた最安値の木賃宿であるが、男女別の大部屋を二棟に分けて用意しているらしく値段の割に治安がかなりいいという。その上、週に一度は宿代だけで利用できる蒸し風呂を解放するとあって駆け出しに大人気らしい。


 最期に木工所と伝手があるエーヴ女史はおすすめ……というよりも一つの目標として黄金の鬣亭という酒保を教えてくれた。近辺では一等上等な酒保として名高く、名の知れた冒険者の愛用宿として有名な酒保は素泊まりでも五〇アス――最安値の一人部屋でだ――という一見法外な値段を請求してくるが、二日に一回はシーツを入れ替え、三日に一度は清掃が入るという下町の宿にしては異常とも言える高サービスが提供されるそうだ。


 酒場としての質も高く、酒精神の僧が出入りするほど拘りが強いそうで、ここで一晩過ごすことを人生の目標とする冒険者もいるほどだとか。


 何はともあれ良いことを聞いた。信頼できる宿ほど大事なものはないからな。我々は異邦人でもあるのだから、安心して寝息を立てられる寝床がなければやっていけない。


 そこまで困窮している訳でもないので、とりあえずは銀雪の狼酒房へ向かうことにした。同業者組合からそこまで遠くない立地も魅力的であるからだ。


 さて、新たな寝床を拝みに行くかと一歩踏み出した所で……期待を裏切られ続けた私にやっとこ期待通りの展開がやってきた。


 「よぉ、新人、見てたぜ」


 「仲良くご登録ってところか。いいねぇ、初々しいぜ」


 お約束の洗礼とでもいうのだろうか。組合を出ようとした所で私達は二人組の冒険者に絡まれた。一人はヒト種、もう一人はノール系と思しき犬鬼(コヴォルト)の男性だ。


 といっても一山幾ら、幻想小説を読めばグロス単位で現れそうなチンピラではない。平服なれど服の仕立ては悪くなく、護身用として帯びたる短刀や寸鉄――辺境ともなれば表道具以外の携行はとやかく言われないのだ――の質も中々。小綺麗に整えた身なりなれど、重心を丹田に据えた立ち姿に油断はなく紛れもない荒事を業とする者独特の匂いがした。


 結構できるな。家の自警団でもボチボチやれる位の腕前ではなかろうか。


 ちらりと胸元から覗く冒険者証の色合いはくすんだ橙色であり、今の私からすれば雲の上の存在だ。少なくとも私が連想した世界のヒエラルキーが適応されるなら、靴を嘗めるスキルが必要になってくる程の差である。


 「何か御用でしょうか先輩方」


 然れども、この地は壊れた支配者が君臨する破綻した理想郷に非ず。私は一応は年長者である相手に対して慇懃に微笑んで見せた。


 「なぁに、俺達も初心を思い出してよぉ」


 「そうそう、そんでなぁ、ちょいと界隈の常識を教えてやるべきだと思った訳よ」


 しかし全く意に介したつもりはなく凄む様に絡む男達。マルギットの気配が背中で冷えていくのが分かったので、軽く肘で突っつくことで「まぁ、任せろ」と伝えて静かにしてもらう。


 流石に初日から騒ぎを起こすのはよくないだろう? 仮に不幸が起こるにしても、手前には不都合がないようにしたいものだしな。


 「こら! エッボ! ケヴィン! 若いのに絡むんじゃないよ!」


 「悪さしたら承知しないからね!」


 と、その前に受付さん達が立ち上がってくださった。反応から察するにヒト種がエッボ、犬鬼のほうがケヴィンか。


 「ひでぇ物言いはよしてくれよ!」


 「別に捕って食いやしねぇよお袋さん方。なぁ、坊主、色々教えてやるし、晩飯くらい奢ってやっから面ぁ貸さねぇか?」


 非難に声を上げるエッボ、そして顔を近づけ威嚇するように犬歯を見せて笑うケヴィン。


 答えは特に悩むまでもなかった…………。












【Tips】マルスハイムでは市中における私闘は一〇リブラ以下の罰金ないし一月の勤労奉仕罰則が課せられる。これは他市に比べればかなり重い刑であり、荒くれ者に市政側がどれだけ悩まされているかを如実に表している。


 逆を返せば、それさえ受け入れれば喧嘩をすることはできる。












 二人の冒険者に連れられてやってきたのは、組合から幾らか遠く、どちらかといえば市壁に近い通りの酒保であった。


 黒い大烏賊亭との看板が掛かる酒保は世辞にも上品とは言い難い門構えであり、屯する面々からして冒険者御用達の酒保の一つであると察せられた。入り口の脇で昼間っから酔い潰れた男が二人ほどぶっ倒れている具合の場末感が素晴らしいね。


 ただ、意外にも道中は穏やかなものだった。振られる話題は国元は何処だとか、荒事の経験はどのくらいだとかの当たり障りのないもの。小突かれることもなければ、セクハラ染みた発言がマルギットに飛んでくることもない。


 代わりに感じるのは値踏みするような重い視線。一挙手一投足をつぶさに観察されていた。


 私自身の価値を計るように。どれだけの値打ちがあるかをじっくりと定めていた。


 導かれるままに黒い大烏賊亭に入れば、むせかえる様な濃い酒精の匂いがした。それもつんと酸っぱい、あまり質の良くない匂いが。


 正しく地の果ての酒場と看板を掲げるにふさわしい風情であった。


 長く真っ当な掃除が成されていないのかブーツの裏がネト付く床、整頓とは無縁のある物を有るだけ並べた酒の棚、乱雑の極みで空間の有効活用など欠片も考えぬ並べ方をした円卓と椅子の数々。


 座っている客の層もお上品とは言いがたく、何日も風呂に入っていないような輩が殆ど。帝都のお上品な空気に慣れた人々であれば、そっと見なかったことにして踵を返す様な地獄絵図。


 酒と垢と反吐の悪臭、少なくとも手前で宿を選ぶなら此処にはしないと断言できる空間。


 「姐御」


 「おもしれぇのが居たから拾ってきやしたよ」


 しかし、掃きだめの中に鶴が居るという光景を現実に目の当たりにしようとは。


 「あ?」


 酒で焼けて掠れた声は嗄れ声と呼ぶかハスキーボイスと称するか些か悩ましい域にあった。聞く人が聞けば堪らない低めの声音は、ぶっそうに鋭く長い牙が零れる口から吐き出されていた。


 散切りで手入れがされているとは思えぬ赤銅の髪、その合間より覗く鉱石の色合いで鈍色に輝く錆色の瞳は怠惰にして剣呑。酒場の奥に設えた長椅子の特別席に剣を抱いて座するは、特大の座席が窮屈に感じるほどの上背を誇る巨鬼であった。


 巨鬼の武人を見るのはこれで三度目だな。


 だが、先の二度ほど強い印象は受けなかった。私が初めて出会ったローレンさんと比べれば、見目でも力量でも何枚も劣っている。美人といえば美人だし、決して力量も低いとは思わないのだが、あの人に前に立たれた時に感じた「あっ、これアカンやつや」という本能を擽るヤバさがないのだ。


 それにあの人は結構外見にも気を遣っていた。髪油や香できちんと調えた立ち姿には、何時討ち取られてもいいように備える武人の心意気があったものだ。巨鬼には手前の首が捕られた時、それが無残に崩れていては相手に不敬だとして戦の前に化粧をする文化があると聞いたが、彼女にはそんな粋とも思える心構えが備わっていなかった。


 「あー……ヒト種か……まぁいいや、好きにしろよ」


 バリバリと彼女が頭を掻けば金屑にも似た毛が散る。うーん、なんというかアレだな、残念な美人というやつだな。もっときちんとすれば何倍も美人に見えるだろうに。実に惜しい。


 私の雑念を感じ取ったのか背中を器用に足でつねってくる幼馴染みに身じろぎで詫び、此度は如何なる趣向かと二人に問うた。


 「まぁ、なんつーかアレだ、有望そうなのを見たら連れてくるのが家の慣例でよ」


 「姐御がご所望なんだわ」


 言って雑に投げ寄越される物を手に取ってみれば、それは粗雑で使い古された木剣であった。芯に鉄の補強を入れたそれは訓練用ではあるものの、真面に当てれば骨がへし折れる無骨に過ぎたる物。


 「ってことでよ、ようこそロランス(クラン)へ」


 「さぁ、中庭はこっちだぜ新米」


 腰に手を添えられ強引なエスコートの耐性に入り、二人の冒険者は悪そうな笑みを浮かべた。


 うん、知ってた。


 さて、親切な受付のお嬢様方は冒険者が勝手に構成する組織の存在も教えてくれた。それは北方の移民を起源に持つからか、この界隈では氏族(クラン)と呼ばれているらしい。


 小集団が寄り集まって氏族を組むことで、協力して仕事をとることもできれば、一朝一夕では人手を集められない大規模な仕事も簡単に調整がきく。時に臨時の一党を組むにしても知った面子を上手く組み合わせることで仕事への確度を高められるため、固定で組む一党とは別で氏族に加わる冒険者は少なくないそうだ。


 一種のサークルみたいなものだな。人数が集まらねばできないTRPGにおいても似た様な集団を構成する文化があったとも。コンベンションを開催できるような大規模で開放的な集団から、固定面子が身内だけで卓を回す閉鎖的なサークルまで実に様々で、組織ごとの色があって何処に混ざっても個性的な面々が揃っていて実に面白かった。


 されども人間がやることなど、どこの世界でも変わらない。


 無知な新入りをいいように使おうとする氏族もいるので、決して軽々に加わってはいけないと言い含められていた。


 特に注意すべき幾つかの名前を聞いていたが、彼らの名乗るロランス組という名は含まれていなかった。


 しかし、程度問題に過ぎないのだろう。目を着けて新入りを囲もうとする理由なんて分かりきっている。


 入会金として小銭をせしめ、みかじめとして上がりを掠める。あるいは、頭目が望む何かを差し出させる。入会を断れば人目に付かぬ所で私刑にかけ、冒険者として活動させないと脅しをかける。冒険者の同業者組合が理性的に効率化を図ろうと、人間の悪徳に基づく非効率さは何処の地であれど不変であるわけだ。


 ほんと、人間がやることは変わらない。私も少し油断していたな、清潔で小綺麗でいる心地よさに慣れすぎて絡まれる危険性を忘れていた。帝都暮らしが長いと平和ボケしていけない。少しは薄汚れていた方がよかったか。


 後悔先に立たずとはよくいったもの。実際に小金を持っている身として自省し、今後に活かすとしよう。


 さぁて、降りかかる火の粉は払わねばなるまい。それは如何様な地においても合法だからな。


 私はマルギットに背中から降りるよう頼み、木剣の握り心地を確かめる。


 この商売ナメられちゃ終わりなんてのは、始める前から分かっていたからな…………。












【Tips】氏族(クラン)。三重帝国西方辺境域冒険者の組織文化であるが、似た様な徒党を組む文化はあらゆる地に見られ呼び名が異なるだけである。マルスハイムにおいては北方系移民の冒険者が互助的に連帯する組織を作ったことが始まりであり、規模が大きくなるにつれて彼らの国元の文化に肖って氏族を名乗るようになった。


 現在はそれに倣った集団が幾つもあり、日々勃興を繰り返している。

組織が効率化していても勝手に内部で派閥はできるし、新入りを上手く囲い込もうとする所はあるものです。


諄いくらい告知していますが2巻が発売されておりますよ!

妖精狼のヘンダーソンスケール1.0の挿絵では大人になったエリザが見られたりして……?


それと2巻発売から2週間、未だKindleのランキングでオーバーラップ一位、ラノベ全体で30位前後という好位置を保てていて嬉しい限りです。1巻もオーバーラップ3位という中々に信じがたい位置にあります。これも皆様のご支援あってのことであり、感謝の念が湧いてきて止まりません。レビューも少しずつ増えてきて実に喜ばしいことです。こっそり参考にしておりますので、こちらでの感想と同じく今後ともお願いいたします。


三巻が出せたらいいなぁ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実家に帰ったときに気になってたけど、やっぱり種精神じゃなくて酒精神でしたか
[一言] 「酒保」って言葉に違和感ががが。どうしても軍駐屯地の売店ってイメージしか持てない。「酒舗」なら、まあわかるんだけど。
[一言] いつも楽しく読ませていただいています。 誤字報告です。  腰に手を添えられ強引なエスコートの耐性に入り、二人の冒険者は悪そうな笑みを浮かべた。 →体勢  対して巨鬼はどうであろうか。彼女…
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