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灰の記憶 ― 誰にも知られぬ祈り ―  作者: 知琴


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7/7

灰の記憶

 日記のページをめくるたび、慎ましくも強い意志を持った文字が並んでいる。

 アスターの知らなかった言葉たち。アスターの知らなかった笑みと、痛みと、祈り。


――ルミナリア様の笑顔を、明日も彼が見られますように。


 指先がわずかに震えた。

 あの革命の夜も、処刑の報せが届いた朝も、アスターは何も感じなかったはずだった。感情という名の痛覚を、仕事と理想の中に封じてきた。


 けれど今、静まり返った部屋の中で、紙の上の“彼女”だけが息をしている気がした。


「……お前は、そんなふうに……」

 

 呟きは途中で途切れた。

 最後のページには何か短く書き殴られている。しかし涙が落ちたのだろうか――インクが滲み、読み取ることはできなかった。


 アスターはしばらく黙ったまま日記を閉じると、それを暖炉の火にそっと投げ入れた。

 

 炎がゆっくりと革を舐め、紙を焦がし、文字はひとつずつ灰になっていった。


「……秘めたままでいい。お前の想いは、誰のものでもない」


 暖炉の火が静かにぱちりと鳴いた。それはまるで、遠い日の彼女の微笑みのようだった。


 アスターは立ち上がり、執務室を出る前に一度だけ振り返った。

 燃え尽きた灰の上に、淡く光る一片の銀色の糸が残っていた。彼女の髪の色に、少し似ていた。


 翌朝、屋敷の東棟にある空き部屋の扉が、いつものように静かに閉ざされた。

 その部屋が再び開かれることは、二度となかった。


 ただ、時折。

 国を治める英雄アスター・ドレイクフォードがその部屋を訪れ、長い沈黙の中で祈りを捧げる姿を、古びた屋敷の壁だけが、ひそかに見守っていた。

 

こちらの作品はこれで完結です。


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― 新着の感想 ―
しっとりとした物語の世界に浸りました。次の作品を楽しみにしております。
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