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チャップリン物語 ——貧困と尊厳  作者: はまゆう


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第六章 最後まで、人を愛そうとした ——老年と赦し

プロローグ 雪の朝


1976年初冬。スイス、コルシエ=シュル=ヴヴェイ。


彼はゆっくりと目を開けた。窓の外は白い。昨夜から降り続いた雪が、庭を静かに覆っている。薄紫色の朝焼けが、雪の上に影を落としていた。遠く、レマン湖の向こうにアルプスの山々がぼんやりと浮かぶ。


彼はすぐには起き上がれなかった。身体が重い。若い頃のようにパッと立ち上がることはできない。膝が痛む。腰が軋む。指先が少し震える。かつて彼は「身体」で世界を動かした男だった。歩くだけで観客が笑った。転ぶだけで涙を流させた。帽子を拾い上げる仕草だけで、何百万人もの心を動かした。言葉ではない。理屈ではない。身体そのものが彼の芸術だった。


その身体が今、少しずつ彼から離れていく。


八十七歳。残された時間は少ない。彼はそれを知っていた。医師は何も言わなかったが、自分の身体の変化を感じていた。心臓の鼓動が時々不規則になる。息切れがする。眼が遠くなっていく。


彼はベッドの縁に腰掛け、しばらく呼吸を整えた。廊下から子供たちの声が聞こえる。孫たちだ。笑っている。走っている。何かを落とした音。誰かが子供たちを叱っている。彼はその音を聞きながら、小さく笑った。


「いい音だ」


その時、ドアが静かに開いた。ウーナ・オニール。彼の妻。五十一歳。


「起きてたの?」


「今ね」


彼女はカーテンを開けた。冬の光が部屋に差し込む。彼は目を細めた。


「雪よ」


「そうだね」


彼はしばらく窓を見つめた。白い庭。静かな空。遠くの山々。


若い頃、こんな静かな朝が自分に訪れるとは微塵も思っていなかった。ロンドンの貧民街。救貧院。飢え。ハリウッド。栄光。独裁者。追放。アメリカからの亡命。スイスでの静寂。その全てを通り抜けた後に、ようやく辿り着いた静けさだった。


---


第一楽章 老いるということ


身体の裏切り


老いとは奇妙なものだと、彼は思う。


若い頃、自分は何百回も転んだ。映画の中で。現実で。階段から落ちた。尻もちをついた。警官に蹴飛ばされた。レンガを頭に落とされた。観客は笑った。大笑いした。彼も笑った。それは「ギャグ」だった。喜劇だった。人間の滑稽さの表現だった。


だが今、本当に転ぶことは少し怖い。骨が折れるかもしれない。一度折れたら起き上がれないかもしれない。そのまま動けなくなるかもしれない。


若い頃の転倒は「表現」だった。老年の転倒は「現実」だった。その差は決定的だ。


ある日、彼は庭を歩いていた。雨の翌朝。地面がまだ湿っていた。注意深く歩いていたつもりだった。だが足を滑らせた。ステッキが地面を叩く。前のめりになる。ウーナが駆け寄る。


「大丈夫?」


彼は無傷だった。転倒というほどのこともない。よろめいただけだ。彼は笑おうとした。


「昔なら、ここで観客が笑うんだがね」


しかしその笑いは途中で消えた。身体は笑いの仕草をしていたが、心は笑っていなかった。


その瞬間、彼は初めて理解する。自分はもう「永遠に転び続けられる男」ではない。転ぶことができる時間は限られている。


身体の記憶


それでも彼は毎朝、少しだけ庭を歩いた。身体が忘れないように。歩くことを。立ち上がることを。動くことを。


老化は、まず「できなくなること」から始まる。そしてやがて「そもそも試みないこと」へと移行していく。彼はその流れに抵抗したかった。だから毎朝、杖をついて庭を回った。五分。十分。それだけ。


だがその五分の歩みの中に、彼の全人生が凝縮されていた。歩く。転びそうになる。立ち直る。その繰り返しが彼の人生そのものだった。若い頃は映画の中で。歴史の中で。スキャンダルの中で。政治の中で。老年は庭の中で。それだけで十分だった。


ウーナは彼が庭を歩く様子を見ていた。何も言わなかった。ただ見守っていた。その無言の守護が、彼には救いだった。


ある時、彼は彼女に言った。


「私は今、自分の人生を歩き直しているような気がする。一歩一歩が、過去の記憶とつながっている」


彼女は微笑んだ。「そして、どんな記憶が来るの」


「全部だ」と彼は言った。「良いことも、悪いことも。でも不思議と、悪い記憶の方が鮮明だったりする」


鏡の中の顔


彼は時々、鏡を見た。しわ。白髪。たるんだ皮膚。若い頃の面影はもうほとんどない。


あの放浪者の顔はどこに行ったのか。あの黒い口髭。あの山高帽。あのステッキ。あの大きすぎる靴。それらは全て過去のものになった。彼はもうあのキャラクターを演じない。演じられない。身体が覚えていないわけではない。覚えている。でも、あの「無邪気さ」を引き出すことがもうできないのだ。


老年は、無邪気さを奪う。経験が増えれば増えるほど、人は「知りすぎて」しまう。笑いの裏にある悲しみを、観客よりも先に感じてしまう。


彼はある時、日記にこう書いた。


「私は年を取った。だからもう放浪者にはなれない。なぜなら放浪者は、『自分が転ぶことに気づいていない』ふりができたからだ。私はもう、そのふりができない」


---


第二楽章 ウーナ・オニール


1943年の出会い


彼が彼女に出会ったのは1943年のことだった。彼は五十四歳。彼女は十八歳。歳の差三十六歳。


当時のハリウッドでさえ、それは「スキャンダル」だった。新聞は下品な見出しを書いた。「老優と若き娘」「金と権力の結合」。道徳家たちは罵った。「倒錯だ」「汚れた関係だ」。一部の映画人は彼を避けた。


彼は何も反論しなかった。反論しても無意味だと知っていたから。世界は自分の行動に対して好意的な解釈を与えることはない。それは彼が長く学んできた教訓だった。


だがウーナ・オニールという女性には、彼は何か異なるものを感じていた。


安息


彼女は彼を「喜劇王」として扱わなかった。世界的に有名な映画監督としてでもなかった。追放された男としてでもなかった。ただ、一人の疲れた人間として見ていた。


その視線が彼を救った。


若い頃、彼は常に「誰かの期待」の中で生きていた。観客の期待。ハリウッド業界の期待。新聞の期待。彼の映画が何をメッセージするかについての期待。その期待の重圧の中で彼は生きていた。


だがウーナとの関係では、そうした期待の外に出ることができた。彼女は彼の映画について細かく批評しなかった。彼の政治的立場を問い詰めなかった。彼の過去を追及しなかった。ただ「今、この瞬間の、疲れた男」を見て、その手を握った。


それは彼が人生で初めて経験する「無条件の受け入れ」に近かった。


夜の悪夢


夜、彼は時々悪夢を見た。群衆の声。フラッシュの光。怒号。スキャンダル。追放。独裁者ヒトラーの演説。父の怒鳴り声。母の泣き声。救貧院の暗さ。飢えの感覚。


彼はうなされて目を覚ます。汗をかいている。心臓が高鳴っている。


その時、隣でウーナが眠っている。静かな寝息。時々ため息をつく。自分を無視して、ただ眠っている。その音を聞くだけで、彼は不思議と、もう一度眠ることができた。彼女の存在が、彼を「現在」に繋ぎ止めていた。


ある時、彼は彼女にそのことを伝えた。


「君は、私を現実につなぎ止めてくれた」


彼女は笑った。


「あなた、放っておくと、どこか遠くへ行っちゃいそうだから」


彼も笑った。その笑いは若い頃のように観客のための笑いではなかった。たった一人の女性のための、私的で小さな笑いだった。それが彼にはこの上なく心地よかった。


結婚生活


彼らは1943年に結婚した。その後、八人の子供をもうけた。彼の人生で最も安定した、最も長い結婚だった。


彼は彼女に感謝していた。感謝しても仕切れないほどに。なぜなら彼女がいなければ、彼はおそらく、追放の孤独の中で壊れていたからだ。あるいは、怒りに飲み込まれていたからだ。あるいは、自分自身を憎む老人になっていたからだ。


彼女は彼に「家族」を与えた。それは彼が一度も持ったことのないものだった。ロンドンの貧民街では家族は崩壊していた。ハリウッドの成功の中で、彼は何度も結婚と離婚を繰り返した。本当の「家族」を知らなかった。


だがウーナとの間に生まれた子供たちは違った。彼は彼らの成長を見届けた。彼らの笑い声を聞いた。彼らの悩みを聞いた。普通の父として。


それは彼にとって、最大の贖罪だったのかもしれない。自分の父ができなかったことを、自分はやった。その事実が、彼を少しだけ許した。


---


第三楽章 父になる


子供たちへの恐怖


彼は父親になることを恐れていた。自分の父を知っていたからだ。チャールズ・チャップリン・シニア。酒。暴力。怒鳴り声。崩壊。


愛された記憶がほとんどない人間は「愛し方」が分からない。それは心理学的な事実ではなく、彼自身の体験に基づいた確信だった。


彼は自分の子供たちにはできるだけ優しくしようとした。それは意識的な努力だった。毎日毎日。一緒に遊んだ。庭を歩いた。映画を見せた。ピアノを弾いた。


時々、昔の放浪者の歩き方をして見せた。子供たちは大笑いした。彼はその笑いを聞くのが好きだった。観客の拍手でもなく。評論家の称賛でもなく。ただ「お父さんが好き」という笑い。


彼は人生の最後にようやく、その笑いを知った。


不完全な父


しかし彼は完璧な父ではなかった。遠くへ行ってしまう日があった。撮影中は神経質になった。突然黙り込むこともあった。誰にも会いたくない日があった。


子供たちは時々そんな父を遠巻きに見ていた。彼はその視線に気づいていた。子供たちが「父親は機嫌が悪いのだ」と察して距離を置く。その姿を見ることが、彼には辛かった。なぜならそれは自分の父と同じことだからだ。


彼は歴史を繰り返していたのか。その恐怖は彼の心を何度も苦しめた。


だがある日、長男にこう言った。


「もし私が時々遠くへ行ってしまうように見えても、君のことを嫌いになったわけじゃない。ただ自分の中に戻っているだけなんだ」


息子は黙ってうなずいた。


その瞬間、彼は少しだけ救われた。父と自分は違うかもしれない。完全には同じではないかもしれない。その可能性だけで、彼は十分だった。


孫たちへ


彼の孫たちは彼を知らない。喜劇王チャップリンのことも、映画監督チャップリンのことも多くは知らない。彼らにとって彼はただ「おじいちゃん」だ。白髪で、少し怖い顔で、でも優しい人。時々変な歩き方をして子供たちを笑わせる人。


その「ただのおじいちゃん」であることが、彼には何よりも嬉しかった。名前も、地位も、栄光も、スキャンダルも、全て脇へ置いて。ただ一人の老人。一人の祖父。


その単純さの中で、彼は初めて完全に自由だった。


ある時、孫娘が彼の膝に乗って尋ねた。


「おじいちゃん、どうしてそんなに変な歩き方するの?」


彼は笑って答えた。


「それがおじいちゃんの仕事だったから」


「仕事?」


「うん。人を笑わせる仕事」


孫娘は首をかしげた。「でも今は、もう仕事じゃないの?」


彼は少し考えて、こう答えた。


「今はね、お前たちを笑わせるのが仕事なんだ」


孫娘はよく分からなかったようだが、嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、彼は思った。これでいい。これが全てだ。


---


第四楽章 赦しへの道


怒りの老化


人は歳を取ると穏やかになると言う。チャップリンはそうは思わなかった。歳を取っても傷は残る。それどころか傷は深くなる。


父への怒り。完全には消えない。母を失ったことへの悲しみ。時間とともに形を変えるだけで消えない。アメリカへの複雑な感情。愛情と裏切られた感覚の混在。自分を告発した映画人たち。スクリーンから消えた友人たち。新聞。スキャンダル。赤狩り。


その全ては消えない。記憶の中に沈殿している。


だが、ある時期から、彼は「怒り続けること」に疲れ始めていた。怒りはエネルギーを使う。憎しみは人間を老いさせる。彼は十分すぎるほど疲れていた。二十年のスイスでの亡命。その間、彼は何度も自分の人生を反芻した。映画を通じて。日記を通じて。回想を通じて。


その過程で彼は気づき始めた。


「私は、怒ることで、自分を守ってきたのではないか」


心を傷つけられることを避けるために。完全に破壊されることを防ぐために。怒りという盾で自分を守っていたのではないか。


暖炉の前で


ある日、冬の夜。暖炉の前で、彼はウーナに言った。


「私はずっと、『許さない』ことで立っていた気がする」


「そして今は?」


彼は火を見つめた。薪が崩れる音。赤い火。静かな夜。


「今は……もう少し、人を好きでいたい」


その言葉は彼自身にも意外だった。


赦しとは何か。それは忘れることではない。傷が消えることでもない。過去を肯定することでもない。ただ「それでも人間を見捨てない」と決めることなのかもしれない。


人間は愚かだ。残酷だ。弱い。だがその愚かで残酷で弱い存在を、それでも愛そうとすること。それが彼が最後に辿り着きたい境地だった。


個人的な赦し


彼は特定の人間に対して、手紙を書き始めた。それは公開されない手紙だった。だからこそ、彼は本心を書くことができた。


父への手紙。その中で彼は父の人生を想像しようとした。貧困の中で。酒に支配されながら。自分の人生を失いながら。その中で父は何を感じていたのか。父は悪人だったのか。それとも被害者だったのか。


彼は書いた。


「父よ。あなたは私に暴力を振るった。母を殴った。私たちを飢えさせた。でも今、私は思う。あなたもまた、誰かにそうされてきたのではないか。あなたもまた、愛し方を知らなかったのではないか」


母への手紙。


「母よ。あなたの声は私の中で今も生きている。あなたの歌を私は覚えていない。でもあなたの震えを覚えている。あなたの絶望を覚えている。あなたの抱擁を覚えている。私はあなたを許す。あなたが自分自身を許せなかったとしても、私はあなたを許す」


アメリカへの手紙——書くことはなかった。でも頭の中で、何度も綴った。


「あなたは私を追放した。しかし私はあなたを憎まない。なぜならあなたは私に夢を与えたから。あなたは私に人生を与えたから。その借りは、返しきれない」


これらの手紙は誰にも送られなかった。父はもういない。母もいない。アメリカという国家は、個人の手紙を受け取るような存在ではない。


でも彼は書かずにはいられなかった。自分自身のために。自分の心の重りを下ろすために。


赦すこと、赦されること


彼はある時、友人に言った。


「赦すことは、相手のためではない。自分のためだ。怒り続けることは、自分自身を牢獄に閉じ込めることだ。赦すことは、その鍵を自分で回すことだ」


その言葉は、彼自身の経験から生まれていた。


彼は長い間、怒りの牢獄にいた。父への怒り。社会への怒り。権力への怒り。その牢獄の中で、彼は自分自身を守っていた。同時に、自分自身を閉じ込めてもいた。


そして今、年老いて、彼はその鍵を回そうとしていた。牢獄の扉が開く。外には何があるのか。分からない。でも、少なくとも——風が吹いている。空が見える。


それだけで十分だった。


---


第五楽章 1972年——二十年後の帰還


招待状


1972年。二十年の亡命の後。アメリカからの招待状が届いた。アカデミー賞名誉賞。かつて自分を追放した国が、自分を呼び戻そうとしていた。


彼は迷った。行くべきか。拒否すべきか。心の中にはまだ怒りがあった。だが同時に、それは二十年前の怒りではなかった。時間がその怒りを変質させていた。


彼はウーナと話し合った。


「行くべきだと思う」


ウーナは言った。「あなたはいつも、人を許すことを教えてきた。映画の中で。その教えを自分自身に適用しないのはおかしい」


彼は長い間黙って、最後に言った。


「そうだな」


ロサンゼルス、1972年3月28日


ドロシー・チャンドラー・パビリオン。彼は舞台へ向かう廊下を歩いていた。七十三歳。白髪。しわ。だがそのゆっくりとした歩みの中には、まだ「放浪者の面影」があった。


舞台への階段。一段一段が重かった。その一段一段に、彼の人生が刻まれていた。


一段目——ロンドンの貧民街。二段目——救貧院。三段目——アルダーショットの初舞台。四段目——アメリカへの船旅。五段目——ハリウッド。六段目——『キッド』。七段目——『黄金狂時代』。八段目——『街の灯』。九段目——『モダン・タイムス』。十段目——『独裁者』。十一段目——赤狩り。十二段目——追放。


その全てを経て、彼はこの舞台に立とうとしている。


スタンディングオベーション


彼の名前が呼ばれた時、会場は沸いた。観客全員が立ち上がった。拍手。拍手。拍手。終わらない拍手。十二分間。映画史上最長のスタンディングオベーション。


若い頃自分を笑った観客。自分を愛した観客。自分を追い出した国の代表者たち。その全てが今、拍手している。


彼は立ち尽くしていた。涙を流していた。


なぜ泣いたのか。許したからか。許せなかったからか。愛していたからか。それとも——最初から、完全には憎み切れなかったからか。その答えは彼自身も分からなかった。


ただ、涙が流れていた。


スピーチ


彼はゆっくり舞台へ歩んだ。その歩く姿は昔と同じだった。少し照れくさそうで。少し寂しそうで。でもどこか誇らしげで。


彼はマイクの前に立った。その時、会場は完全に静まった。数秒の沈黙。


その沈黙の中で、彼は何を見ていたのか。過去。現在。未来。


彼は話した。その言葉は完全には記録されていない。だが、その中で彼は自分の人生が単なる個人的なものではなく「時代の証言」だったことを語ったという。


そして最後に彼は言った。


「人生は悲劇であり、同時に喜劇である。そしてその両方を見つめることができる者だけが、完全に人間であり得る」


その言葉を聞いた観客は、また拍手した。拍手。拍手。止まらない拍手。


彼は頭を下げた。昔のように。照れくさそうに。


授賞式の後


授賞式の後、彼は誰にも会わずにホテルに戻った。一人になりたかった。スイスの家族を呼ばなかった。ただホテルの窓からロサンゼルスの街を眺めた。


あの頃のハリウッドはもうない。自分が歩いた通りも変わっている。自分が笑わせた観客ももう若くない。自分が愛した街ももう違う。


彼は長い間窓の前に立っていた。そして呟いた。


「帰ってきたよ」


誰に言ったのか。街か。自分か。それともかつてそこに住んでいた若い自分に。分からない。ただその言葉が自然と出た。


翌日、彼はすぐにスイスへ戻った。アメリカに残らなかった。そこがもう自分の家ではないと知っていたから。戻るべき場所はスイスだった。家族がいる場所。静けさがある場所。彼が「老人」として暮らせる場所。


彼はその選択を後悔しなかった。ただ一つだけ確かなことがあった。


「アメリカは私の第二の故郷だ。追放されたけれど、それでも故郷だ」


その矛盾を抱えたまま、彼はまたスイスへ飛んだ。


---


第六楽章 最後の日々


1977年冬


彼はスイスの家でゆっくりと時間を過ごしていた。映画は撮らない。演技もしない。ただ歩く。子供たちと遊ぶ。妻と語り合う。回想する。


医師は何も言わなかったが、彼は知っていた。時間が少ないことを。


ある日、彼は日記にこう書いた。


「私はもう映画を作らない。作る必要がないから。私の人生そのものが、一つの映画だった。喜劇と悲劇が交錯する、長い長い映画。観客は世界中にいる。そしてその観客は、私が死んだ後も、この映画を見続けるだろう」


回想


彼はよく回想した。全てを覚えているわけではない。忘れてしまったことも多い。でも覚えていることも多い。


母の声。掠れていく声。アルダーショットの舞台。五歳の自分が歌ったこと。観客が笑ったこと。母が泣いたこと。


救貧院の匂い。湿った毛布。冷えたスープ。大きすぎる靴。パンを踊らせた少年。


ハリウッドの光。初めてカメラの前に立った日。放浪者が生まれた瞬間。鏡の中のあの男。


『独裁者』の地球儀。破裂した風船。その音の中に聞こえた、文明の終わりの音。


追放の船。新聞記事。世界が傾いた朝。


そして——スイスの静けさ。雪。ウーナの手。


その全てが、彼の人生だった。


最後のクリスマス


1977年12月25日。クリスマスの朝。雪が降っていた。静かな家。子供たちは大きくなっていた。孫たちの声が遠くで聞こえる。


暖炉の火。薄暗い部屋。彼は椅子に座り、しばらく窓を見ていた。人生が終わろうとしていることを、彼は分かっていた。怖くはなかった。ただ不思議だった。あんなに長く苦しかった人生が、こうして静かに終わることが。


ウーナが近づく。


「寒くない?」


「大丈夫だよ」


彼はそう言って、彼女の手を握った。細い手。温かい手。彼はその温度を感じながら、静かに目を閉じた。


その夜、彼は眠るように死んだ。八十八年の人生だった。


家族が見守る中で。誰も泣かなかった。彼がいつも笑っていたから。最期まで笑っていたから。


彼の死を知らせるニュースは世界中を駆け巡った。映画館では彼の作品が上映された。『街の灯』『キッド』『独裁者』『モダン・タイムス』。世界中の人々が映画館で彼の映像を見た。


その映像の中の放浪者は永遠に生きている。転ぶ。笑う。帽子を拾う。歩き出す。その永遠のループ。その永遠の人間の営みの中に、彼は生きている。


---


エピローグ 永遠の放浪者


彼が信じたこと


チャップリンは人間を理想化しなかった。人間が残酷で、愚かで、弱く、簡単に群衆になり、簡単に誰かを傷つけることを知っていた。父を見て知った。戦争を見て知った。独裁を見て知った。赤狩りを経験して知った。


人間の醜さを、彼ほど深く理解した映画人は少ない。


それでも——それでも彼は人間を嫌いになれなかった。最後まで。


なぜなら彼は人間の中に、別のものを見ていたからだ。放浪者の中に。盲目の少女の中に。孤児の中に。パンを分け合う手の中に。転んだ後に帽子を拾う仕草の中に。


人間は愚かだ。でも同時に、美しい。


その矛盾を抱えて生きることが、人間であることの意味なのだと、彼は信じていた。


愛すること


彼の映画には、いつも小さな優しさが残っている。パンを分ける手。盲目の少女を見つめる目。孤児を抱きしめる腕。転んだ後、帽子を拾う仕草。女性に帽子を脱いで見せる動作。


全てが「それでも人を愛したい」という願いだった。


人間は確かに愚かだ。社会は確かに不正だ。権力は確かに腐敗している。だがそれでも。それでもなお。人を愛そうとすること。傷ついても、裏切られても、笑われても。もう一度帽子を被って歩き出すこと。


それがチャップリンが最後まで信じた、人間の尊厳だった。


遺言


彼は遺言を残している。その中にこうある。


「私の死後、私の映画を見る人々へ。私はもういません。でも、私が作った小さな男は、スクリーンの中で生き続けます。彼を見てください。彼は転びます。でも立ち上がります。彼は笑われます。でも笑い返します。彼は追い出されます。でもまた戻ってきます。」


「それは私の人生です。同時に、あなたの人生でもあります。だからどうか——笑ってください。涙を流してもいい。でも最後には笑ってください。それが私の願いです」


現在へのメッセージ


チャップリンは1977年に死んだ。だが彼の映画は消えない。世界中の映画館で今も上映されている。新しい世代が彼の作品を見ている。100年近く前に撮られた映画。だがその映画の中で語られていることは決して古くない。


人間の尊厳。人間への愛。権力への抵抗。貧困への同情。


それらは21世紀の今も、同じくらい重要だ。


最後に


スクリーンの中で、あの小さな男は今日も歩き続けている。静かに。少し滑稽に。そしてどうしようもなく優しく。


彼は何度転んでも、何度追い出されても、何度傷つけられても。帽子を拾い、もう一度歩き出す。


その姿勢こそが、実は人間の最高の美学なのだ。チャップリンはその美学を映像化した。映画という不朽の形で。


だから彼は不朽だ。永遠の放浪者として。永遠に愛する者として。永遠に人間であろうとする者として。


雪が降る。スイスの庭は白い。彼はもういない。でも彼の映画の中では、今日も——これからも——永遠に——小さな男が帽子を拾い、埃を払い、被り直し、そして歩き出す。


転んでも。笑われても。追い出されても。


それでも。


歩き続ける。


それが彼の人生だった。それが彼の芸術だった。それが彼からの最後のメッセージだった。


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