灰の記憶
日記のページをめくるたび、慎ましくも強い意志を持った文字が並んでいる。
アスターの知らなかった言葉たち。アスターの知らなかった笑みと、痛みと、祈り。
――ルミナリア様の笑顔を、明日も彼が見られますように。
指先がわずかに震えた。
あの革命の夜も、処刑の報せが届いた朝も、アスターは何も感じなかったはずだった。感情という名の痛覚を、仕事と理想の中に封じてきた。
けれど今、静まり返った部屋の中で、紙の上の“彼女”だけが息をしている気がした。
「……お前は、そんなふうに……」
呟きは途中で途切れた。
最後のページには何か短く書き殴られている。しかし涙が落ちたのだろうか――インクが滲み、読み取ることはできなかった。
アスターはしばらく黙ったまま日記を閉じると、それを暖炉の火にそっと投げ入れた。
炎がゆっくりと革を舐め、紙を焦がし、文字はひとつずつ灰になっていった。
「……秘めたままでいい。お前の想いは、誰のものでもない」
暖炉の火が静かにぱちりと鳴いた。それはまるで、遠い日の彼女の微笑みのようだった。
アスターは立ち上がり、執務室を出る前に一度だけ振り返った。
燃え尽きた灰の上に、淡く光る一片の銀色の糸が残っていた。彼女の髪の色に、少し似ていた。
翌朝、屋敷の東棟にある空き部屋の扉が、いつものように静かに閉ざされた。
その部屋が再び開かれることは、二度となかった。
ただ、時折。
国を治める英雄アスター・ドレイクフォードがその部屋を訪れ、長い沈黙の中で祈りを捧げる姿を、古びた屋敷の壁だけが、ひそかに見守っていた。
こちらの作品はこれで完結です。
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