【1章】第一話 秋葉原からの強制召喚
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赤紫の輝きが、丸縁メガネのレンズに反射して、歪んだ光を投げかけていた。
薄暗く、ひんやりとした空間。
見上げれば、天井の代わりに宙に浮く巨大なクリスタルが、心臓の鼓動のようにドクドクと脈動し、あたりを不気味に照らしている。
俺は、床一面に描かれた巨大な魔法陣の中央で、茫然と立ち尽くしていた。
つい数分前まで、予約したグッズを買いに行くために、聞き慣れたアニソンをイヤホンで聴きながら秋葉原を歩いていたはずだった。
「……夢、じゃないよな」
自分の細い腕をつねる。
痛い。
そして目の前には、アニメのCGでも見たことがないほどグロテスクな、未知の生物の死骸が数体、俺を囲むように並べられていた。
生臭い、死の臭いが鼻を突く。
三メートルはある高い壁の上では、数人の人影が激しく言い争っている。
言葉の意味は判然としないが、何やらただならぬ事態であることは、その刺々《とげとげ》しい声のトーンで理解できた。
状況を整理しろ。知識は腐るほどある。こういう時はまず――。
ボサボサの髪を掻きむしり、フル回転を始めた俺の思考は、上空から降ってきた「質量」によって強制停止させられた。
「キャアアアアアッ!」
短い悲鳴と共に、魔法陣の上の、俺のすぐそばに何かが激突した。
土煙が晴れるのを待たず、俺は硬直した。
そこに倒れていたのは、月の光を溶かしたような銀髪の、息を呑むほど美しい女性だった。
だが、何より俺の目を釘付けにしたのは、その髪の間からのぞく、エルフのように長く尖った耳だった。
「……っ、う、あ……」
彼女はうめき声を上げながら、折れた足を庇うようにして、痛々しく身を起こした。
一瞬、丸縁メガネ越しの俺と目が合った。
その瞳には、深い絶望と、困惑の色が浮かんでいた。
だが、彼女はすぐに俺から視線を外し、頭上の壁の上へ向かって、裂けるような怒号をぶつけ始めた。
「■■■■! ■■、■■■■■!!」
何を言っているのか、さっぱりわからない。だが、それが身を焦がすような怒りであることだけは伝わった。
壁の上から、一人の男が彼女を見下ろした。その顔には、勝ち誇ったような、歪んだ笑顔が貼り付いている。
男は冷酷に何かを言い放ち、それを受けた彼女は、今度は怒りと絶望に打ちひしがれた様子で、何かを呟いていた。
やがて、彼女は力なく地面に伏した。
酷い怪我だ。折れた足が、ありえない方向に曲がっている。
俺は、まだ理解が追いつかない。ここがどこなのか、彼女たちが何者なのか、なぜ俺がここにいるのか。
だけど、目の前で血を流している女性を放っておくことなんて、できなかった。
165cmの細身の体を震わせながら、俺は這うようにして、彼女の方へ一歩、近づいた。
「大丈夫、ですか……?」
俺の声に反応し、彼女が顔を上げた。
その瞬間、彼女は残った力を振り絞り、俺の両腕をガシリと掴んだ。
――ズ、ズゥゥゥン。
地鳴りのような音が響いた。
俺たちの足元、床一面に描かれた魔法陣が、突然、意思を持ったように発動し始めたのだ。
壁の上の連中が、何か術式を起動させたようだった。
「■■■!? ■■■■!!」
彼女の顔が焦りに染まる。
俺の目を真っ直ぐに見つめ、彼女は何かを捲し立てた。
その表情から、それが謝罪らしき言葉であることは感じ取れた。
謝る? なぜ?
俺が問いかける間もなく、彼女は呪文らしき言葉を、まるで歌うように唱え始めた。
それと同時に、床の魔法陣が、上空のクリスタルと同じ、不気味な赤紫色の発光を強めていく。
光が視界を塗りつぶす。
腕に伝わる彼女の体温と、強烈な重力加速度。
抗う術もなく、俺の意識は、再び深い闇の底へと落ちていった。




