第五話 ゾンビの憤り
「どうしてそんなに死にたがるの?ゾンビの生活は楽しくないの?」
ある日ヨーコがふと問いかけた。
「ああ、初めのうちはそりゃ楽しかったよ。いつもなら勉強しろ勉強しろってうるさい母さんだっていないんだからさ」
思い出す。生前は涙など見せたことがなかったのに、僕の墓の前で崩れ落ちるように膝をついて泣いていた母の姿を。
ケンカばっかりでろくに相手もしてやれなかった妹の棺を、妹の旦那と義家族が運び、埋葬するところを。
その思い出のどこにも僕は存在しないということを、何度も何度も思い知らされてきた。
「今は、そのお母さんもお父さんも妹も、みんな土の下で眠ってるんだ。みーんな、僕を置いて行っちゃったよ」
ベッドサイドに腰かけて、ふと気づく。そういえば、こんなことを話した相手は、ヨーコしかいないんだな。
その時の僕は、もしかしたら、ヨーコならわかってくれるかもしれないと期待していたのかもしれない。
「寂しくなったの?」
「え?」
「生きてる人間だって、いつ家族がみんないなくなってしまうのかわからないのよ。そんなことに左右されずに、あなたはあなたのしたいことをすればいいじゃないの」
その一言に、何かが切れた気がした。勝手に期待して、勝手に裏切られて。それでも甘ったれの僕は、ヨーコに何かを変えてもらおうとしていた。
「そうだよな、残された人の気持なんか知ったことじゃないよな」
違う、僕はこんなことが言いたいんじゃない。
「だって君は、家族を置いて、無責任に死んでしまう側なんだものな」
「……っ! 私は死なない!!」
「君の言うとおり、僕は僕のやりたいことをさせてもらうよ」
初めて声色が荒くなったヨーコに背を向けて、僕は衝動的に病室の窓から飛び降りた。
落ちていく最中、あんなに叫んで血圧は大丈夫だろうかとか、もう会いに行けないかもなとか、絶対許してやるもんかとか、子供じみた頭の中を思考が駆け巡る。
べちゃり、という音とともに派手に体がつぶれてアスファルトに張りつく。しかし、起き上がったあとには、体の表皮が一部剥がれただけで、この弱弱しい腐った体には、他には一切の傷は残らなかった。




