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青年期 十五歳の冬 四

 盾とは防具ではなく武器である。


 用法の一つとして攻撃を受け止めることがあるけれど、ただそれだけで終わってはいけない。それは防御ではなく“逃げ”であるからだ。


 渾身の雷刀を斜めに角度をつけて受け止め、逆に盾をねじ込むように突き込んで剣諸共に敵手の盾を押しつぶす。そして開いた隙間に自分の剣を差し込み、内股を優しく撫でてやった。


 「大腿部大動脈切断っと」


 ここは可動部なので鎧を着ていても守りにくい場所だ。そして太い血管が走っているので、叩き切ってやると凄い勢いで失血するのであっという間に昏倒する。ヒト種であれば、そのままほっとけば数分保たないし、小柄な種族ならもっと早い。生命力が高い坑道種や大型の獣人であればちょっとは動けるってところかな。


 防御は攻撃と表裏一体。だが、このデカい板きれは相応の質量を持つので結構な使い出がある。


 怪鳥の声を上げて盾を構え、剣を脇に抱えるように構えた敵手を迎え入れるように一歩踏み込む。腰を落として上へ角度をつけた盾の縁を敵手の盾の下へ潜り込ませて跳ね上げてやれば、盾が邪魔で剣を突き込むことはできなくなる。


 あとはがら空きになった足を蹴飛ばして転がしてやって、額を切っ先でこつんと突っついてやる。


 「眉間切断」


 こうやって本命を補助する攻撃にも盾は使えるのだ。攻撃を受け流すと同時に自身の攻撃を差し込むための呼び水とする。習熟してしまえば盾は剣を引き立てる最良の武器となる。


 にじり寄って間合いを詰めようとする慎重派な彼には盾を深く構えて全身でぶつかって盾の守りを跳ね上げ、剣で腹を横に撫で上げる。


 「腹部切開」


鎧の合間を狙えば然程労せずして刃は届く。帷子を抜いて鎧下を割き、肉に達するかは腕前と剣の質次第であるが、鎧の上から切り伏せるよりかは格段に楽になる。こうなれば裂けた肉がはらわたの内圧に耐えかねて弾け、鎧の内側が臓物の海と化し幾分と持たず神の御許へ参じることとなろう。


 不意を打つように突進して突き込まれた盾は私の盾を振り払おうとしているようだが、些か角度が甘い。きちんと計算して突き込まねば、盾を払って剣を潜り込ませる隙間をこじ開けることはできないのだ。


 むしろ下手な打突は返って危ない。盾の上からクロスカウンターの形で滑り混まされた敵の盾に頭をぶん殴られることもあるのだから。


 「頭蓋陥没」


 金属で縁を補強した盾で打擲されれば頭蓋は容易くへし折れる。さすれば脳が壊れ、あるいは骨と血に圧迫されて使い物にならなくなる。たとえ即死せずとも、溢れた血で脳が圧されて真面に動けなくなるので最早驚異ではない。吊された豚の首を割くのと変わらぬ労力で討ち取れる。


 ああ、敵を押しやるというのも忘れてはならない用法の一つだな。突っ込んできた敵を押し出し、挟撃しようとしてきた別の敵に押しつける。敵自体が自分の身を守る盾にもなってくれた上、戦力が減るとなればもう美味しいなんて話じゃないよね。


 「ぎあっ!?」


 「わぁっ!? すまんクスルト!?」


 あちゃあ、肩口に良いのが入ったな、あれは痛い。ただそこで自分が斬った仲間を心配して武器を降ろすのはいかんな。そこは仇を討つべく一旦退いて再度斬りかかるのが正解だ。私は覚悟が足りない阿呆に盾の縁に添えた剣の切っ先を送り込み、喉を優しく撫でてやった。


 「頸動脈切断」


 これも言わずと知れた人体急所。脳に血流を運ぶ重要な血管はすさまじい勢いで血が巡っており、一度裂ければ血が霧のように噴き出す。そうして急激に血圧が下がると脳の機能が一瞬で落ち、永遠の安らかな眠りに招待される。肉体的にはヒト種など比べものにならない頑強さを誇る巨鬼でさえ首を狩られれば一溜まりも無いのだから是非ともおさえておきたい要点の一つであるね。


 うん、盾もいいね、防御には<器用>判定が使えるから<艶麗繊巧>がキッチリ乗るのでスペック以上の数値がはじき出せるし、そこに奮発した<熟達>の<盾習熟>によって繰り出す<受け流し>や<盾打擲>なんぞをリアクションで成功させれば攻撃した側が死ぬという理不尽を強いることもできる。


 割と貧乏くじを引きまくった感は否めないが、熟練度稼ぎという点において一年間の労働は有益だった。あと帰郷までのゴタゴタもね。


 血気盛んに突っかかってくる敵をいなし、蹴り倒し、斬り殺し、気が向いたら盾でぶん殴って大人しくさせる。そんな運動を四半刻も続けていれば良い運動になった。体温が上がってきて汗が噴き出し、心地よい高揚感に包まれる。脳内麻薬の分泌が促され、少しずつハイになってきた所だが……。


 「よぉし、そこまで」


 立っていられる敵が居なくなってしまっては仕方がない。


 「ありがとうございました」


 私が礼を言って腰を折れば、地面に転がった自警団の面々が地獄の底から響いているような低く、実に口惜しそうな口調で礼を返してきた。


 言うまでもなく今までやっていたのは命のやりとりではない。やたら急所ばかり切断したせいで雪原が真っ赤に染まりそうな修羅場は現実に展開されていないのだ。木剣と模擬盾を使った乱取り稽古であり、暇だった私が乱取り稽古に飛び入り参加しただけのことである。


 ただ何を面白がったかランベルト氏が私だけを敵として全員が斬りかかれなんていうからかなり大変だった。家の乱取りは立ち上がれる限り連コイン可の設定だから、もー斬られた奴が自棄を起こして立ち上がること立ち上がること。持久力にそこまで振ってないからキツいことこの上なかった。


 最初は帰って来た後輩に一泡吹かせてやろうとする先達やら、音に聞いた先輩の腕前を見てやろうじゃないかと自警団候補の少年達が挑みかかってきたのだが、負け始めると必死に突っかかってくるからおっかねぇおっかねぇ。最後は意地の張り合いで、全員足腰立たなくなる覚悟で向かってくるんで洒落にならなかった。


 いやぁ、籠城戦で死兵となった敵方と相対する兵士の気分がよくわかったよ。追い詰めすぎイクナイね。三重帝国軍が根切りも略奪も許可しない理由は、こいつらみたいな敵と戦いたくないからだろう。


 「盾の扱いも随分達者になったじゃねぇか」


 汗を拭って桶からひしゃくで水を飲んでいると、倒れた面々に水をぶっかけながらランベルト氏が快活に笑った。気付けと同時に水分補給できるのはいいが、この時期には随分きっつい所業を笑いながらやる辺りは相変わらずだな。


 「まぁ、雇用主というか師匠からの言い付けですし」


 最初、今まで剣一本で軽快に動いていたこともあり、盾を持つことに慣れるのが難しいのではないかと懸念したが、使ってみると存外そんなこともなかった。小ぶりな円盾は構えていても軽妙に動けるし、きちんと繊細な動作ができるよう工夫された構造は<耐久力>や<膂力>で耐えきるのではなく、<器用>を伴う技術での受けをさせてくれる。


 そして私の魔法の焦点具(スターター)は左手の指輪なので、左手が埋まっていても問題なく機能する。剣士として相対しながら魔法で不意を打つという新しい戦闘スタイルが十分成立するのだ。我が雇用主は本当によく分かっておいでであったらしい。


 思えばあの人も結構なマンチ思考の持ち主だったよな、最適解を情け無用で叩き付けてくる辺り。もし一緒に卓を囲むこととなったら、お互いにコイツの出力エッグいなとドン引きしあえたであろうに。


 ああ、惜しい。誰かTRPGを作って流行らせてくれないだろうか。あの人、素養はあると思うんだよな。


 人付き合いが嫌いであってもなんやかやで身内には甘いから、サークルなんぞを立ち上げれば丁寧にGMをやってくれるような……。


 益体もない思考は唐突に殺気という名の冷や水を浴びせられて一瞬で縮こまった。慌てて飛び退きながら振り返れば、そこには訓練用の得物を抜いた我らが自警団長の姿が。


 うわぁ、怖い……不意打ちで斬りかかってきた訳でもないのに、やる気出しただけで逃げたくなる気迫ってどんな構築(ビルド)してるんだこの人。並の兵士じゃ相対しただけで相当のデバフがかかって使い物にならなくなるぞ。


 厳めしい凶相の中で金壺眼が不気味にギラついていた。血と肉を糧として戦場を馳せてきた専業軍人だけが発せられる、理性的に飢えた目。


 右手で長大な両手剣を肩に担うように保持した構えは相変わらず。殆ど棒立ちに近い有様なのに隙らしい隙が全くなくて困る。


 ちょいちょいと空いた左手で手招きされた。三重帝国での手招きは掌を上に向け、体側へとすくい上げる動作。ここまでキマった「かかってこい」は中々ないね。


 ではご期待に応えられるかは分からないけれど、胸を借りることにしよう。


 大ぶりな両手剣(ツヴァイヘンダー)は正しく専業軍人の武器だ。身の丈にも達しようという長剣は重く取り扱いは困難であり、下手に振り回そう物なら自分や友軍を傷つける。


 しかし、長ずれば長槍よりも小回りが利き、槍衾の棹を叩き切って強引に切り込める両手剣は乱戦の雄となる。統率によってかろうじて戦力となる徴集兵に混戦を強い、血の海に臓物の雲をちりばめる戦法で恐れられる三重帝国傭兵の畏怖を支える兵器だけある。


 特大の両手剣を操る傭兵達が恐れられるのには相応の理由がある。扱いが難し武器を得物とする力量だけではない。


 命を捨てなければできない戦い方を効率のため迷い無く行うからだ。


 槍衾の前に剣一本で身を投げ出し、刺されば命を奪う穂先を切り開き敵陣へ飛び込む。中には当然、穂先を払いきれず命を落とす者もいる。だが、彼らは止まること無く槍衾へと飛び込んで自らが得手とし、素人の徴集兵が不得手とする乱戦を押しつける。


 匹夫の勇ではなく命を投げ出すリスクを受け止めた勇者の勇である。


 斯様な戦場に身を置いて、傭兵でありながら感状を受け取るランベルト氏の怪物ぶりといったらどんなものか。


 盾を構えて右方へ回り込む。右手で剣を持つという以上、どうしても右側には力を込めて振りづらいからだ。剣は脇へ抱きかかえるように保持し、刺突を狙う。上背の差を活かして懐へ飛び込み、膝や踝などの守りにくく断たれれば戦闘不能になる急所を狙うつもりだった。


 ただ、私の動きは相当にランベルト氏のお気に召したらしい。


 長柄の長剣を……きちんと両手で握ったではないか。


 今までは殆ど片手で雑に振り回している所しか見たことがなかった。にもかかわらず重量級の――本来は儀礼用ではと勘違いするほどに氏の剣は重い――剣でろうそくの火だけを切るような技量を見せていたのだ。


 これがきちんと両手で握られたらどうなってしまうのか。


 「うおっ!?」


 こうなるんだよ。


 起こりがよく見えないほど素早い袈裟懸けの一撃が颶風を纏って襲いかかる。切り下ろしの一撃に押しつぶされそうになるが、盾の角度を調整して地面と剣で挟まれることだけは回避した。圧力に押し出されるように後方へ飛び退けば、強力な斬撃の余韻で背後へと吹き飛ばされる。


 何という一撃だ。間違いなく本身の剣であれば装甲点をぶち抜いてダメージを与えてくるもの。力任せの攻撃ではなく、計算された力圧しで技術を断ち切ってくる理の剣。もしかしたら技量での判定に負けていたらリアクション不可まで付いてる可能性もあるぞコレ。


 柔よく剛を制するばかりが有名になった理、それに続く剛よく柔を断つの見本のようだった。


 剣術の腕一本ではなく、様々な特性や特技をかみ合わせたコンボ構築。そこに体格の良さなどの特性を乗っけて最終出力を上げる仕組みが出来上がっているのだろう。いいなぁ、贅沢な悩みだが他の人の構築も見られるようにならないかな、私の権能。


 「どうした? もう終わりにしたいか?」


 「……まだまだぁ!!」


 まぁ、これ以上の贅沢を言ったらバチが当たるわ。私は気炎を上げてランベルト氏に斬りかかった。


 トップヘビィの長剣は振り回す速度が速く、しかも担い手が熟練しているだけあって斬撃が描く円弧は広いのに間隔は狭いときた。盾の面ではなく縁を斬って防御を剥がそうとする一撃は実に嫌らしいし、乏しい隙を突いて私が繰り出す斬撃を“蹴り”払ってくるのは実にキツい。


 剣が通りにくく、旋回しづらい位置を占位し続けてるのでランベルト氏からしても鬱陶しいかもしれないが、ちょっとでも判定にしくじったらリアクションも防御もできない圧力の一撃が気軽に飛んでくるのは精神によろしくないな。


 逆袈裟の一撃を盾に掠らせるようにいなして懐に飛び込んで顔面めがけて剣を突き出せば、首を巡らせて避けられる。一拍の間もなく丸太のような足から膝が突き出されたので、前髪を削られるようなギリギリで避けた。そして間髪入れず叩き込まれる返しの斬撃を後方へ転がって回避。


 即座に立ち上がって横凪の一撃を上へはじき返した瞬間……破滅的な音を立てて私の盾が木っ端みじんになった。


 「あっ!?」


 訓練用の盾は端材を丸く成形して縁を覆う金属の箍で止めた簡素なものだ。木剣を受け止めるのには十分な強度を持っていても、ランベルト氏の剛剣を何十回と受け止められる代物ではなかったらしい。


 「ぬっ……」


 一方で弾き飛ばされたランベルト氏の木剣も歪んでいた。まぁ、刃引きされた鉄の模擬剣ならまだしも、木剣では氏の豪腕には耐えきれなかったということか。破壊に私の技量が僅かなりとも噛んでいたと思えば幸いであるが。


 「ああ!? 団長またぶっ壊した!?」


 「やっべぇ!? スミスの親方に叱られる!?」


 「ちょっと団長! 今回で何本目っすか!?」


 「えっ!? 俺か!? 俺ぁ悪くねぇぞ!?」


 台所事情が厳しいらしい自警団の悲鳴が決着の証だったらしい。乱取りの疲労から回復していた聴衆のお寒い非難に救われた私は、しびれる左手を振って安堵の息を吐くのだった…………。












【Tips】自警団の活動費用は代官より予算が与えられているが、禄を考えると大した規模ではないため荘からの寄付で賄われる部分も多い。












 ランベルトは乱取稽古を眺めて久方ぶりに愉快な気分になっていた。


 選抜のあの日、加減した一撃を受けて泣きわめく子供達の中でただ一人立ち上がった一番頼りなさそうな少年。少女のような顔つきをした彼が血を拭いながら二度、三度と立ち上がり、最後には拾い上げた石で攻撃を防ごうとしてきたことをよく覚えている。


 才能というのはよく分からないものだ。繊細な彫刻でも作っているのが似合いの風貌である彼が一端の剣士となるとは。


 彼は率いる自警団を傭兵団と斬り合っても負けないと自信を持って誇れるほどに鍛え上げていた。乱戦になっても同数か少し上くらいまでなら問題なく勝てる。それ程の自力があると経験から分かっていたし、満足していた。


 だが、そんな中でもエーリヒは異質だった。乾いた畑が水を吸い込むように技を吸収して立派な華を咲かせる。荒っぽい戦場刀法の中で揺るがぬ理を作り出し、理合で以て不利を押しつける様は古巣の傭兵団でも滅多に見られない腕前であった。


 なればこそ、他の団員のことを慮って自分だけが稽古をつけた。年が一〇を幾つも超えない少年に負けて、傷つかない矜恃があろうはずもない。


 荘を出る前からこれほどに彼は強かった。才能に恵まれたと余人は言うやもしれないが、ただの才能だけでは至れない領域もある。ランベルトをして幾度と戦場でかち合って首を捕りきれなかった騎士や傭兵が幾人かいた。


 群の中において個として輝き、群の不利を押し返す。世の中にはたまに居るのだ、理不尽なまでに強い個が。


 奢りでも無く自身がそうである自負はあった。倍する敵をぶつけられて劣勢に陥った時も、自分を中心に手練れを集めて押し返してきた。戦術を練って必勝を期し襲いかかった敵からしては理不尽以外の何者でもなかろうよ。


 帝都から帰って来たエーリヒもまた、そんな理不尽の臭いがした。


 何処に出しても恥じない配下と、もう少し育てれば使い物になる若者、まだまだだが気合いだけは十分な若年層、全てをまとめ上げて一個の戦力として成立するよう練兵してきた。


 そんな彼らが笑えるほど遊ばれている。乱戦向けの稽古なので長物も弓もなしとあっては実戦と同列に語ることはできまいが、盾と剣や両手剣を模した木剣が掠りもしない。一合とて打ち合うこと無く急所を狩られていく様は滑稽でさえあった。


 にもかかわらず、多少の余裕を見せているところが更に笑いを誘うではないか。


 まだ一つか二つ隠し球を持っている余裕だ。囲んで押し込まれてもなんとか出来るような技を練り上げたか。


 動ける者がいなくなり、ランベルトはついに興を抑えることをやめた。得物を手に挑発をかければ、暴れ回って疲れているだろうにエーリヒは元気に向かってくるではないか。


 加減して片手で剣をぶん回して済ませられる相手ではない。彼は久方ぶりに得物を十全に握り、指導するつもりではなく“叩き潰す”覚悟で振るった。


 しかしエーリヒは倒れない。“受け流せない”打点を狙って叩き付けた一撃を受ければ、刃と大地に挟まれて潰れてしまうはずだった。しかし盾を傾けてかろうじて受け止め、潰されることを嫌って自ら後方に退いたではないか。


 判断もよし。力量に見合った柔軟で素早い思考が根付いている。


 凶相を更に凶悪な笑みに歪め、ランベルトは久しく見せることの無かった本気を出した。雑に振るうのではなく剣に技を乗せ、避けられなかったら知らんぞと言わんばかりに急所を狙う。愛用の両手剣ではないので使えぬ技も多いが十分だろう。相手も馴染んだ得物ではなく、ましてや品質も上等とは言えない物を使っている。


 これくらいでようやく平等(フェア)というものだ。


 たったの数合で終わるなどといった拍子抜けはなく、エーリヒはランベルトの攻撃を愉快になるほど正確にいなしてゆく。合間合間に差し込まれる攻撃も精妙無比を極め、ただ武器を振り回すしか能が無い剣士であれば容易く手傷を負い、次第に不利に追い込まれていっただろう。


 良い剣士に育ったと素直に感心する。


 人間には得手不得手と向き不向きがある。それを理解せず訓練をする者のなんと多いことか。


 巨大な骨格と大量の筋肉に裏打ちされて漸く操れるような剛剣に憧れる少年は多い。だが、長大な両手剣は本当に選び抜かれた人間にしか真の意味で習熟は許されないのだ。小手先の技術だけでは覆い隠せぬほど長い剣の扱いは難しい。


 それを理解せず手を出し、折角の適性を伸ばせず潰れていった武辺者を幾人と見てきた。


 だが、エーリヒは自分に向いた戦いをきちんとしてきている。将来的には伸びるだろうが大男と呼べるほど恵まれてはいない体格には、早さと重さを両立させた技巧ある戦いが適しているように思える。


 その上、適正に溺れず独創的に戦ってくるのも良い。常に斬撃が届きにくく、届いても威力を発揮し辛い立ち位置を占めてくる戦法は実に鬱陶しい。だのに当人は取り回しに易く、多少間合いが近くとも突き込める寸法の長剣を使ってくるのだから、防ぎにくさも相まって実にやりづらい敵に仕上がっていた。


 では一丁試してみるかと、敢えてエーリヒを懐に迎え入れた。


 蹴りや格闘から敵を怯ませて全力の剣撃を叩き込むのは、現役時代から体に馴染んだ連携。傭兵の武器とはすなわち五体そのものであり、四肢と武器全てを柔軟に使いこなしてこそ。蹴り飛ばして隙を作り、回避も防御もままならぬ姿勢を強いた上で受け流し難い横薙ぎの一撃を叩き込んだ。


 さぁ、どうくるか。


 僅かな硬直の後、エーリヒは盾の面ではなく、剣が滑りやすい縁をきちんと立てて斬撃を上方へと受け流した。体重を乗せて下に叩き潰す方が簡単であるが、それでは下半身に攻撃を受ける危険性があるため裂けたのだろう。


 しかし、不確かな体勢で攻撃を上方へ流すのは普通であれば困難である。桁外れの体幹と精妙な力の加減がなければ、半端に構えた盾ごと潰される。


 だが、エーリヒは双方を両立させて剣を受け流してきた。


 盾が微塵に砕けたのはやむないことか。自警団の訓練で日々雑に扱われているし、最初から上等な品という訳でもない。むしろ驚嘆すべきは、そんな物で圧倒的な質量を受け流し続けてきたことである。


 内心で感嘆一つ。渾身の一撃をこちらも精妙に加減して体を泳がせること無く次につなげる構えに持って行ったが、視界を横切った剣を見て気づく。


 木剣が跳ね上げられた衝撃で歪みきっていた。元々適当な端材で作られていることもあり、壊れた盾と同じく上等な物ではなかった。ただこれはランベルトの膂力に品質が追いつかなかったというよりも、それに併せて完璧に受け流されすぎたということもあろう。


 年甲斐もなく歴戦の傭兵は悔しさを覚えた。まだ十五の小倅に本気を出して対処されたのは拭いがたい苦さを口中に生じさせる。


 自分がアレくらいの時はどうったかと考えてしまい、やるせない心地にさせられて。


 ついでにまた、大事な備品を壊してしまった……。


 「ああ!? 団長またぶっ壊した!?」


 「やっべぇ!? スミスの親方に叱られる!?」


 「ちょっと団長! 今回で何本目っすか!?」


 これ以上戦うことはお互いできなかろう。ランベルトは配下達の非難の声に憤りを混ぜて返しながら、いつか本気で一手指南してやりたいなという欲求を飲み込んだ…………。












【Tips】三重帝国傭兵。戦う事で糧を得る半専業軍人であり、高い戦闘能力と統率力を活かして戦列に飛び込んでの乱戦を得意とする。徴発された農民兵は長槍があるからこそ何とか戦えており、数の理が生かし切れぬ乱戦に持ち込まれてしまえばあまりに脆い。


 しかし、彼らは戦って糧を得ることを目的としているため、目に見えた負け戦や先が薄い籠城戦などには加担しないため扱いは極めて難しい。まして扱いを誤ったその日には、直ぐ隣の戦列から致命の刃が飛んでくることとなれば……。

折角帰って来たので成長を師匠にお披露目しないとねってことで。

次回は溜まった経験点の使い道になります。


また、多大なご支持をいただきラノベニュースオンラインアワードの2020年4月の部で総合部門と新作部門、新作総合にノミネートされました。

ご過分な指示と応援ありがとうございます。

今後も頑張っていこうという気にさせられましたので、気合いを入れていきます。

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― 新着の感想 ―
渇望の剣くんは送り狼じゃ打点が足りない格上や巨大な敵向けでしょ、そういう相手だと盾は意味をなさないし使い分けとしてはちょうどいい 吸血皇帝相手だと凄い使ってたしな ↓
[気になる点] 渇望の剣くん、確か両手剣だったんよね。だから盾貰ってどうするんだろうって思ってたけど、やっぱりお役御免な感じかな。体格考えると、どう頑張っても盾持ってもう片手に両手剣は無理やし [一言…
[良い点] いやほんとマジで面白いな? [一言] そういや師匠が身長が伸びる体つき……的なこと言ってたから、身長が伸びないのは杞憂だったか ……杞憂だよね?妖精の手とか加わってないよね?寿命伸ばされて…
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