表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/298

青年期 十五歳の秋 三

 TRPGにおける醍醐味の一つに小物を揃えることがある。


 野営などの道中描写を好むGMも中にはおり、システム的にも持っていても戦闘には全く役に立たないが、ロール的には意味がある装備は多々存在する。むしろ、これこそがTRPGの醍醐味とする者もいるほどに。


 冒険者セットなるロープやランタンなどの道具類をひとまとめにした物や、火を熾すための火打ち石や火口箱。調理用のナイフに食器セット、お茶を入れる道具から防御力を持たない外套など持ち物シートに書き込んでいるだけで想像をかき立てられる品々に心躍ったものだ。


 キャラ設定的にコイツはコレを持ち歩かないだろうなとか、人から借りようとするだろうなどと凝って敢えて持ち歩かないこともあったっけか。


 それにフレーバーとしての意味だけではなく、ロールを重視するGMだと小物を使う展開も多々あるから侮れない。持ってない状態で野営をしたらデバフを喰らったりしたものだ。


 「君は食器もなくスープを飲むのか。行為判定してしくじったら1D4ダメージね」


 などといったことをしれっと宣う知己の顔はもう思い出せなくなってきたが、あれは中々に面白い卓であったなぁ。結局一つのカップを全員で使い回して飯を食う描写が入って、パーティーの結束が妙に高くなって、最終的には全員が“一つ杯党(ワンカップクラン)”を名乗る義兄弟になったりしたっけか。


 そんな懐かしさを噛み締めながら、私は荷仕度を終えた。


 今の私にはロール云々が関係ないので、今までの蓄えを使って十分に準備した。


 馬具に固定できるし、背負うこともできる優れものの背嚢は今回一番のお気に入りだろうか。折角カストルとポリュデウケスを貰えることとなったので、四つ揃えて荷物をたっぷり運べるようにした。


 中身にもこだわっている。これぞテントと言いたくなる古典的な一本の支柱で支え、四方に固定具を打って広げる天幕は良い帆布の品を選んだので結構勇気の要る決断であった。しかし、睡眠の質が悪いとバステが重いので、こればかりはケチってもいいことがないかと思ったのだ。


 同じように寝具として暖かいが薄くたためる毛布も新品で二枚揃えてある。床に敷く用と被るようで二枚だ。地面というのは想像より冷たく、夏の夜でも体温を奪うため体の下に敷いておく物は欠かせない。


 他にも酷使するであろう半長靴(ブーツ)は二足用意したし、靴下も多すぎるほど入れた。肌着と分厚いリネン製の旅装も揃いで三つ用意したので、着た切り雀で臭い思いをしないで済むだろう。こっそり<清払>をかけてしまえば、いつだって綺麗に旅ができる。


 食器と調理具も忘れずに薄い金属製の物を用意したが、これが中々の優れもの。筒型の鍋に入れ小細工のように段々小さくなっていく椀が四枚収まる物は、ぶらぶらと帝都を散策した時に市で一目惚れして買った物だ。東方からの流れ物らしいのだが、軽くて頑丈で、それでいて男の子としての心を擽ってくる良品である。


 何度もミカと遠出した時に使ったけど、これを使ってごった煮を作るだけでも「ああ、今冒険してる!」って感じで実に楽しかったね。


 他には革の水袋を幾つかと医療品もそれなりに。度数の高い蒸留酒は冷える夜の気付けにもなるし、怪我をした時の消毒にも使える多用途品だ。


 後は空いたスペースに帝都土産を詰め込んで、故郷への旅支度は完了だ。


 今回は街道沿いを無理のないペースで進む予定なので、保存食はあまり入れていない。短弓と東方式のクロスボウ――思えばこれも一年で随分使い慣れてしまった――もあるので、最悪どこぞで鳥なり何なり撃てば腹の足しにもなろう。


 他には細々とした裁縫道具や彫刻刀やヤスリなどの木工道具、鎧櫃に納めた鎧も完璧だな。


 さて、荷の最終確認はこんなところで十分か。


 私は私物を運び出しはしたが、殆ど入ってきた時と変わることのない下宿を見回して少しだけ感慨に浸った。


 思えば最初は事故物件を掴まされたと雇用主にケチをつけようとしたものの、随分と居心地の良い部屋であった。せめてものお礼として壊れた机を補修したり、酷く軋む床を何ヶ月もかけて拭きなおしたのも思い出深い。


 家具をなぞりながら下に降りてみれば、調理している気配もなかったというのに丁寧に拭き清められたテーブルの上に包みが一つ置かれていた。


 何だろうと解いてみれば、サンドイッチではないか。薄切りのパンに具材を挟んだ料理は、大陸の西方ではどこででも見られるものらしい。その出自は不明であり、自分の所が原点にして頂点であると各国が言い合っているそうだが、それはさておきコレは北方離島圏の様式であるようだ。


 柔らかなパンに炙った豚肉の燻製にそれぞれ塩漬けにした胡瓜(ピクルス)玉菜(ザワークラウト)を混ぜた二種類のサンドイッチは、紛れもなく得難い同居人の手による物だろう。


 彼女には本当に世話になった。感謝してもしきれない。帝都におけるもう一人の母親と呼んでもいいくらいに。


 「灰の乙女(グラウ フラウ)……」


 有り難く道中で頂こうと思ってサンドイッチを包み直そうと思えば、包みに何か書き付けてある。


 目を閉じて、との滲んだ字は元から包みにあったものだろうか。しかし、隣人達の仕業かとも思って目を閉じてみれば……不意に誰から抱きしめられていた。


 手触りの良い布に顔が埋まり、心地よい石鹸の残り香が鼻腔を擽る。それはほんの一瞬のこと。そして、額に柔らかな感覚と微かな水の音。


 額に口づけが落とされたのだ。帝都に住んでいる間、私の世話をしてくれた妖精からの見送りの口づけが。


 額への接吻、その意味は確か祝福であっただろうか。


 名残惜しい香りが失せてしまったのを確かめて、目を開けばやはり眼前には誰も居なかった。彼女はとても恥ずかしがり屋だから、ついうっかり以外で私の前に姿を晒すことはない。


 だけど、別れの挨拶はしっかりとしたかったのだろう。


 もう一度みれば、包みに書かれた文面は変わっていた。


 愛し子の旅路に祝福を。


 見る間に文字は消え、ただ清潔な包みと美味しそうなサンドイッチが残される。


 「……ありがとう、灰の乙女」


 私は潤む目をこすって涙をおさえ、出がけに残していこうと用意していた彼女へのお礼を少し早めに出すことにした。アグリッピナ氏の黒茶で使う貴種向けの上質なクリームを一杯だけギッておいたのである。


 家事妖精は家に憑く。気に入らない家人を何人も追い出してまでここに憑き続けた彼女は、これからもここに佇み続けるのだろう。


 だから彼女とはここでお別れだ。アグリッピナ氏には下宿を悪い人には与えないでくれと頼んでおいたが、どうなるかは分からない。


 だからお礼だけは丁寧に。恩を返しきれるかは分からないけれど、誠意だけでも伝わってくれれば嬉しい。


 家事妖精へのお礼はさりげなく。行きすぎた労いは返って彼女の機嫌を損ねてしまう。


 灰の乙女の領域である台所、その炉端にクリームを注いだカップを置く。


 そして、他の妖精達からも好評だった私の髪を一房添えた。長い髪を根元で切って、他の髪で括った紐は自分で言うのも何だが綺麗だとは思う。


 こんなものを何に使うかは分からないけど、喜んでくれるのだから惜しみはしないよ。


 さぁ、夜明けが近い。


 「行ってきます」


 普段と同じように、しかし決定的に違う出立の言葉を残して私は下宿を後にした…………。












【Tips】妖精へのお礼。ミルクやクリーム、良く光る石に古いコインなど雑多な物が好まれるが、金の髪は特に喜ばれる。祝福された子の髪は妖精にとって黄金に等しく、以後帝都の魔導区画にある下町には、首に豪奢な金の飾りをつけた妖精の姿が見られるようになった。












 旅立ちの日は快晴と相場が決まっているもの。晴れた空に先行きの良さを感じ、目を細める主人公という描写は古今数えきれぬほどある。


 が、今日はどうやら陽導神が仕事をサボりたい気分だったのか、孫神に当たる雲雨神が機嫌を損ねたのか折り悪く酷い大雨であった。


 「ちょっと勘弁してもらいたいなぁ……」


 これが復讐物とか軍記物なら様になるかもしれないけど、私は一小市民だから晴れにして欲しかった。神々の機嫌や都合に文句を申し立てる立場ではないので何もいえないけど、出鼻をくじかれたような気がしてしょうがなかった。


 とはいえ雨が降ったくらいで出発は延期! とも言えず。私はおろしたての旅装の上にフード付きの大外套を被る。傘は一般的に雨具というより貴種の装身具であり日よけに過ぎず、雨天時はこうやって外套とフードで凌ぐが我慢して突っ切るものである。


 また、それと分からぬよう範囲を絞った<隔離障壁>で雨から身を守る。傍目には外套の表面を雨の滴が伝っているように見えるだろうか。


 いや、だってこうでもしないと秋口の雨は寒いのだよ。特に帝都は北の方にあるから冷え込むし。


 雪に足止めされるまえにさっさと南へ行こう。今回の旅程はまず南へ向かう主幹街道を使って雪から逃げ、それから安定した西方街道を伝って麗しのハイデルベルク管区はケーニヒスシュトゥール荘へ向かう。


 行きは三ヶ月の旅路であったが、今回は私一人でかなり身軽だし、アグリッピナ氏と違って旅籠を厳選するという遅延ムーブもしないのでもう少し早く着けるだろう。


 ただ、折角の旅路なので、それまでに幾つか観光名所くらいは巡ってみたいな。帝都以外にも大きな行政管区の州都を見てみたいし、折角だからケーニヒスシュトゥール城塞も一度は拝んでみたい。


 なんなら道中どこかで武芸大会が催されていたら冷やかしても楽しいかもしれないな。路銀稼ぎにもなるだろうし。


 ああ、路銀稼ぎで思い出したが、晴れて無職の身となった私であるが、これといって隊商にくっついて行動する予定ではない。今後の冒険者生活に慣れるため、できるだけ単独行で済ませる心算である。


 移動速度を上げたいのもあるけれど、馬で一人旅というのも憧れるからな。今までは最低でもミカと二人だったから、実は一人旅をしたことがなかったし。


 馴染みの厩舎も最後となれば、前もって出立する旨を伝えていた馬丁の皆が別れを惜しんでくれた。もう小銭で臭いを綺麗に落としてくれる小坊主がいなくなると思えば、明日からの掃除も憂鬱になろうさ。


 「おっと」


 毎度毎度ちょっかいかけてくる一角馬の攻撃を躱すのにも慣れてきた。髪を悪戯しようと首を伸ばす彼から逃げると、口惜しそうに歯が一度鳴らされた。そういえば最近知ったことだが、この野郎はなんとライゼニッツ卿の馬車馬であったそうだ。主従揃って私に絡んでくるとか何の恨みがあるってんだよ。


 コイツの顔を見るのも最後かなと思ったので、撫でてみようと手を伸ばせば……がぶっといかれた。本気で噛まれた訳ではないので痛くはないけれど、手が涎まみれにされてしまった。


 ぬぅ、やはり相容れぬようだな……。


 勝ち誇る一角馬に背を向けて、遅いぞと言いたげにテンションを上げている兄弟馬の元へ向かう。お貴族様からしたら老馬かもしれないけれど、今日も見事な馬体に仕上がった彼らは美しかった。


 さてと、彼らを飢えさせないためにも頑張らないとな…………。












【Tips】一角馬。中央大陸西方に分布する幻想種であり不老の馬。忠誠心に厚く千里を駆けても疲労しないという馬として最高の能力を持つが、清らかなる身の物にしか仕えないという困った特性により一部地域でしか乗騎としては使われない。


 唯一主人を乗せた馬車を牽く時にのみ余人が手綱を握ることも許すため、一部の王族では純血の証として嫁ぐ王女の乗騎とする文化もあるそうだ。 

次回で漸く帰郷と相成ります。

小物を揃えすぎてアイテムシートを別途する必要が出てくるか、裏面が文字でびっしりになるのはもはやお約束。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=219242288&s
― 新着の感想 ―
[良い点] まだ青年期序盤を読み始めたところですが灰の乙女との別れの仕草にグッときました。マジでいい小説です。TRPGの要素も好きです
[良い点] 一つ杯党、良いエピソードだなあ。 こういった過去のプレイ回想は先生の実プレイが元ネタなんですかね。 リプレイは散々読んだけどプレイ経験ないので楽しそうで羨ましい。 [一言] 灰の乙女との…
[一言] 灰の乙女との別れに天も泣いておるわ(´;ω;`) 冒険者として大成したら買い取りたいなぁw☆
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ